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1◆あなたを愛するつもりはない

「北の国シヴォレーより来てくれた。しかし先に伝えておくが、私はあなたを愛するつもりはない」


はるばる「悠久の国アリドネア」まで長旅を終えて、各種ご挨拶を済ませていざ婚約者である王太子と話してみればこれである。


「はあ…」


どうしたものだろう、まるで感情が沸かない。何故なら愛されるとか愛されないとか、言われた本人にとって他人事なのである。何を隠そう、シヴォレー第二王女としてこの部屋にいる女性は替え玉なのだ。ちなみに本物はどこにいるかというと、侍女の振りをして後ろに控えている。


「ファレル」

「は、はい!」

「この結婚はアリドネアとシヴォレーのひび割れた関係を正常化するためのもので、当人がどう思おうと避けては通れない。あなたには済まないと思っている。しかし決してアリドネアでの生活で不自由はさせない。あなたの地位と身分は間違いなく保障しよう」

「あ、ありがとう存じます」

「いや、礼を言われても困るんだが…」


上手い受け答えが見つからないが、ファレルと呼ばれた彼女がポカンと黙っていると、言った方も決まり悪そうに沈黙し、しばし静かな時間が流れる。


「いや、突然で困らせてしまったな。長旅で疲れただろう、まずは休んでくれ」

「はあ…」


アリドネアの王太子アイザックと、シヴォレーの王女ファレルの振りをした侍女セイラのファーストコンタクトはこんな具合であった。


***


「愛するつもりがないって、何言ってんのかしら。国同士の結婚で愛だの恋だのないっつーの」

「ファレル様、お口が悪い…」


アリドネア王家が用意してくれた召使いは一旦全員下がらせ、侍女の振りをしていたファレルと、ファレルの振りをしていた侍女のセイラの密談が始まる。

王女の輿入れに侍女として着いてくることになったのはいいのだが、姫が何を思ったのか国に入る直前にセイラを姫の替え玉にしたのだ。


時はアリドネアに入る前に遡る。


「長く争ってきた国よ。まずはこの目で見てみないことには始まらないでしょ。まずは侍女として入り込みアリドネア王家がどうなっているか確認するわ」


輿入れの馬車の中で強引にセイラと衣装を取り換えながらファレルがそう言った。


「お待ちくださいファレル様!ファレル様はそれでいいかもしれませんが、私は一体どうしたらいいのですっ」


今日という旅立ちのために、王女付きの侍女として恥ずかしくないよう揃えた服もアクセサリーも剥ぎ取られながら、セイラは半泣きで抵抗を試みる。が、それは功を奏していない。


「万が一結婚式の前にあなたが王太子の手つきにされたら、私が王太子にお前の嫁入り先を見つけさせるから安心なさい。もし王太子に気に入られたらそのまま側室になればいいわ。セイラだってシヴォレーの公爵家の娘なのだから問題ないでしょ」


よりにもよって何てことを言い出すのだと、驚きのあまり動きが止まったセイラに今度はファレルのそれはそれは美しいドレスを着せられる。


「大あり!問題大ありです!手つきってそんな、婚前交渉なんて絶っっ対許されません!」

「セイラ」

「はい」

「国のためだと思ってちょうだい」

「いやですぅ~~~!!!」


泣いて嫌がるセイラのことなど知らん顔で話はどんどん進んでいく。ファレルとセイラはいとこ同士に当たるのだが、昔からこんな関係だった。


「入れ替わっていたことがアリドネア王家にバレたら国際問題ですよ!その時はファレル様は王女なのでお咎めなしかもしれませんが」

「セイラは修道院かもねぇ」

「絶対!絶対に嫌です!!」


またも泣いて嫌がるセイラをファレルはケラケラと笑う。淑女たるもの感情的になるものではないと教育されているのだが、ファレルもセイラもとても感情が解りやすい。ファレルの方は公の場では王女然と振舞っているので、こんないい性格をしているのを知るのは近しい間柄の者だけである。


時は戻してアリドネア王家が住まう城の中だ。

突然王太子の続き部屋を宛がわれるということもなく、立派な客間が用意されておりセイラはひとまずホッとした。


「はあ…本当に疲れました。じゃあファレル様、本当の王女はあなたなのですから、こちらはファレル様がお使いになってください。私は隣のお部屋におりますので、なにかあれば呼び鈴で…」

「なんで寝る時は戻るのよ、そんなわけないでしょ。セイラがこっちの部屋で生活してちょうだい…いいえ、ファレル様」

「えっ」

「ファ・レ・ル・様」


どうやら本物のファレルは明日の朝に「実は入れ替わってました~!」とやるつもりはないらしい。


「どうせしばらくはただのお客様で公務などないのですから、ファレル様もこの国を楽しまれたらよろしいですわ」


ファレルはにっこりと笑いながらセイラの着替えを手伝い始める。


「ちょっ…!王女にこんな真似させられませんっ!」

「まあ、王女はファレル様でございますわよ?」


ほほほ、と従者然とファレルは言う。そうしてセイラを寝巻に着替えさせ「小腹が減ったとか何とか言って夜の城を見てみるわ」と出て行ってしまった。


セイラがファレル付きの侍女をしてるのはファレルが望んでのことだ。こうと決めれば何が何でもやり通すファレルにずっと付き合い続けてきたが、今回ばかりは身の危険を感じるセイラである。しかし逃れられる気がしない。


「はあ…アイザック王太子殿下と一体どう接したらいいのかしら…」


愛するつもりはないと言われたものの、相手から見れば結婚相手には違いないのだからそれなりの態度で接する必要があるだろう。それに自分はファレルとして見られているわけだから、シヴォレー王女の評判を落とすことは決してあってはならない。


昔から文武両道を行く美しくも優秀なファレルの身代わりと思うと気が重い。今のファレルは侍女の振りをしているのでオーラを隠してしまっているが、本気で装えば宝石のような輝きである。セイラはいとこで背格好や髪と目の色が似ているのだが、あの王家オーラを背負うのは無理だ。ちなみに公爵令嬢オーラも出ているかどうかも怪しい。


いくら考えても答えが出ない。


「…眠くなってきましたわ」


ベッドに横になってうんうん唸っていたのもつかの間、旅の疲れもあって睡魔が来る。明日までに方針を決めなくてはと思っていたのだがセイラはいつの間にか寝入っていた。

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