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14◆王子の恐れと侍女の怒り

ソファに深く腰掛けたイシュマはそのままじっと押し黙っている。ファレルはというと、こちらも先ほどから同じ場所に立ったまま変わらない。その長い沈黙を破ったのはイシュマであった。


「お前は何者だ?」

「…ファレル殿下より、身分を明かす許可が出ておりませんわ」


ファレルのこの言葉は、要は「言うつもりはない」ということだ。


「ファレル王女には恐れ入ったよ。まさかあんな大人しそうに見せて、とんだ曲者だ。こんな企てをしているなんて少しも気が付かなかったよ。アイザックもすっかり心を握られてしまったみたいだしね」


イシュマの言葉にファレルは反応しないが、イシュマも気にする様子はない。企てをしていたのは侍女の振りをしているファレルなので、セイラが一切怪しく見えなくても当然である。身代わりのプレッシャーに挙動がおかしくなっていたのなら王子二人も何か怪しいと感じたかもしれない。だがセイラは口では文句を言いつつも、ただ淡々と王族との茶会をこなしアリドネアの菓子に舌鼓をしていたのだ。


「イシュマ殿下の恐れているのは、一体なんでしょう?」

「…なんだ?」

「もし王位に就きたいのであれば今すぐにシヴォレーから来た者を捕らえて罰する理由を作ればよろしいのに」

「アイザックは既にお前たちに付いた…簡単にシヴォレーと敵対するわけにいかない」


ファレルは冷静な目でイシュマを見やる。腹違いの兄を切り捨てすぐに保身に走るわけではない彼はきっと真っ当に育てられたのだろう。そうやって育った者が当たり前に持つ情がある。父親である王はどうであるかは解らないが、母と祖父はイシュマにとっては良い家族なのだろう。だからこそ祖父の計画に否を唱える決断ができないでいる。


自分の王位のことを考えれば選択すべき答えは明白だ。だがイシュマはアイザックへの家族の情で揺れている。


「イシュマ殿下、覚悟をお持ちになってください」

「なんだ?」

「イシュマ殿下は家族愛故に心を乱されているようですが、解っておりますか、貴方は王子です」

「そんなことは知って…」

「ならば自分の配下の公爵の駒になるのはおよしなさい!」


侍女の怒気を孕んだ言葉がイシュマの言葉を遮った。一国の王子に対して失礼極まりない態度であり、決して許されることではない。だがしかし、黙りこくったイシュマには怒りではなく違う衝撃が胸を刺した。


「貴方は王子です。自分の目的のために、ランドラー公爵家を使うのです。その覚悟を決めてください。ファレル王女の話に乗るかどうかの前に、それがまず先ですわ」


ファレルは真綿のような柔らかな首輪を付けられ戸惑うばかりのイシュマに苛ついたのだ。仮にも王太子として立つ予定を知っていたのならば、ランドラー公爵の策に自分から乗るべきだ。流されるままに王太子に、そして王となればその後ろにいるのはランドラー公爵であり、アイザックでなくともただの人形にしかなり得ない。


アリドネアの事を真に願うランドラー公爵家が私欲でそうしようとしているとまでは今は考えない。だけど、この国を統べるのは王族なのだ。王をコントロールしようというランドラー公爵の意図がファレルの血を煮えたぎらせる。彼女は臣下に舐められられるのを許さない。


セイラが居ればファレルもこんな発言はできない。あくまで「主君の居ない間の勝手な発言」としておかなければファレルとしても都合が悪い。セイラが席を外してくれたのはラッキーであった。

そしてイシュマの神経を逆撫でするような発言は、きっと彼の素の一瞬が垣間見れるはず、そんな期待もあった。


イシュマは恐れているものは何かと問われ、一体何を聞かれているかがわからなかった。自分が恐れていることも知らないのだ。

祖父や母を裏切りたくない、自分が王太子になることは父である国王も期待している。サザクード家を野放しにはしておけない。なので、祖父の立てた計画に異論はなかった。だけど心が騒めくのだ。

祖父はアイザックは悪いようにはしないとイシュマの手を優しく撫でて言った。それに縋っている自分もいるが、だが王太子であった第一王子が事故で亡くなったことは忘れもしない。確認をしたわけではないが、きっとランドラー家が仕組んだことだと思っている。


自分は、何を恐れている。


解るわけがない。真実を有耶無耶に薄目で眺めて流されているだけなのだ。亡くなった兄やアイザックのことで心を痛めてはいたが、自分で動いたことなどない。何もしていないのだ。


「…クソ!」


俯いていたイシュマが膝を叩いて短く吐いた言葉は、怒りの塊のようだった。


***


「…何か言い争ったりはしておりませんわよね?」


お湯の入ったやかんを持って戻って来たセイラは、部屋の中に入ったとたんに感じたピリっとした空気に思わず眉を顰めてファレルに聞いた。その後ろで王太子であるアイザックがティーセットの乗った盆を持っているのもおかしな図である。


「いや、何もないよ。…ところで彼女の名を聞いてもいいか?何者かはまだ聞けないんだろ?」


イシュマの言葉にセイラは考える。ファレルの意向はファレルの口から言ってもらおうと思い言葉を向けた。


「自己紹介を」

「ファレル王女の幼い頃から付き従っております、セイラと申しますわ。きっと輿入れ前の調査でも私の名は出てきているのかと思います」

(あ、やっぱり私の名前を名乗るのね)


髪も目も同じ色、淑女然とした公爵令嬢程度の情報しか無いだろうからセイラを名乗っても問題ないだろう。だが王子に対するファレルの態度の数々を見ていると、自分の名を騙られるのも恐ろしい。ファレルのせいで不敬とされセイラが罰せられることになったらと気が遠くなる。


「王太子の妹か」

「ええ」


ファレルはイシュマににっこりと微笑んで答える。この言葉だけは真実なのだ。


「実の妹を諜報員に使うとはな、シヴォレーの王太子も容赦がない」

「あなたのおじい様ほどではございませんわ」


ファレルの言葉を受けてイシュマが応酬をしようとしたところでセイラが遮る。


「お茶菓子も分けてもらって来ましたの!少し一息つきましょう、ね?」


テーブルに菓子を素早くセットし、アイザックが持っていたティーセットでお茶を淹れる。茶葉にも道具にも何の細工がないことはアイザックにも確認してもらったので、これならイシュマにも安心して飲んでもらえるはずだ。


自分がいない間にファレルはイシュマに何かを言ったに違いない。そう思ってセイラはこっそりとため息を吐く。今は小休止なのだから相手を煽るようなことをしてほしくはないのだが、これはファレルの悪い癖である。必要な時に使うのであればいいが、むやみに牙を剥くのはいらぬ反感を買うだけだ。


しばらくは王女のふりをしていたので、こうやって自らお茶を淹れるのは久しぶりである。ファレルのお茶も悪くはないが、やはり自分の方が上手いと思う。ファレルはひとつひとつの工程に丁寧さが足りない。こういう細々としたことはやはり自分に任せてもらいたいとセイラは思う。


「さあ、まずはお茶にしましょう」


ファレルがサーブすると言うのを制止しセイラはイシュマの目の前にティーカップを静かに置いた。


「イシュマ様がお好きだという茶葉です。アイザック様がそう仰られていたので」


カップからするのはイシュマがほっとしたい時に頼む茶葉の香りだ。

アイザックと好きな茶葉の話などしたことがないのになぜ知っているんだろう。そう思ってイシュマはアイザックの顔を見る。


「…一旦落ち着こう。俺もお前も」


そう言ったアイザックは誰かに似ていた。一体誰だろうとイシュマは手に取ったカップに目線を落とす。


(そうだ、亡くなった兄上だ)


自分の運命と向き合ったアイザックは「ランドラー公爵の駒」ではなく、ただのアイザックであり、イシュマの兄だった。

次回更新は4/22です。

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