55話 本音
踏みしめる砂利の音が嫌に耳にこびり付く。
口内に残っているはずのチョコバナナの甘さが瞬時に苦味に変わるかのように、手のひらに汗が滲む。
「……森井?どうしたのこんな所で……」
こんな所でと言うのは私もなのだが、今はそれどころではない。
何事もない事のように振る舞うおうとするものの、表情が硬くなっているだろう。
視界が狭まったことにより、自身が無意識的に眉をひそめている事が分かる。
「いや、何となく足が向いて」
ぎこちなく目を逸らす森井の言葉に疑問が浮かぶ。
何となく足が向かうには、文化祭の期間中は特に何も行われていない為、校舎付近はがらんとしている。
少しの違和感を感じながらも、言う言葉も特に見つからずただ相槌を打った。
気まずい空間に耐えれそうもなかったので、加護とすれ違わないよう彼が歩いて向かって行った方へと向かう為立ち上がる。
何もかもがムズムズと気持ち悪い感覚を一刻も早く消し去ろうと歩を進め、森井の脇をすれ違う。
「……待って」
掛けられた声に反応し、反射的に立ち止まる。
恐る恐るというように振り返れば、踏みしめた砂利が静かな空間にやけに響いた。
目が合わないように少し顔を俯かせてみれば、丁度森井の握られた拳が目に入った。
「……!」
そこに握られた物に目を見張りパッと顔を上げる。
若干目が泳ぎながらもこちらを見ていた森井の口元は僅かに震えており、何かを言い淀んでいた。
一度視線が地面に向き、再び目が合うと握られていた右手がこちらへと伸びてきた。
「これっ……前、貸してくれて。ありがとう、ございました」
そう言われて自らも手を差し出し受け取った。
ポトッと掌に落とされ乗せられたのは、あの合宿の時に貸していた黒い絵の具だった。
「あ、どう、いたしまして」
いずれ帰ってくるか、何なら帰ってこないかもと邪推していた絵の具。
後者の考えに至ってはとても失礼だったなと心の中で謝罪しておく。
「それと……ごめん」
「………へ?」
心で思っていた謝罪が口から出てしまったのかと思った。
がしかし、それは私の声では無く、他の誰でもない目の前にいる森井からの言葉だった。
予想外の単語に動揺し、今、何に対して彼が謝罪しているかが分からなかった。
「あ、えっと……?なんの事?」
訳も分からず、慌てふためくと、森井は思いっきりその場で頭を下げ、「本当にごめんなさい」と謝罪した。
「うぅ……あ………」
どうしていいか分からずわたわたとその場に意味も無く足踏みする。
「中学の時」
「あんな酷いこと言ってごめん」
「!」
ドクッと心臓が波打つ。
戸惑っていた脳は一瞬で状況を理解した。
「ごめんって言って許してもらうつもりは更々無い。これは俺の……唯の自己満足」
頭が下がったままそう続けられ、少し遠のいた様な声色でポツリポツリと言う。
あれだけ苦々しく思っていた中学時代、それに準ずる記憶。そして彼自身。
恐らくあの時の私のまま成長して、今この場面に遭遇したら確実と言っていいほどこの謝罪を受け入れる前に彼の前から逃げ出していたと思う。
きっと本来はこんな謝罪なんかで許していいものでは無いのかもしれない。
それでも、なんだか心につかえていた何かが流れ落ちたかのような感覚がした。
「…………別に、良いよ」
ふとついて出た言葉そんな物だった。
息を呑む音がしたと思えば、森井は顔を上げ彼の視線とかち合う。
まだある気まずさから少し視線を逸らす。
「うん………なんか、ちょっとスッキリしたけぇ大丈夫」
「……? どうゆう事?」
私の言っている事が分からないと言うように疑問を口にする森井。
それはそうだ。これは私の中で彼の謝罪の言葉をきっかけに何かが吹っ切れたのだから。
それだけでなく、高校生になり小学・中学で憧れていた一緒に学校生活を共にし、仲良くしてくれた友達が出来たから。
心の余裕が出来、友紀や朱利から発せられる私の人格の肯定。それは無自覚ながらも私にとっては心の最大のケアになっていたのだと気づいた。
あの時よりもメンタルが少しばかり強くなったか。
それとも誰かの支えがあるから強気になれて、前向きな思考になれているのか。
それは定かではないが、しかし私自身の考え方は確実に変わっている。
「……うん、なんか謝ってくれただけで、嬉しいよ」
これは割と本音の言葉。
実際約二年の間この言葉に引き摺られていたが、長く引き摺れば引き摺る程段々と違う意味で精神が摩耗していた。
人を憎み続けたり、恐れ続けるというのは何かと体にも悪い。
そんな折に、自分の中で吹っ切れる、きっかけをくれた森井には感謝こそすれど謝罪を受け入れないということはしない。
これもきっと、精神面で少し成長した所以なのかもしれない。
勿論全てを許すわけではない。森井の一言で元々ボロボロだった当時の私に更に傷を増やしたから。
「ほんまに?」
「うん。でも全部許すのは、無理。」
「うん。分かってる」
「めっちゃ傷付いたし、幼稚園一緒で割かし遊んどった記憶あったのに何でなんってなったもん」
自分でも驚く程、流暢に話す様はとても懐かしく感じた。
思えば、幼稚園や小学生の頃は特定の仲のいい友達こそ居なくとも、クラスの輪に入りよく話していた方だったのだ。
元々自身の体型に関する悪口は常に言われてきていた。
表面上、気にせず過ごしていたが、やはり心のどこかではずっと何かが引っかかっていてそこに積み重なりつっかえて行った。
小学生から中学生に移り、二つの小学校が合併した事により全く新しいコミュニティが出来た事もあり大きな環境変化が起こった。
元々が不安に弱い私の心にあの友人もどき二人がきっかけで起こされた事件が無ければこうはなってなかったかもしれない。
(まぁ、でもこれも結果論じゃけど)
そんな自問自答を繰り返す中、返事が返ってこなくなった森井に疑問を持ち、逸らしていた視線を向ける。
それに気が付いた森井がゆっくりと口を開く。
「………俺、百合の事……好きじゃったんよ」
「……………………は!?」
若干目を潤ませ頬を赤らめた森井がキッパリと言い切った言葉に、これでもかと言うぐらいあんぐりと口を開ける。
「…………どゆこと」
脳内処理が追いつかずその場にしゃがみ頭を抱え込む。
この短時間でコロコロと移り変わる情緒に疲弊しつつあった今、今日一番の驚きにグルグルと思考を働かせていた脳内は一瞬にして真っ白になった。




