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6◆密談

王家の者しか知らない地下通路にアイザックとイシュマの姿があった。真夜中に二人は誰にも気付かれることなく、ここで落ち合っている。

王宮で見せる二人の姿は距離を感じさせるものであり、口を開けば嫌味の一つも出てくるのだが、今の二人は静かにぽつぽつと言葉を交わす。


「本当に…僕と王太子を代わるのか?」

「今までそのように進んできただろう」


アイザックとイシュマは不仲に見せているだけである。が、イシュマの後ろにあるランドラー公爵家のことになると話は別だ。

アイザックの母親は地方豪族の娘であり、城の中では何の力も持たない。誰もがイシュマが王太子になると思っていたが、アイザックに王太子の話を持ち掛けてきたのはランドラー公爵家からだった。


長年サザクード侯爵家は不穏な動きをしていたが、なかなかしっぽを掴めなかったのだという。しかし魚人うおびとの件で派手な動きをしている今はチャンスだ。そこでランドラー公爵が提案してきたのがアイザックを王太子にし、旧政策を推進すると言わせサザクード侯爵とその一派をおびき寄せ、機が熟した時に一網打尽にするという計画だ。

アイザックの立場も何もない案だが、イシュマの母親に怯え切ったアイザックの母はアイザックに言うことを聞くように懇願したのだ。


「晴れてイシュマが王太子になれば、アイザックのことも悪いようにはしない」


ランドラー公爵のその言葉をアイザックの母は鵜呑みにしたが、そんな甘い話はないと当のアイザックは思っている。サザクード侯爵を追い詰めるに当たって、アイザックも汚名を着せられ体よく始末されるに違いない。

ランドラー公爵家は長年このアリドネアの発展に尽力している。サザクード侯爵のように私腹を肥やしているのではない。真に国のために思い立てた計画が、アイザック個人にとっては理不尽であるというだけだ。

父である国王も、後ろ盾を含めてイシュマが王太子として妥当だと考えている。王宮の中で頼れるものは誰もおらず、アイザックは割り当てられた役をただ演じるしかなかった。


「ファレル王女と上手く行ってそうだけど」


ファレルの名を出され、アイザックはイシュマの顔を見やる。


「俺と彼女が上手く行ってるのではない。彼女にこの国に入る覚悟ができているだけのことだ」

「じゃあアイザックは僕とファレルが結婚するのでいいんだね?」

「最初からそういう話だ」

「…僕は納得がいってないよ」


イシュマの言葉にアイザックは目を見張る。この計画が立ち上がった時から今日まで、イシュマは自身がどう思っているかを口にしたことがなかった。


「アイザックは兄上が亡くなったのは事故だと思っているのか?正妃の一族の力を削いでおきたいのは一体誰かと…」

「イシュマ」


強い口調で言葉を遮られ、イシュマはそれ以上言葉を続けることはできなかった。


「お前が王になるんだ」


アイザックはいじけているわけでも諦めているわけでもない。ただ現実的に考えればそうとしか答えは出ないのだ。自分には争う意思はないので、もっと穏便にイシュマが王太子になれば良かったと思うが、もう仕方がない。ただ、ファレルとはもっと別の形で出会えれば良かった。


「役割を全うすべき」と彼女も言った。ならば自分もそうであろう、彼女のように真っ直ぐに。


***


アイザックは期待以上の働きをしてくれたものだとランドラー公爵は思う。


魚人うおびととて全員が同じ意見なわけではない。中には悪だくみをする者もいる。言葉巧みに同胞を集め、労働力として「ただの二足歩行の人」に売り飛ばし儲けている魚人うおびとにとっては対等な取引なんてされたら商売上がったりなのだ。

その魚人うおびとの罪の証拠は上がっている。あとはサザクード侯爵と彼らの密談の現場を押さえるのだ。表立って活動を始めたサザクード侯爵の守りは鉄壁とはいかず、間抜けな王太子に取り入り裏で操ってやろうとしていたが、サザクード侯爵の希望を叶える素振りで諜報員をサザクードの派閥に入り込ませることに成功した。


仕事をさせてみて思ったが、アイザックは優秀だ。イシュマを王位に就かせるためには邪魔である。本人にその気がないにしろ、イシュマより年長であるアイザックをいつ誰が担ぎ上げるかわからない。今は引っ込んでいる正妃の一族がアイザックに近付かないように目を光らせてはいるが、やはり芽は摘んでおくに限る。


シヴォレーからやってきた王女も凡庸な女だと聞く。取り込んでシヴォレー王家も上手く使ってやろう。

全てはこれからも永遠に続くアリドネアのために。


***


さて、また王の妹の茶会があるらしい。またこき下ろしの吊し上げの会だと思うので、気分を上げるためにセイラは「アリドネアの伝統的なお菓子を食べてみたい」と注文を付けた。


「王女らしくなってきたんじゃない?」


そう言ったファレルをセイラが睨みつけるが、心底楽しそうに笑われて終わりだ。


「ところで、一体いつまでこの状態でおりますの?」

「結婚式までよ」


和平の証でもあるので、結婚式は早急に行われる予定だが、それでもまだしばらくある。


「結婚式直前に入れ替わっていたと知られて、結婚がおじゃんになったらどうするのです?」

「それはないわ、王子だって避けては通れぬって言ってたでしょ」


ファレルは何てことないというように言う。相手が違っていようがなんだろうが、アリドネアとシヴォレーの結婚は執り行われる。個人の事情などお構いなしだ。ファレルが嘘を言っていた程度のことで覆る話ではないのだ。


「そうそう、お兄様からセイラ宛てに手紙が来ているわよ」

「まあ、ライオネル殿下から私に?」


王太子であるライオネルはセイラにとっても兄に当たる。二人の間では兄妹として接しているが、身分は違うのでセイラは兄とは呼ばずに殿下と呼んでいる。

セイラは兄からの手紙を開くと、笑顔から急速に不機嫌な顔に変わった。


「何が書いてあったの?」

「アリドネアの菓子を食べすぎて太ってないかですって!新しい環境で服を頼む店も決まっていないのだから、着れなくならないように気を付けろって…もう!失礼しちゃう!」


手紙を覗き込んだファレルも読んで大笑いをする。内容は本当にそれだけで、あとは陣中見舞いに贈り物を送ってくれたようだ。


「お兄様はセイラが可愛くて仕方ないのね」

「これを読んでどうしてそう言えますの!?」

「ほら、まあまあ私宛のもお読みなさい」


そう言ってファレルはセイラに自分宛の手紙を見せる。


『愛する妹、ファレル。きっとあなたのことだから、アリドネアでも健やかに過ごしているでしょう。私の血を分けたセイラが付いて行ったので心配はしていない。セイラはきっと食べすぎてしまうから、シヴォレーのお菓子はファレルに贈っておく。時々セイラにも食べさせてあげておくれ』


「まあ、なんという違いでしょう!」

「あなたのことばかりじゃない」

「ぜんっぜん違いますわ!馬鹿にして!」


むくれてしまったセイラにクスリと笑うと、ファレルは再び手紙を読む。シヴォレーの方は変わりないようだ。どこかに「セイラに贈る」と書いてあれば、セイラの手紙に予め決めてあるキーワードが書かれ、連絡事項が読み取れるようになっているのだ。

ファレルは机に向かって兄に手紙の返事を書く。

アリドネア王家は揺れていること、隠密に仕事ができる者を寄越してほしいこと、そして自分が動くことの許可がほしいこと。

それらをシヴォレーの菓子や宝石をねだる内容に乗せて伝えた。

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