7◆アクセサリー自慢大会と傍観者
王の妹が主催するシヴォレー王女を馬鹿にするう茶会には、王女からの希望ということでアリドネアの伝統菓子が用意された。「我が国にはこんな素晴らしいものがあるのよ」という自慢も兼ねているので、妙なものは用意されていない。
「まあ、どれもこれも初めて見るお菓子ですわ」
嬉しそうにシヴォレーの王女が言うのを王の妹は満足そうに頷いた。セイラもこの菓子さえあれば茶会を笑顔で乗り切れる。一口食べてみると、先日アイザックと食べたお菓子と同様に香辛料が使ってあるが、その使い方は上品で香りがふんわりと鼻を抜ける程度に使ってある。
「まあ、とっても美味しい。色もカラフルで楽しいですわね」
「シヴォレーのお菓子ってどれもこれも茶色くて、なんだか地味ですわよね」
今日もまたシヴォレー下げが始まったが、セイラは美味しいお菓子を食べているので無敵の聞き流しモードだ。茶色い菓子を地味だと言うが、茶色い食べ物がなんだかんだ言って一番美味しいでしょうと思っているセイラである。しかしそんなことは口にせず今日もニコニコと笑顔でいるのだ。
後ろに控えているファレルは取り囲む女たちを冷静に見渡す。どいつもこいつもくだらない悪口の茶会に楽しそうに参加をしているが、王立図書館で確認した海の権利を持つ家の者が多い。恐らく現王の政策により利益が薄くなったことだろう。
サザクード侯爵家の娘・マリーも参加している。彼女を取り巻く令嬢も多いので、この茶会で力があるのが見て取れる。情報を得た状態で再び見れば茶会の景色が変わって見え、ファレルは心底愉快であった。
セイラの「興味がないものはとことん聞き流す」の効果も抜群で、何を言っても笑っているだけだと思った女どもは自制心なく好き放題話す。そうなると誰がどう思っているか、自分の家がどういう方針か、全てが筒抜けなのだ。
それには参加せず笑顔で状況観察をしている令嬢は憶えておいて後から個別に調べようとファレルは後からの予定に追加した。
「まあマリー様、それはアイザック殿下から送られたネックレスでございますね?」
取り巻きが大げさに言うと視線はネックレスの持ち主のマリーに集まった。
「ええ、こちらからの贈り物のお礼にって」
「とてもお似合いですわ」
見れば金とルビーの赤がとても豪華なネックレスだ。王家から賜ったものと言われ納得の品である。
「ファレル様はアイザック様に何か贈り物はいただいたのかしら?是非拝見したいわぁ」
話の中心はマリーだったはずなのに、唐突に話題を振られたセイラは菓子が喉に詰まる寸前であった。どうにか飲み込みお茶で一息つくとセイラは口を開く。なんと油断のならない茶会だろう。
「アイザック様は贈り物にきちんとお礼をされる方なのですね。私はまだ何も差し上げておりませんので、お返しを頂いたことはございませんの」
セイラは慌てることなくにっこりと笑って返す。ネックレスを見せびらかしてアイザックとの仲を自慢したり、婚約者なのに何も貰ってないのかと言いたいのだろうけど、そんな話に乗ってやる必要はない。
「あら、でも、婚約者なんだし…」
「私も何か差し上げた方がいいかしら、あなたはアイザック様に何をお贈りしたのですか?」
「サザクード領には鉱山がございますの。そこで取れたアメジストで作ったブローチを献上しましたのよ」
「まあ、そうでしたの。ではあなたの他のアクセサリーも自領で採掘したものですの?」
「自領のものもたくさんありますが、この指輪は王都の宝石商が選び抜いたものでしてよ」
セイラは質問返しをすることで、話題はマリーの宝石自慢へ移り変わる。指輪を購入したのは王都で一番と言われる宝石商で、マリーも話すのに悪い気はしない。
そんな話に刺激をされたのは王の妹である。「わたくしのだって」と自慢を始め、だんだん各人のアクセサリープレゼン会場になっていった。
そこでセイラに話を振られても「私は自慢できるようなものはございません」と言えば、みな満足そうに笑うだけだが、皆自分の自慢話に夢中でそんなことをする余裕はないようだ。
そうしてセイラはあとの話を聞き流し、美味しいお菓子を堪能するばかりである。
意地悪な質問をされても話に窮することなく、自分の都合のいいように場をコントロールしてしまう。それをセイラは計算ではなく天然でやってのけるのだ。本人には何かをしたという意識すらないだろう。
ファレルであればこんな場面は勝ちに行ってしまうのだが、こんな方法をセイラを見て学んできた。
さて、とファレルは目を光らせる。あのマリーという娘は自分がアイザックに愛されているという話に持っていきたかったに違いない。と、いうことはここにいるメンバーには隠す必要もないということだ。内々に側室になるという話でもあるのだろうか。
ならばこういう茶会で「婚約者よりも力が強い」と見せつけようという魂胆だろう。まあそれもセイラによって話を流されてしまったのだが。
アクセサリーのプレゼンが盛り上がる中、お茶会はお開きの時間になり、セイラは数々の郷土菓子を食べ満足して客間に戻った。そうしてファレルを「お疲れ様でした」とソファへ促す。本当は主賓の座る大きなソファに座ってほしいのだが、そういうところからボロがでるのだと部屋の中でも徹底して逆の立場を強いられている。
「そんなに気にすることないじゃないの。セイラだって、もし仮に王位を継いだのがお父様じゃなくて叔父様だったら王女だったのよ?」
「その「仮に」はございませんのよ。王家に近しいからこそ、しっかりとした線引きをしなくてはなりません」
「そうね、ならその線の外側のことを結婚式まで楽しませていただくわ」
そんなことをファレルがお茶を用意しながら言う。
「そうだ、ファレル様。今日はマリーという令嬢がアイザック様にもらったネックレスを自慢したかったようですが、ファレル様としてどのような対応をいたしますか?」
「心底どうでもいいから、セイラが思ったままに反応してちょうだい」
「それだと全部聞き流してしまいますが…」
「それで構わないわ」
アイザックの寵愛を受けてるというのも疑わしいが、それが事実だとしてファレルは「だから何だ」という気持ちだ。もし別の妻と結託するようならば、どちらからも力を奪うまでのこと。
「親愛の印に何かアイザック様にお贈りしますか?」
「それもセイラに任せるわ」
今日の茶会はアイザックから贈られたアクセサリーは「持っていない」で済んだが、次の茶会もきっとこんな感じだろうから「アイザック様にいただきました」と言えた方が同じ対応にならずにいい気がする。贈り物にはお返しが来るようなので、とりあえず何かあげてみようとセイラは思う。
それでは一体何をあげたらいいのか。シヴォレーの王女からの贈り物として恥ずかしくなく、それでいて婚約者としての親しみもあり、かつセンスが良いもの。シヴォレーにいた時ならば勝手知ったる王宮だったが、ここでは一からどこの誰に相談するのかから学び直さなくてはいけない。
(まあ、これは必要な勉強ね)
そんな風にセイラは考え、とにかく明日王室に来ている外商を呼んで相談してみようと、セイラは上等なお茶に口を付けた。
きっとアイザックのお付きの人も頭を悩ませて返しているのだろう。それを思うと妙に親近感が沸くのであった。