第6話 事情
「――――おう、ヨウヘイ無事だったか…………どうやら騒ぎは収まったみてえだな。何人か逃げてきて匿っておいたが……さっき警官隊も来て警戒状態も解除されたから、もう帰しておいたぜ。」
――怪人たちが荒らし回ったせいで地面があちこち破壊されていたので、戻って来るのに時間がかかった。ヨウヘイがマユを連れて戻った頃には、もう騒ぎは収束していた。携帯端末のネットニュースを確認したが、『怪人集団V市C町近辺に出現。謎のヒーローに倒される?』と見出しがあった。ヨウヘイが変身した姿……リッチマンは遠巻きにシルエット程度しかカメラは捉えられていなかったようだ――
「――おっと。さっきの姉ちゃんも一緒か。無事連れ帰れたみてえで何よりだ。おっかねえ目に遭ったな。コーヒー1杯サービスしてやるから、まあ落ち着けよ。」
カジタは突然の騒ぎの後で少し疲れた顔つきをしているが、マユの精神状態を案じ、せめて先程飲み損ねたコーヒーをサービスする為に手慣れた様子で淹れ始めた。
「……ありがとうござりんす、マスター。」
マユは低いトーンのままだが、丁寧に頭を下げて気遣いに感謝した。
――だが、謎のヒーローとして力を振るったヨウヘイがすぐ傍にいる――――マユの表情は疑念に満ちていた。
「――へい、お待ちどう。ヨウヘイ、姉さんに給仕してやれよ。」
「お、おう。」
すぐにコーヒーは淹れられた。マユはカウンター席ではなくテーブル席に腰掛けた。銃後すぐの情況ではなかなか店員としての精神状態になりにくいが、慌ててコーヒーをマユのもとへ運んだ。
――ひと口、コーヒーを啜ったのち、ヨウヘイの顔を注視して、マユは話そうとする。
「――ようござりんすね? どういうことか、説明してもらいんすえ。」
「――あー……ちゃんと話すから、もうちょっとだけ待ってくれ……」
ヨウヘイはカジタに一旦向き直った。
「おっちゃん。悪いけど、この人……ヒビキ=マユさんだっけか。大事な話してえから、ちょっと席外しててくれよ。」
カジタは、肩を竦めながら答える。
「……まあ、こんなおっかねえことがあった後じゃあ、客も喫茶店で落ち着こうって気にもならんわな。現にこの辺に住んでる人ら、ドアもシャッターも降ろして閉じこもっちまった。しゃあねえ。俺ぁちょっと遠くまで買い出しでも行ってくらあ。戸締りは頼んだぜ……。」
是非も無し。そんな表情を浮かべながら、カジタは店の鍵をヨウヘイに渡し、買い物鞄を持って店を後にした。
マユの対面の椅子に座るヨウヘイ。
「これでよし……と。」
「……人払いをする必要があったんでありんすか? 信用出来そうな御仁でありんしたが……。」
ヨウヘイはひと息溜め息を吐きながら、答える。
「……まあ、順を追って話をすっから。あんたがさっき目の前で見た奴…………そう。怪人たちをぶっ飛ばしたヒーローは確かに、俺だ。だが、それにもちょいと込み入った事情があってな――――こいつがこの話のキーアイテムなんだ。」
ヨウヘイは、傍らに隠していたクマの貯金箱――――ジャスティス・ストレージを取り出し、テーブルに置いてマユに見せた。
「――? クマのぬいぐるみ……いや、貯金箱でありんすね? これが何か?」
「――――こいつは俺の亡くなった親父から受け継いだ物だ。俺自身の正義の心が高まった時に、こいつに金を入れて『課金』することで――――俺は正義のヒーロー・リッチマンに変身することが出来る。」
マユは、想像の外であったヒーローの正体に、胸の下で腕組みしていたが、右手を口元に当て訝しんだ。
「――まさか、そんな突拍子もない方法で、強力な力を持ったヒーローに…………いいや。現に怪人と戦い、アチキを助けた姿を目の前で見ている以上、信じるしかありんせんわね。」
信じられないようなことだが、信じるしかない。その事実にマユは口元から手を離した。
「あんなことがあった直後なのに、冷静で理解が早くて助かるぜ。お察しの通り、俺は危険から人を助ける為に、『課金』をしてヒーローの力を得て、悪者退治をしてんだ。恐らく、死んだ俺の親父もな――――お陰で俺も親父も極貧生活。お袋はもっと俺が幼い頃にいなくなっちまったし、親父も正義の味方やれて沢山の人を助けられたもんの、そのまま病気であの世逝きだ――何処の聖人様だ?」
伏した目で語るヨウヘイに、マユは素直に疑問をぶつけた。
「極貧生活って……1度入れたお金は? また取り出せばいいんではありんせんか?」
ヨウヘイはくせっ毛をボリボリと掻きながら答える。
「……それが出来たら、俺も親父もンな惨めな思いしてるか? この貯金箱……ジャスティス・ストレージは中身が異空間にでもなってんのか知らねえが、1度入れたお金は何処かへ消えちまって戻ってこねえんだよ。俺にもいまいち、仕組みが解ってねえ。」
――ヨウヘイがやたらと赤貧を味わっている理由は、まさにこのジャスティス・ストレージを巡って人助けと引き換えに、己の身銭を切っていたからに他ならなかった。
そこで俄かに、内心に父親を思い浮かべながら、ヨウヘイは恨めしく言う。
「――――あまりにも金が無くて、食料が僅かな白米と胃薬しかなかった時は、叩き壊してみようかとも思ったが…………仮にも親父の形見の品だ。それだけは出来ねえよ。」
「そ、そうでありんすか……アチキの想像以上に貧乏で苦労なさってるんでありんすね……。」
ヨウヘイは、貯金箱の細い穴の中の闇を覗き込みながら、ひと際大きく溜め息を吐く。
「……ところで、正体がばれるとやっぱりまずいことが? あんたの姿をアチキは見た。その……ヒーローの力を奪われるとか、記憶を消されるとか?」
「まさか! それなら、あんたに見付かるどころか、親父にこのジャスティス・ストレージを渡された時点で何らかのペナルティを受けてるぜ。正体を隠すのはなあ――――」
「――隠すのは…………!?」
やや間があって、ヨウヘイから返って来た理由は、これもマユの想像の外だった。
「――――カッコイイからだ。」
「――――は?」
――ヨウヘイは、今までの憂鬱そうな表情がコロリと変わり、意気揚々と語り始めた――――