ドワーフ少女、ダークエルフの姫君と出会う
「あら、可愛らしいドワーフのお嬢さんね。初めまして。これからよろしくね」
目の前に立つ美しい女性の微笑みを見て、何も言葉を発せなかった。
それは白銀の髪に燃えるような赤の瞳の女性だった。肌は浅黒く光り輝き、神々しさすら感じる。この世界にこれほど美しい人がいいのかと思ってしまったくらいだ。
「私はオプスキュリテ。長いからリテって呼んでちょうだいね」
そう名乗った彼女との出会いを、アッシュは一生忘れないだろう――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とある人里離れた鉱山地帯。
そこには昔からドワーフの一族の集落があり、アッシュもそこで生まれた。
集落で暮らすドワーフたちは男は鍛冶屋として働き、女は高貴な種族に仕えるという風習を持っている。
ずんぐりむっくりしたドワーフは人間たちから『醜い妖精』と言って笑われており、あまり好かれていない。
風習が生まれたのは、むさくるしい男たちは鍛冶屋をして稼ぐくらいしか手段がなく、まだ見た目がマシな女たちが外に出るしかなかったからだろう。
「アッシュ、お前は戦士になるのよ」
アッシュは幼い頃から母親にそう言い聞かされ、育てられて来た。
彼女はドワーフの少女たちの中でも特段力が強く、どこかの種族の給仕になるよりは戦士いう名の護衛になった方がいいと思われていたのだ。
アッシュに他の生き方は許されなかった。
それを窮屈に感じたこともあったけれど、悩んでも仕方ないと言って受け入れ、毎日のように斧を振り回しながら鉱山地帯を駆け回って過ごした。
強くなること。それだけを考え、日々精進し続けたアッシュが強くなるのは当然の話であった。
斧の一振りでどんな獣も打ち倒せる筋肉馬鹿になった十歳のある日、『その時』はやって来た。
「大事な話があるわ、アッシュ」
いつになく真面目な顔で母親がそんなことを言い出したので、アッシュは首を傾げつつも聞き入る。
それから母親は言った。――「ダークエルフの姫君の元へ行きなさい」と。
砂漠に暮らすダークエルフの王の娘の護衛が引退し、代わりとなる者を探していたそうな。
そんな時ダークエルフ王の方からお呼びがかかり、ドワーフの集落の中で最も強いアッシュが向かうことになったわけである。
アッシュは当然ながら頷いた。
これで戦うのよと、父親が作った斧を渡される。
それは重量感のある両刃の斧で、一流の戦士のみに与えられるものだった。
「これくれるの? ありがと!」
わかりやすく喜んだアッシュは、斧を片手に家を飛び出していく。
そして彼女はそのままの勢いでダークエルフの姫君の元へと走って行ってしまったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダークエルフの城へ着いたアッシュは、あまりに突然やって来たものだから門番に入れてもらえなかったので、なんと城の塀をよじ登り、城の二階の窓を斧で叩き割って侵入するという大胆――というより命知らずな方法で部屋に入った。
どうしてこんなにも無謀な行為をするのかと言えば、彼女が馬鹿だから。ただそれだけである。
普通であれば、斧を持った少女がいきなり現れれば驚き、悲鳴を上げることだろう。だから最初は部屋に誰もいないのかと思った。
しかしそこにはきちんといたのだ。普通なんかと到底かけ離れた一人の少女が――。
窓から入って来たアッシュを見るなりにっこりと微笑んで自分の方から名乗って来たのは、他ならぬダークエルフの姫君だった。
そして場面は冒頭にまで戻る。
しばらく呆然としていたアッシュだったが、「大丈夫?」と頭を撫でられたことでようやく我に返った。
あわあわと視線を彷徨わせながら、自分が今対面しているのがこれから仕える姫君本人なのだと遅過ぎる理解に達し、こちら側も自己紹介せねばと気づく。
「えっと、えっと……。リテちゃん? リテさん? そうだ、リテ姫様にしようっと。
リテ姫様こんにちは。これからお仕えさせてもらいます、アッシュです」
挨拶が拙いのはそういう教育を一切受けて来なかったからだ。両親はもう少し教養というものを叩き込んでおいた方が良かっただろうが、もう遅い。
しかしそんな挨拶でもダークエルフの姫君――オプスキュリテは快く受け入れ、さらには「来てくれて嬉しいわ」とアッシュを抱きしめてくれる。
それが嬉しくて、アッシュは先ほど窓を叩き割ったことなどすっぱり忘れてしまっていたのだった。
これがドワーフの小さな少女アッシュとダークエルフの姫君オプスキュリテの出会い。
彼女らの物語の幕開けであった。