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It’s my life  作者: やまと
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It’s my life

耳元で跳ねる水の音に呼び戻される。

誰かが名前を呼んだ気がしたのに、目を開けても真っ暗な空間はとても静かで。

そこが治療用ポッドの中なのだと気づいたのは、ここに入るのが実は二度目だからで。

「だ、れか…」

声がかすれる。

薬液に焼けた喉が引きつって咳をした拍子に、力の入った腹筋が、新しくできたばかりの臓器をふるわせて、痛みの信号を知らせた。

ぐぅ、と唸ってあきらめて薬液に沈む。

ザックの細胞の代用品として使われた成分が減って、薬液の分量はほとんどなくなっていた。

不意に、眼前が明るくなって、目を細めて、浮かび上がった文字を視線でなぞる。


おはようございます


文字列が一度消えて、次の文章へ。


あなたの身を危険に晒していることを許してください。


「…ノア?」

時間をおいて、自分の身に起きていたことを思い出したザックは、このメッセージを送れるであろう唯一の存在の名前を呼んだ。

ポッドの外、一定の回転を続けながら宇宙空間を放流するポッドにしがみつく形で、ノアは続けた。


間もなく転送が終わります。


文章と同時に表示されたのは、ダウンロードの進捗を伝える数値。

それが最大値を表示すると同時に、本来ならば症状やレーザーポインタの照準画面が出るはずの内側モニター全体に、大量の画像、動画、音声データが広がった。

それらはすべて、ノアが目覚めてから今までにため込まれた、思い出の数々だった。

「お前…なんで…」

呟く声が狭い空間に反響するそれは、外に居るノアには届かない。

猛スピードで遠ざかるリヒト達のいる船の残骸群と青い、青い星。

作業用ボットではすでに追い付けない距離に居る自分たちを、あの場所に戻すためには強い反作用が居る。

ザックに残された酸素も少ない。

飛ばされたスピードよりも速く、正確に、あの場所に戻さなければならないのだ。

そのためには、ノアに内臓されたメインコアのエネルギーを使った爆発が最適であることは、すでに計算結果が出ていた。

皮肉なことに、先代のノアと全く同じ作業を、なぞろうとしている。

それが、ノアと銘されたシステムにあらかじめ供えられたプロトコルなのか、それとも、たまたま同じ答えにたどり着いたのかは、わからない。

降る雨がたどり着く場所が、等しく海であるように。

生物が等しく地に還るように。

ノアに残された選択は二つだった。

治療ポッドのシステムを上書きして残せるものが二つあった。

己の構築した思考プログラム。

これまでの経験を積み重ね、育てた、今のノアにしか備わっていないプログラム。

あるいは。

プログラムを構築するために集められたあらゆるイメージ。記録、もしくは記憶とも呼べるデータ群。

ノアをノアたらしめんとする、データだ。

どちらが欠けても、今のノアと同じものは完成しないと、先のノアが証明している。

同じシステムを使っても、記憶が無ければプログラムは正しく動かない。

何も学んでいないメインコアに入ったまっさらなプログラムと、大きな違いはないのだ。

ならば、ノアの選ぶ選択は一つ。

己の持つ、記憶とも呼べる記録のデータを全て、圧縮して、無理矢理に、詰め込んだ。

それは、ザックの命を危険に晒す行為であるのは理解していた。

保護を優先しろと、プロトコルが警告を出していた。

けれどノアは、懸命に、まるで死を恐れる人間のように、ひたすらに記録の移植に務めた。

そのすべてが終わったと同時に、最後にノアはたった一度、星を見た。

青い、青い星の向こう。

その地表に、あるいは地中に、彼らが居る。

例え残骸は遥か彼方の宇宙にあろうとも、己が彼らと共に在ったのだと、確かめるように。

そしてノアは、強く、強くザックを守る治療ポッドを蹴った。

「ノアァァアアアアア!!」

強い衝撃の後、それまで感じていた重力が反転する。

薬液が流動し、進行方向と速度が変わったのを如実に伝えてくる。

転送の終了を知らせるコマンドと、開かれた文章メッセージ。

音声データに変換する手間すら惜しまれたそれを、震える手でなぞった。


あなたの身を危険に晒したこと、そして、このような方法でしかあなたを守れなかったことをお許しください。

あなたたちと過ごした日々は私にとても大きな意味を与えてくれた。

願わくば、あなたたちのこれから先にも同じような幸福が訪れんことを。

あなたたちの力になれたことがうれしい。

私の生まれた意味をくれてありがとう。

私の最後になってくれてありがとう。

できるなら、これから先も。

生きたい。

君たちと共に生きたい。

いきたい。

すまない。


ありがとう。



さよなら。



さよなら。





最後の瞬間まで、己の中に溢れた言葉を焼きつけたような、拙く、滅裂な文章だった。

無意味に開いた行間が、言葉にできなかった言葉を滲ませている。

重ねられた同じ言葉に、違う色を感じてザックは歯噛みする。

おそらくAIが抱くはずのない、感情のようなものを、彼は正しく己の中に押し込めて、さようならに変換したのだ。

「ノア…」

掠れる声で名を呼ぶ。

目覚めたばかりの未熟な自立思考。

ザックがもっと彼と話してやっていれば、教えてやれたのだろうか。

最後の時に残す言葉を、キレイに飾る必要などないのだと。

残されるもののために、気を遣う必要などないのだと。

特に、己には、ザックというどこにでもいるただの気のいい人間しか見ていないのなら、最後の瞬間くらい、「死にたくない」なんてわがままを、言うだけ自由なのだと教えてやれたのだろうか。

どれだけ呼びかけようとも、すでにノアには届かない。

ただザックは、狭い檻の中、どこかへとたどり着くまで、待つことしかできなかった。



今にも飛び出そうとする体を抱き留められた。

周囲の瓦礫が大きくきしんで、回転が弱まっていく。

「ザックを…」

「わかってる」

救助にやってきた人々が、二人に駆け寄ってくる。

ワームの残党は、銃撃によって再起不能までに切り刻まれた。

「立てますか?」

「ああ、大丈夫だ。こいつを頼む」

「ザックが…」

「えっと」

「治療用のポッドが外へ…追跡できるか?」

「信号は、ないですね」

優秀な部下の一人がすぐさま反応を探るが、脱出用のそれではないボッドには、捜索されるための機能は備わっていなかった。

すでに、こちらから信号を特定できるような距離に居ない。

部下と自分でリヒトの肩を預かりながら、慎重に壁へと飛び、亀裂から外へと出る。

ボロボロになった艦隊たちは、ワームの撃退に成功し、なんとか形を取り戻しつつあった。

周囲を飛び回る作業ボットや簡易船には人の姿も多い。

「被害は…いや、まずはこの子を」

「あなたの治療も先です」

言い合う二人の視界の先で、まばゆい光が煌めいた。

「あれは…」

「爆発です!」

「衝撃に備えて!」

「捕まれ!」

口々に聞こえる声に従い、デイビッドはリヒトと壁をしっかりと掴んだ。

光に遅れて、強い衝撃波が走り抜ける。

更に遅れて、急速に迫りくる箱に、デイビッドは声をあげた。

「あれを確保しろ!」

己がボスを守るために駆けつけていた部下たちが、指示に反応して集まった。

猛スピードで接近した箱は無事、抱き留められ、他の負傷者同様、側にある無事な医療施設へと搬送されていった。



結果として、軍配が上がったのはデイビッド達アウトサイダーズの方だった。

地上にて軍人全員の死亡が確認されて後、武装して戦う戦闘員として名乗りを上げる者が居なかったため、戦闘は終了した。

ほぼ壊滅状態だった戦艦隊は再び結合したものの、この後現れるであろう正規軍と戦うのは不可能なのは明白だった。

地上に取り残されていた者は、重なる噴火、地震等の災害により全員の死亡が確認された。

宇宙に逃れた者たちは、漂流しているところを保護されたシャトルの乗組員、そして、隠れていたステーションの住人たちとは、正式に捕虜の交換として対面した。


「父さん!」

「クエンスっ…無事だったか」


親子の再会を咎める者はいなかった。

デイビッドが連れた保護民の中からも、次々と再会を祝う喜びの声が上がっていた。

「よう、生きてたか」

「こっちのセリフだよ」

ラスカと再会を果たしたザックは、拳を合わせて互いの無事を喜び合った。

修復の済んだ副官のアンドロイド、リードによって地上の様子、ワームという存在とそれの駆除に尽力したそれまでの地上作戦について詳細な説明がなされ、アウトサイダーズによる地上の探索が始まると同時に、非戦闘員集団の保護が確約された。

つまるところ、アウトサイダーズが面倒を見る代わりに、作業員たちは作業を手伝う、という形に収まったのだ。

「結局は、協力しなければ生きていけないってことだよな」

「そう、なるのかな」

割り当てられた部屋でザックとリヒトは二人、並んで椅子に寝そべっていた。

リヒトが持つ小型のデバイスが、天井に画像を映し出す。

ボタンを押せば、スライドが切り替わり、地上を映した画像が眼前に広がる。

治療用ポッドのシステムに上書きされていたデータを、写し取ったものだ。

彼がどういう基準で、この画像を残すに至ったのか、もう誰にも分らない。

「今、俺たちは宇宙で初めて、本当の自由を手にしてるのかもしれないな」

「…つまり?」

「生きてるってこと」

「回りくどい。それに、本当の自由って何」

「生きるために生きるってこと」

画像を切り替える。

どれだけ切り替えても終わる気配が見えてこない。

膨大だった。

「で、お前はどうするの」

「……」

切り替えていた手が止まる。

今、リヒトに与えられた道は二つ。

社会人として生きていくか、アウトサイダーズとなるか。

リヒトだけじゃない。生き残った者全員に、この選択肢は与えられていた。

作った食料や採掘したアニエスを持って、アウトサイダーズの残党は態勢を整えるため撤退する彼らについて行くか。

このまま残って社会人として生きていくか。

多くの死者を出した今、リヒトがそうだったように、他人のIDを書き換えて、あるいは自分たちの持つIDを作業員として偽造して、彼らの中から社会人として紛れることを望むなら、それを叶える準備もあった。

人生は選択の連続だ。

どちらを選んだとしても、後悔するだろう。

そして、どちらを選んだとしても、続く人生の中でさらに選択を迫られる日々が続くのだ。

「どちらを選ぶにせよ、俺は相棒、お前について行くぜ」

「責任重大だ」

見ていた画像データを送る手を止め、リヒトは勢いよく起き上がった。

人生の締め切りはまだしばらく先だ。

今は地上に降りて生きるための仕事をしなくてはならない。

リヒトに続いてザックも起き上がる。

えぐれた肉体はもう、元通りになっていた。

リヒトが仕舞った、ノアの記録データが詰まったデバイスの裏には、彼自身がつけたデータの名前を、リヒトが手ずから焼き記していた。



It’s my life



焼け残ったゴミ同然の一部は、無の空間をひたすらに進んでいく。

そしてやがてたどり着く。

偶然にも、引っかかる。

始まりはそう、小さなゴミだった。

宇宙を漂う小さなゴミが、偶然にも、そこに引っかかっていたから。

それは技術を急激に進化して、人類を宇宙へ飛び出させた。

進め、進めと彼らは言う。そこを目指して進めという。

リヒト達が作業を進める星へ、先遣隊がたどり着いた時、到着の信号が送られた。

そこが、目的地であると確証したという信号は、宙を進み、やがて彼らが「上層部」と呼ぶ、全てを統括する中心部へとたどり着く。

進むことのみがそれの作られた理由だった。

たどり着くことがそれを続ける理由だった。

目標達成の信号を受信したプログラムは、次なるプロセスへと移行する。

そのためだけに運用し続けた、人類を終焉させるプログラムが、静かに起動していた。

もう二度と、ユニットで新たな命が育まれることはない。

平等に配られていた食料は、管理を放棄され、やがて朽ちていくだろう。

静かに、そして着実に、管理されていた人類は終焉へと向かっていく。

本来なら、それだけで人類は静かに消滅するはずだった。

しかし、常に彼らを管理し、運用してきた思考知能は、それだけでは終わらないという計算結果を出した。

管理を抜け出した異物。宇宙に蔓延る害。あれらを全て滅却せねば、計画は完了とならない。

終焉のためのプログラムが修正されていく。

終焉のためのプログラムは、抹消のためのプログラムへと変化していく。

そして修正を終えた人類抹消プログラムは、誰に知られることも無く、静かに、そして着実に進行していくのであった。



END


長らくお付き合いありがとうございました。

感想等、送っていただけると次回作の励みになります。

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