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It’s my life  作者: やまと
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電子の海


首の後ろに強い衝撃。

身体ががくりと揺れるのを、感覚だけで拾う。

無数の細い触手が、首の裏を伝って脳髄を犯していく。

辺りを埋め尽くす無数の光の粒が、線となって後ろに流れていった。

やがて辺りは真っ白に染まる。

脳みそをスプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚の中、ルーカスはしっかりと、スプーンをつかみ取った。

―…捕まえた

震えない喉は声を発することなく、けれどはっきりと言葉を形作った口元は、不気味なまでにしっかりと弧を描いて笑っていた。



火山地帯。

戦場となった焼け野原で、勝者であるはずの黒いボットはしかし、灼熱の中で行われる事後処理に、さながら地獄の様相を呈していた。

回収されていく遺体と、装備品。

何よりも、近くの鉱山地帯から採掘されたアニエス、超圧縮エネルギーの鉱石は、地熱を利用した打ち上げ装置により宇宙に送るため、ひとところに集められている。

常に、奪うことでしか資源を確保できないアウトサイダーズにとってはお宝の山。

消沈した意識をなんとか奮い立たせて、せっせと仕事に励む。

ふと、作業をしていた男の一人が、足元の揺れに気づいた。

また地震か。

活火山地帯ということもあり、この辺りはよく揺れる。

とくに、アウトサイダーズに一矢報いようと作業員たちが起動させた爆撃のせいか、火山活動が活発になっているようだった。

不定期に地面が揺れ、どこかで黒煙が上がる中、瓦礫の山をかき分けてたどり着いた集積場から目当てのものを回収する。

自爆による爆撃がもたらしたのは破壊だけではなかった。

磁場の影響により周囲との連絡手段が経たれ、厚い雲に覆われた空はその先の宇宙との通信を邪魔していた。

はぐれてはまずい、と作業していた男は、思っていたよりも長く、激しくなっていく揺れの中、仲間の元を目指す。

しかしその視界は、地面から噴き出した黒い集合体に飲み込まれた。

各地で作業していたアウトサイダーズに突然襲い掛かったのは、ワームと呼ばれる未知の生命体。

強いエネルギーを感知し、襲ってくる謎の紐状生物だと、報告されていたはずなのに、ステルス機能を装備した戦闘機や地上制圧車両なども、無関係に襲われていく。

銃声が鳴り響き、悲鳴と破壊音があたりを覆いつくした。

ボットを脱げ、と指示できる人間はここにはもういない。

地面から次々と湧き出す黒く細い生物を前に、現場の指揮を執っていた老齢の男は「なぜ」と絞り出すようにこぼした。

地面を移動するあの生物は、地下にマグマの流れる火山地帯では活動できないはずだ。

活動できるなら、とっくの昔にアウトサイダーズも、作業員たちもまとめて引きちぎられていなければならない。

「この短時間で、急激に進化したとでもいうのか…?」

苦々しく吐き出す男は次の瞬間、湧き出したワームの一軍に背後から胸部を貫かれた。



森の中、腕にまとわりつこうとしていたワームが突如、制御を失ってほどけていく。

一瞬、自由になったのだと気づけないまま硬直していたディルクだったが、我に返るとすぐさま、先に飲み込まれたリックの方を振り返る。

ディルク同様、突如ほどけた拘束に、地面に放り出されたリックの名を呼びながら側に駆け寄り、ヘルメットをのぞき込んだが、すでに手遅れだった。

震える腕で、物言わぬ躯となった彼をその場に寝かせると、数瞬、呼吸にすれば二度、深く、吸って吐く、を繰り返したディルクは、弾かれたように立ち上がると、振り返ることなく走り去った。



地中。

熱や音を信号として感知する。

地上で行われていた激しい戦闘や、人々と動物が逃げ惑う足音、木々が風に揺られるざわめき、水が陸へと打ち寄せる音。

そして、己よりもっと深く、地中奥、深くから聞こえる、脈動のような振動。

強いエネルギー周波を受けると、理性を引きちぎられるような強い衝動が覚醒して、破壊以外の命令がはじき出される。

殲滅すべき対象の元へ狙いを定めると同時に、緩和させるような柔らかい信号が届いた。



地中を流れる星の息吹、熱源から吸い上げたエネルギーを蓄積した体内の圧縮を開放する。

あふれ出したエネルギーは行き場を求めて、導かれるままに一点に集中していく。

身が砕けるような衝撃を受けながらけれど、遥か彼方、大気圏外から届く信号だけを信じて、狙いを定めた。

解き放つ。そのためだけに己が生まれたのだから。

そこには何の疑問もなく、意思もなく、ただ、理性、あるいはプログラムと呼ばれるものだけが動いていた。



思考し続けろ、という命令を忠実に実行して、敵対象殲滅に必要な作業を計算する。

蓄積されたエネルギーを砲として射出し続けるだけでは、届かない。

特定、ハッキングにより判明した、衛星軌道周辺に居る敵性対象が今後、どのような反撃に出てくるかをシミュレートする。

地上に降りてくるならば問題ない。殲滅は可能である。

しかしこのまま、届かない場所にとどまり続けられた場合。

行かねばならない、あの遥か彼方へ。

届かない、あの場所へ。

そのために必要なものを、すぐに用意しなければならない。



脳へと次々と送られてくる信号を、ルーカスはほぼ同時に、複数を受け止めていた。


森を進み地中を思考し空へ届け敵性対象を…



同時に押し寄せる圧縮された情報をしかし、ルーカスの脳は驚異的な処理力を持って掌握した。

首の回路からつながったワームの電子信号に、自分の思考を流し込む。

宇宙空間で、独自の発展を遂げたルーカスの脳が、未知の領域を展開した。

覚醒。

眠っていた部分が目覚めることをそう指すならば、厳密に言えば差異はある。

けれど、ルーカスのそれは、覚醒と呼ぶのがふさわしいともいえた。

心臓を動かす。肺を膨らませて息を吸う。細胞単位でエネルギーを循環させる。

脳が無意識の中、自動で行っていたすべての機能を放棄して、つながった未知の領域に活動の全てを捧げた。

常人ならば発狂して脳が限界を迎え、身体機能の停止と共に死に至る現象。

だが、ルーカスには突然変異ともいえる高度な思考能力と、ナノマシンと呼ばれる寄生体の存在があった。

脳が放棄した生存本能を、寄生体であるナノマシンが宿主を死なせないための共存本能でカバーする。

肌から、粘膜から、直接酸素を取り込み脳へ運び続けた。

心臓に電気信号を送り動かし続けた。

視覚機能を放棄し、脳に直接送られる電気信号により受信した広範囲の能力は、ルーカスの脳内で真っ白な空間の中に複数の窓口に移る別々の映像として映し出される。

火山地帯にのさばるアウトサイダーズを潰して、壊す。

地中を進むワームの信号で索敵を広げ、森を彷徨う作業員たちに道を示し、作業員たちを襲う兵士たちを圧殺する。

海を揺蕩う巨大生物に寄生したワームが、穏やかな水音を届ける。その近くに、ルーカスとラスカが発見したのと同じ正方形の巨大サーバーが沈んでいる。

鈍く音を立てるそれは、巨大生物にとっては安らぎの波動によく似ていた。

対中砲の準備を進める地中兵器に、ワームを伝ってたどり着く。

地中に根を張るように伸びた先から、星のエネルギーを吸い上げるように収集し続けている巨大な兵器。

敵を倒せと繰り返す信号に介入し、内側から自壊へと導いた。

轟々と音を立てて、リンクした地中から伝わった命令が、自己崩壊を推し進めていく。

傷を負えば修復するのと同等に、けれど、大規模に行われた延命作業はしかし、ナノマシンの限界をとうに超えていた。

粘膜という粘膜から、死骸となったナノマシンが黒い粘性の液体として排出されていく。

ルーカスの身体がある周辺のワームは、ルーカスの意思よりもナノマシンの本能に侵されているのか、宿主の身体を守るようにしてかごを作り、ルーカスをその中へと囲い込んでいた。

溺れる。

海中を漂っていた巨大生物の苦しみが伝わった。ワームの補助により回遊を続けていた生物が、補助を失って泳ぎ方を忘れたせいだった。

ふつり、糸が切れるようにつながりが解ける。

もうルーカスには、巨大生物がどうなったかわからない。

周囲に映し出されていた各所の映像が、一つ、また一つ、徐々につながりを失って消えていく。

黒く消失するものもあれば、存在そのものが失われるものもある。

「いるんだろう」

次々とつながりが失われ、己の思考機能が消失していく中で、けれどルーカスは正気のまま、虚無の中へと問いかける。

超人でさえ耐え切れぬ巨大な負荷。もはや人間では到達しえないその領域に、超越したとはいえ人間であるままのルーカスが、在り続けられるはずがない。

物言わぬ強大な、巨大な、尊大な存在を、ルーカスは感じ取っていた。

地中を進むワームも、巨大生物に寄生するワームも、兵器として己を運用するワームも、人間に例えるなら血中を流れる赤血球や腎臓、肝臓といった無意識に運用される機能の一部にしかすぎない。

彼らを統括する脳にあたる存在。

この星そのものを支配する、統括的意思のような存在がある。

いっそ、星の意思とでも呼べるような存在が、なぜルーカスに力を貸すような真似をしたのか。

「とって食いやしねぇ」

もはや指先一つ動かせないルーカスは、思考だけで語り掛ける。

無数の外界に繋がっていたはずの空間は、リンクが途切れて真っ白になり、ルーカスはなにもないそこに浮かんでいる。

身体からは、無数のワームに囲まれ、寄り掛かるように眠っている感覚だけが情報として伝えられていた。

目を開けているのか閉じているのか、手を握っているのか開いているのか、眼球が動いているのかさえもわからない。

ただの意識体として、ルーカスは何もない空間に浮かんでいた。

自分に寄り添うように、気配を消して補助をする存在を、ルーカスは知っていた。

身体を流れる寄生虫のように、己の生存本能で動く生物とは違う、無機質な補助。

器用に、不器用な気遣い。

己のよく知っているそれに、よく似た別の何かは、ルーカスの呼びかけにわずか反応のような刺激だけを寄越して、信号を潜めた。

怯えか、恥ずかしみか、遠慮か。いっそいじらしいほどの反応に、ルーカスは吐息のような笑いを零す。

意識がゆっくりと溶けていくのがわかる。

体内の活動を維持していたナノマシンが限界を迎え、全て流れ出てしまったのを察した。

このまま眠るようにすべての機能が停止することは明白だった。

それを人間は死と呼ぶのだと、知っていた。

背に感じる無機物の感触へ、ルーカスは最後の力を振り絞り、頬を寄せる。

「いるんだろ…」

返事は返らない。

腕にまとわりつくワームの感触。足に、腰に、負担をかけぬようにと優しくまとわりつくそれらは、どこか抱擁に似ていた。

「へん、じにし、ちゃぁ…」

ずいぶんロマンチックなことをするようになった。

そのすべてを思考化することなく、ルーカス・キッドの脳は機能を完全に停止した。



「信号受信、解析完了。いつでもいけます」

「やりやがったか」

とんでもねぇやつだ。知っていたが。

つぎはぎで創られた長い椅子に横たわりながら、報告を聞いたバートレットは驚愕も浅く呟いた。

地上に残る作業員たちの総司令官という座を、繰り上げという形で手に入れてしまった不幸な男。元は生態調査部隊の隊長に過ぎなかった男は今、たった一人、暗い地下のシェルターにて四肢を投げ出している。

見上げた天井の先には、無力化されたワームの束。

伸びた先は無造作に散らばり、もう一方は編み込まれ、繋ぎ合わされ、より合わさった先端が、横たわるバートレットの後頭部へと繋がっていた。

なけなしの遮断材で覆われた狭い箱の中、つながる扉は地上へのエレベーター一つ。

無造作に部屋の隅に追いやられたわずかばかりの生活用品。

壁一面には、ノアのコアシステムをコピーしたものが敷き詰められている。

ルーカスという天才が、幸運と強引で引き起こした奇跡を、バートレット達は今、自力で引き起こそうとしている。

いや、逆か。

バートレットが時間をかけてようやくたどり着いた方法を、ルーカスという天才は閃きと己自身の有能さのみで実現させてしまったのだ。

先を越された。

けれどバートレットの胸中は嫉妬よりも哀れみが占めている。

ルーカスのとった行動は、独断先行だった。

彼の本来の任務は、宇宙から高みの見物を決め込む敵の本部隊を強襲すること。

たった一人で大業をこなせる才能がルーカスにはある。

天才、という言葉だけで表すには、あまりにも優秀過ぎる彼。

体液を無数の蟲に侵される少年。

隊員同様、軍人として専用ユニットで育てられたバートレットにとって最後まで、ルーカスという男は守るべき一般人の端くれだった。

惜しいことをした、と思う。

時代が違えば、あるいは、見る者が見れば、ルーカスはきっと、大勢の人間から尊敬を集める数少ない偉人たちのように扱われただろう。

それが、こんな宇宙の片隅で、誰に知られるわけでもなく、生涯を終えるなんて。

そう仕向けたのは、自分のくせに。

「始めても?」

ネガティブに傾きかけた思考を遮って、脳内に直接電子音声が響く。

ワームの神経侵略機能を使い、すでにバートレットとノアのメインコアは接続済みだった。

思考は直接ノアに伝わっている。

「行こうか…」

バートレットの言葉を合図に、身体を捨て、コアのみの存在になったノアが、繋がっているすべてのシステムを起動する音が響く。

「保護壁パージ、神経接続を開始します」

「ああ、しまった」

「問題ですか?」

「いや」

最後にあいつのコーヒーを飲んでおけばよかった。

咄嗟に浮かぶ思考を、ノアはしっかりと受信する。

バートレットの口内に、苦い味が広がった。

「彼の味を再現するには至りませんが」

「いい性格になった」

「恐縮です」

すでに直接神経系統を掌握しているノアにとって、味覚を操作することなど簡単なことだ。

けれどそれは、命令を実行したというには少しばかり、人間で言う嫉妬や嫌味を思わせる行動だった。

「システム起動」

外壁を取り払ったことで、遮断していた周囲との接続が回復する。

膨大なエネルギーを追って、ルーカスの支配から離れたワームが本来の機能を果たすべく彼らの元へ引き寄せられる。

しかし、それらがたどり着くよりも早く、無力化されていたワームのコアを通して、ノアはルーカスの残した信号を頼りに、ハッキングを仕掛ける。

「ターゲット補足」

「ダイブ開始」

起動音を立てると同時に、バートレットの身体が小さく跳ねる。

ぎゅっと強くこわばったからだから力が抜けるころには、彼の意識は電子の世界へと旅立っていた。


一周年ありがとうございます

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