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10◆茶会の勢力図

「このネックレス、ファレル様にもよく似合いそうで良かったです」


アイザックから贈られたネックレスを外しながら悪気無く言うセイラを、ファレルは遠慮なくジト目で見てしまう。


「セイラ…それ、私に渡す気?」

「当り前じゃないですか。これはファレル様に贈られたものですわよ」


セイラはそう言うが、あれはどう見ても「シヴォレーの王女」へではなく、目の前の好いた女に渡していた。そんな物を身に着けるのはファレルとてご免である。


「そう…でも私は結構よ。セイラにあげるからずっと付けてなさい」

「はい!?そんな訳にいくわけないじゃないですか!」

「ちゃんと正体を明かした時に私から王太子に伝えるから大丈夫よ。それはセイラのものよ。それとも気に入らない?」


ファレルにそう問われ、セイラはネックレスをじっと見る。ひと目見てとても気に入ったし、石も心が晴れるような色合いだ。きっと自分に合った品だと思う。


「いえ…とても素敵で、私もこの作家の作品が欲しいなって思ってました」

「なら良かったじゃない」

「はあ…」


釈然としない様子のセイラだが、後からすったもんだしないのなら貰っておこうと思う。だいぶ高価なものだからしっかりお礼をしなくてはいけないと思うが、この場合はファレルとアイザックのどちらに礼をしたらいいのだろうか。それを思うとちょっと面倒くさい。


「ではお言葉に甘えさせていただきます。でもひとまずはお茶会で見せびらかして来ようと思いますわ」

「そうしてちょうだい。あのサザクードの娘がなんて言うのか見ものだわ」

「マリー様、もしかしてアイザック様と仲がよろしいんですの?」


ファレルはアリドネアにやってくる前から調査でアイザックとサザクードの娘の噂を知っているが、そこを知らされていないセイラは茶会で絡まれたのが「王女を貶めたい」なのか「恋仲であることを知らしめたい」なのか、今一つ判断が付かないでいる。


「セイラが気にする必要はないわ。いつも通りでお願い」

「承知しました」


セイラとしても「ファレル王女も王太子に婚約者として大事にされている」というアピールができれば他はどうでもいい。そうやってシヴォレーとアリドネアはいい関係ですよと見せて回るのが今回のファレルの役割である。セイラは茶会で話を聞き流していようがその目的は決してぶれさせない。

面白くもなんともない茶会だが、本物と交代するまでは仕方がない。茶会に菓子のリクエストが通るのがわかっただけでも良しとしよう。

そしてセイラは次の会で食べたい菓子を頭の中で見繕うのであった。


***


さて、今日もまた王の妹の茶会である。リクエストしたアリドネアのフルーツは銀の器に山ほど盛られ、セイラは無理せず心から笑顔になる。


「シヴォレーではこんなフルーツは見たことがないんじゃなくって?」


王の妹の取り巻きが意地悪そうにそう言うが、事実であるのでセイラは平然と答える。


「そうですね、シヴォレーは寒いのでこのようなフルーツは実りませんし、アリドネアとは長く関係が悪かったのでこんな果物が入ってくることはありませんでした」

「そうでしょう?でも逆に、こっちでは何を食べても美味しいんじゃないかしら。それはそれで幸せですわねぇ」


相手はシヴォレーのご飯が不味いと言いたいのだろうが、それを汲み取る必要はない。いちいち相手を下げなくては気が済まない相手を相手にしていてはキリがないのだ。


「本当にこちらに来てから美味しいものばかり頂いております。これから国交が正常化すればシヴォレーの国民にも行き渡るのかと思うと嬉しいばかりですわ」


これもお世辞ではなく事実である。この茶会以外に不愉快な気分にされることはないし、出てくるご飯はさすが城のシェフの料理だけあってとても美味しい。シヴォレー経由で香辛料や南のフルーツがシヴォレーに入ってくるようになれば、より豊かになる。それも狙っての結婚だ。セイラの見える範囲では悪い事は何もない。


実際は出会ったばかりの王太子に愛する気はないと言われたり、婚約者なのに放っておかれたりとなかなか不遇な扱いではあるのだが、なんせセイラは身代わりなので痛くも痒くもない。これが自分の主人であるファレルに対して行われていれば気持ちも違うだろうが、当のファレルが好都合とばかりに動き回っている。なので今の所全てがノープロブレムである。


「だけどシヴォレーにも、寒い国ならではの美味しいものもあるでしょう。今度はシヴォレーのお菓子も紹介してくださる?」


そう言ったのは王の妹である。

セイラは笑顔で「ええ、そのうち」とだけ答える。一体どういう魂胆だろう、持って来た菓子をこき下ろす気だろうか。さすがのセイラも生まれ故郷の菓子を馬鹿にされるのは耐え難いかもしれない。

こっちが一方的にご馳走になるのはいいが、こんな女どもに食べさせてやる義理はない。興味のないことはとことん聞き流せるが、自分の興味のあるものにはとことん火力が上がるのがセイラだ。


(どうせ不味いって言われるなら岩塩の塊でも練り込んでやろうかしら)


笑顔の裏でこんな過激なことを考える。しかしどうも今日の王の妹はいつもとは様子が違った。


「とても楽しみにしておりますわ。ファレル王女はアリドネアとシヴォレーの平和のためにいらっしゃったのよ。ねえ、そうでしょう?私たち尊敬しておりますの」


王の妹のそんな言葉にさすがのセイラも鳥肌が立つ。一体どうしたと言うのだろうか。笑顔が引き攣りそうになるのをどうにか耐えて笑顔を保つ。

しかし王の妹はそれでは止まらず、セイラのネックレスに話題に移るとおべんちゃらは加速した。


「まあまあ、よくお似合いだわ、ファレル王女の美しい金色の髪にとても映えて。アイザックと本当に仲がいいのねぇ」


そんな言葉に驚愕し睨みつけてくるのはサザクード侯爵の娘、マリーだ。自分が王家から賜ったネックレスとはランクが違うのは誰の目にも解る。


「まあ、一体ファレル王女はどんな高級品をお渡ししてでそんなネックレスを釣り上げたんでしょう?」


マリーが不機嫌も隠さずにそう言うと、取り巻きの女たちもそうだと囃し立てたが、それも王の妹からの言葉でピタリと止まった。


「マリー、王族同士の付き合いのことよ。あなたのネックレスと比較になるわけないじゃないの。もう少し弁えてはいかが?」


笑いもしない王の妹の言葉にマリーは顔を真っ赤にして震える。いつものシヴォレー王女を馬鹿にする会かと思っていた令嬢たちは、二人の不穏な空気に騒めき出す。


(王の妹の事情が変わったようね…ひょっとしたら、王太子が何か干渉したのかしら?)


王の妹の急にアイザックとファレルを持ち上げるような態度に、そう考えるのが一番解りやすい。茶会が吊し上げ会だと知ったのなら、セイラに好意を持っているのがバレバレな王太子が圧力を掛けたのかもしれない。

アイザックは次期国王、王の妹とはいえ機嫌を損ねていいことはないだろう。アイザックの気持ちがマリーへは無いと解り、王の妹は手のひらを返したのかもしれない。


「わ、わたくし、気分が悪いので失礼します!」


マリーはそう言って席を立つ。彼女の取り巻きもどうするべきか考えてまごついているが、王の妹の茶会を退席するなどできるはずもない。


「あら、お大事に。ねえファレル王女、シヴォレーの話を教えてくださらない?」


勢力図が変わるのは一瞬のことだとセイラは思った。何があったかは知らないが、いつもとは違う意味で居心地の悪い茶会になった。

当たり障りのない話でその場を過ごし、つつがなく会はお開きとなったが、セイラに付き添う振りのファレルはむっつりと何かを考え込んでいた。

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