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It’s my life  作者: やまと
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人間の定義


翌日、腕を治療しようと医療室に向かったリヒトはしかし、道中に召集の放送がかかって踵を返した。

ミーティングルームに入ると、すでにほとんどのクルーが揃っており、壇上にはリードが立っていた。

不思議なことに、せっかく直した電子ボードも、ライトも点いておらず、部屋は薄暗いままだった。

さすがに手書きの板は使わなかったが、リードは手元の紙の資料に目をやりながら、マイクすら使わずすべて口頭で説明を行った。

「以上の実験結果から、やつらは何らかのセンサーを内蔵しており、一定のエネルギーを検知したら攻撃してくることが分かった」

ざわざわと騒がしくなるたびに、床を蹴ったり物音を立てて注意を引く。アナログな方法を選ぶのは、エネルギーを使うことの危険をクルーに強く意識させた。

「敷地面積による集積率など、詳しいことが知りたい奴は紙の資料を用意したのでそちらで確認してくれ。基地全体のエネルギー量の算出はメイン制御室で行う。幸い、現在ほとんどの設備が破損しており、制御は簡単だそうだ。諸君らに気を付けてもらいたいのは、新しく修理された設備を使用する際には必ず申請すること。普段から節電を心掛けることだ。各施設や担当区域で細かい指示が出るので確認するように。それと、ボット操縦者には別途講習を行うのでその場に残ってくれ。解散」

主に基地内の設備維持を担当するクルーたちがぞろぞろ部屋を出ていく中、何人かが気の毒そうにリヒトに目をやった。

リヒトはというと、怪我をしている自分は一応室内スタッフになっているが、ボット操縦者として残るべきか迷っていた。

結局、怪我が治れば操縦者に戻るのだし、と結論付けて、人が減って隙間が開いた分を前へと詰める。

特別講習というのは、具体的な攻撃対象エネルギー値と、ボットに積み込む装備に限界値を設けるというものだった。

ほとんどの場合は四人行動が基本の部隊だが、強力な装備を使いたいときは三人にすることや、密集して高エネルギー装置を使わないことなど、新しく手に入ったばかりの情報で、できる限りの危険を想定した説明が行われた。

全ての説明が終わった後で、今度はリヒトだけが名指しで居残りを命じられる。

その場にいた全員が、怪我のことだとすぐに察した。

退室を命じられてぞろぞろと部屋を出ていく中、おもむろにザックが手を上げる。

「俺も残っていいっすか」

突然の申し出にけれどリードは、多少予想していたのか、まぁ、いいだろうとすんなり応じた。

「じゃあ俺も」

と行って帰りかけた足を止めたのはニックだ。

二人とも、リヒトが怪我をした最初の探索でのチームメイトである。

それなりに責任を感じているのだろう。

特に、リードの側に控えているカルロは、その時に隊長だったのだ。

ガタイのいいザックとニックが両側に立つと、小柄なリヒトがますます小さく見えて、さらに今は怪我をしているのもあり、余計に頼りない。

両側の二人がまじめな顔をすればするほど、なんだかおかしく思えてしまうのはなぜだろう。

こみ上げた何かを誤魔化すために一つ咳ばらいをして、リードは改めて告げる。

「先も言った通り、基地で使うエネルギーに制限ができた。あとはわかるな」

各々、頷いて見せる。

つまりは、リヒトの腕の治療をするための医療器具を使うのが危険という話だ。

「計算上、単一で動かすならばギリギリ規定値を下回る。だが、基地の真ん中で使えば確実にやつらを呼び寄せるだろう」

そう前置きして、リードが説明した作戦は、箱をつなぎ合わせて作られた基地の一つを切り離して移動し、基地から充分離した場所で新たに小さな拠点を作るというものだった。

医療施設だけではない。

居住区とボット整備区も切り離すことで、各地で使えるエネルギーの総数を増やす予定であることも同時に告げられる。

移動に使うヘリやボットのせいで規定値を超えては元も子もないので、先に施設予定地を整備して移動させる方法が採用されたそうだ。

そのための人員確保という名目で、最優先にされたのが医療施設。

「という建前で?」

「実際はお前らが実験台だな」

「カルロ…」

正直すぎる部下を咎めるが、犠牲者たちはやっぱりなという顔をしている。

いや、リヒトに関しては最初から最後まで表情が変わっていないのだが。

作戦はこの後すぐ始めると告げられた一同は、その場で指令を受けてそれぞれ持ち場へと散っていった。

「お待ちしてました」

リヒトが医務室へ行くとそこにはノアが居た。

更に奥ではゼインとケリーが慌ただしく箱に医薬品を詰めている。

「やあ、来たか。今、居住区に残す薬を選別しているからもう少し待ってくれ」

「運ぶのに少し、ノアを借りてもいいかしら」

ケリーの申し出に、ちらりと時計を見やったリヒトは曖昧に頷く。

「作戦開始時には必ず間に合わせます」

リヒトの心配をくみ取って応えると、ノアはケリーから箱を受け取って、小走りに部屋を出ていった。

後を追って箱を持ったケリーが部屋を出ていくと、リヒトは少し迷ってから、自分も作業に移った。

本来なら電子看板を使って通行止めを表示するのだが、椅子に手書きの紙を貼って代用品にすると、壊れて開きっぱなしの自動ドアを直すために制御パネルを開く。

通電の異常を調べ、今度は壁のパネルを外し、隙間になにか詰まってないかチェックする。

どれも平常ならば簡単な作業でも、片腕を吊ったリヒトには一苦労だった。

「お待たせしました」

声がして顔を上げると、ノアがのぞき込むようにリヒトにカメラを向けている。

肩越しに、驚いて振り返るクルーの顔が見えた。

ずいぶん、急いだらしい。

「廊下を走るのは危険だよ」

「制御は完璧です」

「君自身はね」

ノアはボディスーツ型のボットに骨格を入れた素体のため、文字通り普通の人間より一回り大きい。補助パーツを一つも取り付けていない状態とはいえ、外皮は弾丸程度なら防げる強度があるのだ。ぶつかるだけで人間の方は大けがである。

その上今は、エネルギー節約を言い渡されたばかり。

AIであるノアのコアは莫大なエネルギーが使われているのでは、と船員たちは気兼ねしている。

実際のところ、人間として振舞うために使うエネルギーの量はボットを動かすよりもわずか少ない程度で、重たいものを持ち上げる、高速で移動する、など無茶な動きをしない限り使用されるエネルギーは微々たるものであるのだが。

知っていたとしても、重たいものを持って走るノアを見れば、余計な懸念を浮かべてしまうのは仕方のないことだった。

バチ、と弾けるような音がして、自動ドアが突如閉じる。

溝を跨ぐようにして作業していたリヒトは咄嗟に動けず身を固くして挟まれる衝撃に備えたが、硬いものがぶつかる音に目を明ければ、締まりかけたドアをノアが支えてくれていた。

「怪我は?」

「…腕以外は無事」

「それはよかった。センサーに不具合が。どうぞ登って。上を調べてください」

言って、足の角度をずらして階段を作る。

片手のリヒトが昇りやすいように、手すりとして頭を差し出され、少し躊躇いつつも膝に足をかけた。

上部に取り付けられたカバーを外すと、中の部品が露出する。

「ひびが入ってる。とりあえずカバーだけ外そう」

「同感です」

レンズが歪んでいるせいで、リヒトの存在を感知していないらしい。

ドライバーを差し込んで、ヒビによって変形したカバーを外すと、かたくなに閉まろうとしていたドアが壁へと戻っていく。

「怪我、は…?」

リヒトが尋ねると、ノアのカメラがきゅうっと収縮する音がした。

「問題ありません」

「それはよかった。抵抗感知も直さなきゃ」

「お手伝いします」

「いや、君がやってくれ」

「了解しました」

「そもそもなんでお前が直してんだよ」

二人の後ろから声がした。ザックだ。

「担当が決まってるわけじゃないけど」

「それはそう。だが、お前は怪我人だろうが」

「片腕が空いてた」

「てめぇ…」

確かに自動ドアを直さなければこの区画を分離して運ぶことはできない。

けれどそれは何もリヒトがやらなければならない仕事ではなく、たまたま手が空いていたから修理を始めたというのだ。

先ほど、ドアに挟まれかけたとおり、自動ドアの修理は五体満足でも危険な仕事である。

区画移動の準備を進める中で、ドアの故障を思い出したザックが工具箱片手にやってきたら、すでに二人が修理を進めていたというわけだ。

ザックの心配をよそにリヒトはなおもノアの横で修理を手伝おうとしている。

「ロボ公に手伝いなんかいるかよ。むしろ邪魔になるだろうが」

「構いません。共同作業の訓練になります」

「ほらみろ」

邪魔になることを否定しないことを指してザックが眉を吊り上げると、漸くリヒトはドライバーを手放した。

「片手が、空いてるのに…」

「こけた時につけるよう空けとけ」

もごもごと口の中で文句を転がすリヒトを連れて、ザックは医務室を後にした。

ノアは黙々と作業を進め故障個所を修理すると、ドアの前を行ったり来たりして、故障が治っているか何度も確認した。

どの角度から通ってもセンサーが反応することを確認した後は、わざと手や足を挟んで抵抗感知が正常に働いていることも確認する。

ノアのシステムが、ドアの修理というタスクが完了したことを表示すると同時に、廊下の向こうからザックが戻ってきた。

「終わっちまったか」

手には先ほども持っていた道具箱。

無駄足だったかと肩を落としたザックの拳がノアの肩を小突く。

「ご苦労さん」

「…あ」

仕事を奪ったことを謝罪すべきか、修理が必要なことに気づいたことをほめるべきか、あるいは冗談を言って励ますべきかと選択肢に悩んでいたノアは、自身の想定になかったザックの行動にわずかフリーズする。

「りが、とうございます」

辛うじて、労いに対する感謝を絞り出したが、不自然に途切れた電子音声は妙に滑稽に聞こえて、ザックはケタケタと笑った。

「バグってんじゃねぇよ。最新AIだろうが」

「最新型の方がバグは多いものです」

「言うねぇ」

軽口を交わして、じゃあな、と背を向けるザックを、ノアは咄嗟に呼び止めた。

「なんだ?」

「あの…」

思考計算中を意味する、カメラ横の灯りライトが点滅する。

彼ともっと会話をするべきだと画面の端で主張していた。

けれど同時に、不必要な会話は避けるべきと提案もある。

二つの選択肢、どちらを選ぶべきか、大量の変数を計算しなおしたノアのAIは、後者を選択した。

「工具箱をお預かりしましょうか?」

「お、いいのか。頼むわ」

「お任せください」

よろしく、と差し出された工具箱を受け取って、去っていく背中を見送る。

彼の今後の予定から、輸送される医務室とリヒトと共に移動するため、ボット収容ドッグへ向かったのだろうと予測した。

工具箱の中身から、持ち出された場所を特定し返却する。

抱えていたタスクを全て消化したノアは次のタスクを確認しようと、メインサーバーにアクセスしようとした。

しかし、その前に、先ほどとった行動が正しかったのか、検算する必要があった。

細かい選択をしたときは、あらゆる可能性を考えて何度か再計算し、選択肢の多様性を広げるのも、感情AIシステムに組み込まれた機能だ。

動きを止めて、再計算が始まる。

本来なら移動しながらや、あるいは会話しながらでも、裏で消化できる動作なのだが、そのためにはやはりエネルギーを使ってしまうので、極力マルチタスクを避けるよう命令を受けていた。

正しくは、エネルギーの使用を極力下げろという命令に従って、この方法を選んだのだ。

再計算は思いのほか難解を示した。

ノアの中でザックとの会話は非常に有意義なものだと結論されていた。

というのも、彼の話し方や所作というのが、この集団の中でかなり好感が持たれている様子だったからだ。

特に、彼のリヒトに対する態度は献身的でありながら友好的。しかし適切な距離を保ち、時にはリヒトを叱責できる関係を築いている。

ザックから学べることは多そうだ。

しかし、彼のように振舞うのは行動学上よくないこともわかっている。

真似をするというのは時にはマイナスに働くこともよくあるのだった。

計算の結果、ザックのように振舞うのではなく、彼の様な男に好まれる動きをするのがこのコミュニティでは最適だと出た。

ザックの思考パターンは、まだ正確に判断したわけではないが、おおよそこのコミュニティではポピュラーな思考回路であることもわかってきている。

己の仕事に忠実で、時に人を思いやりながらも、まずは自分が中心にある。そのうえで、周囲の人間に気を配りながらも、心配はしない。それは相手を信じているから。

行動心理学の最新データと照らし合わせてその分析が間違いないことを確認する。

ザックに、延いてはこのコミュニティの人たちに信頼されるためには、彼らが関心を向ける人物のような行動をとるべきなのは明確だった。

しかし、目下ザックの関心はリヒトにある。

ノアのリヒトに対する評価は特別だった。

怪我人、ということもあるが、身体的特徴、行動パターンから、保護すべき対象であるとしている。

簡単に言えば危なっかしいのだ。

観察の結果、ノアが算出している危険度の六十パーセントくらいであれば平気で突っ込んでいく。

リヒトの場合、最悪の結果になってもそれが「死」でなければなんとかなると思っている傾向がある。

そのくせ、影響が他人にまで及ぶと気づけば手を引く。

自分の命が軽い。

コミュニティ全体にある傾向だが、リヒトの場合は特に。

自分本位でありながら簡単に命を投げ出す。その矛盾に長らくノアの計算は難航していた。

施設が小さく揺れて、彼らが出発したことを知る。

医療施設稼働実験にノアは参加していない。

区画切り離し計画の補助が主な仕事になっていた。

ループし始めた再計算を一度破棄して、タスクを再取得する。

優先度を整理して、実行した。




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