59話 ドックタグ
「………え、………あ?」
やっとの事で絞り出された加護の声は驚きによりいつもより掠れていた。
只管に驚きにより目をこれでもかと見開き見つめ返してきた。
当時出会った六年生の時とは顔立ちがキリッと大人びている。改めてまじまじと見つめれば確かにあの時の男の子。
失礼な話、出会った時がもう少し可愛らしい表情と声変わり前の少し高めの声。
そして短めに整えられた髪型はかつては地肌が見えるほどの丸坊主だったのだ。
私自身が加護への思いに気づいたことにより、それほど鈍感では無いかもしれないと思っていたのに。
あれだけ心の中の支えとして心の中に居続けた『りゅう君』が、加護なのだとこれっぽっちも気づかなかった。
何も言えないでいる加護を前に、ずっと見つめられたままと言うのが少し気まずくなり、フッと視線を前に移す。
「…………わ、ぁ!?」
秋風を受けて少し冷静になろうと思ったのも束の間。
グッと右肩に温もりが宿り、何かが寄っかかって来た。
チラリと横目で右肩付近を見やれば、俯いた加護が私の肩に額をくっつけていた。
「!………~~~!?」
突如頭が真っ白になり、一気に頬が真っ赤になっているのが予想出来る程熱を持っているのが分かる。
この状況を脱却するのに右肩に添えられた加護の顔面を振り払おうかどうかと悩む。
「ふぁ!?」
するりと背筋に悪寒が走ったと思えば、そこから通り過ぎた何かが左後ろ付近に気配を移す。
そろりとその方向に視線だけ動かしてみればそれはあった。
私の手より大きくゴツゴツした男の子の。
加護の掌が重力に従い地面に置かれ、上向きに掌を自然と寛げていた。
状況的にこれは、自身の右肩に加護の額。私に触れてはいないものの背後には加護の腕が回されていた。
「………覚えとってくれたん…………?」
絞り出すように吐き出された声は普段の加護の声質とは異なり、小さくか弱く、震えていた。
その言葉にコクコクと頷き、ポケットに突っ込んでいた左手を引きずり出す。
少し体をねじったせいで、右肩につけていた加護の額は離れ、温もりは秋風によってすぐに冷えきってしまった。
それが少し名残惜しかった。
「………これ。交換した、よな」
己の握っていた左手をゆっくりと開き、掌にあるドックタグを見せる。
そこには確かに、私がいつも肌身離さず持ち歩いていた名前が印字されたドックタグがあった。
キラリと輝くそれはあの光り輝く一日を彷彿とさせ、何時もどんな時も思い出させてくれた大切な代物。
辛い時もこれを見れば、心做しか心が救われていた。
たった一回、それも他校の生徒同士で偶然一緒になった修学旅行の自由時間でのほんの数十分間だけ。
あの当時は一目惚れをしたなどとは一切の自覚をしていなかった。
だからこそ、何故こんなにも思い出の中の彼を思い出す度に多幸感に襲われ安心しきっていたのか分からなかった。
でも今ならその感覚が痛いほど分かる。
この人がとても心優しくて、荒んだ私の心を一時でも慰めてくれたから。
そんな貴方がとても眩しくて、眩しくて。
とても好きになってしまっていた。
再び息を呑んだ加護も自らのポケットに手を突っ込み何かを探るようにモゾモゾと動く。
同じく右掌を握り締めたままゆっくりと開かれたその中で、ネックレスチェーンに繋がれたあのドックタグが太陽に照らされ輝いた。
その情景は、まるであの流星祭りを彷彿とさせた。
「………あ、お祭りの時首から下げてた……」
「へへ。暗がりじゃけぇ見えんと思って付けてた」
「暗がりじゃけぇ?」
加護の言っている意味がわからず、そっくりそのまま聞き返す。
へらっと笑っていた加護の表情は少し陰り、その自らの手の内にあるドックタグを見る。
「………す……百合が俺の事覚えとったとして、このドックタグを明るいとこで見たら、嫌な事と一緒に思い出すかなって思って」
「………嫌な事って?」
そこで加護は一度口を噤み、俯きがちにこちらをチラリと覗き見る。
まるで何かを探るかの様な仕草に少しばかり何が言いたいのかが分かった気がした。
『…………って事は中学の頃から好きだったん?』
『じゃけぇ、加護はさ』
先程の森井の途切れた発言と、今現在言葉に詰まっている加護の様子から一つの可能性が頭の中に浮かび上がる。
「もしかしてさ、加護って私と中学の頃。学校、一緒だったりした?」
この問い掛けは、返事が来ずとも分かってしまった。
驚いた様な、血の気が引いたようなそんな表情。
それが分かった途端、私の中には瞬間的に愛しさが舞い降りてきた。
だってこの優しい男の子は。
修学旅行での一瞬の思い出を覚えていてくれた事に加え、不登校で学校に行けていなかった私を校内の何処かで見たかもしれない。
加護の様子を見るにきっとそこで当時の私の状況を人伝に聞いたのだろう。
その時点で、私を切り捨てずにあまつさえ、高校に入学し初対面として堂々と出会ったあの日から。
私に苦い思い出の向こう側にある『りゅう君』との思い出を無理矢理に思い出させようとさせず、丁寧に接してくれた。
それがとてつもなく、狂おしいほど私の胸を締め付けた。




