襲撃
ザックと別れたカルロのチームは拠点の東側へと向かった。
プラントや木材で増築された西側と違い、居住区として着陸艇の積みあがった区画は、ほとんどが形を残していた。
真っ白だった壁が雨風に晒され、土埃にまみれ変色し、蔦や植物が絡まっている様は、周囲のジャングルとさほど変わらない。
あと数年もすればすべてが植物に覆われ、森の一部となってしまうだろう。
「電源系はほとんどだめだな…おいっ」
壊れたゲートのパネルを開き、なんとか入り口を開けようとしたカルロの横で、キーラが乱暴にドアをこじ開けた。
絡まった蔦や、ロック機能が壊れる音を響かせて、ボット一人分の隙間が開く。
カルロの咎める声を無視して、肩のライトが室内を照らす。
内部はワームが暴れまわった後で、悲惨なほど破壊されていた。
「ライトもだめだね。中は真っ暗だ。めぼしい部品も残ってなさそうだけど、本当に行くの?」
「居住区に私物を置き去りにしたやつらも多い。どれくらい無事か確認しておきたい」
「りょーかい」
気だるげな返事とは裏腹にキーラは、慎重な様子で奥へと足を進めた。
手には破砕カッター。背中には一応、ライフルを背負ってはいるが、ワームには銃撃より斬撃の方が効く。
「個室もめちゃめちゃだ。夜更かししてるやつが多かったんだね」
「襲撃時、施設の稼働状況は80パーセントを超えていました」
ドアが開きっぱなしの部屋をのぞき込めば、中の荷物は床に散乱し、ライトと液晶パネルは粉々に砕かれていた。
壁のあちこちはひび割れ、天井からはよくわからないケーブルが何本も垂れ下がっている。
一同は廊下をまっすぐに進み、すぐに食堂へ出た。
一日中賑わっているはずのそこは、抜け落ちた天井から指す光の筋が浮かび上がらせる壊れた机や椅子に積もった埃のせいで、どこか物悲しく感じた。
調理場へと足を進めれば、冷蔵庫も熱調理器具もなぎ倒され、食材はすでにダメになっている。
およそ電気で動くものはどれも壊滅的だった。
「こっちも、使えそうなものは残ってないな」
「部品として考えればいくつかは持ち帰れますが、最後の手段ですね」
ノアのカメラとセンサーが、破壊された器具の中から、無傷のパーツをいくつかピックアップするが、どれも標準型で、新拠点の方でも充分な在庫が確保されていた。
「次は備品室だ」
指示を受けて、戦闘を歩いていたキーラは視界の端でマップを確認する。
そう遠くない場所だ。
マップが示す通り歩みを進めようと、正面に戻した視界の影で、なにかがうごめく。
ハッとしてそちらに視線をやると、天井からパネルがつり下がっていた。
「どうした?」
「いや、何でもない」
崩れた天井や壁からぶら下がったコードやパイプは、ワームによく似ている。
「こんなところにやつらが隠れてたらと思うとゾッとするね」
「彼らが擬態するのは動物だけです」
と、ノアが二人の会話に割って入る。
キーラは忌々し気に、知ってるよ、と吐き捨てた。
カルロのチームに合流する前、キーラは生態調査チームの護衛をしていた。
星全体の大まかな地形は衛星からの画像で把握していたが、そこに住む生物までくまなく調べることはできない。
拠点を開発するチームとは別に、周囲の地形を調査するチームが組まれ、彼らは地形だけでなく、そこに住む生物の生態系も調べていた。
周囲の植物や動物の分布を調べ、マッピングしていく作業は途方もなく、また基地から遠い場所まで赴く彼らとキャンプしながら旅を続けた。
そこで一同は奇妙な生物に遭遇する。
太い電子コードの様な質感を持つミミズ。それは単体で行動することなく、動物たちの怪我や欠損を補うように取り付いていた。
それがワームだった。
発見当初は敵愾心がなく、寄生虫の一種として報告された。
やつらはあらゆる動物に取り付いていた。地を駆けるもの、空を飛ぶもの、草を食うもの、肉を食うもの。
そのうち研究員の一人が奇妙なことを口にした。
“彼らに取り付かれた場合、意思決定はどちらにあるのでしょう”
かつて地球に生きていた生物の中にも、動物や昆虫に取り付いて意識を操る寄生虫が居たらしい。
鳥に食われるために餌となるよう仕向けるもの、卵を産むために宿主を水に飛び込ませるもの。
調べを進めるうちに、とうとう決定的なサンプルを見つけた。
頭部に規制された動物が見つかったのだ。
やつらは頭部にすら取り付ける。
その事実に研究者たちは歓喜していたが、キーラは背筋がゾッとしたのを覚えている。
「おい、急ぐぞ」
どうやらザックたちのチームが先行しているらしい。
通信を終えたカルロが先を急ぐように促す。
居住区の多くは電源施設が破壊されてはいるものの、電源が入っていなかった端末、そもそも電源を必要としない衣類などの私物は、散らかっていたが、残っていた。
「回収チームが必要かもな」
「今時、ノートとはね」
床に落ちていた本を持ち上げる。持ち主の名前はなかったが、状態はかなりよかった。
「それはブックです」
「訂正どーも」
興味なさげに本をベッドに放り投げて、先を急いだ。
備品室の被害はさらに甚大だった。
「どっちかというと爆発の煽りを受けてるな」
「そのようです。お皿などの割れ物には期待できそうにありません」
備品倉庫はまるで外から押されたように壁が斜めに傾いていて、棚はすべて仲良く横倒しになっている。
箱に入れられていたものも、むき出しに棚に置いてあったであろうものも、全て床に散らばっていた。
「精密器具は専用の箱に入っているはずだが」
「そんなもん、回収チームにやらせな」
「しかしだな…」
「本部の指示に従います」
ノアの言葉に応えるように、通信が入る。
本部の指示は「先を急げ」だった。
すでに第一司令部にたどり着いたザックのチームから、そこが崩落していたという報告が入っていた。
「外から回って状況を見てくれ。格納庫にはザックたちが向かった。あとは打ち上げ施設だけだ」
「了解」
ドアをこじ開け外に出る。正面にはそびえたつシャトル打ち上げ施設があった。
そしてその傍らには、巨大なクレーターと焼け焦げた跡。
打ち上げ施設にシャトルはない。襲撃の際、脱出に使われたからだ。
「自分が死んだ跡を見るってのはどんな気分だい?」
「おい、不謹慎だぞ」
「…悪かったよ」
「いえ、構いません」
クレーターを横切って打ち上げ施設に向かう。
格納庫に隣接されたそこは、次のシャトルが待機した状態で停止していた。
「爆風の煽りで機能が停止したのか。次のシャトルに乗ろうとしたやつは絶望しただろうな」
「シャトルは自動で再配置されます。記録によれば第二シャトルに搭乗記録はありません。名簿と照らし合わせてもおよそ三分の二の居住者が最初のシャトルで脱出に成功しています」
それはノアが逃がした命でもある。
システムコアをゼインに託し、迫りくる黒い波の前に立ちはだかり、自爆という形で時間を稼いだ。
無事シャトルは旅立ち、ノア同様地上で戦闘を続けていたバートレット達は森へと逃げのび、調査チームのキャンプと合流した。
「そりゃすげぇ。シャトルなんざ一番にぶっ壊されそうなもんじゃないか」
「確かに、そうですね。不思議です」
「居住施設はあれだけ徹底的に破壊されていたのに…」
施設に近寄ると、さすがにいくつかの装置が破壊されていたが、綺麗な状態を保っていた。
地面を強化しているせいで植物が寄ってこれない状態なのも関係しているかもしれない。
と、不意にノアが立ち止まる。
思考演算中を示す赤いランプが明滅した。
「なんだ?」
「記録中だろう」
二人は気に留めず先へ進む。
打ち上げ施設を制御するメインコンピューターはほぼ、そのまま残されていた。
傍らの電源装置も無事である。
「どういうことだ…?」
「ここもかよ」
カルロは当時の状況を予想する。
今まで見てきた状態からして、まずは居住区の近くから襲われたのだろう。
就寝も近く、そちらにエネルギー消費が集中していたのは想像できる。
おそらく同じ条件で、常に稼働し続けるプラント施設や研究施設もほぼ同時に襲われているはず。
ここが襲われていないのは、緊急時にしか稼働しない施設であるから、というのは確かにあり得る。
しかし、最終的にここは動いた。避難するクルーを乗せてシャトルを宇宙へと打ち上げたのだ。カルロは隊長と共に戦闘に参加しながらそれを確かに見ていた。
「すぐに思いつく理由としては、シャトルのエネルギー消費が膨大過ぎてやつらのセンサーの目くらましになった、ということぐらいか」
紫外線カメラなどでもよくあることだ。強すぎる光に眩んで小さな明かりが見えなくなる。
「とにかく、いったん向こうに合流しよう」
この施設が無事だったことは大きな収穫だ。細かく分解して移動するのも、改めてここを拠点にすることも充分に可能だとわかった。
「なぁ」
格納庫に向かおうとするカルロをキーラが呼び止める。もう一つ疑問があるんだが、と口にするキーラの声は堅い。
「脱出できなかった奴らもいるんだよな」
「…あぁ」
「じゃあ、そいつらの、死体はどこだ?」
「……」
ざぁ、と血の気が引いた。
調べてきた施設の中には、破壊されている箇所は多かったものの、そこに死体はおろか血痕すらもなかった。
暫定的に死亡とされている人々は、記録上はまだ「行方不明」だ。なぜなら、死体が発見されていないから。
今回の調査には、彼らを探すという意図もあったのではないだろうか。
だが、そんな命令は隊長から聞いていない。
ただ、ここを調べてこいと言われただけなのだ。
バートレットは優秀な指揮官だ。尊敬もしている。信頼に足る人物だと信じて今までついてきた。その信頼が、今、揺らごうとしている。
沈黙を遮るように、ボットが小さな警戒音を鳴らす。
「なんだ?」
狼狽える二人を置き去りに、施設が稼働し始めた。
いったいどうしてと周囲に意識を向けた先で、ノアがメインコンピューターにアクセスしていることにようやく気が付いた。
「おい、何している!」
咄嗟にエネルギー銃を構える。
ノアの身体はボットであるが、構えたエネルギー銃にはそれを貫く充分な威力があった。
しかし、肝心のノアには恐怖や畏怖がない。
意にも介さず作業を続けるノアを、キーラが銃の底で殴りつけるが、やはり無意味だった。
悲鳴のような警告音が鳴り響く。
「本部、本部!!」
通信を開いても聞こえてくるのはノイズばかり。
咄嗟に走り出したキーラが無線に向かって怒鳴りつけた。
「逃げろ!」
叫ぶと同時に焼け跡から、やつらが湧き出してくる。
ノアの説得をあきらめて、カルロは銃口をそちらに向けた。
ダダダ、と音を立ててエネルギーがまき散らされる。
しかし奴らは散り散りになるばかりで、何度でも寄り集まり、じわじわと距離を詰めてきた。
「そんな奴ほっといていくよ!」
キーラが先に、格納庫へと向かって走り出す。
今、稼働している設備がここだけだとすると、やつらの狙いは間違いなくこのメインコンピューターと打ち上げ施設だ。
本部に何度も呼びかけるが、無線からは相変わらずノイズしか聞こえない。
仕方なく、ノアを置いて走り出す。
目指すのは、格納庫。ザックたちもこの異変に気付いているはずだ。
彼らと合流して素早く脱出するため、一目散に走った。