第38話 灼熱煉獄
「――――ま……マジかよ…………あちちちっちっ!!」
「――まさかここまでとはな…………」
――――下層への階段を降りた先は、先程のサウナのような空間とは比較にならない過酷さだった。
――――活火山の深部。否。辺り一面に跳梁跋扈する異形の化け物たちに加え、人間が決して立ち入ることがないような異空間独特の禍々しさから、まるで煉獄にでも落とされたのかと錯覚しそうな暑さだった。
あちらこちらに火炎が転がり、窪んだ部分からは盛んにマグマのような溶熱が噴いている。辺りを悍ましく動き回る異形の化け物もどうやら、高温を操る極めて危険な生物たちだ。
ネイキッドフレイムはやはり炎の力を宿しているからかこの環境でもまだ余裕がありそうだが、リッチマンは堪らない。地面を歩くだけでも靴ごと足の裏が焼けそうになり、皮膚がヒリヒリと痛みを感じるほどに暑い。
「――リッチマン!! すぐに課金をして!!」
「――わ、わかってるよオ!! ストレージ!! この環境へ適応するのに必要な金額……金額は!?」
暑さのあまりしどろもどろになるリッチマンだが、ジャスティス・ストレージは例によって機械的な音声で、しかし心なしか切迫したトーンで告げる。
「ビビビ……2500000円!! 2500000円で実現可能ッ!!」
「――――ゲェーッ!! マジでェーーーッ!?」
――この極限環境と言ってもいい高温に適応するには先程の蒸し風呂程度は比較にならぬ対価が必要だった。
そして、最初に変身する為にマユから渡されたお金は精々2000000円程度。前回の分析からのちのちお金を拾うことを加味した金額だった。変身そのものに使った金額は半分程度。
加えて先程の階層へ適応する為に150000円。
途中に雑魚敵を倒す度に拾い集めて実に4000000円ほどの資金を得ていたが、これはネイキッドフレイムとの約束でのちのち半額は渡す予定である。つまり……リッチマン自身が持っているお金は変身用・獲得した物を含めても精々約2850000円程度。せっかく苦労して獲得したお金をほとんど失うことになる。
――だがこの窮した状況ではそうも言っていられない。リッチマンは暑さであたふたしながら札束をストレージに次々と注ぎ込んだ。
――――すぐさま、改めてこの煉獄のような暑さにも耐えうる冷たい空気がヒーロースーツ全身から吹き出し、リッチマンを保護した。
「――――くはーっ!! ぜえっ……ぜえっ…………ここに来てたった数秒で死ぬかと思ったぜ…………。やっぱ油断ならねえな、ここ…………。」
「――まさか、いきなりこな極地みたいな環境になるなんて……改めて、状況は?」
マユもこの人外魔境とも言えるような異常な空間に驚きつつも、オペレーターたちに分析と解析を促す。
「――――き、気温500℃、湿度80%!! 活火山の深部に匹敵する炎熱で過酷な環境下です!!」
「もはや、ヒーローでなければ全く活動することが出来ません…………!!」
オペレーターたちは慌てて状況を目の前のコンソールやレーダー類を用いて計測、分析し、司令室のモニター中に情報が表示させている。別室の対悪性怪物殲滅班のメンバーたちも大きなモニター越しにこの危険で異常な環境を見てざわついているようだ。
「――ま、まさかこんなマグマみたいなトコに通じてるなんて…………お2人に持たせた物資で対応出来るっすか…………?」
「――治療室はいつでもスタンバってますよー……つらかったら無理しないで戻って来てくださいね、リッチマンさん、ネイキッドフレイムさん……!!」
――物資係のシライと治療室担当のアイバは女性二人、自ずと身を寄せ合い、固唾を飲んでモニター越しにヒーロー二人を凝視する。
「――――どうやら、俺が一番力を振るうべき……場所のようだな…………リッチマン。俺の後ろに居ろ。前衛を務める。何かあったら躊躇わずに課金しろ。」
「――ネイキッドフレイム…………!!」
「こんな余裕のない非常時だ。躊躇うな。俺の取り分のお金も使っていい。二人で生きて探索して…………二人で生きて帰るぞ。」
「…………おうよ!!」
――炎に耐性の強いネイキッドフレイムが前に出て、リッチマンは改めてこの極地を突き進む覚悟を新たにした。
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――そこからはさすがに苦戦を強いられた。
敵はさらに強くなっている上に、これが並みの人間だったなら消し炭になっているであろう、火炎による攻撃を多く受け続けることになった。
火炎の熱波。火球。炎熱を伴ったカギ爪や牙の攻撃、豪烈な打撃。
その多くを前衛がネイキッドフレイム。後衛がリッチマンというライフシールドの形を成して敵を屠りながら突き進んだ。
さすがの屈強な肉体と能力を持つネイキッドフレイムも苦しそうだったが、やはりヒーローとしてのパワー、タフネスともに抜きんでており、実に後衛を守るタンクとして十二分に活躍している。
無論、リッチマンとて守られているだけでなく、ネイキッドフレイムが敵の攻撃を防いでいる隙にすかさず、ひと際力を込めて打撃などの攻撃を敵に見舞った。2人だけとはいえ、連携プレーとして見事に機能していた。
そのような状態で、苦戦しながらもしばらく突き進んだ辺り――――
「――――ふうっ…………ふうっ…………」
「――大丈夫かよ、ネイキッドフレイム。ちょうど敵がいなさそうなひらけた場所に来たぜ。ほら、スポーツドリンクと飯を食え。今のうちに……」
「……そうだな。すまん。ありがとうリッチマン――」
――ネイキッドフレイムも余裕が生まれれば攻撃にも参加していたが、ほとんど敵の攻撃を防ぐ為に己の肉体と炎の力による防御に徹していた。
ただでさえ能力を使えば激しくカロリーを消耗するネイキッドフレイムの弱点。リッチマンに渡されたスポーツドリンクと食料を、汗を噴き出しながらガツガツと喰らった。
「――――っと。どうやら…………あんまりのんびりしている場合じゃあなさそうだな…………いけるか、ネイキッドフレイム?」
「――ん…………大丈夫だ。まだまだ余力はある。」
「――――二人ともタフでありんすねえ。でもどうか気を付けて。危なくなったら躊躇わずに『リターン』か帰還用の瓶を割っておくんなんし――――」
そう緊張感のある声で3人は会話した。
目の前に新たなる門番らしき敵影が見えるからだ――――