8◆アイザックへの贈り物
セイラが外商を呼んで買い物する間、ファレルは「今日はお休み」と初めて見る従者と一緒に出掛けて行った。聞くとシヴォレー王太子のライオネルが直々に寄越した従者とのことで、黒い帽子と黒いマフラーで鋭い瞳しか見えないのだ。どう見てもただの従者ではない。
こんな従者を寄越すということは、ライオネルはファレルが動き回っていることを知っていて、セイラが替え玉にされているのも承知しているということだろう。
(ライオネル殿下ってば入れ替わっているのを止めもしなかったのね)
人の気も知らないで、とセイラは少しふくれるが、今はファレルということになっているのですぐに表情を整える。
外商にはアイザックに贈るものを選ぶと伝えたので、見繕って商品を持って来てくれた。本当ならシヴォレーの逸品などを渡すのだろうが、それでは茶会に話題にするには間に合わないので今回はこれで許してもらおう。
「アイザック殿下は深い色味を好んでお買い上げになることが多いですね」
外商は商品を並べながらセイラに言う。全体的に黒っぽいアイザックは深い色合いが映えそうだ。マリーが贈ったというアメジストのブローチもよく似合うだろう
セイラは商品の中から特に上等な、王家の者へ贈るのに相応しい品を厳選していく。そしてその中から手に取ったのはカフスであった。深い色味を好むと聞いたばかりだが、その石は昼間の小川の水のように透き通った明るい水色をしている。全体的に黒っぽいアイザックなので、こんな明るいのを付けると良いアクセントになりそうだ。
「これ、カットがとても綺麗ね」
「さすがシヴォレーの王女様、お目が高い!こちらは新鋭気鋭の作家の作でなかなか入荷をしないのです」
付ける時も金具に引っかかる部分もなく、機能的で美しい。
「ご自身で買うのが深い色ならば、こういう色味はお持ちじゃないかもしれないわね。試してくださればよろしいのだけど」
代金はアリドネア王家ではなく、ファレル王女付けにしてもらい契約のサインをする。
買い物も済んでお茶をしながらのんびりしている最中、「愛するつもりはない宣言」を受けているのでお返しがないかもしれないということに思い至ったが、シヴォレー側から友好的であるという態度を取るのは良いだろうと、予定通り贈ることにした。
改めて思うが、一筋縄では行かない国だ。
***
「これを俺に?」
「はい、いつも深い色味を身に着けていらっしゃるとお聞きしたので、華やかな輝きがあればアクセントになるかと思いまして」
アイザックが小箱からカフスを手に取り眺める。透明度の高い、一見にして質のいいとわかる石で、カットもデザインも新しさがあり良い品だ。
「本当ならばシヴォレーの名工の品をお贈りしたいのですけど、デザインなんかを考えたりと時間が掛かってしまうので」
「いや、十分だ。とても綺麗だ」
良い品を選ぶ目利きには自信があるセイラだが、アイザックも気に入った様子でほっとする。
「俺はファレルに何もあげられていないな」
「まあ、何かくださるんですか?」
「ああ、もらってばかりだからな」
やはりもらったらお返しをする性格のようだ。愛する云々ともらったものの礼は分けて考える人なのだろう。あげたものと言えばカフスとお菓子だけなので「もらってばかり」というほどでもないのだが、ここは相手の望むままにもらっておこうとセイラは思う。
アクセサリーを贈られたとしても、ファレルとセイラは目と髪の色が同じなので、引き渡すとしても全く似合わないということはないだろう。
「マリー様にアメジストのブローチをいただいたとか。とても素晴らしいと聞きました、是非見てみたいですわ」
セイラはふと思いついてアイザックにそう頼んでみる。あれだけ自慢する品ならきっと美しいのだろう。それならひと目見てみたいものだ。
「確かに石の大きな見事なものだ。王家への献上品だから宝物庫へ保管してある」
「アイザック様はお付けにならないのですか?」
セイラは何の気なしに聞いたのだが、アイザックの表情が一瞬固まる。
マリーと自分との噂を婚約者も知っているのではないか。故意に流している噂ではあるが、来たばかりの彼女の耳にまで届いているとは。
「………付けない」
アイザックは憮然と、セイラにそれだけ答える。
「はあ、そうですの…」
アイザックの回答に、好みじゃなかったのかしら、とセイラは思う。いくら立派なアクセサリーとはいえ、デザインが自分の好みじゃなければ付けたくないのはよく解る。セイラが贈ったカフスも同じ道を辿るかもしれないが、今回の目的は「王太子にファレル王女から贈り物を渡し、そのお返しを王太子からもらう」なのでカフスの処遇について希望はない。
それからアイザックとセイラはお茶をしながら他愛のない話をした。アイザックは忙しいようで、共に食事をしたのは最初に来た時の一度きりだ。今日もこれからアイザックは出掛けなければならないらしい。
「時間がなかなか取れずに済まない」
「お心遣いありがとうございます。結婚したらお手伝いできることもあるかと存じます」
「…そうだな」
セイラとしてはファレルの振りをする時間が少なくて済むのは願ったりだ。しかし、一緒に食事をする時間も取れないのは少し心配である。
セイラがお茶を終えて退席するとアイザックは従者も下がらせて、一人深く椅子に座り込んだ。
薄い水色の石のカフスを手に取って眺めてみる。自分では選んだことのない色だ。
「…ファレル」
マリーとなど何もない、あちらが流した噂が都合がいいので使っているまでだ。本当ならファレルにそう言ってしまいたい。
全てを諦めきれたと思っていた。きっと事が終われば自分もいずれ始末されるだろうと。
王位になど何の興味もない。国は戦争をやめ平和への路線へ舵取りをしたので、そのまま行ってくれたらいい。サザクード侯爵家を押さえることができれば、その一派の動きも止まり、不穏な種は摘むことができる。
その先の未来を、ファレルと一緒に見たいと思ってしまった。
結婚式の前までにサザクード侯爵の一件は露呈する。そうすればその流れでアイザックは廃され、イシュマが王太子となる。そこから先、シヴォレーがどう出るかはわからないが、国内の安定を考えればアリドネア王家のお家騒動など知ったことではなく、そのまま王太子となったイシュマとファレルの結婚は行われるだろう。
ファレルに惹かれれば惹かれるほどに、アイザックの心は重く沈み込む。
ファレルがくれたカフスのデザインは個性的だ。きっと他の作品も作家のカラーが出ているだろう。カフスをじっと眺めていたアイザックはふと思う。外商にカフスの事を聞き、できれば同じ作家のものを用意できないか聞いてみよう。
婚約者である今、彼女に何かを贈るくらいは許されるはずだ。