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It’s my life  作者: やまと
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最優先事項


強い振動と、続くエラー音に、食事と雑務処理を同時進行していたリヒトは重い腰を上げた。

一手間で終わる宇宙服の装着も、慎重を強いられる二重ロックの搬入口も、何もかもが“独り”を誇張させて億劫だった。

安全ベルトが絡まないように気を配り、定期的にエラーを確認する自動音声に荒く返して目的地を目指す。

就航パネルと回転翼に奇跡的に引っかかったその異物は、研究のほかに虚無を持て余していたリヒトの興味をそそるには充分の代物だった。

搬入口にギリギリ入る大きさのそれを引きずり込む。

中に持ち込むとその大きさはより現実味を増した。

詳しく述べるなら、あまりの重量に負けて重力装置を切って運ばざるをえない状態に肩を落とした。

それでも、研究室の真ん中に鎮座したそれを前に、リヒトはかつてない興奮に見舞われている自覚がある。

キット、水のない星で一本の給水筒を見つけた人物はこんな気持ちだ。

彼方からの旅人を乗せた脱出ポットの表画面に表示されているのは、アンノウンの文字。

旅人が生きているのか、物言わぬ躯になっているのかもわからない。

量子力学の先駆者が行った、非道な思考実験が頭をよぎる。

思考実験にモラルが問われるかは知らないが。

彼らを非難することはできない。

彼ら同様、あるいは彼らよりもっと非道なことをしようとしている。

彼らよりもっと、外道なことをしてきた。

詰られても構わない。殺されても構わない。

憎しみでも、怒りでも、なんでもいいからただ、応えてほしかった。



友人の様子を心配しながら、ハイボール片手に無機質な廊下を歩き、本来自分があるべき場所に帰る。

D3ブロック医療室。

処置室も含めたその部屋を訪れる、病める者たちの治療こそが、この舩で与えられた自分の仕事である。

「ただいまぁ。って、あれ?」

部屋の中には、繋がれた友人の弟と留守番を任せたケリーだけのはずだった。

見慣れた黒のボット姿の来訪者に、きょとんと眼を丸くする。

「いらっしゃい。どうしたの?怪我?それともどこか具合が悪い?」

ボットの婦長はここではなくC棟のエンジニア室だよ、とおどけてみせながら、手に持ったアルコールをさりげなく死角に置く。

怪我をするような危険な仕事をしている時間ではないし、体調を悪くするような運行もしていない。

持病があるクルーはリストを把握していて、彼のことは記憶になかった。

「まずは症状を教えてもらって、あ、その前にボットを脱いでもらおうか」

「ち、違うの」

診察モードに入ろうとするチーフを、ケリーが止める。

「この人は、あの、私の護衛…いえ、見張りを…」

「え…?」

しどろもどろにケリーが説明する。

ザックは動揺を隠して曖昧に礼をした。

友人はそんな話はしていなかったけれど、と思いながら、彼の優秀な部下たちの中には、護衛だか見張りだかが必要だと判断した者がいるのだろう。

頭に疑問符を浮かべながらもチーフは、じゃあ、とリヒトに向き直る。

ベッドの側に固定垂れた椅子に座り、身をかがめて繋がれた腕に触れた。

「怪我はない?」

「大丈夫です」

「ごめんね。彼も本当はこんなことしたくないんだろうけど、用心はするに越したことはないからね」

「わかっています」

リヒトをここに拘束したのはリヒトを守るためもあるのだろう。

生き別れた兄弟を見つけ、咄嗟に基地へと連れて帰った。

リーダーとしてはいささか私情に流され過ぎている。

けれど、とチーフは思う。

「家族を大切にするのは、当然のことだからね」

社会という枠組みに所属できなかったはぐれ者達が集まってできた組織がアウトサイダーズだ。

システムによるつながりのない彼らにとって、家族という仕組みは何よりも優先させるべきつながりだった。

「さて、君の今の状態だが」

おもむろに、チーフは腕につけた端末を起動させる。

薄く映し出された立体モニターには、画質の悪い拡大写真と、簡単な説明が並んでいた。

「君の血中にはナノマシンと呼ばれる寄生虫が住み着いている。赤血球や白血球と共に血中、リンパ管中を自由に移動する彼らに、どんなプログラムが施されているか我々には到底理解できない」

そして、と指を滑らせると、画面はリヒトの顔写真とプロフィールが映る。

「今は、リヒト・テイラーと名乗っているそうだね。この身分について、聞いても?」

「……」

リヒトは考えるように俯いた。

情報を出し渋っているわけではない。単純な理由だ。

「話せば、長くなります」

「うーん、だろうね」

と、チーフは苦笑して、さらに端末をスライドさせた。

「経緯の方はさほど重要じゃない。名前を変えたところで、君が他人になるわけじゃないからね。ほら」

表示されたグラフが、折り重なる。

「遺伝子が君たちを兄弟だと証明している。不思議だろ。この広い宇宙で、遠い昔に離れた兄弟が再会するなんて。けどね、実のところよくあることなんだ。運命を感じた、って連れて帰ってくるから、調べてみたら同じユニットの出身だったり、卵子、または精子が同一だったり。つまるところ、兄弟って話なんだが…」

「そんな、でも、同じユニット出身者が出会う確率は…」

「ほとんどないって?社会ではそう。というよりゼロだろうね。けれど、逆に考えてみなよ。同じユニットで育ち、同じ教育を受け、似たような成長を遂げた人間が、思うままに生活して、ばったり出会わない確率ってどれくらいかな」

「…質問が不明瞭だ」

「ごめん、ごめん。ま、つまるところ、似た者同士が好きなように生きていれば、必ずどこかで嗜好が重なるはずなんだ。それを全くゼロにできるのは、社会というシステムが成せる技ということさ」

「社会が、意図的に接触を断っている?」

「正解。さすが、彼の弟というべきかな。理由は複数あると思うけれど、一番の目的は、結束させないためだろうね」

「結束…」

「そう。群れによる反逆を、あれはなによりも嫌っている。宗教やスポーツを奪ったのも、チームプレイを少しでも減らしたかったんだろう。僕らを、システムを実行するプログラムの一つに留まらせるためだ」

まあ、あくまでも憶測だけどね。とチーフは付け加えたが、説得力はある。

人間を統制するためのプログラム。あらゆるデータを管理するシステム。

リヒトとして暮らす間、ハルもその恩恵を最大限受けていた。

必要な場所に必要な人材を。

仕事の斡旋から住居の確保、摂取する栄養素すら、システムに依存していた者は多い。

膨大な人間の流れ全てを管理していたとしたら。

すっと、背中が冷たくなった気がした。

「辛気臭い話はこれくらいにして」

チーフが表示していた画面を消す。

「長くなってもいいからさ、君のこれまでをおしえてくれるかい?家族のことは、知っておきたいからね」

「兄さん!」

「なんだよ、ケリー。君も知りたいだろう?」

「かぞ、く…?」

「そうだよ。君のお兄さんと、僕たちの姉さんが結婚したからね」

「けっこん…?」

「永遠の愛を誓い合った二人が家族になる儀式のことさ。まぁ、残念ながら姉さんは事故で二年前に…あ、でも、二人の間には娘がいてね」

「むす、め…?」

「君たちを迎えに行った、というわけではないけれど。地上で指揮を執っているリーダーがいただろう。クエンス、という名前でね。君たちに似て綺麗な黒い瞳の、かわいい娘さ」

君や僕からすると、姪になるね。

さわやかな笑顔で言われても、残念ながらすでにリヒトの思考は情報量の多さにパンクしてしまった。

兄、姉、姪、と、スクール時代に習って以降使っていない単語の連発に、さすがのザックも少しばかり頭が痛くなる。

ちょっと待ってくれ、そういえば今、ケリーとこの男が兄妹だという事実も発覚した。

ということは、あれだ。

リヒトとケリーも、血の繋がらない姉弟ということになるのだろうか。

混乱を極めながらザックとリヒトは、互いに助けを求めるように見つめあい、そしてどちらからともなく、お手上げだと言わんばかりに小さく頭を横に振った。



医療室で家族トークが繰り広げられているのをザックのボットを通して記録しながら、見張りとして廊下に立ち続けていたノアにも行動するときが来た。

「交代だぞ。なにか変わったことは?」

近づいてくる交代要員に、軽く顎をしゃくって中を覗くよう促す。

室内には、ザックの服を着せられ、顔を包帯で隠された、元見張りの男が意識を失った状態で転がされている。

「よっぽどボスを怒らせたらしい」

ノアは自分が入室した時に録音した、元見張りの音声を無線越しに流す。

「死なせるなだとよ。手厚く手当するとボスの気に触れるからほどほどにな」

「なるほどね。ま、触らぬなんとかにってやつか」

ことわざの正しい文が索引に引っかかるが、あえて訂正をせずに、肩をすくめる動作をする。

後は任せたと、言葉なく軽く手を上げその場を離れる。

面倒な手順だったが、これでまだしばらくは、ザックの脱走が発覚することはない。

だから、早く会話を切り上げて、本来の目的を遂行してほしいのだが、雑談は終わる気配がない。

手が必要か。

ザックのボットの視界画面に文字だけで表示する。

彼の眼が文字列を追い、リヒト達に移り、そして画面が左右に少し揺れた。

必要ない、という合図なのは、間違いなかった。

彼のおかれた状況を再計算し、プランBを組み立て、送信する。

ザックの視線が文字列を追うのを確認しながらしかし、ノアの計算式は、彼がまだしばらくあの場から動かないことを理解していた。

システムの裏で録画を続けつつ、ノアはノア自身の任務を遂行するために行動を始める。

ノアの目的はこの大型宇宙戦艦の制圧だ。

もちろん、武力行使でどうこうできるものではない。

あえてノアが単身で乗り込んできたのは、あくまでもシステムを奪い、彼らの行動を封じるためだった。

命令を下したのは、地上に居るリードだ。

リードがルーカスに作戦を伝え、ルーカスがノアに命令を下したのだが。

もちろん、簡単にできる任務ではない。

戦艦すべてのコントロールを奪うには、強固な保護プログラムを相手にせねばならないし、ノアが人間ではないことが知られるだけで、任務は失敗したも同然だ。

あくまでも人間らしい動きを保ちつつ、足を速める。

怪しまれてはいけない。目立ってもいけない。

周囲の人間の移動速度、視線、進行方向、全ての言動をサーチしつつ、目標の場所を目指す。

C棟のエンジニア室、とそこに繋がる貨物ドッグ。

メインエンジンの管理と格納された船外機の管理を一手に担うその場所は、操舵室を脳とするなら、心臓とも呼べる重要な機関だ。

「お前、何しに来た?」

入室そうそう、おそらくこの場のリーダーだと思われる人物に呼び止められる。

「手が空いてるならここを手伝えと言われて」

普段使っている音声より、少しおとなしめの少年風に加工した音声で答えた。

相手が幼いと勘違いした男は、強かった言を少し弱める。

「何ができる?」

「機械なら一通り。教え込まれたので…」

「そうかい、ま、とりあえず、もうすぐ集団が返ってくるから準備しとけ」

哀れっぽく語尾を絞れば、同情が返る。

心理予想プログラム通りの結果に、ノアは苦労なく内部へ入り込んだ。

男の言う通り、しばらくしないうちに船外活動を終えた小型機が一斉に帰投する。

「目標は発見できず。無駄足だったぜ」

周囲に隠れているはずの、開拓者たちが使っていたステーションを奪取するのが彼らの目標だった。

バートレットの指示で四つに分割されていたステーションのうち二つは、運悪く彼らが出現した空間のすぐ近くとセンサー内を旋回していたためあっさりと見つかって、鹵獲されている。

内部の人間がどうなったかは正確にはわからないが、彼らが保持していたであろう荷物が入庫された記録を、ノアはすでに入手していた。

慌ただしく入庫を進める人々に紛れ、少しずつ目的の位置に移動する。

最後の一隻が無事接地したのを合図に、意図的なエラーを表示した。

「なんだ?」

突然鳴り響いたアラームに、一同に緊張とざわめきが走る。

「確認してきます」

ノアは一番に声をあげ、アラームの聞こえる奥の機関室へ向かった。

本来ならば新人が入れる場所ではないだろうが、エンジニアたちはエラーの原因を探るために、目の前の機体をくまなくチェックするので忙しい。

誰に咎められることも無く、メインサーバーへつながる危機がむき出しに置かれた機関室に滑り込んだノアは、システムに繋がるコネクターに、自身の接続器を伸ばした。

まずはアラームを止めると、ドッグの方からざわめきが聞こえる。

「どうだ?」

無線越しに問われて、んん、と考えるような声をあげながらも、接続したメインシステムを乗っ取るためのプログラムを即興で組み上げていく。

「アラームは止めましたが、肝心のエラー部分が不明瞭で」

もっともらしいことを言う間にも、シーケンスは次々とクリアしていく。

「もう少しで、原因にたどり着きます」

たどり着こうとしているのは、メインシステム内部なのだが。

ドッグの連中は、エラーを見つけるのに夢中で誰もノアを覗きに来ない。

内部で直接繋げたシステムのセキュリティは甘く、あっという間にハッキングが成功する。

ノアの近く機能にあらゆるデータが逆流してくる。

船内のいたるところに設置された防犯カメラの映像が同時に表示された。

メインエンジンの稼働率、周囲を飛び回る味方機。あらゆる情報がデータの奔流となって押し寄せてくる中、ノアの割り込んだシステムから、警告が放たれる。

「地上に高エネルギー反応!」

オペレーターの音声もばっちりと聞こえていた。

艦長の名を呼ぶ声が木霊する。

「全隊、身を守る体制を取れ!」

艦長の声に、ただ事ではない空気を察したクルーたちは、一斉にそばにある柱や壁にしがみついた。

カメラでそのすべての行動を把握するのは難しかった。

与えられた任務、戦艦の奪取を上回るプロトコルに従って、ノアは発見したメインシステムを強引に乗っ取り、船を操った。


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