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It’s my life  作者: やまと
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コミュニケーション


必要な部品をそろえて、なお、作業台を借りようとしたノアを無視してリヒトは受け取ったスクラップを全て抱えて治療室へと戻る。

そこにゼインの姿はなく、代わりにケリーがいた。

「こんにちは、ドクター・ケリー」

「こんにちは、ノア」

ゼインは昼食へと出かけ、ケリーは当直として待機していたようで、手持無沙汰に薬の在庫を書き留めたりしていたが、慌ただしく入ってきた二人の様子に興味を持って手を止める。

「やはり作業効率を考えるとあちらで作業台を借りるべきです。なにか理由があるなら教えてください」

ノアの質問にけれど、リヒトは答えず、持ち込んだスクラップで部品を作るために、ポータブルの工具や、代用品の準備を進めている。

言葉を代え、何度もリヒトを説得し、理由を尋ね続けるノアが、さすがに哀れに思えて、ケリーは仕方なく、何があったの、と尋ねた。

「なるほど、とても複雑な問題だわ」

「解析します。できるだけ多くの情報をお願いします」

「ええ、ええ…けれど、うーん」

いったい何から説明したものか。

人間同士のコミュニケーションがとても複雑なのはもちろんだが、特に今の特別な状況と、癖の強すぎる人物たちを、このAIにどう説明したらいいものか。

「人にはパーソナルスペースというものがあって…」

「理解しています。プライベートな距離感というやつですね。個人差があり、広すぎても、狭すぎてもいけないと記録しています」

「そう、それで…」

どう話を繋げた物か、言いよどむケリーの言葉を、陽気な声が遮った。

「よう、ロボ公。カウンセリングか?」

「こんにちは、ミスターザック」

ノックもなく、と言っても自動ドアが故障していて開きっぱなしなのだが、入ってきたのはザックだった。

ザックはまっすぐリヒトの方へ向かうと、並べられたガラクタを見てさっそく、楽しそうだな、とからかう。

「パズルゲームか?腕の調子を直すリハビリにはよさそうだな」

軽口をたたきながらも、手の方は的確にリヒトのサポートをこなしていた。

集めたガラクタから必要な部品を生み出すためにはまず解体して使えるパーツを取り出すところからだ。

片腕をギプスで固めて三角巾で吊っているリヒトでは、ねじを回すのにも一苦労である。

ドライバーを差し込まれた部品が動かないように抑え、留め具が外れて二つに分かれたうちのどちらが必要なのかリヒトの手つきから判断して、また押える。

息の合った作業であっという間にスクラップを解体して必要な部品を取り出す様を、ノアのカメラはしっかりと捉えていた。

「まだかかりそうか?」

三つ目の部品を解体し終えて、取り出した部品を組み合わせようとするリヒトに尋ねるが、彼は答えずに黙々と作業を続けた。

「今のペースだと六時間ほどかかります」

代わりに答えたノアはさらに、自分がドッグの作業場を使えれば半分の時間で済むことも付け加えたが、ザックは視線すら寄越さなかった。

「飯に誘いに来たんだが。ま、どうせ来ないと思ってたからいいけどよ」

と言いながら、胸ポケットから栄養補助食品のバーを取り出し、ついっとリヒトの目の前に差し出した。

すると、今まで黙々と作業を続けていたリヒトの手が止まる。

「別に食事なんてどこでもできるし?」

これ見よがしに見せびらかせば、ザックの腕の動きに合わせてリヒトがようやく顔を上げる。

「欲しいか?」

それまでの集中は何だったのかというほどあっけなく、リヒトは頷いて見せた。

「ったく、ピスタチオチョコレート味なんてお前ぐらいしか食わねぇぞ」

呆れたように言いながらザックは、バーを開封してリヒトに持たせてやると、もう一方のポケットから自分の分と水筒を取り出すと、蓋を開けて机の上に置く。

作業用の椅子に座るリヒトと、行儀悪く台の上に座ったザックは仲良く食事を始めた。

もくもくと硬い栄養補助食品を咀嚼する二人に、一瞬の沈黙が漂う。

「つまり、彼らにとって面子というのがとても大事で…」

器械をいじる騒音が無くなると、静かになった部屋ではケリーの声だけが残る。

彼女は何とか複雑な人間の感情を言語化しようと頑張っていた。

ザックとリヒトのやり取りをカメラに記録していたノアだが、同時にケリーの音声情報もしっかりと記録してある。

改めてケリーの表情を読み取ったAIは、眉間の皺や視線の動き、身振り手振りから、類似人物に「言い訳をする子供」と「知ったかぶり」を並べた。

けれど、声の熱量から、彼女の必死さも読み取り、情報精度には七十パーセントがつけられる。

「もちろん、そういう美徳だというだけで、本当に命より大事かは人それぞれよ。だから本気にしてはいけないわ。それと、それと…」

「まどろっこしい言い方してるなぁ」

苦言を呈したのはザックだった。

口の中に残っていたものを水筒の水で飲みこんで、乱暴に口元をぬぐう。

「そいつ高性能なんだろ?そんな遠回しな言い方しなくても伝わるんじゃねぇの?」

「いくら高性能でもデータは必要よ。特にあなたたちみたいなのを相手にするにはね」

「俺たちが厄介だって?」

「そうは言ってないわ。その、ちょっと複雑ってだけよ」

「面倒くさいってか?俺たちほど素直な人間はいないけどね」

「欲望にって意味かしら」

「わかってるじゃねぇか」

「喧嘩ですか?仲裁しましょうか」

ケリーの声に怒気を感知したノアの声が間に挟まる。

あくまでも呑気な電子音声に、二人は毒気を抜かれてため息を吐いた。

「やっぱり高性能は違うね」

じゃあ俺、行くから。と、リヒトに言い残して、ひらりと台から飛び降りて、後ろ手を振りながら出ていく。

「褒められました」

「ノア、言いにくいけれど、あれは皮肉よ」

「理解しています」

ノアは立ち上がると、先ほどザックが居た位置に移動して、中断していたリヒトの作業を代わりに進める。

優れた演算能力はそれでも、ドッグにある作業台を使った方が早いと訴えていたが、ノアは構わず手を動かす。

「一つ教えてほしいことがあります」

「一つでいいの?」

食事を終えたリヒトがノアの作業工程を予測して、必要な部品を横に並べるサポートを始める。

ノアは正直に、一つずつしか質問ができませんと答え、リヒトもなるほど、と答えた。

「ここの優先順位を再定義する必要があるようです。私の古いデータには人命が最優先と定義されています。その計算で行くとどうしても、医療器具の修理が最優先と演算されてしまうため、それを解消したいのです」

「間違っているのは優先順位ではないよ」

「では、何でしょう」

「ここの人間の耐久度」

「耐久度…」

ノアのAIは素早く「人間」という存在についてのデータを呼び出す。耐久度についての項目は、とても複雑な数式が絡み合っていた。

心と体の密接な関係がより複雑さを助長しているようだった。

「怪我をするのが悪いんだ」

「不可抗力よ。気をつければ防げるものでもないわ。まして今の状況では…」

「いいえ、ドクターケリー。彼の言う通りです。修正する数値を理解しました。熟練度と耐久値の項目を修正します」

「え、ええ…」

数値を修正し、再び演算が始まる。新しい計算では、怪我の危険性が下がると同時に、食糧危機やエネルギー危機、資材不足の深刻さの影響で、基地外活動の優先順位が上がり、とうとう医療機器の修理と逆転した。

「演算域を星外まで広げることは無意味でしょうか?」

「本社の利益と衛星軌道に残った人達くらいなら入れてもいいと思うけど」

「理解しました」

再び変数を書き加え、新たなフォーマットが形成されていく。

「言語域の再構成に協力していただけますか?」

「必要ないかな」

「残念です」

「今のままで十分だ」

「翻訳が必要です」

「…多すぎるくらいだ」

「理解しました」

会話を聞いていたケリーが思わず、ふふ、と笑みをこぼす。

これほどまでに遠回しの「うるさい」を彼女は聞いたことが無かった。

部品を組み立てる間二人は時折、そういう会話を繰り返し、そしてとうとう部品が完成すると、すぐに修理に取り掛かろうとするノアを置いてリヒトは、寝る時間だからと部屋に帰っていった。



指令室のモニターには森林の真ん中に置かれた機械が映し出されている。

特に何の機能も持たないそれは、ただエネルギー反応を垂れ流すためだけに設計されたおもちゃだった。

「始めろ」

リードの号令に従って、クルーの一人が数値を読み上げながらだんだんと出力を上げていく。

じわじわと発行を強める機械はけれど、突如として地面から飛び出したワームに無惨な姿へと変えられた。

「信号、ロスト。周囲のカメラもやられたようです」

画面には反応なしの文字が空しく映し出されているだけ。

周囲には、やっぱり、だとか、そういうことか、といった声がさざ波のように広がっていった。

「結論、としていいのでしょうか」

リードの問いかけに、司令官の椅子に座ってずっと沈黙を守っていたバートレットは、低く唸るように、

「だろうな」

と返した。



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