永遠ではないなにか
三十名を一つのユニットとして、一ユニットを五人程度のスタッフが運営する。
もちろん、自動ロボットの手助けをふんだんに借りて、効率を突き詰めたやり方で、機械的に世話をする。
授乳の時間、排泄の時間は完璧に管理され、ぐずって泣き出したところで、誰も迷惑しないのだから、放置される。
規則正しい生活、完璧にコントロールされた生活は千日を目安に次の段階へ移動する。
発話、教育、集団行動。
こなすべきカリキュラムは徐々に増えて、気づけば赤子だった子供たちは、皆同じ教育を受けた同じ能力を持った集団へと成長していく。
「人を守れ。そのために、生まれてきたのだから」
軍人ユニットで常に脳に刷り込まれる文言だ。
優秀な遺伝子を掛け合わせて作られたデザイナーズベイビー。
ゼロから作れば膨大なコストがかかるため、優秀な遺伝子同士を掛け合わせているだけだが。
同じものを食べ、同じものを見て、同じものを学び、同じように生きてきた。
「また、破損か」
面倒だ、という顔を隠さずに、隊長が言う。
負傷したカルロに肩を貸して戻って来たディルクとジャックは無表情のまま命令を待っていた。
「治療ボットに入れたらお前らは休め。解散」
言って、隊長はさっさと自分のポットへと潜り込んだ。
カルロを治療ボットに放り込んだ後、二人は命令通り移動用の冷凍ボットへ移動した。
「おやすみなさい」
副官であるアンドロイドが挨拶と共に電源を入れる。
意識が落ちる。
次の瞬間には覚醒だ。
解凍作業を短縮するための薬液を血中に送るために強制的に脈拍を速める。
意識して呼吸を早く、短く繰り返さなければ、頭痛と吐き気にしばらく悩まされることになる。
ボットから出ると、身体の起動確認と解凍促進を兼ねた体操を行い、意識、記憶の確認をするための点呼を取れば、次はすぐさまミーティングだ。
「触手型、狂暴性あり。施設ごと破壊するのがベストです」
「ではそのように」
作戦発案を担当する副官アンドロイドの提案をそのまま実行するだけの作業。
「リスクの提示は」
いつもと同じ平坦な声で尋ねる副官に、隊長は
「必要ない」
と返した。
「実行しながら説明すればいい」
と付け加えて、隊長はさっさと自分のボットを着こむ。
では、そのように、とばかりにジャックたちもそれぞれのボットを装着した。
本船から出立した小型機で目標施設に近づく。
ハッチが開くと同時に、二チームに分かれて作戦開始。
外壁を駆け回りながら小型爆弾を取り付けるディルクチームと、施設の内側を進行し、適切な場所に爆弾を取り付けるカルロチームだ。
隊長と副官は、小型機の中に残り、作戦終了を待っている。
「リスクの説明を」
飛び出した直後、副官から無線が入った。
「今回のターゲットは植物由来の触手型です。狂暴性の評価は、花粉による毒物散布、罠による動物の捕食等が基準とされています」
妙だな、と感じたのはきっとジャックだけではない。
同じものを見て、同じ環境で育ってきた。
考えることも、同じだ。
前方を歩いていたナイルが振り返るのに、視線だけ左右に振った。
何かが起きようとしている。
それは外を歩いていたカルロ達にも伝わり、全員に緊張が走った。
「資料によれば元は動物の研究施設です。動物に投与する予定だった薬液が何故か植物にまかれていたのが原因と推測されています」
「生体反応あり」
己の捕えた映像を、ディルクは素早く全員に共有する。
「爬虫類、狂暴性は不明、ですがおそらくはかなり狂暴かと…」
アンドロイドの推測を肯定するように、施設全体がぐらりと揺れた。
「急げ!」
言ったのは誰だったか、とにかく無線に響く声に身構える。
一拍置いて、張り巡らされた植物の幹が意思をもって動く。
「こいつら、擬態してる」
「落ち着け。なるべく植物に触れるな。ぶら下がってるものや床を這っているもの。全部を疑え」
「無茶言うぜ」
ディルクの指示を聞きながらも、小走りに船内を駆け回る。
マップに表示されたマークに次々と爆弾を仕掛けながら進み、漸く目的のエンジンシステムへとたどり着いた。
「気を付けてください」
ディルクに遅れて、副官の忠告が届く。
「設置完了、撤退する」
「…引き返すのはあきらめた方がいいかもな」
周囲を警戒していたジャックは、後方、今、自分たちが通って来た通路を振り返ってそうつぶやく。
びっしりと蔦に埋め尽くされていたその通路は、うごめく触手、もとい蛇の群れに覆われていた。
「蛇は特殊な機関で熱を探知する種類がいます」
副官からの情報に、ほぼ同時に全員がサーモグラフを起動する。
周囲の壁や、壁を這う蛇たちがほぼブルーで表示されるのに比べて、起動してからしばらくたったジャック達のボットは真っ赤になるほど熱を持ち始めていた。
「壁をぶち抜こう」
「同意する」
少しでも安全なルートを行くためには、外に出た方がいい。
ジャック達の判断に同意するように、副官から地図にマークが届けられた。
そこをぶち抜け、ということだ。
「走れっ」
ディルクの合図に一斉に駆けだす。
「俺が風穴開けてやる」
外壁を担当していたカルロの無線が響くと同時に爆発音がして、船全体が揺れた。
先回りしたカルロによって開けられた穴を目視で確認すると、天井からぼたぼたと蛇が落ちてくる廊下を駆け抜け、三人は勢いよく宇宙空間へ飛び出した。
空中で身をひねって振り返ると、同時にフックショットを飛ばし、華麗な体捌きで外壁へと着地した。
「撤退だ」
「あ」
「まずいかも」
ナイルとリックの気の抜けた声に、ディルクは彼らの視線を追って、乗って来た小型船の方を振り返る。
煌々とエンジンの灯りをともらせる船に、嫌な予感がしてサーモグラフを起動すると、案の定、小型船は白くなるほど温度が上がっていた。
「隊長、もっと離れて!」
カルロの無線に、隊長の気の抜けた声が返事を返す。
ジャック達は咄嗟に駆けだした。
隊員を迎え入れるために開け放たれた搬入口の脇に、副官。
出迎えなどしたことはない。
けれどまるで戻ってくるのを待っていたかのように彼はそこに居た。
「なんだ、うわぁああああ」
隊長の悲鳴が無線から届く。
小型機は、寄り集まって太くなった蛇に絡みつかれて、まるで黒い手に握りつぶされるように飲み込まれていった。
「隊長!」
「くそっ」
やけくそに、発砲したところで、黒い塊にエネルギー弾が吸い込まれていくだけで大した効果はない。
「何してるんですか!早く脱出して…」
「隊長の死亡を確認。一時的な代理にディルクを任命」
「な、に…」
「予備の輸送機を呼び出してある。君たちはあれに乗って帰るんだ」
副官の落ち着いた声が、無線にただ響いていた。
「君たちの副官であることを誇りに思うよ」
ぶつん、と強引な音を立てて無線は切れた。
あまりに唐突で、あっけない終わりに一同はただ混乱するしかなく、言われたとおりにやってきた小型機に飛び乗って、帰還することしかできなかった。
「何があった…?」
「わからない」
「どうして」
「副官が」
「隊長もだろ」
困惑に、返る言葉はない。
誰一人、副官の真意にたどり着けるものは居なかった。
彼が身を挺して隊長から自分たちを引きはがしたのだと気づいたのは、もっとずっと後になってからだ。
新しく隊長に任命されたバートレットという男は、副官にリードというアンドロイドを連れていた。
どんなチューニングをしているのか、アンドロイドにしてはやけに人間臭い表情と態度の彼に戸惑う間もなく、ジャック達の日常は一変した。
「報告しろ」
「順調です、サー!」
「ちょっと遅れてます、サー!」
「あー、たぶん大丈夫ですさぁ!」
「もっと具体的に!」
間の抜けた返答と、とってつけたような敬称に、リードの叱咤が飛ぶ。
常に、本能的な部分でお互いを理解しあっていた彼らにとって、感情や状況を言葉にして他人に伝えるのは酷く難解な作業だった。
おかえりとただいま、おはようと、おやすみ。
目覚めてから任務を開始するまでのフリーフィングの時間が少し長くなった。
任務を終えてから冷凍されるまでのデブリーフィングの時間が少し長くなった。
それがいいことなのか、わるいことなのか判断はできなかったが、少なくとも、ジャックにとってはわずかな時間に交わされる会話は大事な時間だった。
綿制圧型のランチャーが火を噴き、地上に居るワームをひき殺していく。
わずかに漏れた細切れを、カルロのブレードが引き裂いた。
仲間に投擲され、ヘリにとびつこうとするやつらから逃れるために常に周囲を旋回し続けながら、少しでもワームを分解するために、エネルギー弾をまき散らした。
「点いたぞ!」
無線から聞こえる合図に、旋回でかかる重力に歯を食いしばりながらも次の指示を出した。
ボタンを押して、レバーを引いて、パドルを踏む。
自分なら目をつむってでも勝手に身体が動くような作業でも、無線の向こうからは派手に言い争う声が絶えない。
宇宙空間へ飛び出すための理想的な角度をコンピューターが計算して、自動的に向きが変わる。
後は点火して発射するだけ、という段階で、嫌な音が響いた。
「エラーだ、点火できない!」
汚い悲鳴に負けないよう、叫ぶような声がエラー文言を読み上げる。
シャトルを支えるジョイント部分が破損して、切り離せない状態だった。
解決方法は一つ。
皆、考えることは同じだった。
最初に飛んだのはナイルだった。
テラスになった二階部分にフックショットを絡め、勢いよく飛びあがり着地する。
ジャックはディルクを迎えに行くために急降下し、ディルクは狙い通りヘリの足に飛びつき、引き上げられるように真ん中の結合部へとたどり着く。
「赤いスイッチを押せ、そうすれば点火できる」
「これ、かい?けど…」
「構わん、イエスだ」
画面に表示されているであろう最終確認画面を想像しながら、操作方法を続ける。
このまま飛び立てば、外れなかったジョイントのせいでシャトルは飛びたてず、全員仲良く地面とキスだ。
そんなことは、絶対にさせないが。
「それじゃあ、幸運を」
その言葉を最後に、通信を切る。
繋がっているのは、下に居る仲間との近接無線だけ。
「接続一、クリア」
最初に響いたのはナイルの声。
最下層にある第一の結合部を破壊した報告だった。
ジャックは自分のボットとヘリを繋げているシートベルトを切り離すと、徐にヘリのドアをあけ放つ。
「接続二、クリア」
続いてディルクの報告。
施設がぐらりと揺れた気がした。
地上では、一人残されたカルロが、ワームの魔の手からシャトルを守る役目を一人で担っていた。
「クソがっ!」
悪態を吐いて銃弾をばらまく。
無力化するのであればブレードが有効だが、進行を阻止するなら、ヘリすら打ち落とせる銃弾の嵐をお見舞いするのがベストだ。
とはいえ、そんな対外銃器が都合よく残っているはずもなく、ディルクの報告を待たずして、カルロの抱えた大型弾連射装置は弾切れとなった。
「点火しろ、早く!」
怒鳴り声が響く。
背中に刺していた二本のブレードを抜き取って応戦したが、焼け石に水。
黒い波が、カルロに襲い掛かる。
ここまでか。
諦めに棒立ちとなったカルロに襲い掛かるワームの塊は、突如現れた別のワームに、勢いをつけて殴り飛ばされた。
「な…」
驚くカルロの目の前で、人の形を組んだワームは、気のせいか、中指をまっすぐ立てていた。
「お前…」
「点火ッ!」
カルロが全てを理解することはなく、吐き出された高熱の噴射により、周囲を囲っていたワームは薙ぎ払われた。
点火と同時に、ヘリを捨てて最上階へと降り立ったジャックが、持っていたナイフをジョイントに突き立てた。
「システムグリーン!飛ぶぞ!!」
操縦を任せた作業員の声が、切ったはずの無線の向こうから聞こえてきた。
同じものを食べ、同じものを見て、同じように育ってきた自分たち。
きっと、こんな時でも感じるものは一緒なのだろうと思う。
「悪くない…」
シャトルが飛び立つ。
高熱を吐き出して、青い空へと飛びあがる。
巨大な塊を飛ばすためのエネルギーは、地面にぶつかると周囲のワームを吹き飛ばした。
静かになった旧拠点。
多くの命を救ったその場所に残されたのは、燃えぬ素材できっちりと組み上げられていた射出台と、その周囲に散らばるボット。
そして、ボットの中に残された、炭素だけだった。
「あれ」
身を起こした少女の声に誘われて、ラスカは顔を上げる。
飛び立っていくシャトル。あんなものがあったのか、ごみを漁りながらもぼんやりと空を眺めた。
成功率は低いはずだった。
「ほんとに飛んだのかよ」
呆れにもにた、苦し紛れの笑顔を、少女たちは不思議そうな顔で見上げているだけだった。




