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ゆりかご  作者: 愛カ翠
70/70

68話 太陽の人

今回、ちょっと長いです。

 

「壊れる………とは」

「心が病んで、最悪この世から居なくなりたいって考えになっちゃう事」


 その言葉は、かつての私を彷彿とさせた。


 心が傷付き、何をやっても無気力でやる気が起きなくて。


 でも何も出来ないでいると、脳内は悶々と嫌な事ばかりを思い出し、その解決策も一向に出すことが出来ないままどんどんと暗い方向へのめり込み、終いには生きる意味を見出せなくなっていた。


 それでも、光を無意識のうちに求めていた私はその勇気すらも持ちえず、ただ生き長らえていた。


 そんな、心の内に秘めていた誰にも伝えていなかったはずの過去が、まるで知っていたとでも言うかのように的確に言い当てられた。


 知らないはずのその事実が、私に起きうる可能性がある事に、恐怖を感じると言った加護。


 それはあくまでも私のことであって、加護のことでは無くそれが理解出来なかった。


「死にたい、と考えてた事は、あった」

「!?」


 私の言葉に、加護の体がビクついたのが分かり、何かを言われる前に直ぐ様首を横に振る。


 あの頃は、行き場の無い感情をぶつける先が見つからず、ただ漠然とこの世から居なくなりたいと願っていた。


 だが、それも私の中に残っていた一つのものがそれを拒んでいた。


「でも、心残りが一つあった」


「あの時にあった子にもう一回でも会いたいって思ってた」

「あの時って………」


「修学旅行で出会った、()()()()に」


 隣に座った加護を見やればかつての彼の面影をありありと感じる。


 丸坊主だった頭は、髪の毛が生え揃い比較的に短めにされた前髪は、あの時と変わらない真っ直ぐな眼差しの瞳を隠さずに顕にさせている。


 人の目を見ることは愚か、顔ですら見ることを躊躇い、いつも肩口付近に視線を落とし人に接していた。


 そんな私に毎度無理をしない程度に丁寧に接し、優しい眼差しで見つめてくれていた。


 それは、私にとってどれほど心地よく、人と接する事に対して常に緊張感を持ち合わせていた私にとっては、徐々に解されて行くようだった。


「だから死にたくないって思ってた」


 死ぬ勇気もなかったが、死にたくないと。生き長らえたいと最後の命綱になってくれていたのが私の中で大きな存在を持ち続けていたりゅう君。


 加護龍二と言う人間だった。


「だって………(うち)、加護。いや、龍二君の事がね、す……」

「まっ……て!」


 伝えようとした言葉を遮るように、口元にむぐりと入れられたのは先程注文し届いていたホットサンドだった。


 一旦入った所を出す訳にも行かず口に入った場所を噛み切り、もぐもぐと咀嚼する。


 ちらりと加護を見上げれば、何やら手で顔を覆い少し俯いていた。


「俺、勝負決めに来たって言ったよな」

「………うん。……………あ、」


 自分が今、何を言おうとしたかを思い返せば、加護のその言葉を理解した。


 文化祭のあの日。加護が零した言葉を改めた場でもう一度仕切り直して勝負を決めたい。


 加護はそんな事を言って今日この日、私を誘って遊びに連れ出してくれた。


 十中八九、その内容は………………そういう事だろう。


 頭では理解していたつもりが、恥ずかしさによる焦りのせいでそういった事に疎くなっていた。


 勝負を決めると言うことは、もう一度あの言葉を正式な場面で言いたいと言う加護の意思の表れだった。


 加護が私に向けてくれている感情は、私とは大きさが違えど、きっと同じ物だ。


 いっぱいいっぱいだった頭にそれが蘇ってきたことにより、再び急激に心臓が脈打ち始める。


「その言葉は、俺から言わせて」


 一度口に含まれた箇所を食べきった私は齧り付いた残りのホットサンドを取り皿へと戻し恐る恐る隣に座る加護の方へと膝を向け、胴体を向け、その表情を見る為、常に顕になっている瞳を見つめる。


 その瞳は小さく揺らぎながらも、見つめ返す私の瞳を逃さまないと必死に見つめ、少し眉に力が入っていた。


 普段より少し上気したような頬は、ほんのりと赤く染まり血色感が増していた。


「俺も………涼音の事、小学校の修学旅行の時が初対面、でした」

「うん」


「俺はね、小さい頃から……好き、な子が出来たら……恥ずかしくて中々話す機会とかかが伺えない奴だったの」

「………う、ん」


 瞳を見ながらこの言葉達をただひたすらに聞くというのは、今の私にとって羞恥心をまろび出させる拷問かと思う程の恥ずかしさだった。


 それでも、お互い、目が泳ぎながらも最終的にはまた目線が合うよう元に戻す。


「だから、話しかけれるように、こう言う元気なキャラをね?外面に作った」


 加護の言う元気なキャラとは、普段学校で色んな人に接しているあの、誰にでも優しく明るく、溌剌とし、軽口を叩き合うような、そんな加護だろう。


「でもそしたら、内側の自分が段々出せんくなって、好きになる子全員が外面の俺が陽気すぎていつも愛想笑いばっかになった」


「そしたらさ、修学旅行で清水寺に行った時びっくりした事が起こった」

「びっくりしたこと?」


 清水寺の前に立ち並ぶ商店街は私が加護と出会ったところ。


 そんなことを思い出した時、ふともう一つの大切な思い出が頭をよぎり自身の瞳を瞠目させた。


 それに気づいたのか気付いていないのか、加護は何かを思い出すように一度瞼を閉じ開けた時にはまた瞳の奥を見つめられる。


「音羽の滝の待ち時間の時、修学旅行っていう括りの中、外面ばっかりが表に出続ける状況でいつも通りに近くを通りかかる色んな人に挨拶交わしとった」

「…………うん」


 私の相槌を打つ声が震え、何やら視界が揺らぎ始め無意識に眉に力が入っていくのに気付かなかった。


「そしたら……並び終えて自由時間になった他の修学旅行生とすれ違った」




『あ!やっほ〜!』

『!!』


『や、やっほ〜?』




「今とはもう少し短かった髪の毛だった女の子が、いつもみたく軽く言った挨拶に、無視するでも無く、愛想笑いするでも無く…………」


「俺の目ぇ見て、ニコって含羞んで、疑問符付けながらも挨拶を、返してくれたん」


 熱がこもったような感覚がしたと同時に、自身の肩には加護のゴツゴツとした大きな手が覆い被さり体温が私の服を越して肌へと移る。


 加護の表情は先程より眉が垂れ下がりながらも、言葉を紡いでいた口元は一度区切られ、一文字に結ばれ震えていた。


「それがなぁ………?バリ嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。外面が外れんくなった俺でも、そんな子ぉが居ってくれるんじゃって漠然と思って、嬉しくて…………嬉しくてなぁ……?」

「…………う…ん」


「その笑顔が、可愛くて、ずっと見てたいって思って………救われた感じがしたと同時に、知ってる感情が湧き上がってもう一つ、知らない物も生まれた」

「知ってる……?知らない物………?」


 加護の言わんとしている事の意味をままならない頭で考えつつも、肩に置かれていた両手がするりと腕を伝い下がって行くのを目の端で捉える。


 手が離れた場所が、空気に触れ徐々に冷えていく感覚が妙に寂しく感じ眉根が下がる。


 そう思ったのも束の間、次の瞬間には私の顔は何かに埋まり視界が奪われていた。


「!?!?!?」


 肩から離れたと思った温もりが、今度は背中に、腕に、顔に、胸に、頭に。


 首に。


 全体に移り、塞がった視界の先が、加護の胸元だと気付くのに時間を要し、己が加護によって抱き締められているのだと気づいた時にはもう遅く。


 離れようとする私を離さまいと腰と、背中を経由し肩へと交差させられた腕に更に力が加えられた。


「好きって感情」


 首後ろの項にあるであろう加護の口元から言葉と共に吐き出される息遣いが項を擽り、こそばゆさにギュッと身を固める。


「それと、まだ正確に理解はしとらんけどこれは多分………漠然とした好き、だけの感情じゃない」

「…………う、うん……!?」


「付き合いたいとか………けっ……結婚、したいとか、そういう感じっ……のっ、愛しい、って感情………!!」

「けっ!?結婚!?!?」


 耳を疑う様な単語が加護の上擦り、少し掠れたような声色で紡がれ思わず驚き、加護だけに聞こえるような声量で声を上げる。


 恥ずかしさにより元々羞恥心により熱かった耳や頬が、これ以上無いぐらい熱を発し、眼前が加護の胸板で埋まっている為最早熱が逃げることを知らない。


 籠るばかりの熱は、うだる様な熱情を増長させるかのように私の身を支配していく。


「俺は………人をこんなにも好きじゃって、思ったことが無いけぇ…………涼音が逃げてしまう前に俺に留まらせときたかった」

「でも、涼音は中学の時から人が………特に男の人が苦手になった。じゃけぇ怖がらせんようにって思いながら入学式の次の日、外面の俺で挨拶した」


 その情景は、昨日の事のように脳内にありありと思い出す。


 初めての環境下に、着慣れない新しい制服を身に纏って、久しぶりに教室と言う特大なトラウマが存在している場所へと向かう恐怖の中。


 耐えきれずに逃げ出し、また繰り返すのかもしれないとまた別の恐怖に体を支配されながらもそれでも同じ鉄は踏みたくないと決意し、流れのまま先生に連れられて行った先で出会った人物。


「そしたら、青い顔した涼音が頑張りながらもまた、あの時と同じ涼音が、辛いだろうに笑顔で返してくれた」


「もう、そこでな?例え涼音が俺の事忘れとったとしても、もう一回思い出させてあわよくば好きになってもらいたいって思った」


 背中や肩にあった温もりが離れ、再び肩へと手が置かれ加護の胸板へともたれかからされていた私の上体を起こされる。


 私より座高が高く、自身の頭の位置より高く存在している加護の顔面がズイっと近づく。


「………前置きが長くなってしもうた………つまりは何が言いたいかって言ったら」

「……うん」


「俺は出会った時から、涼音が好きで、出会って離れて、また再開した今。前の好きよりももっと大きいもんが生まれた」


「自分に自信がなくて卑下する涼音にいっぱい、涼音を肯定する言葉をかけて認めて、励まして、抱き締めて、いっぱい遊んで、いっぱいお互いを知って、最後の時まで隣に一緒にいて欲しい」


 見つめられる瞳に吸い込まれ、逸らせない。


 否、真剣な眼差しで私の全てを覗き込み、踏み込み、心を解放してくれ、全てを抱き締めて心地の良い、私が居ても良いという居場所を与えてくれると吐き出す。


「百合涼音さん。俺は……」





「俺は、貴方のことが、とってもとっても大好きです。……………俺と一緒にずっと隣を歩いていてくれませんか???」


 揺らぐ瞳は、心配そうに細められ、目を瞑らまいと唇を噛み締め必死になその形相は私の瞳に焼き付く。


 肩に回されていた腕は気付けば、私の両手を一箇所に集めそれを左右から掌で包み込むように握られていた。


 私の中での答えは既に出されている。


 真摯に言葉を編み上げ、少なからず、私の内情を察してくれていた加護は、私のペースで今日この日に至るまで丁寧に関係値を築き上げてきてくれた。


 こんなのはもう、答えは一つに決まっている。


「私の心はとっくの前にりゅう君に救われていました」


「私は加護龍二君。貴方の事がとってもとっても、大好きです。私で良ければ、一緒に隣を歩いて下さいませんか?」


 目の前に居る加護の顔色を伺い、俯いていた顔をそろりと上げれば何やら不満顔だった。


「涼音で良ければ、じゃ無くて、涼音が良いから、じゃ!やり直し」

「えぇ……?」


 そこなんだとボソリと呟けば、グッと顔が近づき人差し指で頬をつつかれる。


「俺は、涼音をいっぱい肯定してここに居ていいって認めるの。例え涼音本人であろうと、今後自分を卑下することは言う場合は俺が矯正させる」

「矯正………」


 矯正と言われると、まるで歯の矯正みたいだなと思わなくも無い。


 加護の言う漠然とした私の考え方の矯正について、それは私にどんな価値観の変化をもたらすのかが今のままでは想像しえない。


「勿論順を追ってじゃけど。涼音がこの世界がもっと楽しいって思ってくれるようになるにはそれが一番ええんじゃ」

「そういう物?」

「そういう物」


 長年培ってきた思考回路が変わった自分自身の生き方が、想像力の乏しい私にとっては未知の世界。


 それでも、高校に入学してからの約七ヶ月間。


 こんな短期間でも、周りの影響によりこれまでの私が気づいていなかった自分が表に出始め、友紀や朱利、百ちゃん先輩や喜久先輩。


 様々な人達と接し合うことで、心が疲弊し常に何かを警戒し引き腰だった私に勇気と言う行動力と味方だという絶対的な安心感を与えてくれた。


 過去のトラウマの一端をになった森井を乗り越える為の力も与えてくれ、苦しかった一つの記憶も受け入れ昇華することが出来た。


 こんなものは辛さだけしか持ちえてなかったあの頃の私が想像もしていなかった未来なのだ。


 それならば、今想像できなかったとしても、気付けばまた加護の言うような未来に自分の足で踏み出し、なるようになった結果がそうなっているかもしれない。


 未来なんて想像するだけ、なるようにしかならない。


 一度、机上に置かれた氷の溶けかけたコップを持ち熱に浮かされ乾いた喉を潤す。


 冷やりとした冷たさが身を引き締め、私にもう一つの勇気をくれる。


「私は、加護龍二君がとってもとっても、大好きです。私と一緒にずっっと隣を歩いてくれませんか?」


 先程は俯いて言った己の言葉を、今度ばかりは見つめられる加護の瞳を見つめ返しながら告げた事を私は少し後悔した。


 言葉を紡ぎ終わった直後、加護の表情は見る見るうちに綻ぶ。


 眉根が下がり、閉じられていた口の端が弧を描き内に秘められていた綺麗な歯が顕になる。


 くしゃっと目元が細められ笑い皺が浮き上がる。


 その何度も見てきた加護の笑顔でありながらも、これまでで見た中で一番、


 嬉しそうで、幸せそうで、愛情のこもったような安心感が溢れかえったような。


 幾つもの感情が合わさったかのような晴れやかなその表情は、私に今までで感じたことの無いベクトルの違うとてつもない恋情を植え付ける。


 キラキラとしたその笑顔は、まるで私を光の方へと導き照らす太陽のよう。


「うん。手ぇ繋いで、ずっと一緒に歩こ。涼音の居場所はずっと前から俺の横にあったよ」



「俺は涼音の事がむっっっちゃ、大好きじゃ」


 再び告げられる言葉は、かしこまった形では無くいつも通りな言葉遣いで、先程の妙な恥ずかしさではなく、日常の少し気恥しい感じへと変化した。


「んふふ。ありがと」


「あ、でも学校とかじゃあ朱利の方に行ってあげてや」

「ん?」


「朱利も涼音の事大好きじゃけぇ俺がずっと隣におったら拗ねるし……学校で隣居ったら恥ずかしくて授業どころじゃないわ」


 そう言うと加護は、いじらしそうにそっぽを向きながら後頭部を掻き始める。


「あはっ!そこはヘタレさんに戻るんだね?」


「涼音は恥ずかしくないん?」

「…………(うち)も恥ずかしいです」


 そんな会話を二、三個交わしお互いに目を合わせ困った様に笑い合う。


 目の前に置かれた、ミートカレーホットサンドとエビアボカドのホットサンドにそれぞれ手を伸ばす。


 既に冷めきってしまったホットサンドは最早ホットサンドではなくなってしまったが、隣に座る加護と共に食べてしまえば心はポカポカと温まるようだった。

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