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12◆アイザックの本音

「助ける?ファレル殿下、お言葉ですが貴女はシヴォレーのことを第一に考えなくてはいけない身、それを一時の情で発言されるのは如何かと存じます」


ファレルはあくまで王女に付き従っているという体を崩すことはないが、目には明らかな反発が見て取れる。当然だ、決定権は主君である自らにあるのだ。それに口を挟むセイラに、それでも声の色は変えずに問う。

怒りを露わにしている訳ではないが、ファレルの感情はセイラには手に取るように解る。しかしセイラは臆せずに続けた。


「これ以上血が流れるのを止めるため、シヴォレーの王女はアリドネアにやってきました。ならばアリドネア王家が血を流さぬ方法を考えるのが、王女の務めではありませんか?」


セイラはファレルを振り返り、真っ直ぐに目を見て伝えた。

この短期間にアリドネア王家の事情をここまで調べ上げたのはさすがである。ファレルが自分で見たのもあって、今後どう動くべきかも描きやすくなっただろう。

だけどシヴォレーの目的はアリドネアを支配することではない。手を繋ぎ、互いに利益を上げ国民たちに豊かさをもたらすためにやってきたのだ。いくら支配へ舵取りが取れそうな綻びを見つけたからとて、目的を違えてはいけない。


ファレルは常に勝ちに行く。それで恨みを買ったとしても、それすら跳ねのけて邁進する強さがある。そんなファレルに、その強さに足元を掬われないよう気を付けろと言っていたのは兄のライオネルだ。

きっと強い今ならいい。だけど人はいつ、どうなるかは解らない。ファレルのこうした生き方は、いつか弱さが見えた時、必ず狙われる。それがどんな形で王家の崩壊を招くか解らない。だからセイラが必要なのだ。


「…それを、私が考えるの?」

「他に誰がおりまして?それができる力がございますでしょう」


当たり前でしょう、とでも言いたげな顔のセイラにさすがのファレルも苦虫を嚙み潰したような顔をする。

そしてファレルは思案する。アリドネア王家を調べるほど如何に利用できるか頭がフル回転していた。ファレルにとって「友好」とは自国の利益のついでにシヴォレーも栄えることだ。だけどセイラが言ったのはそういうことではない。アリドネアのためにその身を尽くすことが今回の結婚における「和平」だと。

それならば自分はこの結婚を甘く見ていたかもしれない、ファレルはそんな風に思う。勝てばいいということではないのだ。


二人の王子はてっきり王女が侍女に話をさせているのだと思ったいたが、どうやらそうではないらしい。ファレルの独壇場だった場の空気は崩れ、二人の王子は支配から抜けていく。どうにか気持ちを取り戻したイシュマの目に光が戻る。


「大きなネタを掴んだと思っているようだが、今ファレル王女とお前はアリドネアという檻の中にいる。脅しを掛けてくるような真似をして、首を送り返されるとは考えないのか」

「やめろイシュマ」


厳しい口調でイシュマが言うのをアイザックが止めた。張り詰めたこの部屋に不釣り合いな、落ち着いた静かな声だ。


「…俺は、王位に就きたいなど思ったことはない。後ろ盾もなく、王になったとしても誰かの傀儡になるしかないだろう。王宮の中に味方がいないのだから仕方ないと思っている。だが、良いように使われて殺されるのは、つまらない」


その言葉はアイザックが初めて溢した本音だった。

幼い頃から田舎者の血と多くの者からぞんざいに扱われていた。小競り合いの代償として差し出された地方豪族の長の娘は王にとっては愛玩用でしかなく、その女が産んだ子供に目を掛けることはなかった。

目立たず大人しく、アイザックは息を殺すように王宮を生きていた。


たった一人、亡くなった第一王子の兄が弟として扱ってくれたおかげで王子としての矜持を保っていられる程度には卑屈にならなくて済んだ。だけど思っていた通り、ランドラー公爵は邪魔者を排除し始めた。まずは兄を、そして自分を。

想定していたことではあるが、いざそれが始まるとずっと心がざらついているようだった。その正体を見ないようにしていたが、ファレルに出会ってから心の不快感に甘んじることが出来なくなっていた。

自分の役割を全うするべきだと王女は言う。だがしかし、この役は自分で選んだものではない。自分自身を生きたこともないのに、どうして役を生きられようか。


「まあアイザック様、「つまらない」だなんて控えめな言葉、もっとお怒りになってよろしいですのに」


そんな言葉を掛ける婚約者へアイザックは視線を向ける。彼女はシヴォレーを背負って人質としてこの国へやってきた。そんな人が自分を助けることが役割を全うすることだと、そう言うのだ。


「怒りはない、ただ望みはある。この国とシヴォレーの和平への道のりをこの目で見ていたい」

「それは、私も同じですわ」


しっかりと二人の視線が結び合う。アイザックの心から砂が洗い流され、ようやく生きるための水を得た気持ちだった。

二人の様子に本物の王女であるファレルは観念したように息を吐いた。頭の中で策は色々巡らせていたが、こうなると最初から練り直しだ。


「ファレル殿下…王家のことは綺麗事じゃ済まない。それは解っておりますわね?」


ファレルは今一度セイラに念を押す。まさか「可哀想だから」などという一時の憐れみで言ったとは思わないが、主人である王女の示した方向に口を出すのならそれだけの覚悟は持っていて然るべきである。


「そうですわね。だけど綺麗で済むならそれに越したことはないかと。私はシヴォレーの王女に、そんな誇りを望みます」

「勝ちではなく、平和を選びそれを誇りにしろと」

「そうですね、きっとお兄様も同じ考えです」

「…他人事だと思って」


ファレルはセイラの言うことを全部飲み込めたわけではない。これから王子を助けるべく動いたとしても、場合によっては王子がランドラー公爵側へ寝返り寝首を掻いてくるかもしれないという頭もある。そちらへの舵取りに必要なのは「信頼」だ。

二人の王子が信用に足りる人物かどうかは今のファレルには計り切れない。だがしかし、ファレルはセイラのことはこれ以上なく信頼している。


セイラへの信頼に賭けて、果たしていいものだろうか。


「…ファレル殿下を信じてそちらの持つ情報を開示してくれるなら、血の流れない方法を考えましょう。貴方たちにも動いてもらうことになるけど、よろしいかしら。もちろん、どちらかだけなんてことはできませんわよ。特にイシュマ殿下、アイザック殿下が生き残れば王太子の座が危うくなる貴方には利があるとは思えませんがどうします?」


ファレルはそう言ってゆっくりと二人の王子の顔を順に見る。アイザックがシヴォレーの協力を望んだとしても、イシュマが話に乗らなければ無意味だ。それにファレルの言う通り、イシュマは今のランドラー公爵の策に乗っていれば王位の座に就く未来は確定しているのである。

ここで拒否をするのなら、今度こそは手荒な手段を取るしかないとファレルは息をひそめて伺っているジーンのいる辺りに意識を置く。


イシュマは声が出せぬまま、まずは侍女へ、そして次は兄へと目線を動かした。

アイザックは自らの希望を口にした。ならば次は自分の番である。

次回更新は4/8です。

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