命の価値は
エレベーターが開くとそこはすでに射出される貨物ケイジの中だった。
円筒のそこには亜高速移動用の冷凍マシンが並べられていて、そのいくつかにはすでに彼らが眠っている。
「クエンス!大変なんだ!」
「どうした」
「マシンが足りない」
クエンスたちの搭乗に気づいた青年が、慌てた様子で駆け寄ってくる。
すぐさま駆け付けたリードは、起動ボタンを押しても沈黙を続けるマシンを前に、くそっ、と吐き捨てた。
「電源がやられてる。直してる暇はないな」
「稼働できるマシンはあといくつだ」
「二つ」
「なら決まりだな。お前ら二人が…」
「いや」
さも当然のようにクエンスたちの背を押すラスカを止めたのはリードだった。
追従するように、クエンス自身も同意する。
「お前たち二人が乗れ。私は…」
「ガキが、粋がってんじゃねぇぞ」
「粋がってるのは君だ。論理的思考だよ。小柄な女性の方が重力には強い」
「だが…」
「わがまま言うんじゃない」
「なっ…」
「ほら、早く支度しろ。君はあれを」
わがままと切り捨てられて言葉を失うラスカを横目に、リードは部屋の隅に用意されたボットを顎で指す。
ボットには圧力抑制装置も、緊急時の生命維持装置、宇宙空間でもしばらくは動いていられる密閉性もある。背中に酸素のタンクを背負えば、寿命も延びる。
リードはアンドロイドなので、装置は必要ない。
「次に目が覚めるのは宇宙だ。覚悟しておけよ」
「何をだよ」
呆れたようにこぼして、ラスカは渋々装置に向かった。
手慣れた様子でボタンを押してハッチを開ける。
彼自身、冷凍保存によって宇宙の彼方へ運ばれるのはこれが初めてではない。
隣で不安そうな表情をしていたアウトサイダーズの少年が、ラスカを真似て装置を操作する。
二人が装置を起動させたのに気づいたリードが足早に近づいてきた。
ハッチが閉まり、半透明のショーウィンドウから姿が見える。
「おやすみ、坊や」
外部マイクが拾った音声が、密閉空間にやけに大きく響いた。
同時に、能面のようだったリードの顔がほどけ、柔らかく微笑んだ。
「…まぁまぁの傑作だな」
口を開け、ぽかんとした表情で冷凍されたラスカを見て、リードはまた能面に戻る。
人間というのは得てして不意打ちに弱い。
温度のないカメラアイで間抜けな顔をしっかりと記録しながら、テキパキと他の荷物を点検した。
操作盤に戻る途中、激しい揺れにクエンスとリードは床へと倒れる。
「時間がない」
すでに発射準備が整っている画面に触れて、カウントダウンを起動する。
「強力なGがかかって気を失うだろうが、ボットの生命維持装置があればなんとかなるだろう。できるだけ直角に。そう、命綱も、いいな」
クエンスの姿勢を調節し、できる限りの安全を確保した。
揺れの感覚が狭くなっている。星の限界が近い。
地下熱を利用して充電された射出台を使えるのは、これが最後だろう。
かくん、と部屋全体が揺れた。
射出に備えてロックが外された証拠だった。
荷物を打ち出すための装置に無理矢理人間を乗せているだけでも不安ばかりなのに、宙ぶらりんな状態は恐怖をあおる。
呑気な合成音声がカウントダウンを始めた。
固定されたボットを押しのけて席を作り、リードはそこへ収まる。
揺れているのが星なのか、装置なのかわからない。
アナウンスの合図と同時に地鳴りのような電子音が響いて、直後、猛烈な重力が襲う。
細い筒から撃ちだされた緊急脱出用装置は重力に逆らってまるで隕石のように宇宙へ飛んだ。
大気圏を突っ切って、表面を赤く焼きながら宇宙へと飛び出す。
「く、…」
想定以上の威力にリードが呻く。
視界にノイズが走り、関節部が上手く動かせない。
どこか変形してしまったかと全身にチェックプログラムを走らせた。
もっとも危険を伴う大気圏脱出が成功したからと言って、安心しても居られない。
部屋中に、緊急事態のアラームが鳴り響いている。
「ああ、くそ」
「こ、れは…」
目を覚ましたクエンスが何とか状況を把握しようとして唸る。
「計算に無い横回転だ。スラスターを起動して修正しないと…」
円筒状の機体がなかなかのスピードで横回転しているせいで、起き上がるのもやっとだった。
身をよじって壁に足をつけたリードは、そのまま壁を走り出す。
壁面に立てるほどの重力が発生しているのだ。
部屋を一周したリードは飛びつくようにデスクへ向かうと、画面を操作する。
逆噴射で何とか回転の速さは落ち着いたものの、未だに体が壁に張り付きそうな重力にクエンスは起き上がり壁に張り付くのがやっとだ。
「どうすればいい」
鳴り響く重低音に頭が割れそうだった。
どうやら、想定以上にこの脱出装置はお粗末で、想定外の出来事が山ほど起こっているようだ。
「今ので燃料がほとんど空だ。回転は抑えられない。機体の限界を間もなく超える。とにかく耐えろ」
「お粗末な…」
ミシィ、と嫌な音がした。
「今のは?!」
「ああ、たぶん…」
壁がはがれる音。
説明を聞く前に現実が先を越した。
破損していた箇所をリードが補修した部分が綺麗に吹き飛んで、かろうじて室内に残っていた空気が全て抜け出す。
ガタガタと冷凍装置が暴れだした。
固定の甘い装置から金具が外れ、宙に浮く。
「まずいっ」
「全ての装置は隣接する装置と繋げてある」
ワイヤーで繋がれた装置はわずかに浮き上がったものの、外に放り出されることはなかった。
鎖のように繋がった装置は互いにぶつかりながら派手な音を立てている。
「もう少し、あと少しでセーフティに…っ」
「危ない!」
デスクにしがみついていたリードの身体が投げ出される。
視界の端に映る自身のエネルギー残量はゼロに限りなく近かった。
アーム部分の破損を訴えるエラーが激しく明滅している。
視界が高速で回転し、なすすべもなく壁を転がり続けるしかできない。
壁の一部に空いた穴に吸い込まれれば、二度と戻っては来れないだろう。
何かに捕まろうともがいても、壁はフラットで突起やワイヤーの類は存在しなかった。
ダメージが蓄積されていく。
視界をエラーが埋め尽くし、機能停止の危機が迫る。
守らねば。
自己思考機能が強く訴える。
守らねば。なにを。自分自身を。自分自身の中に眠る、彼らを。
守らなければ、強く願うのに、できることはない。
背中を、肩を、腰を、足を、あらゆる部位を打ち付けながら転がるリードの足に、何かが巻き付いた。
ぐっと体が張り詰めて、転がり続けていた体が止まる。
両腕を投げ出し、壁に寝ころぶようにぶら下がったリードの、壊れかけのアイカメラが先端を辿った。
「いい、コントロール、だな…」
「言っただろう、訓練は、受けている…っ」
足に巻き付いたのはフックショット。
クエンスが放ったものだ。
慣れない敵の装備で、転がり続ける物体に、正確に狙いをつけるのは、軍人でも難しい。
「引くぞ。暴れるなよ」
「そんな余裕はないさ」
ワイヤーが徐々に巻き取られていく。
まさか自分がこんな風に助けられる側になるなんて。
去れるがままに引き寄せられながら、疑似皮膚の剥がれ落ちた己の掌を眺める。
改造された、チェーンソーの刃が仕込まれたワイヤーを引き上げた感触を思い出す。
来たばかりの新人が無茶をして、崖からダイブしたのを捕まえたのが懐かしい。
ワイヤーを巻き取って、近づいたリードの足首を、クエンスのボットの手がしっかりと掴む。
相変わらず不穏な音は響いているし、今にも外れそうな装置に不安を抱きながらもじっと耐えると、やがて積荷は集積場へとたどり着く。
宇宙に広がる巨大なネット。
海で漁をするかの如く広がったそれに、魚よろしく引っかかる。
回転が収まったのを感じて、助けを求めるべく船から這い出たクエンスたちを迎える者が居た。
「おい、生きてるぞ」
「冷凍装置か、考えたなぁ」
ボロボロの船は牽引され、戦場となった宙域から離れていく。
たどり着いたのは、星からも、戦闘宙域からも死角となる大きなデブリの陰にあった宇宙ステーションだった。
バートレットの指示により、一隻だけ身を隠していたのである。
ステーションのドッグに運び込まれた船は、テキパキと開かれ、装置が運び出されていく。
「君は…」
「私は、アウトサイダーズだ。敵意はない」
両手を上げて無抵抗を意思表示するクエンスに、側に居た救助者はわずかに動揺を見せた。
「彼女は心配ない」
動揺を切り捨てるように、はっきりとした音声が届く。
「保護してやってくれ。全員だ。処遇は後々通達される。それまでは俺たちに責任があるぞ」
「は、はぁ…」
救助者が曖昧に返事をする。
堅苦しい言い回しのリードの言葉を、半分も理解していなかった。
「大変だったなぁ、怪我はあるかい?」
「あ、いや…」
「とにかく、ここじゃ危ないからいったん処置室行こうな」
背中を押されてクエンスは歩き出す。
上げた両手が所在なさげに揺れているのを見て、とぼけたように
「歩きづらくないか?」
と言われ、渋い顔をして両手を降ろした。
「はい、君はこっちね」
「博士…」
「まったく、景気よくいったなぁ」
工具箱から簡易充電装置を取り出したゼイン博士が、テキパキと接続して、バッテリーをリードの手に握らせる。
「立てるかい?あーあー、まったく、どこもかしこも歪んでる」
きしむ間接に油を指された。
充電の始まった体は力を取り戻し、油の刺された関節は機能を取り戻していく。
ゼイン博士は、元々ロボット工学の博士として連れてこられた。
最新型のAIボットであるノアのメンテナンスが主な仕事ではあったが、その延長線として、リードのメンテナンスも引き受けてくれていたのだ。
「よく、がんばったな」
がっしりと肩を組まれ、二人は歩き出す。それはまるで戦友のような姿で。
「…なにも、できなかった」
「全員か?」
「全員だ…誰も、皆…」
音声に、ノイズが走る。
ゼインはそれ以上何も言わず、持ち上げた細くて筋張った指先をリードのむき出しの喉に差し込むと、静かにコードを抜いた。
音もなく、声もなく、ただ静かに廊下を歩きながら、ゼインの手が優しくリードの肩を叩くのだった。
子供じゃねぇか、と医務室に声が響く。
検査するからボットを脱いでと言われるままに降りたクエンスは、にわかに騒がしくなった周囲に、何度目かの戸惑いを覚える。
「歳は?」
「うっそ、まだハイスクール行ってる年じゃん」
「アウトサイダーズめ、許せねぇ!」
口々に好き勝手を言う彼らに、クエンスは開きそうになる唇を噛みしめた。
「うるさいから出てって!」
医務員の一人がそんな彼らを部屋から追い出す。
「ごめんね、無神経な奴らばっかりで」
「…いえ」
本来ならば、殺されてもおかしくのない立場だ。
何より、自分たちは彼らのような人々を殺すことで生きてきた。
もちろん、地上でも彼らの仲間といえる人々を虐殺してきたばかりだ。
「どうして」
「ん?」
「敵だとわかって、保護できるのですか」
医務員はクエンスの全身を手持ちのパッドで映しながら、怪我や損傷がないか確認しながら、うーん、と曖昧な返事をした。
「敵とかよくわかんないからじゃない?」
「え?」
「戦うのって軍人さんの役目じゃん。アタシたちはそういうのじゃないっていうか。つか、そもそもなんで戦ってんだろって感じ。欲しいならあげればいいじゃん。どうせ余ってんだしさ」
「…な、ぜ…っ」
「え、うそ、ごめん。アタシ何かした?!どこか痛い?!」
なぜ、戦うのか。
その問いに答えられるだけの人生を、まだクエンスは生きていない。
奪わなければ、手に入れられないと、教えられて生きてきた。
一つ分の席を奪い合って、勝ち取った者だけが座れるのだと。
けれど、彼らは平然と、新しい椅子を用意して見せる。
椅子なら余っていると言ってのける。
なぜ、戦わなければならないのか。なぜ、戦わなければ生き残れないのか。
地上で見たあの装置。種を撒き、命をはぐくみ、それを摘み取る。
自分たちが奪ってきたものが生まれる先を目にして、クエンスの価値観はグラグラと揺らぎ始めていた。
どうして自分たちは奪うだけの人生を選んでしまったのだろう。
彼らのように、育み、生み出す未来を知っていたら、こんな風に争いあうことも無かったのだろうか。
教えてくれ、父さん。
私たちは、いったい、何のために。
うずくまり、嗚咽を流すだけのクエンスに、作業員たちは狼狽えるばかりしかできないのだった。




