60話 ポロッと零れたのは
「………一緒じゃったよ。三年間」
遠くで聴こえる文化祭で賑わっている喧騒を尻目に加護がポツリと呟く。
「うん。気付かんくてごめん。入学式の時も、堂々と見たのに全く分からんくてごめん」
「ブハッ!!うん、まぁそれは姿形全部変わっとったけぇしょうがない」
本当にこれだけは私も理解が出来ない。
あれだけ心から焦がれて居た『りゅう君』に出会ったというのに全くもって気づかなかったというこの大失態。
確かに加護の言うように当時とは背丈も大きく変わり、幼かった顔立ちも精悍な顔へと変化。
果ては可愛らしかった声が現在の耳心地の良い低音になった。
過程である中学自体に真正面から出逢えば、いくら自分の事で手一杯な当時の私だって気づいていたかもしれない。
と言うのも、今気づいたからほざいているだけで、結局は仮に中学の時に相対したとてそもそも男子に自ら近づいていなかった私にはそんな事不可能だっただろう。
過ぎたことを兎や角言うのもお門違いだ。
「中二ん時さ、クラス一緒だったんよ」
「……!? そうなん!?」
その言葉に、先程の森井の全て言動が一致し納得がいった。
「んふ。そうそう。そん時初めてすずねちゃんと一緒の学校だって気づいた」
「あ〜確かに。中学人多かったけぇ、同じクラスにならんと人の名前把握出来んかったな」
そうは言っても当時の私は同じクラスの人ですら名前を覚えていなかった為、今や中学生までの同級生の名前はもう殆ど記憶から抹消されている。
「そん時、ばり嬉しくてさ。え、こんな事あるん!?って」
コクリと一つ頷き加護から語られる私の知らない、知る由もない加護の内側を静かに聞き取る。
「でも待てど暮らせど、百合は教室に来んくて、ただただ百合の席だけが空っぽで」
「ずっと寂しかった。なんで来んのんかなって」
「そんなこと思っとったら、一学期の中間テストの時にふと気づいたら百合が居てさ」
「話しかけようと思ったら………」
その後の事は、私も知っている。
出席番号順で席が並び、着席した後すぐ、隣だった森井に例の言葉を吐き出されたのだ。
加護の開いていた掌がギュッと固く握られ体全体が強ばった。
「あいつがさ……あいつが、涼音にあんなこと言った後からもう、二度と来んくなった」
「………森井の事は仮に涼音が許したとしても俺は許せん」
「でも、それよりも俺があん時もう少し早く行動しとったら涼音にあんな思いさせんで済んだかもしれんって思ったら自分のことの方がもっと許せん」
悔しそうに歯を食いしばり、在りし日を思い出すかのようにある一点を見つめ目を細める。
そんな加護の私を憂慮するかのような言動に強く心臓が脈打つ。
私と同じくあの時の思い出を大切に大切に保管してくれていただけでも嬉しいのに。
そばに身に付けていたと言う事実を知った今、過去の嫌だったこと全てがもう、どうでも良くなるぐらい心が満たされた。
もうダメだ。
目の前に居る加護が、ただでさえ女警官のコスプレ姿だと言うのに。
そこへ更にウィッグネットによりちょっとおかしな姿でいるのも相乗効果によって傍から見ればおかしな状態になっているのは理解している。
それなのに、全てがかっこ良く見えてしまうフィルターがかかってしまった。
ドギマギとぐるぐる沢山の事を脳内で処理をしているが故に周囲の事に気を配っていなかった。
気付けば、脱力していた加護の腕が背にくっつき、もう片方の腕も私の前方に回る。
「は、わぁ!?…………」
驚き、声を張り上げる。
グッと縋り付くように右側から体全体を包まれ、優しく抱擁される。
男子相手に触れることは愚か、話をする機会も殆ど無かった私にとって、この状況はとてつもなく未知な感覚だった。
尚更それが、私が好きだと自覚している相手なのだから。
込み上げる恋情は増すばかりで、拒むことすら出来ず、ただ只管にそれを享受するのみに留まっていた。
「それでもな、俺は良い奴じゃないんで」
「? どう言う事?」
横側から抱きしめられ、後頭部の付近から吐き出される息に擽ったさを感じながら共に告げられた言葉の意味が分からず問い返す。
するとただでさえ近かった距離が加護が更にギュッと腕に力を込められ先程よりも密着し、私の脳内は再び加護の事しか考えられなくなった。
それによりときめきで考える力が衰えている現状のせいで私の中でその言葉を深く考えることが不可能となった。
「だって、俺は……涼音が傷付いたその傷を利用して好きになってもらおうと思ってすっげぇ構ってしもうたんじゃもん」
何処か子供が癇癪を起こした後に出す拗ねた様な口調で言うそれは、顔に見合わないいじらしさだ。
「……………え、ちょっと待って」
「ん?」
ふと、脳内に刺激が走り、先程伝えられた加護の言葉を振り返る。
その中には聞き流してはいけないワードが入り込んでいた。
それに気付いた瞬間熱が上がったかのように目の前の視界が揺らぐ。
私が自意識過剰すぎるのかもしれないと思考をセーブしていたが、それは確信に変わってしまった。
聞きたいのに、もし違っていたらと思うと自然と発言するまでに躊躇いが生まれ、この空間に沈黙が流れる。
「加護は……私の事が、好き……だったん?」
意を決して発した言葉に対しての反応が怖く、加護に抱きしめられた状態のままギュッと目を瞑る。
すると、体に接していた温もりが離れたものの一向に返事は帰ってこない。
やはり私の間違いだったのかと羞恥心に塗れながらも恐る恐る目を開けてみれば、そこには両手を口許に当て項垂れた加護が耳も、顔も真っ赤になってそこに居た。
「やっ………えっ?まじか………こんな、ポロッと行くことある???」
「……………え?」
驚きに目を見張っていれば、それに気付いた加護が直ぐさまこちらに視線を寄越し私の眼前に片手を翳す。
「まじ………こんなつもりじゃなくて……ほんまに見んで…………ガチ恥ずい」
「………好きなの」
浮かび上がった言葉を飲み込む前に出してしまった事により直ぐさま口を塞ぐ。
どう足掻いてもそれはもう取り消せない言葉として加護の耳に刻まれた事だろう。
その自身の頭部につけられたウィッグネットを脱ぎ、ボサボサになった黒髪を片手でぐしゃぐしゃっとかき乱す。
「~~~~!!百合!」
「んあ!?はい!?」
ばっとその場に立ち上がった加護が勢いよく私の名前を呼び咄嗟に同じく大きな声で返事をする。
「今週末の休みの日、一緒に例の喫茶店に行きませんか」
「………え?」
加護が告げた言葉の内容は理解したものの、今この場で告げられた意味が分からず首を傾げる。
だが、元々この話は、文化祭前から決まっていことだ。
何も驚くことじゃない。
ただ、今こんな感情を持ち合わせたままで休日に遊びに行くなど、何も考えられない程馬鹿では無い。
「そこで勝負を決めさせて」
「…………勝負」
「百合のさっきの言葉の答えは、そん時改めて俺から言わして」
その羞恥心を噛み締めたかのような表情を必死に隠した真剣な瞳は、私に拒否権を与えるはずもなく。
無造作に乱れた加護の髪が秋風によってサラサラと流れる様を目の端に捉えながら、静かに頷くしかなった。




