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ゆりかご  作者: 愛カ翠
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67話 乾いた心を潤すは

 

 緊張を紛らわすかのように、開かれたメニュー表を覗き込む。


 写真付きのメニューを見れば、どれもこれもが空腹な現在にとって美味しそうでならない。


 ナポリタンやスパイスカレーがこのお店のオススメメニューらしいのだが、そんなにガッツリ食べてしまえば秋の味覚フェアのデザートが食べられなくなる。


 それに私はメロンソーダが飲みたい。炭酸でお腹が膨れてしまうのでそれも考慮した軽食にしたい。


「ホットサンド……」


 目を通した先でふと目に止まったのは、二種類の具材をホットサンドにし盛り合わせたプレート。


 よくよく見れば小さめにカットされた、シェア用のワンプレートバージョンがあるようだった。


 中の具材の種類自体は何種類かあり、そこから好きな具材を二種類チョイスする様式なのだそうだ。


「ね。このシェア用ホットサンドとかどう?」

「お〜ええねぇ美味しそう」


「もしかして食べたことあった?」

「ううん。俺ここに来たら大体こっちのおにぎりセット頼むけぇ食べた事ない。これにしよっか」


 私と同様メニューを迷っていたらしい加護も、私の提案に即座に乗ってくれた為、早速一種類ずつ中身の具材を選ぶ。


 それと共に食後に届くよう『メロンソーダと季節のスイーツセット』も合わせて頼んだ。


 店内には軽快なジャズの様な音楽が流れ、それを聴きながら配膳されたお冷を喉から胃に向かって流す。


 ホットサンドが運ばれてくるまで無言というのも息苦しく、言葉を紡ごうと話題を考える。


 ふと思いついたのは、数日前の文化祭で知った事実。


 小学校六年生の修学旅行で偶然出会った加護。そんな加護が中学生になった時、何故か同じ中学に通っていた。


 深鷹中学校は主に私が通っていた小学校と、少し離れたもう一つの小学校の生徒が多く在籍していた。


 今日、加護の自宅が何処にあるかを知り、近くにもう一つの中学校があるのも確認した。


 近くに地域に属した中学があったにも関わらず、私の地域にある深鷹中学校に来ていた為、単純に何故深鷹中学校に来ていたのか、その理由が知りたくなった。


「加護はさ、なんで深鷹中学校に通っとったん?」


 私の問いかけに、氷の入ったお冷をちびりと飲んでいた加護は静かにコップを置き、こちらを見る。


「うちの近くにあった中学がな〜絶対部活動に所属せんといけんっていう規則があってな〜小学校の時から清澄の柔道部に柔道習いに行っとったんよ」

「え!そー言うのやっとんだ!?」


「そそ。じゃけぇ柔道やりたくてそっち行くために深鷹行っとったんじゃ〜」


 確かに、深鷹中学校では部活動所属を強制する規則は無く、実際に私も運動部に所属していたものの、不登校になり退部しそのまま無所属になっていた。


 清澄まで柔道をしに行くのであれば、放課後に部活動を行ってからでは時間が取れない。


 その為に強制部活動の規則がなかった深鷹中学校を選び通学していたという事に納得が行った。


「まぁ、流石に高校の人達とやるんじゃなくて、そこに柔道の先生が来てくれて空いてる場所を間借りして子供柔道教室みたいなんをやっとったんよ」

「へぇ〜ちゃんと学校の先生とは違う師範みたいな先生が指導してくれとったんじゃ」

「そーそー」


 全く知らない情報が解禁された。


 自身が通う高校なのにも関わらず、柔道部が主に使っている武道場でそんな事が行われている事を微塵も知らなかった。


 加えて、そこに加護が幼い頃から所属していたこともだ。


「……………もしかして、そこに通ってた時(うち)の話とかしとったりした?」


 ギクリと肩が跳ね、加護の表情が固まる。まるで何故分かったとでも言うかのようなその反応は口に出さなくても明白だった。


「……………なんで、分かった????」


 加護は恐る恐るといった様子で尋ね、入学したての少し前の記憶を掘り返す。


 一人、学校探索をし無意識に渡り廊下で座り込んでいた時、加護に連れられ柔道部が活動を行う武道場へと向かった際。


 その場に居た初めましての明らかに先輩であろう柔道部員の方から、百合ちゃんと苗字で呼ばれたのだ。


 あの時は少し違和感を持ったものの、特に何も感じ無かった。


 今この話を加護から聞いた事で合点がいった。


 これはあくまでも、私の推測、いや、妄想に近い願望とでも言おうか。


 小学校の頃の加護が馬鹿正直に修学旅行で出会った私の事を、柔道を習いに行っていた先で話を聞いて貰い、中学で再開したことで苗字を含めた全ての名前を知り話していたのだとしたら。


「なっ………何をっ!何処まで言ってたのでしょうか………!?修学旅行で会ってたのに気付かねーよこいつとか言ってたん!?」


 自分で言っておきながらそんなことを言われていたのかもしれないと被害妄想が頭を駆け抜け、断定もしていない筈なのに、勝手に恐怖していく。


「なんでなんでなんでそんな、そっち方向の考えに行っちゃう!?」

「こいつ鈍いわぁなんだよとか愚痴とか言っ、むぐっ」


 止まらなかった口は、目の前に座っていた加護が身を乗り出し手を添え強制的に動きを止めさせられた。


「ちょいお黙り」


 乗り出した身のまま距離が近付いた状態で先程よりワントーン程低くなった声色で繰り出された言葉は私に完全なる静止を与える。


 そんなかっこいい表情と声で言われれば、何も言えまいし、確かに私が早とちりしていたという自覚は全然ある。


「お待たせしました〜ご注文のホットサンドです〜スイーツセットの提供についてはお食事がお済み次第提供させていただきます〜」

「あ、ありがとうございます」

「失礼します〜」


 間が良かったのか悪かったのか。


 タイミング良く注文していたホットサンドが届き、話が途切れた。


 一旦は心が落ち着いたなと思ったのも束の間、目の前に座っていた加護が徐に立ち上がる。


 どうしたのだろうと思い、その動きを目で追っていると、なんとソファ席で空間が空いていた私の隣へと腰を下ろした。


 驚きに身を固まらせ状況が理解できずにいると、もう一度座り直しあろう事か若干距離を近めてきた。


 心の中で悲鳴を上げ、バレないようゆっくりと加護とは反対側へと移動する。


「なぁ、なんで涼音はそんなに自分を卑下する?」


 その言葉に、苗字呼びから名前呼びに切り替わった事も相まって今度は私がビクリと肩を揺らし固まる。


 私の心の内を言ってもいいのかを躊躇い、目が泳ぐ。何故そんなに卑下するのか。


 そんな理由は自分が一番分かっているし自覚している。


 分かっているけれどそれを加護に言って何になる。


 こんなネガティブな考え方の人間が、こんなに太陽みたいにキラキラとした人間の近くに居る事で浮き彫りになって惨めに思うだけだ。


 あぁ、また。こうやって自分の保身ばかりを気にして人を慮れない。


 全部が全部私の事だけで手一杯で何も人に返せないし、気遣えない。


 こんな私が、こんな私が。


 こんな私がここに居てもいいのか???


「………他の人から自分の事が貶されるのが怖いけぇ、予防線として最初っからそう思うようにしとるんよね」

「あ…………なんで」


「嫌われるんが怖い、仲間外れにされるんが怖い。自分に自信がないけぇそれが念頭に置かれて。こんな自分なんかじゃ嫌われる、嫌なこと言われる」


「それが怖いけぇ、傷付きたくないけぇ最初に自分で心をズタズタに突き刺して、これは元々刺さってたから相手がやったんじゃ無いって深手を負わないようにしとった」


 加護の言葉に何か、心が動かされるようなそんな感覚がした。


 嫌に目につく、コップを伝う水滴は静かにコースターへと流れ染みる。



「そんなんじゃ、涼音がいつか壊れそうで…………俺、怖いんじゃ……………」



 一滴の優しさの言葉は、水滴と同様に私の心を潤すかのようにじわりと広がっていく感覚がした。

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