鬼との会合
「あたしに勝とうなんて随分のぼせ上がってるねえ。負けたら皿洗いきっちりやってもらうからね」
腕の裾を捲りながら、宿屋のおばちゃんが言う。
「分かってますよ。ただ今日は勝たせてもらいますよ」
自分も腕の裾を捲りながら答える。
宿屋の酒場で机に肘をのせ腕を組み合っていると野次が飛んでくる
「そろそろおばちゃんを負かさしてやれよ!"スライムフレンズ"」
「そうだぞ。いつも、おめえが負けるから賭けになんねえだよ」
「ただ、おばちゃんの手伝いするのはいいと思うぞー」
思い思い言葉を酔っぱらい共から浴びせられる。
食処のテーブルに肘をついておばちゃんの手を握る。やはり、水場で仕事をしていることもあり皮が厚く力強い。
この勝負はスライムを倒す方法を見つけレベルが上ったことをおばちゃんに報告したところ、洗い物をさせるついでに余興にもなるということでその場にいた全員から圧力をかけられなし崩し的に始まった。
しかし、ついにレベル5に到達した自分自身は全てのステータスがこの世界の平均値である5に魔力に至っては500を突破していた。もう、負ける理由はどこにもない。
近くの酔っぱらいが握った手の上から手を被せる。
「よし、ほんじゃ今日も皿洗いをかけた腕相撲勝負はじめ!」
レベルが上がったステータス全てを込めて手首に力を込めた...
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「坊主これも追加な。おばちゃんごちそうさんまた来るぜ」
「「ごちそうさんです」」
「はいよ」
酔っぱらいに皿を預けてもらいいつも通り皿洗いをしている。
思い返すと黒鳥の巣に泊まりだして2ヶ月にたたないくらい経過した。初心冒険者に紹介される宿ということもあり、貯金はできていないがスライムを討伐していれば支出とバランスが取れるようになってきていた。
スライムフレンズというあだ名が定着しつつある冒険者ギルドでは、近頃、王立学園の入試選抜試験や大手クランの入団試験などがここ1ヶ月で開催されるとギルド内が盛り上がっていたが、自分にはあまり関係のないことだと思っていたため、とにかくレベル上げに勤しんでいた。
そして、レベル5に到達したのでいよいよアイアンランクの依頼をあした受注しようとしている。
「おつかれさん。あんたが来てから助かってるよ。明日の朝ごはんもサービスしとくから頑張ってきなさい」
「ありがとうございます。お疲れ様です」
「はいね」
いつも暖かく迎えてくれるので、皿洗いぐらいはなんてことない。明日いよいよアイアンランクの依頼を受注するので、特別気を使ってくれたんだろうか。少しあたたかい気持ちになりながら宿泊中の部屋に行こうと階段に足をかけると
「おっスライムフレンズがここに泊まってるなんてラッキー」
宿の入口から聞いたことのあるような無いような声が聞こえてきた。
「おばちゃん。あの酒まだ残ってる?」
「あんたの酒を取る人なんていないよ」
「そっかそっか。じゃあちょっと出してくれ」
「はいよ」
店じまいの時間にも関わらず入ってきた女冒険者の対応をおばちゃんがしていた。というかこの声
「で、こんな時間にどうしたんだい。マリー」
「そこのスライムフレンズがアイアンランクに挑戦するってそこの酔っ払い共が言ってたからさ」
「何だい、あんたのとこのかい。せいぜい死なせないようにね」
「もちろん」
死なせないようにっておばちゃん。この人初日に壁をぶち破ってた人だ。そんな人がスライムフレンズになんの用があるんだよ。
「おい、坊主ちょっとこっち来て」
呼ばれてしまった。おばちゃんと関係がありそうなので一応挨拶をしておこうと思う。呼ばれた席につく。
「こんばんは、アイアンランクのシンジです。今回はどういったご要件で?」
「明日、アイアンランクに挑戦するって外で伸びてる酔っ払いから聞いたんだが本当か?」
「ええ、目標だったレベル5に到達したので挑戦しようと思ってます」
「じゃあ、ちょうどよかった」
卓の上に一枚の紙が置かれる。金の刺繍がされていておしゃれだなと言う感想しか出てこないが、なんだか重要そうな紙だなと思った。
「これを明日の依頼を受注するときに受付で出してくれ」
「えっと、これは何ですか?」
「実は今あんまり言えなくてな。企業秘密ってやつ?」
「やつ?と言われてもわかりませんけど危ないものじゃないですよね」
「それは大丈夫だ。死んでも治す」
「えっ、ああそれぐらい安全ですよってことですよね」
ニヤッと笑ってから
「もちろん。あとは何か質問あるか」
「ギルドの壁を壊しながら大盾を持った人を殴ってましたけどあれはどうしたんですか?」
「ああー...。 あれは私も酔っていたんだ。そんなとこ見られてるとは恥ずかしいね」
「ああ、そうなんですか。じゃあ明日受付に出しときます」
「よろしく頼む。時間を取らせて悪かったな」
「いえいえ、おやすみなさい」
「ああ」
ちょっと豪華な紙をポケットにしまって今度こそ部屋に戻る。意外に普通の人だなと感じていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シンジが部屋に戻ったあと
「あんたがあんなに猫かぶるなんて珍しいね。どうしたんだい」
「そのまま行くと大体逃げちまうからな。うちのクランに入れそうなやつだ逃がすわけにはいかねえ」
「クランマスターの招待枠を使うほどかい。まあ、ギルドからここを紹介されたって言ってたからこんなことだろうと思ったけど...そんなにかい?」
「あたしにも分かんねえ。だが、分かんねえことのが少ねえからな。そっちに張った」
「そうかい。あんたでもわからないか」
「副クランマスターも選んでくるからな、生き残れるか楽しみだぜ」
「あの子も災難だね。あんたに捕まっちまうとは」
「あはは、あんな面白えステータスは初めて見たからな。試験に落ちても入れとくさ」
「あなたのことは嫌いじゃないけど、ほどほどにしときなさいよ」
「あいよ。おばちゃん邪魔したな、またこれで適当に酒入れといてくれ」
卓の上にお金を置いてそそくさと帰っていった。
「はぁまったく、こんなにいらないっての」
卓の上にはシンジが30年泊まっても使い切れないゴールドが置かれていた。もちろん酒は仕入れておくがそれだけではない。ギルドから紹介された見込みある冒険者を安く泊めさせるために使われている。
「あんたが作ったクランがあの子の居場所になるとはねえ。何が起こるか分からないもんだよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「よし、今日は予定通りアイアンランクに挑戦する」
自分で口走ってしまうほど興奮していた。平均値になるためだけに、レベルが上がりにくくなってもスライムでレベル上げしてたからだろうか。おばちゃんがサービスしてくれた朝食を食べてギルドに向かう。
ギルドの依頼ボードからアイアンランク登竜門といわれているゴブリン討伐の依頼を取る。依頼を受け取ったら受付に提出する。
「いよいよアイアンランクの依頼ですね。ウッズランクとは比べられないほど危険な依頼ですので命を大切に頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
っと忘れるところだった。ポケットからもらった紙を出す。
「あと、すいません。ちょっと忘れていたんですけどこれを受付で出してくれって頼まれて」
受付に紙を置く
「はい、分かりま ...。」
「あのーすいません。大丈夫ですか」
受付嬢の方が固まってしまった。
「えええええぇぇぇぇ!! シンジさん!!可能性の舟の入団試験受けるんですか!!」
「え?何のことかさっぱりわからないで...」
「いや、これ冒険者クランの中で5本の指に入り、
最強と名高い可能性の舟に入団試験招待状ですよぉ。すごいですシンジさん!大手ギルドの中でも可能性の舟は招待状がないと入団試験も受けられないので入団難易度が半端じゃなく高いんです!」
「ああそうなんですか。それじゃあゴブリン討伐の...」
「そんなこと言ってる場合じゃありませんよ!シンジさん招待状は受理しますのですぐに向かってください」
「いや、まだクランとかに入るつもりはなくてその..」
ぐっ、と後ろから襟を掴まれた
と同時に嫌な予感がした
「招待状は受理されたか?」
「はい!マリーさん。こちらで受理しました」
背中を掴まれた猫のような状態になりながら顔がこちらを向く。
「よう小僧、ようこそうちのクランへ。早速入団テストだ」
昨日のうちに気づいておけばよかった。何が酔っていたんだ。だよ猫かぶりが。完全に目が獲物を見つめる捕食者のそれだ。本能がこの人から逃げ出せと言ってくる。
首が締まるやばい。必死で服を掴んで隙間をつくる。
「死なないように気をつけな。とばすぜ」
「行ってらっしゃいませ」
受付嬢さんへの評価が急落した。これが入団試験に行く際の通常なのか?いいや、絶対違う。周りの冒険者が生暖かい目で見てくる。ボーっとしてないで助けてくれ。
ひゅっ
景色が消えた瞬間気絶した。