9◆思いがけない来訪とお礼の品
王の妹から三回目の茶会への誘いがやってきた。きっと暇なご婦人なのだ。とはいえ、今はゲストの身であるシヴォレー王女も暇ということになっているので、断ることはできない。
結婚式の準備についてはアリドネア側が持つ。シヴォレー側は持参金も嫁入り道具も持ち込んでおり、ウエディングドレスもシヴォレー一番のデザイナーのものを用意してあるので、これ以上何もすることはないのだ。
あれから数回図書館にも行ったが、調べ物の目星は付いたようでファレルはライオネルが寄越した従者にあれこれ告げて調査をさせている。そんなわけで王の妹の茶会などというどうでもいいイベントはセイラにお任せというわけだ。
茶会の誘いのことをセイラがファレルに愚痴ってるとノックが聞こえた。こうして思いがけない来訪があるので気が抜けないと言うわけだ。よそ行き声でセイラが「どうぞ」と応え、入って来たのはアイザックであった。
「まあ、アイザック様。如何されたのですか?」
「時間が少しできてな、今は大丈夫だろうか」
「ええ、お座りになってくださいな。今お茶を用意いたします」
セイラがそう言うとファレルに目配せをし、お茶と茶菓子の支度をする。ファレルはお茶を淹れるのがとても上手というわけでもないが、手順を時間通りにやれば普通のお茶は出来上がる。そこら辺の貴族の娘が嗜み程度で出来ることなら大抵どうにかなるのだ。そうして淹れた普通のお茶をアイザックとセイラに出してファレルはさっと離れた。
アイザックがティーカップを持ち上げると、手首の辺りがキラリと光る。
「あら、アイザック様そちらは」
「ああ、早速使わせてもらっているよ」
セイラが贈ったカフスがシャツの袖口で輝いている。どうやらお気に召したらしいとセイラは上機嫌に笑う。
「まあ、やっぱりお似合いですわ。思った通り」
「そうか」
セイラの笑顔に、アイザックも笑顔になる。それはもう、今まで見たことないように柔らかく。そんな二人は傍から見ると仲睦まじい婚約者同士に見えるではないか。
(…これはどういうことかしら?)
ファレルがその変化に気付かないはずがない。侍女の振りをしながら二人の様子をまじまじ観察する。
「いい品が手に入ったからすぐに渡したかったんだ」
そう言ってアイザックがセイラに渡したのはアクセサリーの箱だ。長細いのでネックレスだろう。セイラは蓋を開けて中身を確認すると、思った通りだ。
「まあ素敵!アイザック様これって」
「気が付いたか、私がもらったカフスと同じ作家のものだ」
アイザックの石が光を受けた透明に限りなく近い青で、セイラに贈ったこの石は晴れ渡った空を写し込んだみたいな濃い空色だ。
「吸い込まれそうな色…それにとても細かい細工、素敵だわ」
「この作家の物を持ってくるように頼んだら青いアクセサリーが多かった。本人が好きなんだろうな」
「こんなに早くいただけるなんて思いませんでした」
「付けてくれるか?」
「ええ、もちろんですわ」
「私が…付けてもいいか?」
「え…はい」
アイザックは立ち上がり、セイラの座るソファの後ろに回る。予想外の出来事にどうしたものかと思うのだが、セイラはただ微動だにせず座っているしかできない。
「髪に触れてしまうがいいか?」
「あの…はい…」
男性にアクセサリーを付けてもらうなんてことは生まれて初めてで、これがファレルの振りをしていなければ「ちょっと待った」と言うのだが、婚約者同士親睦を深める必要があるのならここで拒否はできない。
ネックレスを付けるために髪を横に流してうなじを露わにされるのは、さすがのセイラも恥ずかしい。
「柔らかい髪だな」
「え…いえ…ありがとうございます」
すっかり真っ赤になってなすがままのセイラの首に掛かっているネックレスをアイザックが外し、侍女の振りをしたファレルへ渡す。それを柔らかい布で受け取り、片付けと称してファレルは二人から離れた。どう見てもそこに居ていい空気じゃない。ここからイチャイチャした雰囲気になるのならこっそりと部屋を出なくてはと、少し扉の方に寄る。ちなみに助ける気持ちは微塵もない。
二人の様子を眺めながらファレルはぼんやり考える。実際、セイラという人はとてもモテるのだ。まず王太子と血を分けた公爵家の娘であり、父親は元王族というその条件だけで見た目や性格など度外視で縁談の話は山ほどくる。
第二王女の侍女として仕え、兄以外の王族からの覚えも良く、仕事も優秀だと評判な彼女だが、彼女自身は縁談の話を聞いたことがないだろう。
それはセイラがあまりに重要な位置にいる公爵令嬢のため、おいそれと縁談の話を進められないというのが理由の大半であるのだが、ライオネルは事あるごとに「ファレルと並んだらめっちゃ地味」だとか「清楚以外に褒めようがない」などと揶揄うので、本人は縁談が来ないのは「清楚以外に褒めどころがないからだろう」と思っている。
しかし実際はファレルが大輪のバラだとしたら、セイラは一輪のユリのような美しさだ。比較する周囲が美貌の王族なのでセイラの基準が狂ってしまい、ライオネルの言葉を真に受けているのかもしれない。
そしてセイラの性格はなかなか図太いイイ性格だ。ファレルもライオネルのような近しい人たちもそう思っているのだが、あまり彼女を知らないとそうは見えない。
興味のないことは笑顔で聞き流しているその態度が、笑って話を聞いてくれているように見えるのだ。いつも笑顔で話をよく聞いてくれる美人がモテないわけがない。
(ここにも、それに引っかかった男が一人…)
ファレルがなんだか遠い目でアイザック見ると、なんとも熱い眼差しをセイラに向けている。二人で鏡の前で並んでいるが、アイザックはセイラの方ばかりを見ている。
「まあ、本当にとても綺麗ですわね」
頬を赤らめたセイラが、それでも笑顔でそう言うのをとても可愛らしいとアイザックは思う。
「よく似合っている。ファレルは鮮やかな色でも品よく見せるな」
「アイザック様の見立てが良いのですわ」
振り向いてそう言ったセイラに、アイザックは優しく微笑む。そんなアイザックの反応に、セイラは「してやったり」の顔をしているが、これは近しい者しかわからないだろう。セイラは王女の代わりとして婚約者の機嫌を取ることに成功したのを喜んでいるのだ。
(セイラ、誉め言葉が上手くいったのではなくてよ…自分の選んだアクセサリーを喜んで身に着けたからでしょうが。しかもあの照れ笑い)
ハニートラップであればものすごい威力だとファレルは眺めているが、今回その意図はない。どちらかというとこうも簡単に心を開いている様子は意外である。
最近アイザックのことはすっかりセイラに任せっきりにしていたが、やはり状況確認は自分の目でしておくべきだ。こんな状態になっているのを無自覚なセイラ本人から報告が上がるわけがない。
さて、これは一体どうしようか。