3◆吊し上げの茶会
夜、ファレルに用意された部屋で今日も密談が行われる。
「ファレル様、どちらの王子もお顔がとてもお綺麗ですわね。ファレル様はどちらがお好みですの?」
身代わりにされ泣いて嫌がっていたものの、セイラは基本的にのんきである。
今日の姿絵からのバックレ方も実によかったとファレルは思う。家柄だけ立派で特段何の取り柄もないとセイラは自身のことをそう言うが、この妙に肝が据わっている所は稀有な才能だ。
今日も特にビクビクする様子はなく、城の中を見て回り、見たことのない料理に舌鼓を打ち、今は王子の顔がどっちの方が好きかなどという、心底どうでもいい話を振ってくる。ファレルは替え玉にセイラを選んで正解だったと心から思うのだ。
「二人の王子ぃ?似たようなものね。それよりもどちらが私に有益かしか興味がないわ」
「さすが政略結婚の駒の鑑」
「当然。避けては通れないのならば最大限に活用しなくちゃ」
「それでも、見ていたいお顔とか、一緒に過ごしたいお人柄とか、そういうのもないのですか?」
「見ていたい顔は自分ので十分、自分が心地よく過ごすためには環境整備をすればいいの。自分がいる場所で力を示せば誰も何の文句も言わなくてよ」
ファレルほどの美貌であれば鏡さえあれば満足なのだろう。自分の力を示すなんてことは並の人間には難しいことなのだが、やはりファレルほど何でもできるのなら呼吸をするようなものなのだろう。
以上の感想を持ったのだが「はあ…」というため息のような言葉以外に出て来ない。いつもながらセイラにとってファレルの言うことは異次元である。
「まあ、どちらもイケメンですし、極悪非道という感じでもないですし。良かったですねファレル様、ご家族になる方が普通で」
世界には外国からやってきた花嫁に酷く当たる王家もあるという。ファレルならばやられっぱなしということはないだろうが、やはり幸せに過ごしてほしいのだ。
「そうね。それじゃ私は今日も調べ物をしてくるから。明日もこの調子で頼むわよ」
「早く終わらせてくださいね」
そう言ってファレルは部屋を出る。二人の王子の派閥と、正妃の現在を確認しておきたいのだ。
残されたセイラはまた一人、ベッドに横たわった。部屋の内装も天蓋も、母国の物より軽やかだ。重厚なのが良しとされるシヴォレーとは違うが、セイラはこれも嫌いじゃない。
明日は王の妹とご挨拶と称したお茶会だという。あまり自分をファレルだと広く知られたくはないのだけれど、断るわけにもいかない。
「…お茶菓子は美味しいかしらね」
本当はセイラとして気兼ねなく参加したいが仕方ないが、ひとまず茶菓子が美味しければそれだけで乗り越えられる気がする。
今日も布団に入り目を瞑るといつの間にか眠っていた。
***
「シヴォレーって獣人がいるんでしょう?なぜ家畜にしないの?」
「はあ、生態系が違うというだけで人間だからですわ」
王の妹というおばさんは、結局その友達の貴族夫人やらその娘やらも連れてきて、セイラは取り囲まれるようにお茶を飲んでいる。その後ろでは無表情のファレルが控えているのだ。
王の妹は王と数個しか歳が離れていないのだが未婚である。外国からやって来た甥っ子の嫁に王族としていつまでもチクリチクリとできるわけだ。
「まあ、聞きました?シヴォレーの人間は獣と一緒らしいですわよ」
おばさんがそう言うと、その周囲のおばさんの仲間たちも一斉にクスクス笑う。
(もしかしたらと思っていたけど、吊し上げの会だったわね…)
セイラは内心ため息を吐きながら思う。一級品のお茶の味も不味くなるお茶会である。
「アリドネアでも魚人の方たちと和解し、対等な取引を始めたと伺いましたが」
もし獣人の件を聞かれたら魚人のことを尋ねろとファレルから指示があったので、セイラは指示通りの質問で返す。
「兄が馬鹿なのよ!鞭を打って魚を取らせればいいのに、取引をして対価を払うだなんて!国に損害を与えているわ!」
周囲の女たちもそうよそうよと大合唱だが、国に損害と言う割に政治のことを深く考えている素振りは無い。それでも自分たちは国のことを思っているという主張をまくしたてるのを聞き、セイラは今度は本当に小さくため息を吐き、ケーキに手を伸ばす。
「私難しいことよくわかりませんの…まあ、このケーキとっても美味しいですわ」
聞きたくない話は終わらせてしまおうと、セイラはアリドネアの菓子の話を聞くことにした。
「あら…そうね、あなたにはちょっと政治の話は難しかったわねぇ」
菓子の話にしか興味がなさそうなシヴォレーの姫を見下しながら、王の妹はしたり顔で言う。元敵国から来た女は取るに足らないと安心したことだろう。「肖像画と随分違うわねぇ、ずいぶんと絵の上手い絵師ですこと」と揶揄するのも忘れない。
それに向かってセイラはにっこりと微笑むと、王の妹は嫌味にも気付かない間抜けさだと馬鹿にして笑う。
(そりゃあ、別人なんだから違うわよ)
いくら舐めて掛かられた所で別にセイラは王女本人じゃないので痛くも痒くもない。そう思うだけで口にはしないが。後ろに控える本人がどう思ったかは知らないが、思う所があれば自分で事を起こすだろう。ファレルはそういう人である。
セイラ自身も公爵令嬢なので貴族の足の引っ張り合いなど慣れている。しかも王女付きの侍女なので妬みを買うこともしばしばだ。そういう時はどうするか、聞き流して美味しいものを食べて忘れるに限るのだ。
面倒な茶会を終えて、セイラは庭に出る。ファレルは気になることがあるからと、従者とどこかへ消えた。ファレルと交代した侍女はセイラの同僚である。二人でひそひそと「やってられないわよね」「王の妹無理なんだけど」などと話しながら庭を巡る。
「茶会はどうだった?」
そんな愚痴大会の散歩途中、背後から声が掛かる。話をピタリと止めて振り返ると、そこにはアイザックがいた。
「まあアイザック様、今日は初めてお会いしますわね」
「ああ、叔母上たちがファレルに会わせろとうるさくてな」
「皆さまとても気持ちよくお話されておりましたわ」
セイラは嘘を言っていない。セイラに向かって自信満々に話すおばさんは心底気持ちよさそうだった。
アイザックは二人だけの話がしたいと、侍女や従者を少しの間下がらせた。
「この前言ったことなのだが」
「どれでしょう?」
「あなたを愛するつもりはないというやつだ」
「ああ、はい」
この件で他に何か言うことがあるのだろうか。セイラとしては当事者ではないので、この話題はお役御免となってから本人として欲しいと思う。しかしここで無下にするわけにもいかず、次の言葉を待っているが、その言葉はなかなかやってこないのだ。
「あの、なんでしょうか」
セイラが先を促すと、アイザックはハッとしてようやく言葉を口にする。
「いや、不快にさせてしまったと思って。あなたに原因があるわけではなく、こちら側の事情なのだ」
セイラは最初からシヴォレー側に原因があるなど思っていない。更に言うなら王子の事情も興味はない。なんせ他人事である。
なんだそんなことかとほっと胸を撫でおろし、セイラはアイザックに向かって笑顔を向ける。
「そのお話は結婚後に再度していただいてもよろしいですか?」
「え?」
「今はお話になれない事情がおありになるかと存じます。しかし夫婦になれば身内ですので、気兼ねなくお話くださればと思います。信頼関係には愛は関係ございませんので」
結婚後にファレルと話し合えばいいのだとセイラは思う。ファレルなら本当に愛だ何だということは抜きで話ができるだろう。その上でいかに自分に有用かをジャッジするに違いない。
セイラのそんな言葉を、アイザックは別の意味で捉えた。
信頼関係に愛は関係ない、言われてみればその通りだ。異国へやってきたばかりの相手に失礼な事を言われたのに、その言葉すら冷静に受け止めて信頼関係を築いていこうと言ってくれたのだ。それは、アイザックの心にセイラが入り込むのに十分なことだった。
「ファレル…ありがとう」
「いいえ、こんなこと何でもございませんわ」
セイラにとって別に礼を言われることではない。
「肖像画は似ていないが…私はあなたの清楚さを美しいと思う」
アイザックは少し頬を赤らめてセイラに言う。肖像画、できればもうその話題は出して欲しくないのだが、セイラはどうにか引き攣らないよう笑顔を保つ。
(はいはい、清楚ね…)
セイラはファレルと美を張り合うつもりは微塵もない。褒めどころのないセイラはよく「清楚」という言葉を当てられるが、「地味」の言い換えであることは解っている。今まで生きて来た中で地味で困ったこともないので別にいいのだ。