第43話 モテモテ所長
――――その後、対悪性怪物殲滅班の者たちと戦果の確認や報酬などの計算の前に一旦食事休憩を挟んだ。
HIBIKI先端工学研究所の食堂は広々としており営業時間も長いが、さすがに対悪性怪物殲滅班の面々が一度にやって来て食事休憩を取ると、食堂内は賑やかなものとなった。きっと、皆ヨウヘイ達の異空間への探索中集中し張り詰めていた緊張が一気に解けたのだろう。集中と緊張で消耗していたので、そこから解放されると多くの者たちの腹の虫が鳴り、食欲が高進してくるのだった。
暫し食券売機には行列が出来、不安と緊張から解放された職員たちは皆、そのストレスを晴らすべく高らかに談笑した。
「……思わず、『一番ボリュームのある定食は何か』と職員に訊いてしまった。作戦中もなるべく飯は食うようにしていたが、やはり疲れて腹が減る。」
「はは。まあアリノは能力の特性上仕方ねえよな……ただでさえ良いガタイしてっし。ふうー……俺も腹が減ったぜ。またトンカツ定食にすっかなー。」
ヨウヘイとアリノが隣り合って食券を職員に差し出し、定食が出て来るのを待っていると……すっ、と音もなくマユも隣で食券を差し出した。ヨウヘイと同じくトンカツ定食だ。
「――おっ……マユ。お疲れっす。それ……トンカツ定食だよな? 前に胃袋が小さくて苦しいっつってたけど、大丈夫かあ?」
――マユは多少は疲労のせいかしどけなく金髪を垂らしながら、いつもの通り低めのトーンで答える。
「……さすがに、前回のことで粗食はわっちの立場上、全員に迷惑になると気付きんしたから。あれから頑張って食事量と内容も気を配るようにしたわぇ。よくよく考えれば…………しっかりと食事を摂って英気を養わんと、自分がやりたいだけの力も出ず、パフォーマンスが落ちる。『腹が減っては戦は出来ぬ』。単なる諺程度に思ってけど真理でありんすね。」
3人の距離が近い。アリノやヨウヘイはもちろん、マユの腹の音まで、きゅうう、と聴こえてくる有り様だった。どうやら粗食を禁じたのは本当のようだ。
「――へえ~……そりゃあ良かったぜ……でも、食う量増やしたんだろ? スタイルが変わって……ねえどころか、ちょい前より良くなってねえ?」
「……おいおい。だからそういう声の掛け方は……」
朴念仁寄りのはずのアリノでさえ、ヨウヘイの声掛けの下手さに苦言を呈した。
だが、意外なことに、マユはひと息溜め息を吐いた程度で、怒らず続ける。
「……まあ、以前より食べるから増える物は増えんした。けれどその分パーソナルジムで鍛えてるから大丈夫でありんす。本当はトレーニングメニューにジョギングもプラスしたいんでありんすが……その。」
――多少増えたけれども、その分鍛えているから大丈夫だ、と言うマユ。恐らく粗食を禁じる前から身体はみっちり鍛えていると見えるマユだが、よく食べるようになってからはさらにメニューを増やしているのだろう。やはり恐るべしというか、ちょっと無理しがちな彼女だが…………そこで何やら言いよどんでしまう。
「――――どーんっ!! マユ所長~、よくぞ御無事で帰られました~……!!」
――――と、そこへ突然女性職員が走って来てマユを後ろからハグした。眼鏡の受付嬢の人だ。
「――わっ……何……?」
「今日もちゃんと食べてますかあ~!? 鍛え過ぎてませんかあ~!? 駄目ですよう、それ以上無理して身体絞っちゃあ~!! ちょっとくらい太ったって私たちのマユ所長は醜くなったりしませんっ!!」
受付嬢は酒気などは感じないが、やたらテンションが高い。そういえば今日は玄関で見かけなかった。別の仕事を片付けていたのだろうか。
「……そっちはそっちで、充分寝てねえでありんすね? ――やッ……ちょ、ちょっと――――!!」
すると突然、受付嬢はバックハグからするりとマユの服の下へと手を滑らせ……胸やら脚やらを直に揉みだした……。
「――うふふっふう~。これこれえ~♡ 変に痩せてこの『もってり』とした乳尻フトモモが萎んじゃうなんて、我が社の大損失ですよう~? あっ、ジョギングなんてしないで正解ですよう~。こ~んな立派なモノ持ってて走り込みなんかしたら、痛くて堪りませんものねえ~? 靭帯とか色々。肩も凝るしぃ。むむぅ? 大胸筋とか鍛えたからますますバストが豊かになりましたねえ~!? けしからーん!! どれどれ、感度は――――」
「――ひゃあっ!! ちょ、ちょっとやり過ぎ……助け――――」
「――ああーッ!! マキノさん、抜け駆け~!! 所長の玉のようなお身体を堪能するなんて!! ズルイ!!」
「――そうっす!! ウチらも混ぜるっす~っ!! マユ所長はみんなの共有財産っすよお~っ!?」
――すると様子を見ていた対悪性怪物殲滅班の治療室担当のアオバと補給物資担当のシライも止めるどころか、女同士で受付嬢のマキノと共にマユに絡みついていった。仲睦まじいが激しいスキンシップだ……。
それからしばらく、我も我もとばかりに、マユを慕う女性職員で人だかりが出来てしまった。無論、マユを解放するどころか自分も彼女の肢体を堪能する為に。女性同士の荒々しいスキンシップとボディタッチに、むしろ周囲の男性職員の方が目のやり場に困ってしまうのだった。
「――ちょっと、ぬしら、いい加減に――――ああンッ――――!!」
「――おおっ……なんか、すっげえな…………オトコが入れる余地がまるでねえけど……」
「……入らない方が身の為だろ。ああいうのはオンナ同士の特権……みたいなもんだ。多分。」
「そっか。そうだよな……ラッキースケベにはあやかれねえが、御馳走様っす、ヒビキ=マユさん…………。」
――マユを求めて俎板の鯉の如く女同士くんずほぐれつするのを、ヨウヘイとアリノは眼福程度にはしつつも立ち入ることは出来なかった。南無阿弥陀仏――――