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It’s my life  作者: やまと
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見えない敵


音を立てて閉まった扉を、できるだけ無感情に見つめる。

ザックが心配だ。けれど、自分にできることは何もない、となんとか己を納得させた。

「君は大丈夫かい?」

「…まぁ」

セルジオの問いに曖昧に返すと、横からノアが、

「カウンセリングが必要です」

と出しゃばった。

無言でノアの無機質な横顔を見つめるが、当の本人は素知らぬ顔、かどうかはわからないが、カメラをセルジオに向けたまま動かない。

セルジオが、ふふ、と吐息だけで笑った。

「あまり身構えなくていい。カウンセリングなんて言うと大げさに聞こえるが、要は自分を見つめなおすということさ。心は目に見えない。だから、傷ついていても気が付かない。会話によって、自分の状態を確かめて、必要であれば休む。それだけのことさ」

うっそりと微笑んで、セルジオはリヒトに向き直る。

「この星に来て、一番つらかったことは何かな」

「……」

いきなりか、と身構えつつも、リヒトは記憶をたどる。

「一つに絞れないなら、複数でも構わないよ」

「…色々、ありました。初日から、ずっと」

リヒトは語る。この星に降りた日のことを。

オリエンテーションともいえる最初の任務で、リヒトは仲間とはぐれ地下水路をぐちゃぐちゃに洗濯されながら、巨大ワームと戦闘した。

旧拠点の探索で、ワームの襲撃にあって目の前でアレックスが死んだ。

医療施設に運び込まれた重度の火傷患者。グロテスクな症状を目の当たりにして衝撃を受けた。直後には再びワームの襲撃を受けて、地上数十メートルで宙づりのまま文字通り振り回された。

生態調査班に移動になってからも、苦労の連続だった。

「辛い、とひとくくりにするなら、この辺り。心が苦しいとか、怪我が辛かったとか、物理的に苦しかったとか、細かく分けることもできるけど」

淡々と、事実だけを告げたリヒトだったが、それでも全てを伝えるころには喉がからからだった。普段しゃべらないせいで咽喉の使い方が下手なだけかもしれないが。

「君があの、採掘の…知らなかったとはいえ、礼を言うよ。あれで僕たちの生活水準は飛躍的に上がったからね」

「以前はもっと苦しかったと、よく耳にします」

「ああ、いや、君たちが楽をしていると責めているわけではなくてね」

「理解してます。苦労を語るのは上世代の特権ですから」

これぐらいの会話であれば、これまでもよく同僚や上司となった隣人としていた。

リヒトとして社会に出たころは、配慮もあってか周囲には優しい人が溢れていて、集団生活に慣れていないリヒトを気遣う人がたくさんいた。

軍の研究者が十年隔離され、解放された。事実だけ見れば、一般人にとってそれはドラマチックな展開らしい。

「それにしても」

とセルジオは言葉を繋ぐ。

「君はずいぶん色々と経験したようだ。ここに来てからも、来る前も」

「…他人と比べたことがないので、なんとも」

「すばらしいね」

己の特殊性はよく理解していた。比べたところで、スクール時代の話など持ち出されたところで、リヒトにその経験はない。

「他人と比べない生き方というのは、そうできるものではないよ。人はみな平等というけれど、公平は作れても、平等は作れない」

「公平を作る…」

「それに、真の公平や平等なんてものは存在しないんだよ。どうあがいたって、割を食う人間ってのはいるものだ。どうして自分ばかり、どうして自分だけ。あいつよりはマシ、ああはなりたくない。あいつより得をしたい。エゴだと言ってしまえばそれまでだけれど、人にとってそれは本能ではないかな」

「はぁ…」

気の抜けた返事をしてしまった。

公平や平等について考える。

リヒトは立場的にも、性格や体格的にも、セルジオの言うところの「割を食う」立場になることは多かったと思う。

記憶の中の、あれやそれが、不平等や不公平というのか、わからないが。

「自分は不幸であって当然という思考」

「……」

「トラウマや鬱憤を持つ人間がよく陥るサイクルだ。幸せになってはいけないと思い込むような人間は、想像しているよりもずっと多く居て、けれど周りも、時には本人でさえ理不尽な自分の思い込みに気づかない時がある」

幸せについて考えてみる。幸せとは何だろう。

ただ死んでいないから生きているだけ。死にたくないのは、死ねないのは。

生きろと願い、呪われたあの日。己の人生は己の物ではなくなった。

「どんな罪人でも、許されたと決まったのなら、許されるものだよ」

セルジオの言葉に、ぎくり、と肩を揺らす。

リヒトの投獄歴は、一定のセキュリティを抜けて、許可された者だけが閲覧可能な裏プロフィールの中にしか記されていない。

しかし、所長としてある程度の権限が与えられたセルジオなら、あるいは。

「あまり、自分を責めてはいけないよ」

「…理解は、しているつもりです」

投獄の履歴は知れても、入れ替わりの真実まで察しているわけがない。

セルジオが指しているのは、過去の罪に対するなにか。リヒトには関係ないもの。

「僕はまだ、僕にとっての幸せがなにか、わからないだけです」

己の出自を、人生を、歩んできた道のりを、幸福だったと思ったことはない。同時に、不幸だと思ったことも無い。

リヒトの代わりを生きることに、苦痛を感じたことはない。

今は、まだ。

「それを見つけるまで、死ねないとは思っています」

「君は強いね」

言って、相変わらずセルジオは穏やかに笑う。

言葉の意味を深く追求する前に、背後のドアが空いて、ラスカが出てきた。

「寝かしつけてきた」

「……」

絵面を想像して、言葉を失う。

「あいつなりに覚悟してたんだろ。連絡取れずに勝手に色々決めちまって悪かった」

なぜからラスカはリヒトに向かって謝る。本人にも謝罪はしたのだろうが、なぜ自分にまで。

「こっちも大変みたいだな。改めて、状況確認といくか」

ラスカの指示でセルジオが地図を広げる。

「採掘班はこの辺りで戦闘予定だ」

「火山帯の近くか。考えたね」

「ああ。噴煙が天然の煙幕になる。何とかして地上戦に持ち込もうと必死だよ。それに、この辺りなら多少ドンパチやっても被害は少ないからな」

採掘場は火山帯の側にある。そばと言っても距離はかなり離れていた。

厄介なのは、広い範囲で噴火を繰り返していることだ。

採掘が関係しているかは不明だが、火山地帯は日に日に広がっているようだった。

リヒトが最初に巻き込まれた間欠泉が、その前兆だったというわけだ。

火山活動にも恩恵はある。

アニエス鉱石をエネルギーに変換してあらゆる道具を動かしていた開拓者達だったが、商品である鉱石を消費するのは本末転倒。この星にはワームという脅威もいる。

アニエス鉱石が宇宙で重宝されるのは、少量で莫大なエネルギーを生む効率の良さだ。

ただ、この星には程よい距離にある恒星、さらには豊富な水、木々、火山地帯と、コストはかかるもののアニエスに代わるエネルギー資源が豊富だった。

特に火山地帯には、地中を流れる溶岩のおかげか、ワームが縄張りを作ることがないとわかっている。

採掘班のエンジニアと、派遣された生態調査班の決死の活動によって採掘場の近くには、熱エネルギーを利用して、ワームの干渉なく宇宙へ物資を打ち上げる施設が完成した。

もっとも、人を打ち上げるには安全性が足りない、即席の打ち上げ施設だが。

「打ち上げ施設の技術を応用して、地対空砲だの地雷だの、なかなかデンジャラスなもん開発してたぜ」

「…一人、目を輝かせてそうな知り合いが思い浮かんだよ」

あいにく、リヒトはその人物に出会ったことはないが、ラスカもどこか苦い笑いを浮かべていて、二人が同じ人物を思い浮かべたのが分かった。

「向こうのことは、心配しなくていい。こっちの状況はどうだ?」

「ほとんどの者は降伏を選んだ。地上で暮らしたいという夢は古いらしい」

画面を操作して、作業員リストを呼び出す。

振り分けられた食料と、作業員名簿。

「誰をどこに向かわせたかは、記録には残さなかった。ある程度法則的に進めたし、数も多くなかったからね」

「情報を守るにはそれがベストだろうな」

「地図にはフェイクも多く混ざっている。完璧なマップが完成しているのは、ルーカス・キッドの脳内ぐらいだろうね」

「そいつは今どこに?」

「軍人だ。今頃どこか、森の奥かあるいは宇宙にでも避難してるさ」

「知らなかったの?」

ルーカスの存在感は強烈だ。少なくともリヒトにとっては。

ラスカは軍人であるディルクの副官として長く一緒に居ただろうから、軍人仲間である彼らのことは詳しいと思い込んでいた。

「採掘班で何人か顔見知りにはなったが、あいつらはなんつーか、そういう集団だからな。俺を仲間とは思ってなかっただろうし、すぐに医療班に移った後は、ディルクとジャックぐらいしか会うことはなかったよ」

「特にルーカス君は、人嫌いをこじらせているから…」

「なるほど」

「そう、かな…」

「施設に留まること自体、稀だったし。ヘルメットをとることもほとんどなかったから、顔を知ってる人すら少ないだろうね」

「未確認生命体かなにかか?」

「ヘルメットをとらないのは、無いか別の理由があるようだったけど」

別の理由、について思い当たるフシがある。

瓜二つの顔をもつアレックス。ルーカスがアレックスをどう思っていたのかはわからないが、少なくともジョナスはそれでひどい目にあっている。

リヒトが気になったのは、人嫌い、のほうだ。

彼と過ごした日々は確かに短いし、最初のころはリヒトも確かにそう思っていた。

ルーカスは足手まといが嫌いで、無能を人間だと思っていない。

だがそれが真実かどうか、わからないでいる。

嫌っている人間を、足手まといを、自分の側で最大限活用しようとするものだろうか。

あれだけそばで、命ぎりぎりのところで面倒を見ながら作業させるくらいなら、とっとと事故に見せかけて処分してしまう方が、よっぽど効率よく思えるが。

「医療班はほとんど情報が回ってこなかったな。ヘリの操縦を任されていたジャックなら、メイン拠点の位置くらい全て把握してるだろうが…」

「主要幹部の誰が欠けても、正確な地図が完成しない、か。まったく、よくやるな」

呆れた様子で、セルジオがつぶやく。

「少なくとも、採掘班は自爆って腹をくくってるから、やつらに地図や施設の情報が渡ることはないだろうな」

この星に関する、最も重要な情報を持っているのは、おそらく採掘班だ。

掘り出した鉱石の量、それの保存場所。簡易とはいえ打ち上げ施設の設計図。打ち上げるためには、打ち上げた先で受け取る宇宙施設の情報も持っていただろう。

資源が狙いのアウトサイダーズにとって、喉から手が出るほどに欲しい情報。

最重要施設が自爆したとなると、次に狙われるのは生態調査班。

「嫌な役を引かされたもんだ」

暗い口調でこぼしたセルジオは、引き出しから小さな箱を取り出すと、中に詰まっていた紙くずを一切れ口に放り込んだ。

自作の噛み煙草だ。

「隠すような情報はもってないだろう。全部しゃべっちまっていい」

「情報を持っていないと証明はできないからね。彼らが拷問のスペシャリストではないことを祈るよ」

次点で、最も情報を持っているのは生態調査班。その長であるセルジオが、やつらにとって最も重要な標的になってしまう。

「なにか、方法が…」

「ないだろうな。所長は軍事権限で任命される。罷免もある程度上の軍事権限がないと無理だろう。それよりも、だ。今後の計画を立てよう」

「君がここに来た理由かな」

「そうだ。医療班のほとんどは少しでも採掘班の連中を救いたいって向こうに行っちまった。奴らが採掘班を説得できるわけもねぇ。おそらく全滅だろう」

「悲しいことだ」

「理解できる頭を持ったやつらはこっちに来た。とはいえ、医療班たって、やってることは生態調査班の研究部門と変わらねぇ」

「僕らの送った情報を解析、分析してくれてるだろう。人材としては最も優秀だ」

医療班と聞くと怪我の治療ばかりをイメージするが、その本質は人体のスペシャリスト。

有毒物質の解析や病気の予防も守備範囲だ。

常に病原体に気を配り、新たな有機物が発見されるたび人体への影響を調べ、食用生物のより分け、含まれる栄養素を解析して調理方法や接種目安を分析し献立まで考えてくれる。

生きる上で欠かせないチームである。

「放浪者からしてみりゃ、抱えておきたい技能だろうな」

「彼らの命は保証されるとして…」

「正義感の塊みてぇなやつらが何人か居る。自分たちだけ助かるくらいならとか言い出すぐらいには、な」

「奇特なことだ。そして君は、タチが悪い」

「うれしいね」

必死で思考を回す。彼らの話は情報が多すぎて処理が追い付かない。

彼らがやろうとしていることは辛うじて理解できる。

採掘班は、自爆。採掘班に向かった医療班も、命運を共にする気でいる。

こちらに来た医療班は、自分たちの技能を盾に、少しでも多くの作業員を救おうとしている。

森へ逃げた作業員たちは、どうにか戦争を生き延びて、やがて応援に来る軍部に助けを求めるはずだ。

必要なのは時間稼ぎ。

戦闘行為によって少しでも略奪時間を減らそうとしているのが採掘班。

逃亡によって自分の命だけを優先したのが避難者。

なら、投降する者達が担う役割とは。それこそが、時間稼ぎの本番だ。

倉庫を空にして、作業に必要な人員を増やした。

奪われるものを自分たちで一から生み出すためには、より多くの人員と時間が要る。

後は交渉次第だ。

奴らには望みの物資を手に入れられるまでの人員を提供する代わりに、自分たちの命を助けてもらう。

一見、完璧な作戦のように見えて、けれど、どうしようもなく不安ばかりが募る。

「そんなにうまくいくかな」

「言うな…」

不確定要素が多すぎる、憶測でしか計算していない、ずさんな計画。

そもそもやつらの目的は本当に資源なのだろうか。もっと別の、思いもよらないイレギュラーが起きた時、作戦は簡単に崩壊する。

そんなことは、ラスカもセルジオも、この星の全員が、感じている不安だった。



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