爆心地
キャリー班の仕事は、しばらくの間忙しかった。
周辺の開拓と並行して、怪我人や病人の治療も行っていたからだ。
ヘリで輸送された患者が治療を受ける間は、大事をとって作業を中断し、周囲の警戒を行っていた。
器具の故障で滞っていた治療が一通り終わると、開拓も進み、やがて作業もなくなってくる。
木製の防壁構築が終わったころ、司令部から新たな任務が告げられた。
「爆心地の探索ねぇ…」
気乗りしない様子でザックがこぼすのを、アレックスが心配そうにのぞき込む。
「大丈夫なんでしょうか。ワームの襲撃地ですよね」
「エネルギー施設は壊滅し、あたりは黒焦げだ。やつらはとっくに巣に帰ってるだろうし、むしろ今まで放置していた方が問題だね」
厳しい口調で割って入ったのはキーラだ。濡れた黒髪をごしごしと拭きながら乱暴に椅子に座る。
口調も態度もまるでおっさんだが、部隊の紅一点である。
「僕たちが離れた後、ここの護衛はどうなるんですか?」
「これまでの成果で常駐の護衛は必要ないと判断された。簡易とはいえ防壁もできたし、おそらく医療施設警備の任は解かれるんだろうな」
エネルギー管理を行うようになってから、ワームの襲撃はピタリと止まった。
それなりに不便はあるが、開拓任務は順調に進んでいる、らしい。
リヒトやザックのような末端の作業員に何も知らされないのは当然だが、どういうわけか隊長であるカルロにも、他の隊の進行状況はもちろん、移動した本部の位置まで知らされていないようだった。
孤立した状況で、しかしカルロ隊は、ただのんびりと医療施設を守っていたところに突然の指令である。
「横暴では?」
「やとわれの作業員なんてそんなもんさ」
「それにしたって…」
「……」
部屋内に嫌な沈黙が流れた。
が、そんな空気をまったく無視して、リヒトはじっと指令書を見つめる。
紙である以外は何の変哲もない指令書だ。
指令内容も、爆心地を探索しろという簡潔で無駄のない内容。
けれど、
「目的は、何だろう」
そこに具体的な目標は何一つ書かれていなかった。
リヒトの呟きに全員が振り返る。
「たしかに、「探索してこい」としか書かれてないんだよなぁ」
「何か見つけてこいってわけではないんですね」
「そもそも、何が残ってるかわからねぇ状況なら、何でもいいから見つけてこいってことなんじゃないか?」
「それにしても何かあるだろう。破壊の痕跡を調査しろとか…」
とりあえず行ってこい、という指令は、ままある。
無能な司令官が手柄を焦って、暇を持て余している部隊を動かそうと中身のない任務を与えるのだ。
だが、あのバートレットが?
手柄を焦るような男でもなければ、中身のない任務で部下を疲弊させるようにも思えない。
出会って短いリヒトですらそう感じるのに、襲撃を乗り越え、共に戦ってきたカルロにはにわかに信じられないだろう。
この任務にはなにかある。全員がそう確信していながらも、その正体にはたどり着けないままに、任務当日はやってきた。
当日は現地集合だった。
本部の位置を隠すような指示にチームの不信感は募る一方だったが、仕事を放棄することはできない。
指示されたポイントへ、ボットでたどり着くと、そこにはノアが待っていた。
「皆さんのサポートをするよう指示を受けています」
いつも通りのデジタル音声。もはや疑わない余地もない。
「本当の目的は?」
「質問の意図が不明瞭です」
「くだらねぇ」
一同の湿った視線を浴びても、無機質なヘルメットの光沢が鈍く光を反射するだけ。
半透明のシールドの向こう側で、赤いライトがちかちかと明滅するだけだった。
「二班に分かれる。ザック、二人連れていけ」
「オーケイ。リヒト、アレックス、行くぞ」
呼ばれた二人はザックの後を追って現場に入っていく。
地表の七割以上が植物に覆われるこの星は、酸素濃度が高い。
旧拠点で起きた爆発は周辺を焼き尽くす大規模なものとなったが、直後に起きたスコールによってなんとか鎮火されたのだった。
焼け野原には、崩れた瓦礫の下からすでに新たな植物の芽が伸び始めている。
カルロの指示で二手に分かれ、ザックに率いられたリヒトは西側へと進んでいく。
医療施設で拠点を築いた時同様、周囲は現地で調達した木材を組み上げた壁で覆ってあったが、雨風と植物の影響ですでに朽ち始めていた。
「こっちはプラント施設だったみたいだな」
フェイスシールドに、マップが表示される。
現地の植物と、異星からの植物が並べられた畑は、お互いの蔦や枝が絡まり、浸食しあい、荒れ果てたまま、そこだけ周囲の森とはまったく別の森を形成していた。
畑の向こうには木造の建築物、さらにその奥には、リヒト達が乗ってきたのと同じ既定の真っ白な箱型の施設が積み上がり、中央には宇宙との輸送船を発着させるロケット施設のレールが高く空に向かってそびえたっていた。
「こんなに短期間で、まるで廃墟だ…」
「リヒト、地上は初めて?」
アレックスの問いに、頷き返す。
「そっか。宇宙ステーションじゃ植物や動物の被害ってあんまりないよね」
「地上じゃこれが普通?」
「この星は酸素量や太陽光の条件がいいから特に植物の発育がいいみたい。宇宙プラントで作られる食用植物のほとんどは、種を残した後、自壊するよう遺伝子操作されているけど、普通の植物は種を撒いた後も成長し続けて、次のシーズンでまた種を残すんだ」
「動物みたいだ」
「昔は人間もそうだったんだよ。生物として繁栄するには一人の親が複数の子を産む必要があるから…」
「おいおい、ここはスクールじゃないぜ?」
ザックの声に、話に夢中になって足を止めていた二人は小走りに距離を詰める。
地図を頼りに周囲を歩き回り、破壊された施設の現状を報告した。
現地調達の木材で増築された場所はほとんど、雨風と植物によって崩壊していた。
逆に、宇宙から持ち込んだ人造の建築物は、防火素材なのもあって、蔦や木に覆われながらもその原型をとどめていた。
「電源設備は原型をとどめてない。ライトや液晶もほとんどやられてるな」
エネルギーを消費する設備はほとんどがめちゃくちゃに破壊されていた。
辛うじて形を保っているものは、おそらく当日電源が入っていなかったのだろう。
リヒト達が担当した地区は主に植物の研究施設で、調べられるものは残っていなかった。
「中央に着いた。待機する」
ほとんどの施設が破壊、もしくは崩壊していた西側に比べ、東側は形を残したままの施設が多かったようで、カルロ達の進行が遅れていた。
「戻って手伝おうか?」
「いや、先に進んでくれ」
カルロの答えに司令部からも承認が下り、ザックたちは一足先に中央のターミナルドッグへと歩みを進める。
探索の手順として、新しい星を見つけるとまず、無人衛星を使って地表の様子が徹底的に調べられる。衛星から送られてきたデータをもとに、先遣隊と呼ばれるチームが着陸を試みる。
無事、地表に着くとまず始めるのが、帰る準備だ。
先遣隊の船は衛星の一つとドッキングして、そのまま宇宙ステーションへと役割を変え、地表での活動が危険とわかればすぐに帰れる場所となる。
身を守るためにも、逃げる手段がすぐに確保されるのである。
そうして、ターミナルドッグにいつでも飛び立てる非常用の船の用意ができてようやく、拠点の構築を始めるため、多くの初期施設がここに集約していた。
「ジェット機系の格納庫はひどい有様ですね。爆心地はさらに奥です。外から回りますか?」
朽ちかけた通路の先には、ぴったりと閉じたドア。
先日、リヒトが修理した医療施設の自動ドアと同じ型のそれは、電力が無ければただの分厚い板だ。
「内側から行けとさ」
先行しているチームがより困難な道をゆくのが効率的である。
アレックスとリヒトは向き合って頷くと、左右に分かれてドアの隙間に工具を突き立てた。
ボットの助力を得てもロックされたドアを開くことはかなわない。
まずはロックを外すために隙間から突き立てた工具でケーブルを切る。
するとぴったりと合わさっていた二枚が、ため息を吐くかのようにわずかにゆるむ。
「せーの」
リヒトとアレックスで左右に開き、わずかにできた隙間にザックが工具を挟み、てこの原理で隙間をこじ開ける。
ボットの指が入る隙間ができればあとは簡単だった。
ガタガタときしむ音を立ててドアが開いた先の光景に、やれやれとため息を吐いた。
中の様子は思った通り、荒れ果てていた。
天井が崩れ、むき出しになったコードにからむ植物。
傷だらけの床と、へしまがった壁。
何かが暴れまわった痕跡がいたるところに残っている。
特にひどいのが天井のライトと操作パネルで、中は昼間だというのに薄暗く、気味が悪かった。
「わっ」
声をあげたのはザック。
音は響くことなく消えてゆき、周囲には特に異常はない。
ただの悪ふざけである。
もちろんアレックスとリヒトは驚いて肩を震わせたが、二人ともあえて無視することを選んだ。
震えた肩をしっかり見たザックは満足そうににやついて、澄ました顔で先陣を切る。
施設は植物の浸食を受けていたものの、かろうじて建物として残っていた。
一同は格納庫ではなくまず、旧司令室を目指す。
ドッグ周辺の施設は、追加素材として着陸したリヒト達の居住区と、似たような作りでありつつ、より複雑な形状を作り上げていた。
いくつか階段をのぼった先が目的地だと、マップが告げる。
しかし、たどり着いた一同の前には、崩れ落ちた空間が広がるだけ。
「完全に崩れ落ちてますね。データの回収は無理そうです」
司令室は、部屋ごと崩落し、階下の部屋を押しつぶしていた。
「俺たちは今、電源施設に向かっている。生きている施設があれば持ち帰りたい」
「なるほど。じゃあ俺たちは…」
崩落した壁から外をのぞき込む。
正面は焼け跡が広がり、右側は辛うじて残った飛行機や重機車両、左手にはほぼ無傷のシャトル発射台。
「パッと見た感じだと無傷だし、電源さえ入れば使えそうだ。が、持ち帰れそうな施設ではないし」
「トラクターや飛行機の方が必要ですね。修理して使えそうなものがあれば持ち帰りましょう」
「だな。本部?」
「聞いていた。探索を許可する」
「了解」
崩落した窓から飛び降り、青天井になった格納庫の隅、まだ形を残している重機たちの元へ向かう。
「案外平気そうですね」
「倒れた車両もとりあえず起こしてみるか」
「このヘリも、羽根はひん曲がっちまってるけど、中身は無事そうだ。交換用の部品としてまるまる持って帰っちまうか」
そこはまるで宝の山だった。
仕えそうな車両や部品に片っ端からマーキングしていく。
背負って持ち帰るのはさすがに無理だが、後々、ヘリで回収するなり、それこそ乗って帰ることができれば最高だ。
「これだけあれば、来た甲斐もあるな」
横倒しになっていたトラックを起こして、リヒトがフロントを開けてのぞき込むのを見守るザックの耳に、雑音と通信が聞こえた。
「…ぃ!…て…っ」
「どうした?」
「トラブルですか?」
本部に呼びかけても応答がない。
通信障害だろうかと開けた場所へ出る一同のボットが、ほぼ同時に、悲鳴のような警告音を上げた。
「なんだ?どうなってる」
「エネルギー量の上昇を確認。発信源は…」
「あれ、かな」
リヒトが指す先は射出台。
先ほどまでは廃墟同然だった施設に、灯りが灯っている。
上部から順に下部へ向けて次々とライトが点いていく。
まるで死のカウントダウンだった。
「一体どうなってる!隊長!本部!!」
通信機へ向けてザックが叫ぶ。
ざらざらとした雑音の隙間から這い出るように、カルロが叫ぶ。
「逃げろっ!」
やつらが来る。
全てを聞き終えるより早く、開戦の合図とばかりに、けたたましい警報がそれぞれのボットから鳴り響いた。