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絵本原作「雨の日のあとには」

作者: あめしき

「僕ら、もうすぐ消えるらしいよ」

 となりの雨が、言いました。空から降る雨つぶの、そのいっぱいの中の一粒は、黒っぽい雲を映して笑います。

「いきなり何を言うんだい、僕らさっき産まれたばっかりなのに」

「本当さ、聞いたんだ」

「だれにさ」

「となりのとなりのまたとなり、先に雲から出て行って、しとしと降ってた雨つぶさ」

 となりの雨はいつしか雲じゃなく、高い建物のてっぺんを映していました。

「ほら、地面が見えるだろ、あそこに落ちて僕らは消えるんだ」

 そう言ったとなりの雨は、だけど、黒い傘の上に落ちて消えました。

「毎日毎日、雨ばっかりで嫌になるなぁ」

 となりの雨が消えたあと、雨は男の人がつぶやく声を聞きました。それから地面に落ちて消えるとき、ようやく思い出すのです。

 それは初めてのことじゃなく、何度も繰り返されていることでした。


「僕ら、もうすぐ消えるらしいよ」

 となりの雨が、言いました。その日、雨は野球のグラウンドに落ちました。

「この雨じゃ試合は中止だなぁ」

 お父さんが子供に言いました。あとからあとから、他の雨粒がグラウンドをぬらします。ぐちゃぐちゃになった土では、野球の試合はできません。

「楽しみにしてたのに」

 雨は、子供が泣きそうな顔で言う声を聞きました。


「僕ら、もうすぐ消えるらしいよ」

 となりの雨が、言いました。その日、雨は赤いもみじに落ちました。

「この雨じゃ、すぐに散ってしまうな」

 傘を差しながら、もみじを見ていたおじいさんが、となりのおばあさんに言いました。しとしと降ってくる雨に、もみじは時々、枝から離れていってしまいます。

「さびしいですねぇ」

 雨は、おばあさんが目を細めて言う声を聞きました。


「僕ら、もうすぐ消えるらしいよ」

 となりの雨が言いました。その日、雨は子猫の背中に落ちました。

 ダンボールの中でうずくまる子猫は、ぬれた体をふるわせながら、いっしょうけんめい、誰かを呼ぶように鳴いていました。

 冷たく降ってくる雨は、温かかった子猫の体をだんだん、だんだん、冷やしていきました。

 雨は、目をとじて動かなくなる直前の、子猫の小さな泣き声を聞きました。


 それは何度も何度も、繰り返されることでした。雨は産まれては落ち、落ちては消えていきました。


「僕ら、もうすぐ消えるらしいよ」

 となりの雨が言いました。その日、雨は女の子の頬に落ちました。

「パパ、どこか行っちゃったの?」

 女の子が、ママに聞きました。

「そうね、行っちゃったね。ずっととおくに行っちゃって、もう会えない、かもしれないね」

 黒い服を着たママは、黒い服を着た女の子の手をひきながら言いました。

「やだ、パパに会いたい」

 女の子の頬に、涙が流れました。


「やあ、雨。なんだか君まで泣きそうな顔をしているね」

 雨に話かけたのは、女の子の頬を流れる涙でした。

「雨はなんで降るんだろうね」

 雨は涙に聞きました。

「暗い気分にさせたり、野球の試合をできなくしたり、もみじを落としたり、子猫を冷たく動かなくしたり。みんないやがらせて、降り注いだらすぐ消える。雨は何のために降るんだろう」

 雨は、今までの雨の日を思い出していました。雨が降ると、みんないやな顔をするのです。そんなこと、望んでいないのに。何を望むか考える間もなく落ちて、消えるのに。

「意味があるから降るんだよ」

 涙はしっとり言いました。

「雨が降って消えるまで、確かにみんな笑顔ではないかもね。でも続きがあるんだよ。雨が降らなきゃ生き物は生きられないし、ほら」

 涙に言われて、雨は空を見上げました。他の雨はだんだん、だんだんと少なくなり、雲の間から光が射しはじめています。

「空を見ていてごらん」

 涙はそれだけ言うと、女の子のママの手でぬぐわれて、消えました。


「泣かないで」

 ママは女の子に言いました。


「パパはとおくに行っちゃったけど、もう会えないけど、それで終わりじゃないの。パパがいなくなっても、あなたがいる。あなたが幸せになれば、パパも幸せになるよ」

 女の子は、きょとんとした顔で聞いていました。

「だから、笑顔でいなきゃ」

 だれかが居なくなっても終わりじゃない。雨が降って消えたあとの、続き。雨は、それが幸せな笑顔だったらいいなと思いました。

「ほら、見てごらん」

 ママが空を指差して、女の子は顔を上げました。


 雲の合間の光は、雨上がりの空に、大きな大きな虹を作っていました。


 頬を伝って、地面に落ちて消える前。

 雨は、女の子が「わぁ」と言って、虹に向かって駆け出す、その一歩目の足音を聞きました。


(了)

絵本の原作をイメージして書きましたが、結局、絵をつけることはなかった。

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