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It’s my life  作者: やまと
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打ち砕かれたものの唄


揺れる車内は想像よりもずっと騒がしく、隣に座るクエンスとおしゃべりを楽しむ余裕はなかった。

べた踏みのアクセルに合わせてトップスピードで舗装されていない轍を駆け抜けるトレーラーは、わずかなくぼみでも面白いほどによく跳ねた。

改造された車体のサスペンションはかなりのもので、適正なスピードであれば、轍すらない森の中でも問題なく走れていたというのに。

「まだつかないの?!」

後部座席からの悲鳴にも似た声に、ラスカは冷静に返す。

「しゃべってると舌を噛むぞ」

言い終わらないうちにまた車体が跳ねて、後ろから悲鳴が漏れた。

にも拘わらず、ラスカはひたすらに落ち着いた様子でハンドルを握っている。

「あなたは、平気そうだな」

「ま、これが仕事みたいなところあったしな」

もっと重力が低い星で、鉱石を車に乗せて運搬していたこともある。

運転手、という呼び名こそないが、ラスカの得意分野は運転だった。

運搬用のモビールでクレーターを飛び越えるなんて、日常茶飯事。

ただし、積荷の保証は致しかねます。

「見えたぞ」

前方に生い茂っていた木々に切れ目ができると、その先に煙を上げる赤土色の山が見えた。

窓に表示されているナビシステムも、目的地が近いことを教えてくれた。

ユエンからトラックを譲り受けた一同は、言われるがままに目的の場所へと向かった。

すぐに満場一致したわけではない。

怪しすぎる登場をかました上に、自分は残るというユエンを怪しむのは当然だった。

しかし、トレーラーの後部をのぞき込んだ青年たちは、騙されることを選んだ。

この星の中でも飛びぬけて最新式の装備が整ったトレーラーだ。

こぎれいな内装に、ほぼ無傷の電子機器、おまけに食料。

ルーカスが揃えた「快適空間」は、疲れ切った彼らの思考を停止させるのに最適だった。

「ほかに当てもない。騙されたと思って行ってみよう」

提案したのはクエンスだった。

リーダーシップとは少し違う、あくまでも提案という形で示されたそれに、部下の少女たちは邪気なく頷く。

それならば、と運転を買って出たラスカの隣に、クエンスはさも当然といった顔で座った。

「後ろで部下と親交を深めてていいんだぜ」

「必要ない。それにあなたを…」

「見張らなきゃってか?」

「……一人にするのは、よくないと思っただけだ」

そこに明確な気遣いの色を感じて、ラスカは何故かむずむずする背中を背もたれに押し付けて、ゆっくりとハンドルを切った。

後ろから差し入れられる食料と水分を分け合いながら、トレーラーは適切なスピードを保って木々の間を抜ける。

少し進んだところで、後ろから呼びかけられた。

「とてもまずい状況なんだ」

ラスカとルーカスが水中作業をしていた時、オペレーターとしてシステムを管理していた青年だった。

トレーラーの機材を起動して、すぐに状況を把握した。

ステルス機能を備えたキャンプカー並みの装備を整えたトレーラーは、さらに電波塔の機能まで備わっていた。

衛星との交信を掌握していたクエンスたちの眼を盗んでジャック達が連携をとりつつ行動できていたカラクリがこの車ということだ。

問題は、電波塔としての機能ではなく、収集されたデータから導き出された星の現状だった。

あらゆる施設や、各地に埋め込んだビーコンから、衛星を中継せず直接届けられるホットなデータは、ほとんどライブ中継の速度で星の状態を知らせてくる。

この星が、今にも崩壊しそうだという情報を。

「対宙砲をあれだけ撃ったんだ。現状、無事なのが奇跡だよ」

「あとどれくらい保つ?」

「わからないけど、確実に崩壊に向かってる」

映された画面には、エネルギー砲の反動で地中のマグマが振動し、中心部に向かって強い波となって伝わっている状況が示されている。

刺激された地中のマグマが噴き出し、その揺れが連鎖して中心部の流動物質が揺らされていく。

それが積み重なって、強い揺れとなって地表を襲い、やがて耐えられなくなった地面は崩壊し、星はひび割れ、砕けていくだろう。

「その前に脱出しないと!」

「つまり、時間がないってことだな」

彼らの説明は何一つ理解できなかったが、とにかく、ラスカはアクセルを踏み込んだ。



たどり着いたのは、火山地帯だった。

すでに黒煙があちこちから噴き出し、熱気が風となって吹きすさんでいる。

間違いなく地上で今、最も危険な地区であろう場所には、唯一、空へと飛び立つ装置が残されていた。

「君たちか。予想通りだな」

そこに待ち構えていたのは、リードだった。

バートレットの副官であるリードは、逃げ遅れた人々がたどり着くのはこの場所だと推測し、脱出のために準備をするのが役目だった。

当初では、ここにたどり着くのは、ジャック達のはずだったのに。

危険度が高まれば、彼らが作業員や、敵であるはずのアウトサイダーズを優先するのはわかっていた。

ここにたどり着く前に、その身を犠牲にするのもわかっていた。

わかっていて、止める方法を計算できなかった。

「そのエレベーターで地下へ。冷凍ポットがある。脱出のスイッチはタイマーでセットできる。全員の冷凍が確認されたら、最後の一人が起動しなさい」

淡々と話すその身は、設備を整えるのにどんな無茶をしたのか、人工皮膚はあちこち剥がれ落ち、合成金属の骨格がむき出しになっていた。

むき出しの喉から配線が垂れ下がっている。

合成音声にも、乱れがあった。

ある種のグロテスクさに、少年たちは軽くショックを受けていたが、それでも、アンドロイドの言うとおりにすべきなのだと、理解はしていた。

「……お前は、いや、わかった。助かったよ」

お前はどうする。その言葉を飲み込んで、ラスカは背を向けた。

残るつもりなのだと、言葉にせずともわかる。

置き去りにしてきたユエンが脳裏を過ぎった。

ユエンと、リードが違うことも充分理解していた。

自らの意思で残る理由のあったユエンと、自棄を起こして自壊を選ぶリードはまったく逆の存在だ。

リードが人間であれば、ラスカはひっぱたいて首根っこを捕まえて引きずってでも連れて行っただろう。

けれど、むき出しの合成金属の骨格と、タイムリミットを予感させる地面の揺れが、判断を鈍らせた。

「いいのか」

ふり返った先に、クエンスが立ちふさがる。

確かめるような言葉とは裏腹に、だめだろう、と咎められているようだった。

「時間がない。説得に時間がかかりそうだ」

だから、行こう。促しても、クエンスは動かなかった。

「先に行っててくれ、すぐに追う」

「おいっ」

ラスカの制止も聞かず、すたすたとリードの方へ向かう。

何を考えているんだという焦燥と、こうなる予感がしていた諦念。

「お前らは先に行け!」

指示された少年たちは困ったように目を見合わせたが、小さく頷くとボタンを押してドアを閉めた。

聞き分けがよくて助かる。

踵を返すと、苦笑の顔で肩越しに振り返るクエンスが居た。

「あなたも、行ってよかったのに」

「置いていけるかよ」

「ああ、だから私は…」

言いながら、リードに向き直る。

胡乱なカメラアイが、静かに二人を見返した。

「私はあなたを見捨てられない」

「意味が分からないな」

あざ笑うかのように、ぴしゃりと両断される。

クエンスはおとなしく口を閉じて、促されるまでもなくリードは続けた。

「お前の感情は関係ない。私の任務はもう終わった。ここで終了する」

「任務、とは?作戦の実行か?」

「お前たちを生きて脱出させることだ」

「ならば、まだ完了していないだろう。私はあなたが行かないというのならここに留まる」

「死にたいなら勝手にしろ!!」

声を荒げたリードに、ラスカは面食らう。

アンドロイドがこれほどまでに感情的に吠えるところを見たことがない。

そう思い至った時、ラスカはこれまで見てきたリードが、まるでアンドロイドらしくない表情をしていたことに思い至る。

軍人たちでいう、副官という階級は、イコールアンドロイドという図式であることは常識だ。

ラスカ自信、最初の数週間はリードを人間だと勘違いしていた。

「感情プログラムの異常発達。ヒューマノイド化が進んでいるようだな」

自動学習する感情プログラムは環境によっては悪影響を受ける。

それを抑制するためのプロトコルはあるものの、何を持って「悪」とするのか、完璧な定義を生み出すには、人間は進化が足りない。

人に似すぎてしまったアンドロイドを、ヒューマノイドと呼ぶ。

「自死こそが、人と機械を分ける最後の枷だ」

「だからなんだ。ヒューマノイドはいずれにせよ廃棄処分だ。このままここで処分すれば手間も省ける。なんなら、お前がとどめを刺してくれ。ほら」

言って、リードは背面に装備していた小型の拳銃を投げてよこした。

いくら自壊を選ぶ意思を強く持っても、自らに銃口を向け引き金を絞ろうとすれば、自己保護プログラムが起動して指が動かなくなる。

足元に転がったそれを恭しく拾って、使い込まれた表面を指先でなぞった。

「数時間前の私であれば、そうしていたかもな」

あるいは、さっさと見捨ててエレベーターに乗っていたか。

「もしくは、君が本当に、自らの意思で目的を持ってここに残ると言うのであれば、私はそれを尊重できたかもしれない。けれど君は違う。ただ、捨てているだけだ。せっかく手に入れた命を、そんな風に…」

「お前に何がわかるっ!」

再び、リードが吠える。痛いほどの、悲鳴だった。

「命だの、意思だの、目的だの、きれいごとはもうたくさんだ!勝手に与えて、勝手に奪って、勝手に背負わせる。人間はいつもそうだ。自分勝手で、他人を振り回す。私に何を期待しているか知らないが、悪いが応えられない。私は人間を守るために作られた。守れなければ、存在する価値はない。破壊されるならまだましだ。だが、我々は形ある限り永遠なのだ。やがて朽ちるお前たちに、この意味が分かるか?」

むき出しの骨格が、破れかけの制服を掴む。人間であれば心臓があるであろうその位置に、けれどアンドロイドであるリードの骨組みの内側は、エネルギー装置と排熱器官が稼働しているだけ。

「消去されたという記録だけが残る。消えてしまったという事実だけしか残らない。引き潰された記録の中からコラージュを作るのはもうたくさんだ。消されるぐらいなら、記録を抱いてここで死ぬ」

「…人間みたいなことを言いやがる」

悲しみの叫びを聴いて、思わずラスカは呟いた。

記録だの、消去だの、一つ一つの単語はアンドロイドにしかわからない表現だろうに、奪わせてなるものかと訴えるその顔は、声は、怒りは、悲しみは、人間そのものだった。

酷いことをする。

「素晴らしいな、君にそれを教えた人は」

感情プログラムをオンにした張本人であろうバートレットに対して、ラスカとクエンスは全く逆の感想を抱いたらしい。

「失うのが怖いのも、辛いのも、それがとても大切なものだからだ。ならばなおさら、君はそれを守る努力を放棄してはならない。こんなところで失ってはいけない。行こう。たとえ最後には全て失うとしても、抗って、抗って、生きて、生きて、生き抜いてこそ、その痛みにも苦しみにも、意味がある」

銃を持っていない方の手を、クエンスは差し出した。

差し出された少女の手を呆然と見つめて、リードは彼女の言葉を一つ一つ、分析し、蓄積する。

手を握るのが、正しい選択だと、プログラムは答えを出す。

それなのに、腕は動かない。

こわい、と幼子のような小さな感情プロトコルが、動作をどこまでも制御する。

「無理だ…」

弱弱しく、リードはこぼした。

「私には、重すぎて、背負いきれない」

託されたものは記録。仲間たち全員分の生きた証を背負いきるには、アンドロイドの義体はあまりにも小さすぎる。

「人間は、どうやって、こんな重たいものを…」

重量など、ない。リードは己の言葉を反芻して、自身の言語プログラムの異常を疑った。

思考回路がオーバーヒート直前だ。

伸ばされた手を掴みたいという意思があるのに、身体が動かない。

「過去ってのは背負うもんじゃねぇんだよ」

それまで見守っていたラスカが、クエンスの隣へと並び、さらに一歩、リードへと近づく。

「ここに、抱くもんだ」

握った拳が、エネルギー装置と排熱器官を叩く。

「お前が背負うのは、こっち」

言って、クエンスの肩を叩く。

これは、俺も先輩からの受け売りなんだが、と前置きをして、ラスカは一つ咳をした。

「過去を抱いて、未来を背負って、今に足つけて歩いていくんだ、人間ってのは」

重すぎる過去を抱いても、無限の未来が背筋を伸ばす。過去を恥じるな、胸を張れとでもいうように。

「君の未来を、手伝わせてくれ」

壊れかけていたカメラアイが、まっすぐなクエンスの視線を受け止め再び稼働する。

動きを制御していた小さな恐怖の感情が拭われて、きしむばかりだった腕がようやく動き出す。

誰かに、背中を押された気がした。

一歩踏み出した先、何とか掴んだ腕を強く引かれる。

「急ごう、時間がない」

「ったく、手間取らせやがって」

腕を引かれて、勝手に動く足は思いのほか軽い。

エレベーターに向かって走りながら、リードは不意に後ろを振り返った。

そこに、想像していたような過去の姿はなく、ただ崩れ行く岩山があるだけ。

エレベーターに駆け込んで、扉が閉まった。

改めて、胸に手を当てる。

稼働しているエネルギー装置と排熱器官。そこにメモリはない。

記録は脳機能に相当する頭部器官にあるはずなのに。

当てられた拳の感触が、まだ消えない。

そこに無いはずの、何かを感じて、リードは目を閉じる。

映像を遮断すれば、視界画面に映し出されるのは己の現状を知らせるパラメーターと、全てロストした仲間たちのバイタル反応。

瞼を上げれば、心配そうにこちらを振り返るラスカとクエンスの顔。

その表情に、思わず、ふっと笑みが零れた。

「人間とは、大変だな」

「わかってもらえてうれしいよ」

「まだ序の口だ」

「それは、こわいな」

こわいけれど、大丈夫。なぜなら、自分には、抱いた過去と背負った未来があるのだから。



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