歩き出せ
指定生物処理課、害獣駆除部隊などと揶揄される部隊。
訓練期間を終えたバートレットが最初に配属されたのは、その中でもさらに末端の部隊だった。
半径100光年。どういう基準で定められたかは知らないが、上層部が定めた「生息できるエリア」だ。
常に移動し続ける本部から計測したその距離から外れると、全ての供給が止み、生物は生きていけなくなる。
同時に、生きていてはいけなくなる。
圏外に生存する全ての生物を駆除するのが、バートレット達の仕事だった。
「ビー」
「……」
「どうした?」
「逃がした」
呼び止められて躊躇したはずみに、標的が一体、穴から外へ飛び出した。
追いかけるか迷うバートレットに、呼びかけた仲間は放っておけ、と切り捨てる。
「どうせ単体じゃ生きていけない」
「……」
穴の向こうは宇宙だ。彼らは真空に適応した生物でもないので、放っておいても確かにそのうち勝手に死ぬ。
それでもどこか、やり残した気持ち悪さを残して、バートレットは呼ばれるままに仲間の背を追った。
彗星に巣食ったネズミの駆除が今回の仕事だ。
場合によっては完全破壊もあり得るが、今回は星の大きさからその軌道上の星々に影響を及ぼす可能性を考えて、突入作戦が決定した。
穴を埋める作業も提案されたが、最終的には焼却処理のみとなった。
散っていた仲間たちと合流し、点呼を上げながら乗ってきた船へと戻る。
「揃ったな」
合図とともに船が出発し、近くに待機していた本船へと帰還した。
乗り継ぎを終えて、ボットを脱ぐと、軽い診断の後、兵士たちは冷凍ポットへと移動する。
亜高速で二年。外周から本部への距離だ。
直径を直線距離で移動しても四年の距離を、狭い船内で過ごすよりも、凍らせて運んだ方が食料や酸素の消費が少ない。
「おやすみ、諸君」
隊長の挨拶によりスイッチが入れられ、意識がシャットダウンされる。
寝た、と思った次の瞬間には、解凍処理によって目が覚めた。
「おはよう諸君」
隊長のあいさつで隊員たちはポットから起き上がった。
器械的な動きで準備を済ませると、すぐにブリーフィングだ。
「四足歩行、集団で狩りをする程度の知能がある」
副官の戦術予想を聞いて自分の役割を確認する。
ボットを装着して、船に乗り込み、役目を果たす。
いつも通りの作業。いつも通りに帰還して、再び冷凍ポットに乗り込んだ。
何も変わらない日々。敵を倒し、船に戻る。
「後、三回くらいか」
相棒がポツリと呟いた。一定の時間、任務に従事すれば、休息が与えられる。
同じ時間働いているバートレットも、それは同じだ。
「楽しみだな」
同じ部隊、同じ仲間であれば自然、休息時間も同じになる。共に過ごすことも多い。
また後で、と仲間と別れてポットに乗り込む。
「おやすみ、諸君」
隊長の合図でスイッチが入り、意識が途絶えた。
不意に、暗闇の中で声がする。
状態は?辛うじて形は。復元できるか?可能ではあります。目を覚ますかどうかは賭けです。廃棄しますか?いや、この世代は数が少ない。時期もちょうどいい、彼を次の隊長にしたい。了解しました。最善を尽くします。頼むよ。
いつもなら、隊長の声で目覚めるはずの意識は、今回はやけにゆっくりとした覚醒で、漸く開けた目が移したのは、無機質な天井だった。
部隊の全滅と己の昇格は、同時に伝えられた。
隊長になるための訓練を終えたのち、部隊の編成を配られる。
書類を持ってくるのは、副官になる者というのが儀礼だ。
「今後ともよろしくお願いします」
そういって握手を求める男の顔は、かつて自分が副官だと認識していた男と同じ顔だった。
「よろしく」
握る手から伝わる体温。調整されたそれを指先で感じ取りながら、けれどバートレットの視線は、ガラスのようなカメラアイを見つめていた。
副官は戦術を提案し、状況を把握するオペレーターも兼ねている。膨大な情報を取り扱うポジションに、アンドロイドを採用するのは当然だった。
彼が同じ型の別個体なのか、修復され記憶を抹消された同個体なのかわからなかったが、どちらにせよ、同じことだ。
編成されたのは白い髪が特徴的なユニット出身の一団だった。
自身の短い経験から見ても、優秀な部下たちだと気づくのに時間はかからなかった。
アンドロイドの副官と変わらぬ、色を写さない目。
実体を感じさせない白い肌と白い髪、自己を持たないかのように一様に口を閉ざす彼らを、冷凍ポットに押し込む。
「おやすみ諸君」
スイッチを入れれば、彼らの意識は凍り付く。
戦果の確認と本部への連絡、諸業務を終えて、副官と二、三会話をした。
「隊長、そろそろ」
話を打ち切るようにして、冷凍ポットに誘導される。
次に目覚めるのは、次の任務地だ。
「任務、か」
「隊長?」
「一つ頼みがあるんだが」
「なんでしょう」
「人間みたいに振舞ってくれないか」
「……」
元々動かない表情が固まる。それだけで、少し、らしく、なって、笑える。
「このままじゃ俺たちは使い捨ての人形と変わらん。死ぬのが惜しくないやつってのは早死にする。あいつらみたいなのは特にな」
忠実なのは重要なことだが、忠実すぎるのは危険だ。
自分の命を、自分で守らなくてはならない。
そのためには、生きている実感が必要なのだ。
「お前が手本になってやってくれ」
「私が、ですか」
「お前の方が詳しいだろう」
人間について。とりわけ、普通の人間について、バートレットはよく知らない。
任務しかしてこなかった。
休日を共に過ごした仲間との記憶は、あの病室で目覚めた日から思い出せなくなっていた。
「善処、します」
なにか、データでもダウンロードしているのだろうか。よく観察しなければわからないほど眼球に精巧に作られたカメラアイが、小さく揺れている。
「頼む」
言い残して、ポットに収まる。
あとは、アンドロイドである彼に任せて眠るだけだ。
「…お休み、ビー」
ああ、やっぱり覚えていた。
確信を笑みに変えて、バートレットの意識は凍り付いた。
リードの献身とバートレットの努力が実ったのかは知らないが、使い捨てとまで言われる害獣駆除部隊の中で、バートレット部隊の生存率は群を抜くようになった。
その生存率を見込まれてか、徐々に仕事は「駆除」から「調査」へと移行していった。
生きたままサンプルを持ち帰れ、などと無茶な命令が下るようになった頃、部隊に新たな仲間が加わった。
一般ユニットからの編入だ、と聞かされたバートレット隊に、動揺が走る。
軍人ユニットで最初に叩きこまれるのは、一般人を守れ、だからだ。
人類が地球を「捨てて」宇宙に飛び出してから早数万年、一般ユニットに暮らす人々は、記憶の改ざんによって自分たちの生存理由を獲得している。
自分たちが、上層部に住む一部の、本来の姿の人間、を維持するために生産された労働力であることを認識させないための処置。
かわいそうな一般人。肉体強化すら与えられず働かされるだけの哀れな存在。
そんな彼らを守るのが、強化され優秀な遺伝子をもって「造られた」軍人ユニットの宿命である。
だが、そんな固定概念は一瞬にして吹き飛ばされる。
配属されたルーカス・キッドという青年もまた、実験によって「生み出された」改造人間だったのだ。
自由奔放で豪快なルーカスは、部隊に風を呼び起こした。
もちろん、いい影響ばかりではない。
特に、命令無視は絶対に真似してはいけない。
だが、時に命令や作戦を無視してでも成果を上げるルーカスの行動は、その存在そのものが生命の手本とも思えた。
「先遣隊の末端に加われと命令が出た」
ブリーフィング。
冷凍ポットに押し込んで次の任務へはしごするやり方はとっくに廃れていた。
規定時間を変更して、眠りにつく前のコミュニケーション時間を多く増やす。
実験的なやり方と言われながらも、結果は良好だ。
「現地に生命体が確認されている」
「マジ…?」
長い歴史の中、宇宙人は存在しないことが証明され続けている。
バートレット達が駆除するのはいつも、人の手から離れた、元々人と共にあった生物たちばかりだ。
「アウトサイダーズの仕業も考慮に入れて観測しろ、とのお達しだ」
言ってはみたものの、その可能性が低いことは全員が理解していた。
浮浪者たちは人類から生み出された生物の一群だ。常に移動し続け、最先端を行く人類を追い越す技術はありえない。
もし、本当にその星に生物が存在しているとしたら、宇宙的大発見ということだ。
「なるほど、楽しみだ」
ルーカスの素直な言葉に、声に出さないままディルクたちは同意していた。
結論からして、新たに見つかった星はしかし、何者かによって入植された星だった。
「どいつもこいつも地球由来の生物ばかりだ」
「それも原種ばかり」
「博物館並」
大発見に沸いていたディルクたちの落胆は大きかったが、それ以上に新たに生まれた疑問に緊張していた。
いったい誰が、何の目的で。
そんな中、新たに発見された紐状生物により、事態はさらに混乱していく。
ワームと名付けたそれは、未知の技術だった。
中身を開くと、疑似体液と電子線によって作られた機械生命体であることが分かった。
しかしその使用目的も、量産方法も、製作者もわからぬまま。
小型の個体から発せられる微弱な電波により、母体となる存在が明確になったころ、それは起きた。
本隊の全滅。
ワームによる襲撃で壊滅した先遣隊の立て直し。
任務続行の命令。
小さな疑問をいくつも残し、それでも懸命に、バートレット隊は働いた。
一人でも多く、生かすために。
「リンク完了。神経接続」
「…視界良好」
目を開くとそこは真っ白な空間だった。
「データをもとに電子世界を3D空間へと変換し知覚できる情報としてお渡ししています」
「つまり、歩こうと思えば…」
意思に応じて、バートレットの身体は現実と変わらず歩み始めた。
「ここは電子空間です。あなたの意思を尊重し、実現します」
「なるほど…」
広い空間を、前方へ向かって駆けだす。
周囲を白い壁に覆われた空間は、トンネル状に道となり、前方へ果てしなく続いていた。
勢いをつけて走り出したバートレットは、一歩強く踏み込むと大きく跳躍する。
人間を超越した動きで跳ねた体は、軽やかに宙を舞う。
「理解した」
着地と同時に今度は両腕をおろし、身体から力を抜く。
バートレットの身体は地面に降りることなくそのまま浮遊した。
ここは電子の世界。彼の身体は実在せず、重力もない。
空を飛ぶなんてことも簡単で、しかし、実際飛んでいるわけではなく、電子信号となってどこかの配線、あるいは電波となって辿っているだけだ。
知覚で理解を深めると、シンクロ率が上昇する。
どこか空洞だった体の節々が、次第に自分のものだと強く認識するようになった。
「目標は?」
「ナビゲートしています。直進していただければたどり着けます。が」
前方に、黒い影と行く手を阻む電子シールドが展開する。
「妨害を視覚化しています」
「要は敵を倒せってことだな」
「理解が早くて助かります」
「武器は」
「手になじむものを用意します」
簡易スーツを纏っていただけだったバートレットの身体に、戦闘用ボットがフル装備で与えられる。
視覚デバイスまで、馴染のものだ。
「なるほど、面白くなってきた」
「一つ忠告しておきますが…」
この空間で死ねば、現実世界のあなたも死にます。
説明を聞き終える間もなくバートレットは引き金を引いていた。
地上。
ワームの襲撃を受けたラスカたちは、始まった時と同じく、突然止んだ攻撃に、ただ茫然と立ち尽くすしかできなかった。
施設はボロボロ、全員ボットの下に来ていたアンダーウェアのみの姿で、瓦礫と化した施設と、ルーカスを飲み込んだまま球体となり、動かなくなったワームの繭を眺める。
施設を破壊していたワームは、突如攻撃をやめたかと思うと、ルーカスを残して地面に潜り、消えてしまっていた。
「あの…」
「あ、ああ、すまん」
抱きかかえていたクエンスから声を掛けられ、慌てて降ろしてやる。
司令塔の彼女を含め、ラスカを拘束し働かせていたアウトサイダーズはみな、成長期も終わらない少年少女だった。
「行こう」
「行くったって、どこへ…」
歩みだすクエンスにラスカが尋ねる。
クエンス以外の部下たちも、縋るような視線を彼女に向けるばかりで、立ち尽くしたまま動けない。
全てを失って、絶望から座り込んでしまった者もいる。
「船どころかボットもない」
「空に帰る手段なんてどこにも…」
「そもそも、上の連中が生きてるかさえわからないのに…」
先ほど見せつけられた光の帯。それが地上から放たれた対宇宙兵器だということは、誰しもが理解していた。
見上げた先で、明るい空でもくっきりと分かるほど、大きな爆発があったのも見えていた。
「父さんは生きてる」
強い口調に、部下たちははっと息を呑む。
「それに、上がどうなってるかなんて関係ない。私たちは、私たちに今できることをする」
「で、でも、空に帰る方法なんてないよ」
「生きるためなら、拠点を構築して、上からの助けを待った方が…」
「あの爆発で上に余裕なんかあるわけないだろ」
言い争いを始めた子供たちに、ラスカは感心した。
クエンスの言葉で彼らはすっかり士気を取り戻していたのだ。
あの幼さで、リーダーの資質を備えている。
改めてクエンスを見る。
成長もままならない、先ほどまで己の腕の中に納まっていた少女はけれど、地面にしっかりと足をつけ、堂々たる姿勢でまっすぐに立っていた。
ボットを着ていた時とかわらぬ、強い意志を感じる立ち方で。
「地上でのんびりしている暇なんてない」
クエンスの言葉を裏付けるように、地面が揺れた。
「対宙砲をあれだけ使ったんだ。星に影響がないわけがない」
「とにかく急ごう」
「立て」
座り込んでいた者に、側に居た仲間が手を差し伸べる。
やがて全員が立ち上がり、争うように瓦礫へと駆けだした。
「強いな」
「ゴミ漁りこそ、私たちの本職だ」
それで、とクエンスはラスカを振り返る。
「君はどうする?」
立ち尽くしたまま、動けずにいるのはもう、ラスカだけだった。
「…手伝っても?」
「今、手伝いを願おうと思っていたところだ」
ふ、とクエンスは年にしては大人っぽくニヒルに笑う。
「手伝ってくれないか?」
「よろこんで」
動けずにいたラスカはようやく、一歩を踏み出した。




