第八話 「コミュニケーションの仕方 その一」
私はもともと、今も幾分そうですが、コミュニケーションが苦手でした。
人と目を合わせて話すのが苦手で、空気を読むということができませんでした。
目を合わせられないので相手の顔を憶えられず、相手が私のことを憶えていて「久しぶり」と言われても、私はまったく憶えていないことが度々ありました。
空気も読めないので、聞くことをためらう様な他人のプライバシーを聞いてしまい、相手に不快感を与えてしまうこともありました。
そのため友達も少なかったですし、相手からも「変わった奴」と言われていることが多かったようです。
私自身も積極的には人と関わろうともしていませんでした。
正直、学生時代はそれほど困ったことはありませんでした。
「変わった奴」と言われたことも、「自分の個性」程度にしか受け取っていませんでした。
働いてからも、仕事そのものは楽しくやれていました。
ただ大事な人ができたとき、そして責任ある地位についたとき、そうもいかなくなりました。
相手を大事にしたいという思いはあっても、それがかないません。
傷つけたり、相手が離れて行ったりしてしまいました。
思い悩み、いろんな本を読みました。
いろいろ人にも相談しました。
大事な人ともたくさん話し合いました。
後にそんな自分が「自閉症スペクトラム」という、ある種のコミュニケーションの病気があることが解りました。
精神科医にかかり、いくつものテストを受けて診断を受けました。
その時にこの病気についての説明を受けて、ああなるほどな、と妙に納得したことを憶えています。
自閉症スペクトラム、というのは、大人の発達障害とかアスペルガーとかADHDと呼ばれているものと似ている疾患と思っていただいて良いかと思います。
もちろん正確には違うのですが、要するに今までは「変わった奴」と言われたり、「生きにくい」と感じたことを、疾患として分類して病名を作られました。その中の一つです。
病気の本をたくさん読んだり、医師に相談したりしました。
薬も試しましたが、効果はありませんでした。
一番に役に立ったのは結局、「大事な人を大事にしたい」という思いでした。
私はまず話をよく聞きました。
どいう意味だろう。
どういう思いなのだろう。
どうしてそう考えるのだろう。
なぜ、自分と違うのか。
聞いて、考えて。
聞いて、考えて。
聞いて、考えて。
ある日、自分が正しいと思っていた考えが、何かおかしい、と気づきました。
自分の周りを覆っていた壁が崩れるような感覚がしました。
それは不安というよりも、世界が広がるような感覚でした。
自分の中にも宇宙に匹敵するような世界が広がっています。
それが広大で、それがすべてのように感じていましたが、
相手にも同じように広大な宇宙のような世界がありました。
たった一人の人間に、一生かかっても解らないほどの世界があることを理解しました。
正解はひとつではない。
相手のことを間違いと断じるほど、自分は上に立っているわけではない。
真に理解することは無理でも、理解をし続けることは一生をかけてでもすべき。
そして、聞くことの大事さと難しさを感じました。
次に続きます。