61話 空白の三年間はここに
加護と二人対面してでの秘密の密会はあの後何とも言えない気恥ずかしさを紛らわす為に直ぐに二人して立ち上がり、屋台が立ち並ぶ運動場へと戻った。
戻った先のクラス屋台で店番をしていた朱利と友紀は既に商品が完売したという事で店仕舞いに突入していた。
先に戻っていた森井もお金の勘定をし、先生と損益の確認をしていた。
チラリと目が合ったと思えば、悪戯げに笑ってきた。
森井は加護の事を知っていたのだから私が加護の事を覚えていなかったというあの状況が彼にとっては可笑しかったのだろう。
私だって流石に中学の二年ほどほぼ不登校気味だったとは言え、中学の三年間一緒だったのに全くと言っていいほど覚えていなかった基、認知すらしていなかったのは申し訳無いと思っている。
「あ~涼音おかえり〜!屋台どーだった〜?」
ロシアンたこ焼きを作るためフル稼働していたたこ焼き器をゴシゴシと掃除していた朱利が私に気づきこちらへと声を掛ける。
私も店仕舞いを手伝おうと近くにあったキッチンペーパーを手に取り、朱利がいる元へと駆け寄る。
まだ着手していないたこ焼き器の油汚れを拭き取りながら色々と伏せつつ朱利へと報告する。
朱利から何やらニヤニヤと生暖かい目で見つめられながら話す空間は何処かむず痒くも、それでも聞いてほしいと言う心の負担故に話は尽きなかった。
初めてまともに経験した文化祭がこんな事になるだなんて誰が予想しただろうか。
こんなにも楽しく、こんなにも嬉しく。
こんなにも心が晴れたのは紛れも無く、様々な事象が重なりあって起こった奇跡と言っても良いぐらいだろう。
何より心の負荷の一つであった心労が改善された事による胸の高鳴りはこれまでに感じたことの無いような心地である。
それに並行して胸に湧き上がるのは、先程の加護の約束。
それもまた私にとっては知らない感情で、ソワソワと浮き足立つようなこの感覚に心酔してしまいそうになる。
今だに私の脳内は加護の事で頭がいっぱいだった。
共に戻ってきた加護はウィッグこそ外しているとは言えど、着替えるタイミングを逃し依然として女警官の姿のまま先程とは逆に顔面と服装のアンバランスな見た目に級友達の笑いが再びぶり返していた。
(こんなに楽しかったのいつぶりじゃろ…………あ~あ。終わるの寂しいな)
そんな心躍る時間は少しの物悲しさと共に静かに終わりを告げた。
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「母さん。中学のアルバムって、ある?」
文化祭が終わり、家へと帰宅した私はグツグツと夕飯のスープとなるポトフをかき混ぜながら、野菜を切る母さんに問いかける。
「ん~?あ〜、確か倉庫の本棚に入っとると思うで〜」
「ん。ありがと」
何事も無さそうに返事を返した母さんは一拍おき驚いた様にこちらへと視線を移し、「え、え、何どんな心境の変化??」と困惑した表情を浮かべる。
それもそうだろう。
その卒業アルバムには私を悪質で有りながらも中学生らしい幼稚な悪意で傷付けてきた奴らの顔が載っているのだ。
その時の私にはとてもじゃないが見ようという気力が湧くわけが無く、卒業式の日に貰って以来一度も目を通したことがなかったのである。
当時の私は卒業写真用に校庭で撮らざるを得ない集合写真を担任だった先生によって無理やり参加させられ、明日死ぬのではないかと思う程の勇気を振り絞り頑張って同学年全員が居る場所へと行ったのに。
当のその先生は私を放置し違う生徒の元へと行ってしまっていたのだ。
周りの喧騒が全て私の悪口に聞こえ、それを極力聞こえなくなるよう必死に地面に転がる砂粒を眺め違うことを考え続けていた。
自らの手は震えを抑える為にスカートを握り締め撮影までその場に立ち尽くして俯くことしか出来なかったのだ。
そんな状況下に居て良い表情で写っているわけがない。
その写真を含めた全ての写真を見たいと思った事など卒業してから今まで一つも湧いたことが無かった。
それがどうだ。
中学の苦い記憶を思い出すと言うデメリットを差し置いてでも、一緒に学校生活を送っていたと言う『加護』の存在を見てみたいと言う、ただそれだけの為に閉ざされたアルバムを開け放ちたかった。
「…………ご飯後で食べてもええ?」
「まだ時間早いけぇ別にええよ〜」
煮立った鍋を確認し、火を消す。
夕飯の為にメインディッシュを作ってくれる母さんに後はお願いし、直ぐ様倉庫へと向かう。
入ってすぐの所にある本棚には分厚く重厚な背表紙のアルバムがそこに鎮座していた。
『二十◯◯年度 深鷹中学校 卒業アルバム』
チカチカと点灯する電気に照らされるそれは手に取るのを躊躇う何かが漂っているのかと錯覚するかの如く、手が宙にあるままたじろぐ。
「……………ふぅ」
一度呼吸を整え、意を決してアルバムを手に取る。
ずっしりと重量のあるアルバムは当時の私の重苦しかった心を体現するかのよう。
自室に戻り、机上に置いていたドッグタグを掌に握る。
アルバムの表紙に手を掛け捲る。
パラパラと目を通して眺めれば、教員紹介に載っている見たことのある嫌だった担任、お世話になった先生が。
更に捲れば、クラス別の卒業写真へ。
まじまじと見つめても、同じ小学校の人は分かっても合併したもう一つの小学校の生徒の顔と名前が全く一致せずただただ知らない人達を見ている感覚に陥るだけだった。
「!」
私とは別クラスではあるものの、当時の友達もどき。いや、彼奴等の顔写真が目に入った。
卒業写真の為か、これは少しばかり化粧をしているようだった。
「フッ…………馬鹿じゃん。絶対怒られとるじゃろこんなん」
思わず乾いた笑いと共に独り言が零れ落ちる。
校則では確か化粧は禁止だったはずだ。きっと怒られたことだろう。
規則を破ってでも自らを飾り立てようとするその厚顔無恥っぶりは当時から二年経ったあの時も健在だったらしい。
「……………案外、平気なもんなんじゃな」
別段嫌な気持ちなど無く、淡々とアルバムを眺められているこの状況に少しばかり驚く。
もう一枚頁を捲れば、私の心が大きく脈打った。
今よりもう少し髪の毛が短く、あの時より豊かに伸び揃った髪。
何時ものクシャッ破顔した笑顔とは違う、卒業写真用に控え目に微笑えんだままここへと収まるその表情を捉えた私の瞳は一瞬にして私を釘付けにさせた。
「ほんまに、居ったんじゃな………」
以前母さんが言っていた一言を思い出す。
灯台もと暗し。
まさか本当に近くに、それも、小学生の修学旅行の次年度から既に近しい場所に居たとは。
私がもっと周りに気を配って、彼を探す努力をしていれば。
或いは、こんなに憂う事も無く恋情と言うときめきに心を踊らせ何事も乗り越えれたのかもしれない。
過ぎ去ったことにケチをつけてもどうにもならない。
今こうして良き結果に導かれたのだから、これもまた数奇なる運命だったのだろう。
再び手をつけ一枚頁を捲れば見開きに印刷された一枚の写真が広がる。
ドローンによって校庭全体が映し出されたその写真は、同学年全員が集まった集合写真。
心当たりがあった私はとある一点を探し視線を走らせれば、一箇所人が他の所より疎らに集まった場所に止まる。
そこに画素の問題上粗くはあるものの何とも言えない苦い表情をした私を見つける。
「うわぁ……嫌そうな顔………まぁ、嫌だったんじゃけど…………」
ふと私の直ぐ右後ろに人影が有るのが目に入り視線を右上へと流す。
そこには、ダブルピースでカメラに向かって零れんばかりの笑みで写っていた、加護が居た。
「んぅ………………は??え、無理マジで無理。何で気づかんかったんほんまに、あぁ〜〜ー!!!!!」
片手で髪を掻き乱し込み上げてくる熱に呑まれ、耐えきれなかった絶叫が口から溢れ出る。
ダメ。これ以上好きになったら、取り返しがつかなくなる。
目頭が熱くなり、視界が滲む。
それでも止められない居場所を求める、この欲求。
ありのまま愛して欲しい、この欲求。
彼なら私を受け入れてくれるのだろうか。




