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It’s my life  作者: やまと
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歩いてきた道

星全体が揺れている。

まるで星が咳をしているような振動が、地中に作った空間ではより強く感じられたが、そこに横たわる人物の精神と呼べるものはそこになかった。

「クリア、ワームの射出が止まりました」

「やっとか」

大量のバグを押しのけ、まるで迷路のようなパズルを解いて、メインシステムに侵入したバートレットは、旧ノアの音声を聞いてがっくりと膝をつく。

生身で動いているような感覚でいるが、実際は神経接続で繋ぎ、ノアの演算で視覚的な再現がされているだけで肉体的な疲労はないはずだ。

「脳が疲れているのです。無理もありません」

「なるほど、妙な感覚だ」

体を酷使して、疲労を感じたことはいくらでもある。けれど、頭を使いすぎて疲れるなんてことは、軍人として命令に従って生きてきたバートレットにとっては初めてのことだった。

「よし、行こう。ずいぶんと遠回りした」

脳に直接電気を送るなんて無茶な作戦に、当然リスクは伴う。

ルーカスがナノマシンで代替えして行った、肉体の維持。バートレットの方は、ノアの管理の元大量の管とスーツの生命維持機能を極限まで使用している。

体の負担を考えれば、いつ機能停止、つまりは死んでもおかしくはない状態だった。

それでも遠回りを選んだのは、空への脅威を取り除くのが最優先だったから。

「朗報です」

何とか立ち上がったバートレットにノアの声が飛び込む。

「遠回りと思われた道も、意外なところに繋がっていることがあるようです」

「わかるように話せ」

「積荷配送装置からメインシステムへの太いパイプが見つかりました。今、あなたにも見えるように…」

言っている間に、バートレットの視覚の中に情報が追加される。

「なるほど、朗報だ」

迷いなく、新たな道へとバートレットは突き進む。

広く、安定した足元と、壁があるのかどうかもわからない真っ暗な虚無の空間。

進むべき道に浮かび上がるのは、白く発光するタイルと、ぽっかりと広くなった部屋。

中央に佇む、白い扉こそが、バートレットとノアの目的地である。

「これがメインシステムか?」

思わずバートレットは呟いた。

今まで彼が相対してきた仮想敵は、ノアが再現したにせものとはいえ、巨大な棟をよじ登らされ頂上のボタンを押したり、迫りくる黒い影に銃撃を打ち込むものだった。

それが、だだっ広い部屋にぽつんと一つ、ドアがあるだけ。

「見覚えがあると思ったが」

近づいてから、気づく。

それは宇宙規格の自動ドアだった。

どの宇宙船やあるいは地上基地にも常設されている、自動開閉型のドア。

本来なら近づけば勝手に開くはずのそのドアは、硬く閉ざされたまま。

「俺の記憶か?」

全ての視覚的映像はバートレットが感覚的に受け取れるように、ノアが電子情報から変換して視覚的に再現されている。

今、手にしている武器や、複雑に組み合わされた暗号パズルや地形、そして黒いもやとして再現された敵の姿も全てだ。

目の前に用意された閉ざされたドアも、バートレットの記憶、あるいはノア自身に蓄積された現実のデータベースをもとに表現されたものなのか。

尋ねたバートレット自身、すでに返答は予想していた。

「違います」

予想通りの答えに、ふむ、と答える。

脳みそに直接送り込まれているデータだ。変換されているかどうか、直感で分かる。

与えられた情報が、他の変換されたデータ群とは違う、妙な生々しさを放っているのに、気が付いていた。

どうして、これが、ここに。

「理由はどうあれ、このハードディスクには最初からこのドアのデータがあったということだ」

「イエス、サー」

「我々のデータから抜き取ったものか」

「わかりません」

ワームの中には、バートレット達から奪ったデータが存在していることが予想されていた。

向かってくる敵の中には、人型の、それもバートレットと同じボットを着た者が居たからだ。

やつらが人の脳を犯して記憶を抜き取ることはわかっていた。その技術を応用して、逆に乗り込んできているのだから。

それでも、どうしてわざわざ、開きやすい自動ドアのデザインを選んだのか。

盗まれたデータの中には、金庫のような決して開かないドアも存在しただろうに。

思考を続けながら、バートレットはゆっくりとドアの周りを一周した。

ドアは壁に接しているわけでもなく、部屋の中央にポツリと佇んでいるだけだ。

開いたところで、裏側には別にドアをくぐる必要もなく回り込める。

まるでアートか、商品の展示のようなたたずまいに、奇妙さが増すばかり。

それが、視覚通りのドアではなく、重要なメインデータベース、あるいはシステムに入り込むための入り口だということは、理解していた。

「とりあえず、開けてみるか」

パネルを操作して、ロックされた自動ドアを開ける手順を踏む。

予想通り、ドアは閉まったままだった。

パネルを外して、通電を確認する。

特に異常はなさそうだ。

「修理プロトコルを実施しろ」

「イエス、サー」

自動ドアの故障についての修理手順を実行していく。

通電は、していた。驚くことに。

パネルから得られる情報からして、ドア自体は正常に機能している。

ただし、開けろという命令にだけはかたくなに反応がない。

次に調べるべきは、センサーだ。

少し高い位置にあるセンサーは、ボットを着たバートレットでも、わずかに手が届かない。

作業台を要求しようとしたバートレットの視界に、ノイズが走る。

「私ではありません」

「わかってる」

ノイズは続く。明滅する視界の中で、目の前に現れたのはボット。カメラアイの横に光る思考中を示す赤いランプ。

ノアだ、と認識すると同時に、脳を破壊するような強い耳鳴りと頭痛に襲われた。

「ぐっ…」

「ハッキングを受けています。耐えて」

無茶を言う。けれど、耐える以外に方法がないのもわかっている。

「くそっ!開けろっ!!」

拳でドアを叩いたところで、分厚い隔壁はびくともしない。

脳を侵食する何かが、記憶を司る海馬をこじ開けるのがわかった。

耐えがたい痛みにバートレットが吠える。

「欲しけりゃくれてやるっ」

「ノー、サー!」

ノアの制止空しく、バートレットは強い意志をもって抵抗を止めた。

記憶を暴こうと脳をかき回す何かの存在を、逆に強く握りしめて後を追う。

それは、ルーカスが行った無茶と同じだった。

脳が焼き切れていくのがわかる。

記憶と意識とで構成されていた架空のバートレットの姿が揺らぎ、変貌していく。

反撃のために、バートレットは強く過去を思い出す。

この星に降り立ってから行った調査の全て。ここに来るまでに行っていた害獣駆除の全て。体長となる前の、兵士だったころの自分。

強く過去を思い起こすごとに、その時代の姿に変貌するバートレット。

人間の意思という未知の反撃にあった何者かは、まるで突きつけるようにバートレットの記憶の中の、嫌な部分を掘り起こした。

失っていく仲間。ハードな任務。二足歩行の哺乳類、人間を、害獣として駆除していた日々。人を守れと、装置として生きろと刷り込まれた幼いころ。

「そんなもの見て楽しいか?」

問う声は、発した本人ですら驚くほどに、哀れみを滲ませていた。

バートレットから引き出される記憶。あの時は押し殺していた辛いという感情を叩きつけるような行為。

なぜ、と問われている気がした。

どうして、なぜ、こんなことをしてまで、お前は生きているのかと。

掴んだ何かから、戸惑いと、渇望を感じていた。

「教えてやる」

深く、より深く、バートレットは記憶を呼び起こす。

生まれた時の産声を、学びで知識を得る喜びを。

任務を達成する喜びを。

繰り返すだけのおはようと、おやすみを。

空腹を満たす食事を。

心を満たす会話を。

バートレットは、己の記憶だけではなく、ノアの蓄積したデータにすら手を伸ばす。

収められたデータの中には、星の中でノアが過ごしたわずかな日数の記録が残っている。

懸命に生きる人の姿を。笑顔を。そして、死を。

「悪くない…」

最後の呟きが、音声データとして流れ込む。

部下たちの、最後の姿。ノアが、バートレットの精神状態を心配して隠したそれに、ノアと繋がっていたバートレットは気づいていた。

「これが、人の、生だ」

にい、と吊り上げた口端から、眼孔から、鼻から、赤いものがにじみ出る。

脳の限界はとっくに超えていた。

バートレットの肉体は、ノアの制御を超えて、すでに死に面している。

攻撃的な行為によって引き起こされていた頭の痛みはとっくに消えていた。

戸惑うように、侵入者が引いていく。

バートレットの姿は、青年にまで戻っていた。

今まで出会ってきた人々の影が、真っ白だった空間に陽炎のように浮かんでいる。

「悪くない…いや、」

バートレットを取り囲む、ジャックたちの姿もあった。

「いい人生だ。うらやましいか」

笑うバートレットの裏側で、ドアの分析を続けていたノアは、答えを出す。

このドアは、内側からしか開けられない。そういう設計になっている。

向こう側に居る何者かが、開いてくれなければ、あるいは、招いてくれなければ通れない。

現状をシミュレートし、出た結果は、不可能だった。

バートレットの挑発的な行動、糸口となるはずだった攻撃者はすでに引っ込んでいる。

手の打ちようがない。

それでもなにか、どうにかならないかと、AIではありえない悪あがきをしようとするノアに、信じられない信号が届く。

内側から、ドアが開いた。

ぽっかりと口を開けたドアの向こう側は、もちろん部屋の向こうの壁ではなく、別の空間で。

出迎えた人物のデータに、バートレットも、ノアも、一瞬、思考を停止した。

遅かったじゃないかとばかりに微笑んだ彼は、労うようにバートレットに手を伸ばす。

力尽きて、膝をつき、倒れこむバートレットを抱きかかえて、床に座り込んだ。

「さすがだぜ、大将」

青年の姿のバートレットを、組んだ胡坐を枕に抱きかかえながら、出迎えたルーカスは優しく頭を撫でる。

「どうして、お前が、ここに…」

「さぁてね」

引きずり込まれた、たぶん。

曖昧に、ルーカスは答える。

肉体が死んで、意識は消え去るはずだった。

けれど、何らかの力、先ほどからバートレット達が何者か、と称している何か、ワームの根源たる存在が、ルーカスの意識をデータとして補足し、ここへと引きずり込んだのだという。

内側から、このドアの向こうにバートレットが居ると気づき、開けようともがいていたが、ずっと拘束されたままだった。

それが突然、あきらめたようにほどけたのだ。

「行かないでって泣き疲れてるみたいだった」

「そいつぁずいぶん、ロマンチックだな」

「だろ?」

悪戯っぽくルーカスが笑う。

とても静かな空間だった。

まるで時が止まったようではあるが、その裏で、開いたドアから侵入したノアが、メインシステムを乗っ取るためにせわしなく働いているのも事実だった。

二人に残された時間はあとわずか。

お互いそれを感じていながらも、だからなにか特別な行動をするかというと、そうでもなく。

「働きすぎた」

「まったくだ」

すでに互いに指先一つ動かせない状態でしかし、二人の口元はわずかに弧を描いていた。

それ以上の言葉はいらなかった。

データの中で、二人はすでに繋がっていた。

ノアとバートレットがそうしたように、ルーカスとも、つながっている。

それは電子の世界だからではなく、培ったお互いの、重ねた時間が、そうさせた。

だから二人にはもう、言葉はいらないのだ。

揺れる大地に耐えられず、隔壁の一部が崩れ落ちる。

装置の一部が破壊され、警報が鳴り響いた。

横たわるバートレットの身体は起き上がることなく、崩れ、つぶれていく施設の中、せわしなく点滅するノアの灯りが一つずつ消え、真っ暗になった空間で、押しつぶされていくだけだった。



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