56話 馬鹿じゃん!!!!
「俺が、百合を、好きだった」
聞こえてないと思ったのか、森井は丁寧に区切りをつけながら自身と私を交互に指さしながらもう一度言う。
「二回言わんくても聞こえとるよ」
聞こえてないんじゃない。理解するのを拒んでいるのだ。
だって信じられると思うか?
突然クラスメイトに虐められ傷心した中、担任の先生の半ば強制的なテストを受ける為に教室に行ってみなさいと言われたあの日。
リアルに十分ほど階段の踊り場で狼狽え、中々来ないと思った担任から教室に引きづられ席に着いたその直後。
出席番号順で並ばれた席の隣から聞こえてきた一言にメンタルが弱りきっていた私にはもう二度と教室に入りたくないと恐怖を植え付けられたのだ。
そんな彼から、出た言葉が、何?私のことを好きだった???
「………………え。因みにそれ冗談?」
「……………んん」
しゃがんでいた私に合わせ、同じくしゃがんでいた森井は少しの沈黙の後ゆっくりと首を横に振る。
至って真剣なその眼差しに彼が嘘をついていないと言うのがありありと分かる。
「………それって、好きな子に対して虐めたくなっちゃうってやつ……?」
「………いや、単純にあの時は七年ぶりにまともに顔合わせて。焦って……マジで殺してくれ…………」
言葉を吐き出しながら段々と沈んでいく声色と並行しながら、どんどんとその場に丸まっていった。
これは所謂あれだろうか。
小学生で好きな子に行為を伝えることが恥ずかしくて意地悪しちゃうとかなんとか。
「………馬鹿じゃん!!!!」
思わず出てきた言葉をそっくりそのまま口から吐き出すと、しょぼくれた様子で更に縮こまった。
まともに向き合っていなかった私にも責任はあるのかもしれないと一瞬でも思ってしまったが、久しぶりに対面して向こう側から言うつもりもない言葉をかけたにせよ。
これは紛れも無く、私、悪くない。冤罪だ。
これまでの私の心内を振り返れば、あの言葉と彼女らの言葉が何をするにも反芻し、自然と自身の行動に制限がかかっていた。
私の心が弱く、踏ん切りがつかずにズルズルと引きずっていたのもその原因の一端であったとは認める。
しかし、それは暴力と一緒。子供らしい理屈かもしれないが、これは相手側から仕掛けた方が悪いのだと思う。
「すっごく嫌でした。怖かったです森井君」
わざと丁寧な口調で語りかけるとビクッと肩を震わせた森井がこちらに向き直り再び「はい。ごめんなさい」と丁寧に謝った。
それでも彼女らより森井君は断然良い。
彼女達は恐らく、何の意味も無く私を貶めたのだがら。
それに彼女達には罪悪感など存在しない。
だからこそ仮に話し合いの場を設け、謝罪をされたとしてもそれは心からの言葉では無い。
そんな奴らより。
幼き頃の彼を全てとは言わないが、私は朧気ながら知っている。
だからこそ、その言葉が心からの謝罪である事が分かる。
「………でも、謝ってくれたから本当に良いよ。これでチャラって事で」
「……なんか無いん」
「? なんかって何」
森井の言っている意味が分からず、首を傾げると森井は自らの頬に広げた手を当てる仕草をする。
「!? 無い無い無い無い。出来るわけない、じゃん」
「………じゃ、デコピン」
「……………」
そよそよと揺れていた前髪を搔き上げ、隠れていたおでこを露わにする。
何が、じゃ、デコピンだ。
どう言う風の吹き回しなのか。
まともに彼と話しているだけでも驚きなのに、こんな妙ちきりんな状況になるなんて誰が思っていただろうか。
じっと眉根を寄せたまま見つめていても埒が明かないと察した私はチョコバナナが刺さっていた串を持っていない反対の手を構える。
「これで、おあいこ」
ビッシッッ
「っった!」
「あ、意外と強かった」
予想以上に勢いがつき結構痛そうな音がしたおでこを見やれば、少し赤くなっていた。
「………ん、本当にごめん。それと、ありがとう」
じわっと目の端に溜まった涙が見えた気がしたが、あえて何も触れなかった。
私だって沢山泣いた。
追い込まれ過ぎて、死のうかとも思った。
今だけでも良いから情緒がぐちゃぐちゃになって泣いておけばいいと思うのは私の性格が歪んでしまったからなのか。
まぁ、それはそれでメンタルも多少成長したという点から考えれば、それでも構わない。
ただ、軽くでも意趣返しをしてもバチは当たらないだろう。
(なんだろ………この久しぶりな感覚。)
懐かしいと感じる感覚に疑問を持ち、考えてすぐに腑に落ちた。
(あぁ、小学生以来なんか……こんな風にハキハキ喋ったん)




