第17話 信頼と言う名の
「――――私、治療室担当のアイバって言いまーす!! 怪我したり疲れて戻ってきたら遠慮なく言ってくださいねー!! 怪我も疲れもシュパアアアン!! と解決です!!」
「――――俺はオオツカだ。ここはお前さんのヒーローとして戦うデータを元に武具を開発していってる。張り切って強え武器こさえてやっからよ、悪に向かってその拳、ビシっとお見舞いしてやれよ!!」
「――――ハーイ!! こちらそのオオツカ父の娘のライカでーす! 全く新たな役に立つアイテム開発の為に、日夜薬品や物資をコネコネしてます。班内錬金術少女ってのは私のことでーす! コドモがここで働いてていいのかって? 細かいことは言いっこナシですよお!!」
「――――若造。お前さんが所長さんの見付けて来たヒーローか。儂はキヨカワ。何の役にも立たん老いぼれがここの隅っこに場所を置かせてもらっとる。儂自身は他の若いモンほど動けんが……まあ、伊達に歳は食っとらん。戦いのイロハにでも困った時に知恵袋ぐらいにはなるかもなあ。まあ、あまり期待はせんでええぞ。」
――ヨウヘイが自発的に班内を巡るまでもなく、次々と頼もしそうなサポーターたちは口々に自分の担当分野と共に自己紹介をして来た。あまり多くの人から声を掛けられた経験の無いヨウヘイは、少々面食らってしまった。
サクライが、苦笑いをして額に手を当てながら呟く。
「――やれやれ。皆さん、いざ戦力が来るとなると待ってられないんだから…………まあ、いいでしょう。ここの主な班員たちは以上です。班長である私サクライは所長と相談しながら、ここで各々の仕事や指示を与えさせてもらってます。こんなところですね…………では、奥の部屋へとご案内します――」
サクライはそう告げて、マユの待つ奥の部屋へとヨウヘイを案内した。
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――――奥に行くと、マユが中央のスーパーコンピューターを操作し、司令などを出すであろう台座と椅子に控えていた。通信ユニット類が多く、オペレーターと見られるヘッドフォンマイクを付けた職人がさらに何人かいた。
「――む。来んしたぇ。オペレーターのみんなも彼に挨拶して。」
マユがコンピューターのモニター画面に向かってキーボード操作したままそう告げる。
オペレーターは4人ほどいるようだ。内2人が席を立って歩み出て、ヨウヘイに会釈した。
2人は、どうやら双子の女性のようだ。髪の色が緑と青、そして髪型がそれぞれ緑の方は右目、青の方は左目の目元を覆うように伸びているが、背丈も顔立ちもそっくりである。
「ようこそオペレーションルームへいらっしゃいました。私はウーノ。」
「私はサーノ。貴方が戦地に赴く時は――」
「「所長と共に、通信でサポート致します。」」
双子らしく、言うタイミングが被った。何とはなしにこのオペレーションルームの非日常的な、まるでSF映画のような光景に、ヨウヘイはほんの少し気圧された。
「……どもっす。これから、よろしく……。」
それでも何とか、返事はしたが――――
「――んがあ……があ…………ンンンゴオオオッ!?」
「うわっと……」
ヨウヘイが思わず驚いたのは、向かって左側に座っていた男性のオペレーターだ。居眠りでもしていて急に起きたのか、奇声を発してビクッと涎を垂らしながら起きて目をしぱしぱさせた。
「――んんん……あんたが、戦いに行ってくれるカネシロ=ヨウヘイ……リッチマンか? 済まねえな。みっともない姿見せちまって。俺はカナザワ。ちょいと寝不足でな…………。」
目元にクマを作り、額に冷却湿布を貼っているオペレーターは、疲労を露わにしながらも会釈した。
「――えーと……自己紹介……あとは――――フジムラさん……フジムラさん?」
――マユが反対側、ヨウヘイから向かって右側に座っている、童顔の青年職員に声を掛けた。
「――――うえええっ!? またガチャ大爆死じゃ~ん…………頑張って石貯めたのに――――ああっ!? す、スミマセン。仕事中にアプリゲームやってて……ぼ、僕、フジムラって言います…………人が苦手で……その、対人恐怖とかありますけど、よ、よろしくお願いいたします!!」
「……ほどほどにしておいてぇ。それからカナザワさんも、働き過ぎて身体を壊さないように用心してくんなまし。」
やんわりとだが、男性オペレーター2人の自己管理の成ってなさを叱るマユ。
だが――――
「――マユ。それはあんたにこそ必要なんじゃあねえのか? あんた所長だろ。この研究所のほとんどの職員さんが、あんたのこと心配してるんだぜ…………。」
――ヨウヘイが咎めるように言うが、マユはモニターに注視したまま、軽くいなそうとする。
「……そうかもしれんせんぇ。でも、こなたの班員たちの話を聴いたでありんしょう? わっちを咎めたいのなら、せめて何か『成果』を出して欲しい。わっちは――――彼らの人生を背負ってありんすの。」
「――そ、そりゃあ――――。」
――ワーカーホリックなどという言葉とはまた次元の違う、マユの『悪』打倒への研究への没入。本来ならヨウヘイは黙ることなく苦言を呈しているだろうが――――
「…………確かに、聴いたよ。この研究所の、特に対悪性怪物殲滅班の人たちは全員――――家族とか、友人とか、恋人とか恩人とか…………大切な人を『悪』に奪われちまって、半分復讐の為に働いてるってな。」
――そう。先ほど矢継ぎ早に自己紹介をして来た職員たちは、皆、マユ同様『悪』に多くを奪われ、憎んでいるのだった。
もちろん、単なる憎悪だけで対悪性怪物殲滅班に属しているわけではなく、新商品開発による社会への貢献や、世界政府からも問題となっている『悪』の軍勢にどう対処すべきか懸命に戦っているのだった。
だが、やはり彼らの目には1人残らず、憎悪の黒い焔が灯っているのがヨウヘイには見えた。同時に、貴重な戦力である自分に…………『我らの無念を晴らせ』と脅迫めいた『信頼』を寄せているのがわかった。プレッシャーだ。
「――その通りでありんす。ぬしもここまで来んした以上、まさか逃げないでありんしょう? 期待しておりんす。ただ――――」
――そこでようやく、マユは座席を反転させてヨウヘイに向き直った。
「――確かに半分は復讐。そいでもう半分は『正義』のためでありんすぇ。こなたのまんま『悪』の軍勢を野放しにすると、悲しい人生を送る人がますます増えて来る。力を貸してくんなまし。わっちはそう彼らと約束している。」
――――このオペレーションルームにいる者たち全員が……静かに、ヨウヘイへの期待混じりの脅迫めいた、緊張感のある目をしている。所長であるマユの身を案じてはいるのだろうが、それ以上に少しでも『悪』を叩くという悲願を果たしたくて仕方が無いのだ――――
「――――OK。俺も覚悟決めるわ。ただし、報酬以外に俺ともうひとつ約束してくれ、マユ。」
「――――何?」
「――口出しすんのに『成果』が要るってんなら、出してやる。その代わり……『成果』を出したらマユをはじめ、あんたら全員――――もうちょい自分の事労わってやってくれ。頼むよ――――。」
――――まだ彼らとの関係性は浅いはずのヨウヘイ。全員、驚いたような顔をしたが、すぐに頷き、持ち場の端末に向かった――――ヨウヘイが勇敢なだけでなく、悲しい顔をしていたからだ。
「――――いいでありんしょう。では、こっちに来てくんなまし。」
――マユだけは、ヨウヘイの憐みに絆されることなく、冷徹にそう呟いた――――