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4◆暗躍

夜更け、明かりも持たぬ女が庭の片隅へ向かう。そこは通いの庭師の小屋の影で、逢引きによく使われている。そこで待っている男は王太子のアイザックだ。


「アイン様、お会いしたかったです」

「…どうだった?」


アイン、というのはこの密会で呼ばせている名である。


「ファレル王女、肖像画とは全然違ってますわね。野蛮な獣人じゅうじんのことも人間だなんて言ってるし、フフフ、甘いお菓子の話しかできない程度の人ですわ」

「そうか」

「きっと魚人うおびとを奴隷に戻すと言っても、ぼんやり聞いてるだけじゃないかしら。『美しく聡明なファレル王女』は」


クスクスと無邪気に笑う彼女は、王の妹が開催した茶会に参加していた娘だ。


「では、政策の邪魔にはならないと」

「ええ、お飾りの王妃にはぴったりじゃないかしら」

「…気が早い。王太子妃だろう」


女はフフと笑い、アイザックの胸にもたれ掛かる。アイザックは女の肩に手をやるが、見下ろす視線は驚くほど冷たかった。

他にもその女から話を聞き、お互い夜に紛れて帰っていく。

そして人気ひとけのなくなった庭師の小屋の影に、木の上から人が降って来た。全身黒のパンツスタイルになったファレルである。


「逢引きにかこつけて、情報収集活動ってところね」


一緒にいたのがアイザックと恋仲と噂されるサザクード侯爵家の娘・マリーで間違いない。二人の事はアリドネアに来る前から調査で分かっていたが、ファレルは腑に落ちなかった。

サザクード家は現政策に異を唱えている代表格で、噂が立つほど王家の人間が懇意にするだろうか。これは王子が馬鹿なのか、何か裏があるのか、そこまではまだわからないが恋人同士の雰囲気は皆無であった。


(恋人がいるから他の女は愛せない、ということでも無さそうね…)


流行りの恋愛小説みたなことを言う馬鹿王子なら、とっとと主導権を握り国を裏からコントロールしようと思っていたのだが。


以前アリドネアでは安く売られていた魚が現王になってから値段が上がった。それは魚を取るのに長けた魚人うおびとを無理矢理働かせるのをやめ、魚人うおびとと対等に取引するようになったからである。

それに対して「現政策はアリドネアの人々の生活を圧迫している」「魚人うおびとから王家に金が流れている」と反対派は訴えかけており、呼応する国民もいる。


(人と人が対等になろうというのに、自分の利益のことしか考えられないのであればいずれ滅びゆくわ。悠久の国にはまだまだ頭が固い旧人類がいるものね)


旧人類についてはシヴォレーも人のことを言えないが、とファレルは思う。

対アリドネアについても腹違いの兄であるシヴォレー王太子とファレルは休戦派、世継ぎを生まなかった正妃とその実家が進軍派である。

病気をしてから弱ってしまった王は、今は頼りの綱である兄の言うことを聞き停戦の話を進めた。ファレルの輿入れはアリドネアからしてみれば人質を取ったことになり、シヴォレーからしたらアリドネア王家に入り込み情報収集の意味合いがある。


ファレルとしては建設的な話し合いを両国で行う気がないのなら、どちらも内側から壊していくのもやぶさかではないのだが、兄からは「まあまずは落ち着け」と言われている。

ちなみに、シヴォレー王家も色々複雑で、妃は三人いるが男児を産んだのはおらず、王の側女として仕えていた公爵家の娘が王子を産んだ。そして母親になった女は王家に入ることなく、一人娘だったのもあり婿を取った。それが実はセイラの母である。

婿に入ったのが王の末弟であるのでファレルとセイラはいとこであり、またシヴォレーの王太子は二人にとっての兄になる。


ファレルは頭の中で今までの調査をまとめる。

どうやらアイザック王太子を支援しているのは現政策への反対派、イシュマ王子の後ろ盾は現政策を推し進めたランドラー公爵家である。ランドラー公爵が現政策の中心人物なので、反対派はアイザックに付くしかないのだろう。

当のアイザック本人だが、先ほどの会話で「政策の邪魔にはならない」との発言があった。それはどの言葉に掛かっているかというと「魚人うおびとを奴隷に戻す」である。しかし現行、そのような政策は行われていないので、王太子が王になったらそちらへ舵取りを変えるということだ。


「後ろで糸を引くのはサザクード侯爵ね…そちらも探りを入れないと」


先ほどアイザックと一緒にいた娘の父であるサザクード侯爵は、ファレルが諜報活動で怪しいと当たりを付けていた。現王の敷いた政策で海の権利を多く手放さなくてはならなかった人物である。さすがにファレル一人で別の貴族の家まで調べることはできないので、ここは大人しく諜報員を使うことにする。


手の者によって先に調べさせていたこともあるが、自分の目で確認すると理解度がぐんと上がる。本当は嫁入りしてから探ろうと思っていたが、行きがけにセイラと交代することを思いつき、侍女として城を見て回って本当に良かったとファレルは思う。シヴォレーの王女として来ていたら見られる物の制限があっただろう。


「さあ、私が結婚するのは『アリドネアの王太子』なんだけど…どちらがいいかしら」


ファレルはそんなことを独り言ちて笑い、木の上に戻り屋根へ渡って行く。そして屋根裏部屋がある忘れ去られたような物置部屋でセイラの服に着替え、平然と部屋に戻って行った。

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