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It’s my life  作者: やまと
38/61

崩壊

その日はあっけなく訪れた。

奴らの最初の一隻が亜空間を抜け、ステーションの観測レーダーに映ってから、衛星軌道を掌握し、地上に向けて降下するのに、自転一周もかからなかった。

「火が海みたいだ…」

「詩的だな」

隠れ家として構築した洞窟から、双眼鏡で各地点を覗いていたリックは、まるで他人事のようにつぶやく。

遠くから爆音が響き、少し遅れて地面が揺れる。

「噴火じゃないから、爆撃かな」

火山地帯を観察していたナイルの報告に、すでにリードは応答する気力を失っていた。

「持ちこたえている方じゃないか」

「本当にな。噴火のタイミングがよかった。うまくコントロールしたんだろう」

「明日までもつか?」

「どうだろうな。保って明日だ。それまでに起爆しなけりゃこっちから信号を送った方がいいだろう」

報告を分析したのはディルクとカルロだった。落ち込んだ様子のカルロが視線をやったのは、自決用の爆弾に起爆信号を送るためだけに作った装置だ。

火山地帯の方には暗黒が立ち込めていて、時折狂ったように赤い反射光が瞬いている。

激しい戦闘が行われている証拠だった。

彼らが眺めているのは火山地帯ばかりではない。

反対側ではリックが燃え盛る森を眺めていた。

特に報告できることはない。ただ、森が燃えているだけなのだから。

「酸素濃度に影響が出そうだな」

「しばらくは休息時もフルフェイスだな」

嫌そうに呻きながらリックが地面に寝転がった。

遠くの方では未だに爆音が鳴り響き、地面はわずかに震動していた。



降伏を意味する宇宙共通記号が記された平野に、次々と武装兵が降下してくる。

ホバリングする飛行機体は、型こそ古いものの、軍部が使う最新機体にも性能が劣らないように見える。

少なくとも、宇宙域と大気圏双方で稼働可能な飛行機は多くない。

侵略者は、想定していたよりもずっと大規模なことを示していた。

「おら!頭を下げて這いつくばれ!」

正面入り口を開けて堂々と侵入してきた部隊は、メインホールに集まっていた作業員たちを取り囲むように左右に分かれる。

四隅に陣取って銃口を作業員たちに向ける隊員と、施設内を調査する部隊に分かれると、リーダーらしい男が中央の受付作業台に飛び乗って、身を低くした作業員たちを見下すようにねめつけた。

遠くから爆発音が聞こえる。どこかの施設、ドアの一部が壊されたのだろう。

中央ホールの脇にある、軍人用エレベーターには、二人組が張り付いて何やら器具を駆使してハッキングを試みている。

恐怖からか、自室にこもっていた作業員や、愛着のある作業場に縋りついていた作業員ら全員が、武装した兵士たちに誘導され、中央ホールへ集まってきた。

「君らの判断は懸命だ。我々も無駄な労力は使いたくない」

もったいぶった口調で、受付テーブルに乗り上げた男が言う。

他の兵士たちと同じ黒い防護服に、顔が見えないほどしっかりとスモークの入ったヘルメット。

辛うじて、他の兵とは違う多機能ベストを身に着けていることで、彼だけ身分が違うのがわかる。

周囲を取り囲む兵士たちは、スモークの入ったヘルメットのせいで見分けがつかない。

「さて、その様子だとすでに説明は受けているようだ」

浮浪者による侵略行為、略奪行為の可能性。

作業員たちの冷静な対応に、男は感動しつつも不愉快げに唸った。

「実に遺憾だ。君たちは本当に優秀で従順な作業員だろうに。本当なら全員を保護して我々の船で大事に育ててやりたいのだけどね」

厭味ったらしい物言いは、本能的な嫌悪感を呼び起こす。

この男の言うことを素直に聞きたくない。聞いてはいけないという気持ちが沸き上がる。

「残念ながら、船にも定員ってのがあるんだ。全員を連れていくわけにはいかないんだ。あとは、わかるよなぁ?」

酷く楽しそうだった。これから目の前の無力な人間をいたぶることに至上の興奮を覚えていた。

男の異常なテンションに対応しきれず、捕虜になる覚悟を決めて待っていた作業員たちにも動揺が走る。

捕虜になると決めたとはいえ、浮浪者になりたいわけでもない。

アウトサイダーズに身をやつしたとして、その先に待っているのは一生他者から略奪し続ける血まみれの人生だ。

行きたい奴を止める気はないが、自分は絶対に行かないとリヒトは心に決めていた。

辺境の彗星をくりぬいて作られた簡易施設の中で暮らしていたあの頃は、宇宙の広さも人の感情も知らずに生きていた。

けれど今は、知ってしまった。社会の広さと、苦しさといとおしさ。

もうあんな生活はできない。

「さあ誰でもいい、てめぇの近くにいるやつをぶち殺せ!一人でも殺せたやつは俺たちの船に乗せてやるぜ!」

「なっ…」

「ばかなっ」

男の狂気発言に、いよいよ作業員たちがどよめきだす。

周囲に目を配り、互いに探り合う。

小さく悲鳴が上がり、疑心暗鬼の中で少しでも他人から距離を取ろうとする者。

混乱は、静かに、けれど確実に広がっていく。

「……」

リヒトは無意識に、ザックの方へ身を寄せた。

必死に周囲に気を配る。

幸いなことに、リヒトの周りにいる作業員たちはみな、状況に混乱、ないしは絶望して、身動き一つとれず呆然と立ち尽くしていた。

全員が息をつめ、お互いを警戒し、一瞬の沈黙が生まれる。

静寂に泥を投げつけるかのように、下衆な笑い声が響いた。

「嘘だよ!マジに殺そうとしててウケるんだけど!」

ゲラゲラと、気に触れる笑い声だった。

作業員たちの間には、安堵よりも先に怒りがこみ上げる。

呆れたようなため息が聞こえたのは、周囲を取り囲む武装集団の方からだったことに、リヒトは気づいた。

「おい、まだかよ!」

先ほどの上機嫌な笑いから一変、苛ついた怒鳴り声が響き渡る。

受付テーブルに座り込んだ男は、エレベーターで作業する男たちの方へ顔を向けていた。

「無理です。開きません」

エレベーターの操作パネルから伸びた端末を弄っている方の男が淡々と返し、それを見守っていたもう一方が、焦ったように二人の男に交互に視線をやる。

「認証コードが手に入らない限り、どの端末だろうと動きませんよ」

言いながら、作業をしていた男は完全にあきらめた様子で、乱暴にコードを引き抜くと、端末と一緒にひとまとめにしていく。

「お前、もっと言い方が…」

こそこそと相棒を注意している男の声を遮って、銃声が鳴り響く。

天井を砕いた一発に、作業員たちはいっせいに身をかがめてしゃがみ込んだ。

「聞こえただろうが」

脅しを多分に含んだ声が静かに問う。

「出てこいやぁ!」

怒鳴り声に返ったのは静寂だった。

リヒトも、作業員たちも、恐怖を混乱が上回り、身をすくめて座り込むしかできない。

エレベーターの先に何もないことはリヒトもよく知っている。

最初の襲撃で軍人たちのほとんどは戦死した。あとを引き継いだバートレット達は、巧妙に行方を暗ませ、残っているのは暫定的に権限を持たされた一部の一般人たちだ。

軍人用の居住地と銘打って建設されている特別区も、実際のところ他よりもセキュリティのいい部屋がいくつかあるだけで、使用していたのはルーカスぐらい。

そんな場所へ続くエレベーターをこじ開けたところで、何が手に入ると言うのか。

一向に動きのない作業員にしびれを切らしたリーダーの男は、とうとう銃口を目の前の作業員に向ける。

「ひっ」

「一人ずつ調べるか?まずはてめぇからだ」

「お、おれは…ちが…」

「違ったら死ぬだけだ」

「そんな…」

「早く行け、おら!逃げても死ぬぞ」

指名された作業員は腰を抜かしたまま、床を這うようにエレベーターへと向かわされる。

恐怖に引きつった声が、うわごとのようになぜ、と問う。

理不尽を絵に描いたらこんな構図だろうか。

逃げれば死。エレベーターが開かなければ死。当然、一般作業員の彼にエレベーターを動かす権限はない。つまり、彼には明確な死が待っている。

ザックの作業服を掴む。今にも一歩踏み出そうとしていたザックは、寸前のところで押しとどめられた。

「待ってくれ」

前に出たのはセルジオだった。

「私なら開くかもしれない」

「ああ?」

「ここにはすでに軍人はいない。みんな尻尾を巻いて逃げたよ」

ルーカスが聴いていたら、骨の一本や二本は覚悟しなくてはいけないセリフだ。

「私をはじめ、何人かには軍事権限が譲渡されている。主に設備やシステムを使用するために与えられたものだから一兵卒のそれにしか相当しないが…」

エレベーターぐらいなら開けられるだろう。

事実。ここに務めている作業員でエレベーターを起動できるのはセルジオだけだった。

普段はルーカスがたまに寝に帰ってくるぐらいで使われることのないエレベーター。

作業員用の寝具より上等なものがあるその部屋を、セルジオは強固な意志で封鎖していた。

「なんでぎりぎりまで隠れてた?」

「そうまでして君たちが欲しがっているものをみすみすくれてやると思うか?」

「…いうじゃねぇか」

ふ、と一瞬笑みを作った男は、しかし、スッと冷酷な表情に戻ると、容赦なくセルジオを殴りつけた。

「…っ」

ザックの作業服を握るリヒトの手に力がこもる。

制しているのが、自分なのかザックなのか、わからなくなった。

「あんまふざけてっとマジで殺すぞ」

床に倒れこんだセルジオは、殴られた部分をかばいながらもエレベーターへ向かう。

操作パネルではすでにコードを接続しなおした男が待っていた。

「普通に動かすだけでいい」

「……」

セルジオは無言で操作パネルに触れる。

信号が受信され、エレベーターが起動すると同時に、男が持っていた端末が反応する。

「…入った」

呟きと共にメインモニターが起動する。

受付の端末がそれに倣い、画面に大量の情報が表示された。

ハッキングだ。

エレベーターを起動するための認証信号をコピーして、メインサーバーにアクセスする権限にすり替えた。

今やこの施設の全ての使用権限が、やつらの手の内となってしまった。

そのことに気づいているのは一部の人間だけだろうか、多くの作業員はメイン画面に映される生態調査データを見上げて口を開けている。

と、部屋中に警告音が響く。エネルギーの使い過ぎを示す警告だ。

「おい、どうした!」

「大丈夫…」

男が静かに返すと同時に、ホールの電気が一斉に落ちた。

暗闇になったわけではない。普段からついていなかった電気だ。

高い位置にある窓から差し込む日の光と、足元と壁の水槽に漂う夜光虫が放つ淡い光で、室内は充分明るい。

しかし、リーダーの男には不十分だったようだ。

「てめぇ、何しやがった!」

ものすごい剣幕で、操作パネルの近くに佇むセルジオに向かっていく。

その銃口は彼の急所を狙っていた。

「ちょっと…」

ハッキングに夢中な男の代わりに相棒の男が前に出た。

セルジオをかばい、リーダーの男を制止するために手を伸ばす。

しかし、かばったはずのセルジオは彼の脇をすり抜けて男に向かって掴みかかった。

反射的に引き金が引かれる。

旧式の、火薬で弾丸を撃ちだす拳銃の、独特の破裂音が響いた。

その瞬間を、リヒトは見ることを躊躇い、視線を落とす。

どさり、と重たいものが倒れる音。

あ、と間抜けな声が響き、続いて、小さくエラーを知らせる音が響いた。

「な、んだよ畜生!」

セルジオの死に伴って、アクセス権限が消滅する。

ハッキングしていた男の作業は中断し、振り出しに戻った。

「何てことしてくれたんだてめぇ!」

「お、俺じゃねぇ、こいつが…っ」

「落ち着けよ」

途端に仲間内でつかみ合いが始まる。

あっけにとられる作業員たちの周りで、武装兵たちもやれやれとばかりに肩をすくめたり首を振ったりしていた。

それでも、恐怖のあまり輪から外れそうになる者には容赦なく銃口が向けられ、群れの中へと押し戻されていた。

「何があった」

冷静な声が、混乱する空間に鞭を打つ。

植物プラントの方角から、新たに武装の違うリーダー格らしい人物が登場した。

部下二人を従え、堂々と歩く姿は、下卑た笑いを上げていた先ほどまでの男とは全く違って品がある。

歩き方と、声の特徴から、女性であることが察せられた。

「進捗は?」

硬いブーツの音を響かせて、組みあう二人の方へ向かった女は尋ねる。

途端に、部下二人はサッと身を引いて恭しく敬礼した。

残されたリーダーの男は、それでも見栄を張って居住まいを正す。

「こいつが反抗的だったから、殺しただけだ」

「データは?」

「あいつらが、トロくてよぉ…」

女は黙って現場を見回す。

倒れているセルジオ、端末に接続されている痕跡。

更に女は、ここに来るまでの間に、一度はハッキングが成功したことに気づいていた。

冷静な思考が、事実にたどり着くまでにそう時間はかからなかった。

「礼を言うよ、ターク」

そこで初めて、リヒト達は男の名を知る。

「お、おう…あとは俺に任せて…」

「いや、この礼は、お前を殺す理由を作ってくれたことに対してだ」

「は?」

渇いた銃声。

ヘルメットと作業服のつなぎ目、最も装甲の薄い部分に正確に押し当てられた銃口から飛び出した弾丸は、顎下から貫通して脳症をぶちまけた。

ヘルメットのバイザーが、真っ赤に染まる。

男、タークの死体がセルジオの隣に並んだ。

「さて、続きをはじめようか」

静かな声音は、目の前で起きた事件などまるで彷彿させない、ひどく穏やかで、けれどどこまでも冷たい声だった。


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