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It’s my life  作者: やまと
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再始動


ヘリの補助を受けながら、自力で飛行した医療区画は、指定された座標に無事到着した。

居住区同様、長方形の箱の形をした船体は、それ自体が一つの船だ。

重力から脱出するほどの速度は出せないが、降りてくるには問題ない。

居住区と同じサイズの箱はけれど、居住区とは違いその大半は発電機だった。

高出力の医療機器を動かすためには相応の電力がいる。

施設の中で最もエネルギーを使うのが医療施設、次いで居住区の一画として数えられる調理施設だった。

「まずは点検だ」

カルロの指示で、ヘリから降りたリヒトが施設内に向かう。

簡易スーツに身を包んだリヒトが付属された洗浄室から中に入ると、中でケリーとゼインが待っていた。

「システムオールクリーンだ」

ゼインの声を合図に、外が騒がしくなる。

周囲を守るザックたちが陣形を整えているのだ。

腕を直すだけなのにずいぶん大掛かりになってしまったものだと、リヒトは何度目かわからないため息を吐いた。

「痛みは?」

吊っていた腕をおろし、治療用の透明なケースの中に押し込められる。

丁寧に診察しようとするケリーを通信が遮った。

「準備が整ったらお二人はヘリへ」

「待って、まだ診察中よ」

「敵は待っちゃくれねぇぜ」

「…行こう」

ゼインに促されて、渋々ケリーは頷く。

ケースの蓋が締まると、途端に外の音が聞こえなくなった。

まるで水の中にいるように、鈍く、低い音だけが響いてくる。

辛うじて見えるモニターが、治療の開始を告げると同時に、リヒトの意識はシャットダウンした。

医療施設に指定されたのは森のど真ん中だった。

先行部隊が木を切り倒し、土を均した地面を、真っ白な箱が占領している。

ギリギリヘリが降下できるだけのスペースのある方角を正面と定め、裏をザックが、正面をカルロが見張りながら、上空からはヘリが周囲を警戒している。

「敵影ナシ。全員、ボットの電源を切れ」

了解、と返したのはザックだけだった。

待機姿勢をとって、ボットをスリープモードにすれば、メットの内側に写っていた様々な表示が消え、半透明の画面の向こうに薄暗い森が広がっている。

ボットの駆動音が無くなっても静寂は訪れない。

旋回するヘリの音を遠くに聞きながら耳を澄ませば、風が木々を揺らす音や、どこか遠くで動物が羽ばたいた音が聞こえた。

カルロが訓練シーケンスの行程を読み上げる。

指令室から、医療施設が使用するエネルギー数値が報告された。

「周囲を警戒しろ」

カルロが何度も繰り返すのに、ため息を堪えながらも律儀に異常なし、と返す。

ありていに言えば、退屈だった。

ザックの持ち場はスリープモードにしたボットの中で、半透明な世界を眺める仕事だ。

もちろん、敵襲があれば即座に対応するべきなのだが、今回はその心配もほとんどない。

「治療完了、ドクターを降ろす」

「了解。ザック、周囲を警戒しろ」

「ふぁい…」

「あくびするなっ」

ボットのスリープモードを解除して立ち上がる。

ヘリポートの周辺をサーチして、怪しい影が無いかを見守っていると、徐々に駆動音が大きくなり、間もなくヘリが降下した。

カルロのエスコートを受けて、ケリーとゼインが再び医療施設の中へと入っていく。

「おはよう、調子はどう?」

「……」

眠りから覚めたばかりのリヒトは、曖昧に返事をすることしかできなかったが、体の調子がめっぽういいことはすぐに分かった。

起き上がるときについた腕が、痛くない。

「治療は無事、成功しているはずよ」

「データ上は何も問題ないな。特にエラーも起きていないし」

「痛みはない?」

ケリーの問診に、腕を回して答える。

リヒトの複雑骨折した腕は完璧に治っていた。

どういう治療が行われたかは、具体的にはよくわからないが、リヒトが元居たコロニーではこれくらいの治療はどこでも受けられる簡単なものだ。

それがこんなにも面倒で大変なことになるとは。

これからは指先の切り傷すら気をつけたほうがいいかもしれない。

無言でそんなことを考えているとは露知らずな指令本部から、リヒトに向けて通信が入る。

医療ポッドに入るため外しておいた通信機を耳につけると、バートレットの声がした。

「復帰を許可する」

「了解」

経過を見るべきだというケリーの声も聞こえずに、リヒトは外へと飛び出した。

「八時の方向だ、相棒」

ザックの声に振り向けば、ちょうどヘリの貨物部からボットを降ろし終えたところだった。

通信機からは、リヒトの所属するチームに向けて、今日の任務の詳細が送られているところで、それを聞きながらリヒトは、ザックの手を借りて飛び乗るようにボットを装着した。

「以上だ。何か質問は?」

「ありません」

即答するリヒトに続いて、カルロとザックも返答する。

さて働きますかと気合を入れなおしたザックに肩を叩かれ、ボットの着心地をチェックしていたリヒトが顔を上げた。

「おかえり相棒」

「……」

向けられた掌に己の掌、正確にはボットの装甲だが、合わせるように叩けば、重たい振動が骨まで響いた。

いつ相棒になったのだろうという疑問をよそに、与えられた「拠点構築」の任務を遂行すべく、二人は森に向かう。

「にしても、ほんとお前、ボットに乗るとイキイキするね」

言われて、そうだろうか、と思いつつも、なんとなく心当たりはある。

身体能力を補助してくれるボットに乗っている時は、普段の生活で感じる己の身体能力の低さを感じない。高いところにある物が取れなくて台を探すようなこともない。

なにより、

「楽しいし」

「なるほど」

リヒトの答えに、ザックは満足そうに笑った。



チームキャリーに与えられた拠点構築の任務とはつまり、整地である。

それぞれ充分に距離を取りながら、先行部隊がしたのと同じように、木を伐り、切り株を引き抜き、草を切り刻み、土を均していく。

充分な土地が確保できたところで、伐った木を加工して地面に突き刺し、簡易なバリケードにしていく。

地中を移動するワームにはあまり効果が期待できないが、それ以外には充分な対処だった。

この星にはワーム以外にも原生生物が確認されている。

拠点の周囲だけで数十種なのだから、星全体で詳しく調べれば可能性は無限に広がっていく。

四足動物のなかにはすでに食肉として接種可能と判断されたものもあり、個体数も少なくはない。

どれも知能は低く、道具を使う生物は未だ発見されておらず、言語を理解するようなものももちろんいない。

地表の八割を植物に覆われているこの星は、酸素濃度も高く、人間が住むにはかなり適していると言えた。

ワームさえいなければ。

「そろそろ切り上げろ。日没までに拠点に戻るぞ」

カルロの指示で各々作業を切り上げて集合地点へ集まる。

医療施設の近くは木々が切り倒され、草も刈り取られ、まるでクレーターのようにそこだけぽっかりと開けていた。

キャリー班は医療施設周辺地区の開発と護衛が担当となり、専用の居住施設に隊長のカルロ、隊員としてザックとリヒト、それから探鉱採掘班の隊長となったニックの代わりに派遣されてきたアレックスとキーラ、そして医療班であるケリーとゼインの七人が割り当てられた。

「この星のいいところは水が多いってとこだな」

「前いたところは氷の星でしたけど、飲めるようになるまでの過程が大変で」

「岩石だらけの星が…」

夜、日が落ちてあたりが暗くなると、全ての作業を中断させてそれぞれ居住区に帰ることになった。

普段ならライトを点灯、あるいは赤外線カメラなどあらゆる道具を駆使して、交代で作業を継続するところだが、やはりそれにはエネルギーを使いすぎるらしい。

「消灯するぞ」

個別に使うと危険だからと一部屋に集まって雑談していた一同は、カルロの号令でそれぞれのベッドへと潜り込んだ。

ライトが消えると途端にあたりが静かになる。

静寂に耳が慣れると、今度は些細な物音すら鼓膜が拾って、普段は気にも留めないような音に気付く。

「例の襲撃も夜だったらしい」

低く抑えた声で言ったのは、ザックだった。

上の段に眠るリヒトにだけ届くような静かな声で、滔々と続ける。

「アニエスの採掘が進んで少しずつ施設が充実していった矢先だったんだと。何がきっかけかはもうわからないんだろうが、なにかの拍子に高まったエネルギー量が、やつらの琴線に引っかかっちまったんだろうな。こうして電源切って寝転がってりゃ安全って言われてるけどよ、これって生きてるって言えるのか?なぁ、リヒト…この星は、住めると思うか?」

「……」

いつものように、返ったのは沈黙だった。

リヒトはザックの問いかけをじっくりと頭の中で反芻する。この星を居住地として開発できるのか。こうしてただ寝転がっているだけが生きていると言えるのか。

同時に投げられた二つの質問はどちらも複雑で、手に余る。

いつも以上の長い沈黙に耐えかねたザックが、寝てるのか?と問いかけてきても、リヒトはあえて返事をしなかった。

しばらくして、思いのほか静かな寝息が聞こえてくる。

ザックと出会ったのは宇宙船の中だった。

着陸の二週間以上前、冷凍睡眠から目覚めた従業員たちは簡単な検疫と、軽いリハビリを受けることになっている。

凝り固まった筋肉をほぐすために、与えられたトレーニングメニューをこなすことと、決められた食事を接種することが義務付けられていた。

人数を管理するために割り当てられた班の中で、ザックとリヒトは一緒になった。

背も高く、少し垂れ目がちだが愛嬌のある男らしい顔。そして面倒見のいい性格で、ザックはすぐに班の中心になった。

一方リヒトは班員とはもちろん、周囲の人間と打ち解けるとは程遠い性格と、小柄な体格、それからあまり手入れしていないぼさぼさの黒髪だったのもあいまって、どこか距離を置かれていた。

もっとも、リヒトとしてはいつものことだったので、必要なことも、身の回りの世話も、一人でなんとかなっていたのだが、それを許さなかったのがザックである。

事あるごとに声をかけ、一人で行動しようとするリヒトを咎め、輪に入れる。

だがそれも、リヒトにとってはよくあることだった。

集団行動は大切だ。こと宇宙においては役割分担をしっかりして、協力しなければ生きていけない。リヒトもそれはよく理解しているので、集団行動には問題なかった。

ザックが他と違ったのは、豪胆な性格に似合わず中々に我慢強く、そして気が長かったところだ。

彼は早い段階でリヒトの思慮深さに気が付き、尊重した。

答えが出るまで待つ。

簡単なようで難しいことを実行して見せた。

その優しさに報いたいと思うけれど、リヒトにできるのはただ、誠実であることだけだった。



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