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第54話 酷い体験こそ創作の種

 ――――もう少し書店を物色した後、マユは違うフロアに足を向けてみた。




 先ほどの、何処か鬱屈したものを感じる女性店員も妙に気になったのだが…………。




(――まあ、そういうこともよくあることでありんす。何か相手の地雷を踏んでしまったのなら運が悪かったようなもの……引っかからず、他の店も覗いてみないと、勿体ない。)





 そう気を取り直して移動していた。





(――ん? この辺りが…………アニメグッズ店や同人ショップ、ホビー関係か……。)





 オタク趣味を持った人の心の拠り所であり、そういったものをこよなく愛する人種にとってお金を落としていくべき場所、とでも言うべきか。





 店は内装まで見ずとも、ディスプレイされているモノの中には人気アニメのキャラクターを模したフィギュアや同人誌、設定資料集やプラモデルやゲームサウンドトラック盤など多種多様なアイテムが展示されている。近くには同人誌即売会などのサークル参加用紙も兼ねたチラシの束もフリーペーパーのラックに入っている。






(ここがいわゆるサブカルコーナーでありんすか…………何となくヨウヘイとかフジムラとか連れてきたら喜びそうな――――ん?)






「――――何ッッッでなのよおおおおおお!!」






 ――突然、近くのアニメグッズ店から、女性の怒号が聴こえて来た。近くにいる客や、店員たちなのもびくっ、と声圧に驚く。






「……も、申し訳ありません。『ラル・リブ30周年記念ハカマダ編』の店舗での取り扱いは終了いたしました…………在庫はもうありません。お手数ですが、他のECサイトやお店でお求めください…………。」





 アニメグッズ店から、店員の困惑と恐怖の声が聴こえてくる。






「――だあああああァァァ…………嘘でしょ…………嘘でしょ…………もう、公式の販売サイトじゃあ買えないって言うからあちこちの店に流れてないか必死こいて駆けずり回ってんのにいいィィィ…………舞台上での愛しのマツアキくんにもう会えないなんて、噓でしょオオオオ…………。」






 女性の声が近付いて来る。言うが早いかよたよたと、店をおぼつかない足取りで後にし、外に出てきている。この世の終わりにでも直面しているような悲壮感に満ちている落ち込んだ声だ…………。






 周囲の人々は、大声を出した上にあまりに濃い負のオーラを出しながら女性がふらふらと歩いているので、距離を取って引いてしまっている。





「――あ……あの…………大丈夫でありんすか…………?」






 ――マユは、女性があまりにもエキセントリックに落ち込んでいるので、心配になって声を掛けてしまった。






 女性は、フレームの分厚い眼鏡を掛け、猫背気味で、髪を頭のやや上の方で括っており、茶髪を毛先だけイエローに染めている。






「――ああ…………すみません、すみません。店先で騒いじゃって…………あんまりにもショックだったもんで…………。」






 ――女性は、先ほど叫んでいた時はキンキンと甲高い声だったが、今は低く野暮ったい感じのトーンの声である。声楽的見地から見れば音域が広そうだ。






 心配したマユが声を掛けたが、女性はひと息そう答えただけで、何やら自分の世界に入ってしまった。





 一先ず深呼吸をしている。





「――スゥゥゥゥー…………ハァアァァァァ~…………。やっぱり、駄目なのね。日陰者として生きてるアタシにゃ、マツアキくんみたいな……そう、マツアキくんみたいな聖なる世界に生きてる尊い子は光を当てちゃくれないのよ…………いや。むしろ、アタシが闇過ぎるから、きっと敢えてマツアキくんも光を当てては来ないんだわきっと――――ぶつぶつ…………。」






「あ、あの~…………。」






 ――何やら、推しているキャラクターへの愛を呟きながら、自分の世界に閉じこもって堂々巡りをしている。マユも気になるのだが、二の句が告げられない。






「――――ハアッ――――!?」






「――――えっ!? な、何…………?」






 ――突然、眼鏡の女性は雷にでも打たれたかのようにびくっ、と仰け反り、丸めていた背筋を伸ばした。急激な反応に、マユもびくっ、と驚いてしまう。






 眼鏡の女性は、うわ言のように呟く。






「――――もしかして…………こういうのって、漫画のネタになるんちゃう……? ――そうや!! そうだったんや!! アタシにはただ推しを見てるだけなんてのは、生温いんや!! マツアキくんとの濃厚な絡みも何もかも…………アタシが漫画に描け、とオタクの神様はそう命じてるんやっ!! これは幻覚や。神がアタシに妄想逞しく漫画に描いて残せという尊い幻覚であり神託や。神がそうやって藻掻き苦しみながらも創作して生きろと……遺伝子に刻み付けてくださってるんや――――ぬぐふふふっふう~…………こうしちゃおれん。すぐネームを描くで~……もう、円盤が買えんかった悔しみを何兆倍にもしたエグさでドロッドロのを。描くで、描くで~…………にひひひひひ。」






 ――――そうしてオタク女子は、手持ちのバッグからタブレット端末を取り出し、お絵描きアプリを起動して、歩きながら人目も憚らず、何やらネタを描き始めながら、歩いていった。






 きっと、彼女の脳内といずれタブレット画面に描き表される『マツアキくん』とやらのネタ漫画は、ここに筆舌尽くし難いほどの惨禍を誇っているのだろう…………。






(――だ、大丈夫なのかな…………ああいう手合いはウチの会社にも多少はいるけど…………何と言うか、禍々しいまでに濃く生きてるなあ……。)







 やや戸惑いながらも、マユは再び歩を進めてウインドショッピングを再開した。





(――まあそれにしても……ここも何と言うか変わった個性を持った人が集まるんでありんすねえ。ついでにヒーローに適性ある人、見付かったりしないかな――――)






 陰気な書店員といい、エキセントリックなオタク女子といい、強い個性を抱えて生きている人と連続で会ったマユだが、何故だかそこまで悪い気はしないのであった――――

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