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It’s my life  作者: やまと
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さよならも言わずに


わずかな揺れに気づいて艦橋への扉を開けると同時に、オペレーターの悲鳴のような報告と警告音が鳴り響いた。

「地上に高エネルギー反応!」

「レーダー照射あり、こちらをロックオンしています!」

無線越しと、階下から伝わる緊張した音声に、デイビットの反応は早かった。

「全員衝撃に備えろ!」

無線を船内の放送につなげて言い放つと同時に、地上から放たれたエネルギー砲により、巨大戦艦は撃ち抜かれる。

強い衝撃。幸いにして、デイビットの居る司令室に直接的な被害はなかった。

「状況は?」

「Aブロックを貫通、損傷は…軽微、ですが、周辺ブロックから空気が漏れ出しています」

「安全装置作動、ブロック閉鎖。死傷者は、多数」

「救助を優先、機体の修繕を急がせろ。くそ、地対宙砲だと…」

「ありえない。机上の空論だ」

地上から、衛星軌道より遠い場所に居る敵を狙う、地対宙砲。

星を拠点にし始めた人類により考案された兵器。

戦争を禁じていたとはいえ、常に脅威と戦う上では必然だった結果だが、運用は幻だった。

莫大なエネルギーを使う上に、威力を支える星に対して、強い反動があるためだ。

星への影響を失くせたとして、膨大な威力ゆえにその大きさも規格外。

兵器と呼ぶにはあまりにも重すぎるその存在は、いつしか幻影として人々の中で噂される程度となった。

そんなものが、アウトサイダーズの欲していた兵器だというのだろうか。

「そんなはずは…」

だとしたら、とんだ無駄足だ。

地対宙砲は多くの場合、その大きさ故に、星から持ち出すことは不可能。

つまり、デイビッドに与えられた、兵器を回収せよという任務は達成不可能となった。

今、重要なのは任務だけではない。

対宙砲が運用にまで至らなかったもう一つの理由。

それは、ターゲットをロックオンすることの難しさだ。

宇宙を探るためのレーダー。

大気のない宇宙であれば有用な長距離索敵レーダーも、地上では役に立たない。

もちろん、地上から宇宙を索敵する際も条件は同じのはずだ。

宇宙から地上の細やかな状況を探知できないのと同様に、あちらからもこちらの正確な位置を特定する術はない。

「ネズミめ…」

船の中に、スパイが紛れ込んだのは間違いない。

「ボス!」

「なんだ!!」

「コントロールが利きませんっ」

「なんだと?」

混乱するオペレーターが震えながら説明する。

「わ、わかりません。こちらの信号を、何一つ受け付けなく…」

「救助はどうなっている?」

「それは、問題なく…」

報告に、ますます混乱する。

戦艦すべてのコントロールを奪っておきながら、自爆や誘導を行うわけでもなく、救助を妨害するわけでもない。

侵入者の真意はわからないが、動くなら今だ。

「レイス!」

機関室を任せている仲間を呼び出す。

Aブロックに近く、運搬口もあるそこは、阿鼻叫喚だった。

吸い出された仲間の救助と、修繕を一手に担っている。

艦のコントロールが効かない今、こちらから手助けできることはほぼない。

「なんだ、今忙しい!」

「わかってる、機関室はどうなった。誰が見てる?」

「隔壁が閉まって若造が一人閉じ込められた。救助に手惑ってる」

「そいつがネズミだ!始末しろ!」

乱暴に言い放って無線を切ったところへ、オペレーターの悲鳴が再び響き渡る。

「ボス!」

「今度は何だ」

「地上から、高エネルギー反応!今度は複数ですッ」

「バカな…」

一発でも莫大なエネルギーと、強大な反動をもたらす飛んでも兵器を、そんな風に乱発できるはずがない。

今は、艦のコントロールすら失っている状況だ。

そんな状況で、狙い撃たれたら、なすすべはない。

「全隊員離艦準備…」

「ボス」

「撤退だ!」

言い捨てて、デイビッドは早足に司令室を出る。

「ボス、どこへ?」

「機関室だ。俺が直接ネズミを始末してやる」

「そんな、無茶だ…あなたも脱出を…」

言いかけるオペレーターの言葉を無視して無線を切る。

振り切られたオペレーターはしばらく呆然と立ち尽くした。

「ボス、どうしてあんな…」

普段はもっと冷静で、こんな状況で艦を投げ出すような人物ではなかった。

仲間を絶対に見捨てない、頼れる上司だったはずだ。

「地上部隊が全滅したからだ」

「えっ」

仲間の声に驚いて、オペレーターはようやく、視界の端に映る別部隊の情報を呼び出し、目を通す。

地上で何が起きたかはわからない。

爆発の影響で断続的に送られてくるそれぞれのボットのバイタル情報しか取得できない状態だった。

そのうち、地上で活動している部隊で生き残っているものはほとんどいない。

地上部隊に、デイビッドの娘が在籍していることは、誰しもが知っていることだ。

オペレーターは呆然と、大型画面に映された星の映像を見やる。

恒星の光を受けて青と白が混ざり合い、淡く光る美しい星から、全てを焼き尽くすエネルギーの帯が伸びた。



レイス、と呼ばれた機関室のリーダーとデイビットの会話を、ノアはシステムを通して全て受信していた。

誤作動に見せかけて硬く閉じた扉が、こじ開けられようとしている音がシステムと、そして直接空気を伝って届く。

長居はできないと理解しつつも、ノアはここを離れるわけにはいかなかった。

とばっちり、と現状に最も近い単語が検出される。

彼らの会話内容は、この攻撃事態がノアを含む軍人、つまりはアウトサイダーズの敵による攻撃だと断定していた。

密偵であるドクターケリーはワームについてどのような報告を行ったのだろうか。

機密に触れる部分を丸ごと秘匿した場合、なるほど、昆虫や害獣と同列に数えた生物に、宇宙を攻撃できるほどの戦力があるとは到底思い至らない。

冤罪を嘆く余裕はしかし、今のノアにはみじんもなかった。

地上から浴びせられる攻撃から、この舩、だけではない、周囲を護衛する艦隊全てを守らなければならないのだ。

観測される高エネルギー反応の距離と位置を正確に計算する。

先ほど、ぎりぎりでかすめた砲の弾速と合わせて、回避に最適なタイミングと方角を導き出す。

全てのコントロールを担うメイン艦であるこの舩から、周囲の船のコントロールはすでに掌握済みだった。

同時並行で行っていた救助活動の様子に思考を割く。

ノアが勝手に動かす危機に皆、戸惑っている。

―…人間を、なめるなよ

メモリー内の音声がリプレイされた。

この状況を打開するために最も有効な言葉だと、心理プログラムが導き出していた。

人間を、守れ。

もっとも重要で改変不可能であるプロトコルが強く作用する。

死なせてはならない。守らなければならない。

誰を?人間を。

ハッキングしたカメラに映る、危機的な状況に陥った人間。

側に居たボットを操って救助活動をする。

もっとも最適で適切な行動。

今にも分厚い壁を打ち破って突破しようとしている気配がする。

危機的な状況にある彼らを見捨てることはノアにはできない。

見捨てることは、できない。

けれど、もう一つできることがあった。

「信じます」

誰に伝わることも無く、電子音声が漏れる。

人間を信じる。

彼らが死なないと、信じる。

信じるに、値する。

必要なデータとプログラムを残して、いや、託して、ノアはすべてのコントロール権限を手放した。

「出てこい、ネズミ小僧!」

漸く壁をぶち抜いて、レイスは機関室に押し入った。

しかし、そこはすでにもぬけの殻。

「くそ、逃げられた。俺は救助活動に回る。あとはてめぇでなんとかしな」

旧友であり上司でもあるデイビットに無線を繋ぐのと、全てのコントロールが復帰したという知らせ、星から放たれたエネルギー派が周囲の護衛艦に向かって放たれたという知らせが、同時に届いた。



「撤退だって?」

最初の砲撃で鳴り響いたアラームと、緊急時マニュアルに沿って宇宙服の着用を終えたチーフは怪訝な声をあげる。

友人でもあり上司でもあるデイビットは軽率に任務を放り出すような男ではない。

チーフの元にも、彼の娘からの信号が途絶えている情報は届いていた。

知らない子供ではない。

今すぐにでも地上に連絡して安否を確認したい気持ちもあるけれど。

「離脱しよう」

「兄さん!まだ、救助者が…」

先の接触で砲が貫通したブロックでは今、必死に救助活動が行われている。

地上に対して反撃する術がない以上、救助活動が最優先だ。

「だからだよ」

チーフは迷わず、隣へとつながる部屋のドアを開ける。

そこは、操縦室になっていた。

「医療室のあるこのブロックを守ることが医療班である僕たちの仕事だ。怪我人の受け入れ準備と並行して、安全を確保しないと…」

言って、起動した画面に映し出された光景に、一同は息を呑んだ。

地上から放たれた砲撃が、周囲を護衛していた船を削り取っていく。

「そんな…」

ケリーが、がっくりと崩れ落ちる。

目の前が暗くなるのを振り切って、チーフは震える指先で何とかパネルを操作した。

「医療ブロック、離脱する。職員とけが人は速やかに隔壁内へ移動してくれ。繰り返す…」

音声が自動で繰り返される間に、チーフは椅子に操縦席に座って慌ただしく操作を続ける。

ゆっくりと立ち上がったケリーが、副座に座った。

「手順は覚えてるかい?」

「え、ええ…」

素早い手つきでシステムを起動する二人だったが、しばらくすると部屋にアラームが鳴り響いた。

「まずいな。破損部位が引っかかって切り離しが上手くいっていない…」

「近くのクルーに応援を…」

「いや、救助が優先だ。ここからそう遠くないし…」

振り向いた先には、緊急マニュアルなど知らず、立ち尽くすしかできないリヒトとザック。

「頼めるかな…?」

遠慮がちな声に、断る理由などない。

「現場に着いたら無線を…」

「了解」

話半分に聞きながら、二人は駆けだす。

ボットを装着したザックと、宇宙服だけのリヒトは酷く頼りなかったが、エンジニアでもあるリヒトに頼むしかない。

ケリーは酷く心配そうに二人を見送った。

「大丈夫かしら」

「信じるしかないさ」



託された二人は廊下を走る。

生身のリヒトを気遣って、ザックは何度も振り返った。

すれ違ったやつらは誰も彼も自分と救助者に手一杯で二人を怪しむ暇もない。

故障個所へつながる道の前にはすでに、異変に気付いたクルーが作業を始めていた。

「どうなってる?」

「向こう側に破片が刺さって空気が漏れている。緊急隔壁が下がって開かないんだ」

ドアの横で一人がパネルを操作し、他の二人は何とか隔壁をこじ開けようと必死に壁と格闘している。

「ここを開けたらまずい」

呟いたのはリヒトだった。

ザックもすぐ、それに気づく。

「この扉を壊して閉まらなくなったら船として動かなくなっちまう」

「じゃあどうしろって…」

「どこかから回り込むんだ。急がば回れっていうだろ?」

すぐに地図を呼び出して、周辺の地理を把握する。

どうやら分離するブロックの隔壁はどこも二重扉になっているらしい。

「俺たちが行く。アンタたちは分離に備えて持ち場に戻ってくれ」

「…わかった、頼む」

機材を放り出して男たちは散って行った。

先に駆けだしたリヒトを追ってザックが部屋に飛び込む。

離脱後に作業用の出入り口となる扉を開けると、一気に空気が吸い出された。

外壁と外壁の隙間になる空間は、すでに空気が全て抜けきり、真空の状態。

慎重に身を乗り出すと、互いの重力装置が干渉しあって体が浮く。

宇宙空間の無重力とも少し違う重力空間を抜けて、二人は破片の突き刺さる問題個所へと急いだ。

破片はDブロックを貫通して深く到達していたが、幸いにも大きさはそれほどでもなく、ザックのボットの力があれば簡単に引き抜くことができた。

破片を宇宙空間に投げ捨て、大きな裂け目から部屋の内部に侵入する。

ほとんどは空気と共に外に吸い出され、固定された家具以外は残っていなかったが、倒れた椅子の残骸が、二重隔壁のこちら側が閉まるのを妨害しているのがエラーの正体だった。

近寄ると、塞ぎきれなかった隙間から、空気が漏れる音が聞こえる。

「よっこら、せ…」

残骸を除去すれば、隔壁が閉じ切り、エラーを知らせるランプが消えた。

通信でチーフを呼び出し、離脱を指示する。

大きく船が揺れて、よろめくリヒトをザックが支えた。

「ごめ…ザック?」

自分を支えたザックの、見慣れないボットの腕が後ろから抱きしめるようにリヒトに巻き付く。

「ごめんな、ハル」

祈るような声と、優しくヘルメットを撫でる指。

その名を呼ぶ意味を理解しているはずなのに、リヒトは往生際悪く、いつものように、別の意図があるのではないかと深く言葉の意味を探ろうとした。

すぐに振り向いて、手を伸ばしていればきっと、フックショットを伸ばして外へと飛び立つザックを引き留めることができていたのに。

「ザック!なんで…」

機体が大きく揺れて、リヒトはバランスを崩した。

今度は受け止めてくれる人が居ない。

尻もちをついて、揺れに耐えるリヒトの耳に、ザックの無線が届く。

ザックは外壁を伝って機関室の残る、破損したDブロック側にわたっていた。

ワイヤーを駆使して、裂け目から身をねじ込み、亀裂を伝って作業用入り口を目指す。

「お前の居場所はそっちだ。あいつらなら、お前のことを大事にしてくれる。俺たちと居るよりもずっとな」

ザックの所属する社会は、リヒトには優しくしてくれない。

でも、ここなら。アウトサイダーズなら、リヒトを、いや、ハルのことを家族として受け入れてくれるはずだ。

社会人として、足手まといと言われながら生きていくよりもずっといい生活ができる。

「俺は、そっちじゃ生きられない」

そしてザックは、どこまでも社会人だった。

彼らのように、他人を家族として扱えない。

彼らのように、大事なものをたくさん抱えられない。

彼らのようには、生きられない。

ザック・レリスは一人じゃないと生きられない。

自分の半身を失うような喪失感に、何度も耐えられない。

もう、これ以上何も失いたくなかった。

無線にチーフから、離脱完了の報告が入る。

「協力感謝する。僕が言うのもなんだけど、気を付けて」

「やっぱりわかってたか」

「これでも、一応医者なんでね」

ザックの正体が侵入者であること、チーフはとっくに見抜いた上で、逃亡の余地がある作業を任せた。

任務を放り出して逃げる可能性もあったというのに、ずいぶんと信用されてしまったものだ。

遠ざかる医療ブロックの影を目の端で見送り、作業用出入り口の、二重扉の一枚目を開いたザックに、ああそれと、と追伸が入る。

「彼のこと、頼んだよ」

「彼…?」

意味深な声に聴き返したザックだったが、答えは背後から迫って来た。

虫の知らせ、のような気配に振り向いたザックの眼前に、足の裏。

飛び込んでくる勢いのまま蹴りを入れられ、ザックはあっさりと吹き飛ばされた。

二重扉の外側が閉まり、気圧の調整をして反対側が開く。

重力の働く船内になだれ込んだザックの上には、宇宙服姿のリヒトが乗っかっていた。

「お前、なんで…」

リヒトはボットもなく、簡易船外活動用制服のみで外壁を伝い、ザックの居た作業用出入口へと飛び込んできたのだった。

揺れる船、しかも離脱中のそれから、宇宙空間を飛び越えて、反対岸へとたどり着くのは容易ではない。

執念、と呼ぶにふさわしい強い意志だった。

「逃がすもんか」

もつれあっていた体を解いて、床に伸びたザックの上から覆いかぶさるように床へと手を付き、リヒトは己のヘルメットをザックの黒塗りされた半透明にこつり、とぶつけた。

スモークに阻まれながらも、鋭い目つきがお互いを見つめていた。

「僕の人生を君が決めるな」

「…お前」

「僕が足手まといって言うなら…今ここで殺して宇宙に捨てて」

「できるわけねぇだろ」

「だったら、連れていくしかないね」

「…ったく、しゃあねぇなぁ」


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