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It’s my life  作者: やまと
40/61

特別


宇宙生活において、体格というのは人格を推し量る指標として大きな意味を持っている。

瘦せていたり、背が低いということは、それだけで生存確率を落とす弱者として扱われる。

しかし、それ以上に、規格外の大柄というのは、文字通り肩身の狭い人生を送ることになる。

ラスカ・ロレイドはまさに「肩身の狭い人生」を送って来た。

素体遺伝子の影響で大柄な体格に生まれたユニットの中、唯一、ギリギリのところで「規格」から外れてしまったラスカは、ユニット仲間からも、担当職員からも「手間がかかる生き物」として扱われてきた。

一人だけ特別大きな衣服、一人だけ特別大きな道具。何もかも、一人だけ特別に用意される人生。

残念なことに、それを「スペシャル」と割り切れるほど、心の方は広くなかった。



腕の中で呻く声に視線を落とす。

もぞもぞと居心地を確かめたリヒトの瞼が震えて、ゆっくりと持ち上がるのを静かに待った。

「起きたか?」

吐息の様な繊細さで語り掛けると、困惑したような視線が返る。

「充電が切れたみたいに寝ちまったから、皆心配してたぞ。大丈夫か?」

事の経緯と、今の状況を簡潔に伝える。

輸送されたリヒト達は、運ばれた居住区の一画に押し込められていた。

連れてこられた他のやつらも、ばらばらに押し込められていたのが見えていた。彼らが一区画に十数人押し込められているのに比べると、自分たちはこの広い空間を四人で使えることを喜ぶべきだろう。

話しているラスカとリヒトの正面では、ザックの首元にルーカスがかじりついている。

正確にはそう見える、というだけで別に歯を立てているわけではない。

嫌そうに首をそらすザックはけれど、絶妙な角度で小さなライトを自分の首に向けており、両手を細かく動かすルーカスをサポートしていた。

「…っしゃ」

ぴん、と音がして、ルーカスが小さく呻く。最新の注意を払って、ザックの首元、取りつけられた黒いチョーカーから、小さなかけらを抜き取った。

リヒトは無意識に自分のチョーカーに触れる。

特殊な素材で作られたそれは、指を入れる隙間もないほどぴったりと肌に吸い付いていた。

皮ともプラスチックともつかない素材には複雑な構造で配線が組み込まれ、リヒト達のうなじに取り付けられたボット操縦用チップの使用を阻害するほか、抵抗したり外そうとしたりすれば爆発により装着者の命を奪う機能も付いている。

ルーカスが取り出したのは、爆発するためのエネルギーとなる部分だった。

「これで一応、爆発はしねぇが、チョーカーを外せばあいつらにバレる。普通に撃ち殺されるだけだからな」

おとなしくしてろよ、と付け加えるルーカスの手には、ザックの首元から取り出した小さなかけらが三つ。

ルーカス自身のチップは、取り出せなかった。

「それにしても…」

バツが悪そうに自分の首元を撫でながらルーカスのチョーカーに目をやったザックは続ける。

「いったい何がどうなってやがる」

質問の規模が大きいな、とラスカの膝から体を起こしながらリヒトは思った。

ザックの悪い癖だ。質問の主語が曖昧で、答えに困る。

「現状の整理という意味で言うならば、計画は君らが思っているよりも順調だ」

応えたのはラスカだった。

計画。

アウトサイダーズに対抗するための計画は、そのほとんどが計画と呼ぶにはずさんな、受け身の戦略だった。

リヒト達は、戦うという選択肢すら放棄したというのに。

「森が燃えてた」

輸送機に押し込められる直前に見た光景。

あれでは、せっかく見つけた拠点候補も、区画分けした生物の分布図も役に立たない。

山狩りに追い立てられた避難者たちの末路は、保護ではなく駆除だろう。

「やつらの狙いは資源じゃねぇだろ」

「……」

手際よく工具をまとめたルーカスは、それを自分の足首に隠した。

ザックの遠回しな詰問にも、応える気配はない。

「どういうつもりだ。お前ら、何を考えてる?」

「よせ」

「ザック」

「おそらく彼らも、何も知らない」

ザックの怒りを抑えたのは、ラスカだった。

「知らない、だと?」

「そうだ。彼らは、何も伝えられていないんだ。君らも聞いただろう。軍人のほとんどは先の大規模な襲撃で殉職している。彼らがなぜ生き残ったか想像したことは?」

「そりゃ…任務で…」

歯切れが悪い。問い詰めるような言い草だが、思い当たれという方が無理な話だ。軍人の仕事なんて、一般作業員が知るようなことじゃない。

「俺たちの仕事は害獣駆除。軍の中でも特殊部隊に位置している。厳密に言えば開拓チームとは別の所属だ。生態調査班の末端として組み込まれ、初期の拠点構築が終われば撤収する予定だったんだよ」

ラスカの言葉をルーカスが引き継ぐ。

「だが、この星は初期調査の時点でだいぶイカれてた。脅威となる大型生物も多かったしな。特に、水中の哺乳類は、ありゃあだめだ。手に負えない。俺たちは開拓どころじゃねぇって報告を上げたが、黙殺された」

「黙殺だって?」

「ままあることさ。作業員はいくらでも補充が利く。追加でお前らが来ることも決まっていた。なにより、無茶しておつりがくるほどの資源が転がってたからな」

「最初から、開拓するつもりなんてなかったのかもな」

広大な自然も、生物の営みも、奇跡の水も、見る者が見れば、どれもただの資源。

「それに加えて、どうやら中央の連中には俺たちに知らせてない別の目的があった。ワームの出現は誰にとっても予想外だったんだよ」

渋い表情でルーカスが言う。

「中央が壊滅してすぐ、大規模通信で撤退の意思を伝えた。けど、上層からの返事はノーだ。援軍が到着するまで現状を維持しろとのお達しに、俺たちはおとなしく従ったってわけさ」

「援軍ってのは、俺たちじゃないぞ」

ラスカが補足する。

リヒト達はあくまで補充。ルーカス達が待っていた援軍は、残念ながらアウトサイダーズの襲撃に間に合わなかった。

「中央の連中が抱えてた任務もわからねぇ。俺たちにはアクセス権限がなかったからな」

「それで…旧拠点に…」

「半分あたりだ」

ルーカスは肩をすくめる。

「あれはどっちかというと、メインサーバーにアクセスする方がおまけだよ。そういう意味ではお前らは百点の成果だったぜ」

「どういう意味だ?」

「…ノアを使う予定だった」

「ルーカス、よせっ!」

飛びかかるようにラスカが二人の間に入った。

突き飛ばされたザックはあっけに取られ、組み敷かれ、口を塞がれたルーカスは、呆れた表情で肩を落とした。

「誰でも、よかったのか」

続きを拾ったのは、リヒトだった。

空白だったピースが埋まり、曖昧だった全貌が現れる。

それは決して、望んだ真実ではないけれど。

「ノアはリスクが高すぎる。どれだけデータを抜いたとしても、奪われる情報は、数字だけじゃない。ノアの自立プログラムを盗まれたら…」

「ちょ、ちょっと待てよ、何の話だ」

ザックの声が裏返る。最悪の真実を彼も薄々察してるようだった。

「何故かやつらは起動しているノアに見向きもしなかった。むしろお前らの方に執着していた」

口を塞いでいた掌を外して、ルーカスが説明を続ける。ラスカはもう、咎めることをあきらめていた。

曖昧な情報を想像で補うよりも、真実を知った方がいい。

「それでも、ノアには人間を最優先に保護するプログラムがあった。あれはむしろ奇跡だった。ノアが無事帰還し、当初の目的も全て果たした」

「やめろ!」

叫んだのは、ザックだった。彼にはその権利がある。むしろ、友のために叫べない自分を、リヒトは悔やんだ。

「そんなことが、あってたまるか!あいつの、アレックスの死が予定通りだなんて、そんなことが…っ」

「おかげでやつらの心臓のありかがわかった。あいつは立派に役に立ったよ」

「てめぇっ!」

「止せって!」

とびかかろうとするザックをラスカが抑える。

ルーカスはひどく煩わし気に、頭をかいていた。

「あなたは…」

自分が思うよりずっと、低い声が出た。

唸るような声が本当に自分のものか疑いながらもリヒトは、ルーカスに問う。

「あなたはあの日、どんな気持ちで僕たちに、あのヘルメットを取って見せたんですか」

口ぶりからして、ルーカスはアレックスの死に深くかかわっている。

事実、寄生されたアレックスが“巣”に戻るのを追跡したのはルーカスだ。

ならばあの日、まるで他人事のようにアレックスの死を笑い、ヘルメットを取って瓜二つのその顔を見せつけた時、いったいどんな感情でいたのか。

「…忘れたね」

「てめぇ!」

「止せって」

「……」

すぐそばで怒りをあらわにするザックに比べて、リヒトに沸き上がったのは怒りの感情ではなく、深い悲しみと、哀れみだった。

「わからなかったんだ」

「……」

「それとも、何も感じなかった?」

ルーカスは答えない。リヒトの言わんとすることを察したザックも、怒りを消沈させた。

「僕たちで、確かめたのか」

「……言うねぇ」

いつもの、皮肉たっぷりの笑いに、力はなかった。

ビーコンを追いかけたあの日、いつも通りの任務に感情はなかった。

信号の主がアレックスであることも、彼が自分と同じユニット出身で、外れユニットだと揶揄されながらもともに苦労しなんとか卒業したことも、記憶には残っていた。

任務の間はそこに私情を介入させないのは当然だった。

けれど、任務が終わった後、ルーカスは人生で初めて、己の無感情に戸惑った。

頭の片隅で、理性が、お前は悲しんでいるのだと訴えている。なのに心は少しも悲しんでいないのだ。

心が死んでしまったのだと、ひどく冷静に、理解した。

「害獣のプロによる分析を言わせてもらえば、やつらは生物じゃない」

「じゃあ、何だっていうんだ」

「俺たちはあれを“兵器”じゃないかと仮定した」

「兵器?いったい誰が…」

「誰が、いつ、何のために。あらゆる想像を一旦無視して、あれが「兵器」だとすると、上層部や浮浪者共の行動にも説明がついた」

兵器。言葉にするのは単純だが、その意味は重い。生物だと思っていたワームたちは、誰か、あるいは何かが、明確な意思を持って攻撃するための無機物だというのか。

「やつらの目的は間違いなくワームだ。上層部の目的もな。あれをどっちが作ったとか、何でここに、とかはこの際いったん無視だ。いずれにせよ、中央が持っていた情報にアクセスする術はない。俺たちが真実にたどり着くことはない」

賢明で、大胆な判断だ。真実を一切無視して、事実だけで計画を立てる。

自分たちの所属する組織が秘密を抱えていたと知って、その判断ができるだろうか。

少なくともリヒトは、自分には無理だな、と舌を巻いた。

「俺たちの任務は一つ。一人でも多く空へ返す。それだけだ」

一人でも多く。

「なのにお前らときたら…」

地面がわずかに揺れた。

採掘班の自爆が、地震活動に影響を与えたのだろうと、どこか他人事のように思った。


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