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It’s my life  作者: やまと
36/61

セルフカウンセリング


生きることについて、時々考える。

美味しいものを食べるとか、楽しいとか嬉しいとか、生きていてよかったと思える瞬間。

辛いとか、苦しいとか、死を間近に感じる時。

死んでいないだけで、ただ何も為していない時間。

全て連なって、今この瞬間が、最前線。



「ザック?」

呼ばれてザックは、はっと驚いたように顔を上げた。

心配そうに顔をのぞき込んでいるのはリヒト。

「疲れているなら休んだ方がいい」

「いや、大丈夫だ」

「働きすぎ」

咎めるでもなく、ただ事実を口にしただけと言わんばかりの平坦な口調には、信じがたい、だとか、自分には同じようにすることはできない、というニュアンスが含まれている。

実際のところ、らしくもなく少しばかり疲れていた。

よく働き、よく食べ、よく眠る。

ザックの人生のルーティンだ。

奪われるくらいなら、と倉庫を空にするために大盤振る舞いされたおかげで食べるものには困らない。

つい数日前まで、一匹の両生類をどう均等に切り分けるか頭を悩ませるような生活だったのがウソのようだ。

星開発の仕事に応募するにあたって、ザックが望んでいたのは非日常だった。

ここではないどこかへ。新しい生活をはじめたい。とにかくどこか遠くへ行ってしまいたい。

そんな希望を叶えた職業案内プログラムの勧めに、ただ従っただけ。

新しい星の開発に、一攫千金だとか、バカンスだとか、遊覧だとか、夢を見ていたわけでもない。

けれど、未知の生物だとか、食料、エネルギーの危機だとか、最悪の一歩手前の状態で、何日も過ごすなんて、予想できるはずもない。

「本当に大丈夫?」

「ダメだとして、休んじまったらたぶん、悪化する」

「…そう」

ザックの自己申告に、リヒトはそれ以上の追及をやめた。

疲れている。たぶん、精神が。

自己評価として、ザックは自分の精神力が一般的なイメージよりも、頑丈にできていると自負している。

多少の暴言なんて気にしないし、無礼に対しても寛大だと思う。

恋人の不貞を知った時だって、激高してヒステリックにわめきたてるなんてしなかった。

怒りが何も解決しないことを、知っていた。

「ゲート開くぞ」

担当者の声に応じて、倉庫の外に繋がるゲートが音を立てて開き始める。

昇り終えたばかりの朝日が、気だるげに庫内を照らしていく。

しばらくすると、大型の輸送機が轟音を立てて下降してきた。

双翼のヘリはこちらに背を向け着陸すると、腹のハッチを開いて荷物を吐き出す。

今回積んでいるのは、人ばかり。

「ラスカ!」

その中に知った顔を見つけて思わず声をかけた。

向こうもこちらに気づいて軽くあいさつ代わりに手を上げる。

「どうして、お前が…」

「それについて詳しく話す。とりあえず、お前をこの艇に乗せるわけにはいかない」

ラスカ・ロレイドはザックたちと同じ便でこの星に降り立ち、危険を説明されたのちもとどまった六人のうちの一人であり、ザックと同じ戦闘訓練技能を持ったボット乗りだ。

採掘班からやって来た輸送艇に乗っていたのはラスカだけではなかった。

ぞろぞろと降りてくる作業員たちに、セルジオも少々戸惑っている。

「ボットの数が圧倒的に足りないんだ」

輸送艇に大量の食料を乗せて送り返したのち、セルジオはザックとラスカ、ついでとばかりにリヒトを所長室に招いた。

「向こうは完全に玉砕覚悟だよ。自爆用の爆弾まで作ってる」

「自爆って…」

「相手の規模もわからないうちから交戦を選ぶような奴らだ。最初から勝とうなんて思っちゃいない」

「あんまり早く死なれても困るんだけれどね」

珍しく、セルジオの少し苛立った声が響く。

「その辺はニックのやつも理解してるよ」

俺に言われても困る、とばかりにラスカは肩をすくめた。

「ワームによる最初の大規模襲撃を受けてすぐ、バートレットが要請した援軍が到着するまでの間、生き延びるのが俺たちの役目だ。おとなしく降伏しただけじゃ、そのまま資源として連れてかれちまうだけだからな」

アウトサイダーズの目的はあくまで資源だ。そこには労働力としての人間も含まれている。

もし、全員がおとなしく降伏するだけならば、やつらは持ち去れるだけの資源を持ち去って、降伏した人間たちはそのまま労働力として連れていかれる。

逆に全員が徹底抗戦すれば、やつらは資源回収どころではなくなり、星は戦場となるだろう。

全員が逃げることを選択し、森に潜み隠れたとすれば、森林資源や岩石資源はやつらの手に渡るが、作業員たちの命は助かる。

ただ、アウトサイダーズの規模によっては、その安全も保障されない。

小規模のコソ泥集団であれば、採掘班の徹底抗戦があれば手をこまねいて逃げていく。

逆に全面降伏してしまえば、これ幸いと自分たちの戦力を補強する駒として人間資源は吸収される。

だが、今回の狙いは惑星資源だ。

どんなグループが情報を手に入れたかはわからないが、惑星資源をかっさらうのにコソ泥集団がやってくるとは思えない。

もっと大型の、大規模戦闘集団が来るに違いない。

アウトサイダーズの出自は様々。中には元軍人が脱走し、組織されたグループもある。

軍人が指揮するグループの恐ろしさは、統率力の高さとそれに伴って巨大化した組織力。

警備が手薄になった辺境のステーションを丸ごと乗っ取られた、なんて話も時々聞くぐらいだ。

恐るべきは戦闘力だけではない。どこから手に入れたのかわからないような兵器の品ぞろえも確かに恐怖だが、それを使いこなせる技術力と、なにより手際の良さで、的確に現場を制圧するその組織力こそが、最も恐ろしいのだ。

ろくに戦闘力も組織力もない作業員たちにできることと言えば、少しでも時間を稼ぎ、無様に命乞いをするか、逃げ惑うか、抗うか。

「採掘班が何とかして、少しでも道連れにしてくれれば、やつらは戦力を補充するために人員を確保するだろう。作業ボットもできるだけ巻き込めば、より人力が必要になってくるってことさ」

「それでさっき、僕たちのボットまで」

「悪かった。説明を先にすべきだったよ」

「いや、まぁ…別に」

リヒト達に荷物の積み込みを手伝わせたラスカは、艇の中でボットを脱ぐよう指示すると、そのままリヒト達を船から降ろして出航させてしまった。

あまりに唐突すぎて、リヒトはその場に座り込んでしまったほどだった。

「向こうはニックが何とかしてくれる手はずになったが、となればこっちの人員が必要だろうと思ってな。俺たちがやるべきは時間稼ぎと、生き延びること。生身での格闘技能を持つやつを何人か連れてきた。班に分けて護衛代わりにするといい」

「助かるよ」

ラスカの目的を理解したセルジオの表情に安堵が戻る。

彼の言う通り、今やるべきは時間稼ぎ。少しでも多くの人員を生き延びさせるためにできること。

頭では理解できる。だけど、どうして、腹の底に熱した岩を抱えているような息苦しさが消えない。

「どうして…」

呻くようなザックの声に、驚いた視線が集まる。

リヒトが心配そうに見上げてくるのが見えた。

向かい合う位置に座るセルジオの訝しむ視線が刺さる。

ああまずい、と思って何とか言い訳を積み上げた。

けれど、場を取り繕おうとすればするほど、腹の底で煮えたぎる何かが、口をついて出ていこうと暴れまわる。

心配そうに名前を呼ぶ声に、曖昧に返事をした。

きゅい、とノアが身構える駆動音がした。

優秀なAIは今、ザックに起きている異変を数値化している。

「悪い、俺、疲れてて…」

事実。きっと疲れているだけだ。じゃなきゃおかしい。

「ザック、お前…」

「やめろっ」

伸ばされたラスカの手を、ザックは反射的に払いのけた。

思いのほか勢いよく、強くなってしまった拒絶に、ザック自身が驚いて息を呑む。

眩暈がした。

自分がおかしいのがわかる。わかるのに、コントロールできない。

「悪い、ちょっと、休む…休めば、大丈夫だから」

「そうだね。隣の部屋を使うといい」

セルジオが指したのは、彼が仮眠に使っていた隣の部屋。

少し横になって、頭を冷やす時間が欲しい。

「ザッ…」

「俺が行く。いいな?」

リヒトを遮って、先ほど払いのけられた手で強くザックの肩を掴んだラスカに、曖昧に頷いて隣の部屋へと移動した。

仮眠室に使われていた部屋には、二段重ねのベッドと、軽食を用意して食事ができる簡単な施設が揃っていた。

ザックはよろめくようにベッドに腰かけた。

その正面に、ラスカが椅子を引きずって、どっかりと座る。

「何があった」

漠然とした質問。だが、的確だ。

「色々、だ。本当に、色々」

ザックは素直に応える。

これは治療だ。心の苦痛を癒すための処置。

「前回カウンセリングを受けたのはいつだ?」

「初めてだよ。優しくしてくれ」

「ふ、オーケイ」

情けなくも正直に答えたザックに、吐息の様な笑いを零したラスカは、大きく深呼吸をして、姿勢を正す。

戦闘技能を持つ人間は、同時にカウンセリング技能も取得する。

戦闘技能を持つということは、人を殺せる技術を習得したという証明だ。

そして人殺しは、心に最も大きな傷をつけるとされている。

ザックは普段、自己カウンセリングによって精神を安定させていた。

ラスカや、軍人たちも同じ技術を持っている。

けれど、何事にも限界は存在するのだ。

本来であれば、カウンセリング技能を持った者同士が対話によって互いのメンタルを調整しあうのだが、幸か不幸か、ザックは他者の協力が必要なほど、精神的に参るようなことが無かった。

例え、彼女に浮気されようとも、自己カウンセリングで乗り切れた。乗り切ってしまった。

「お前は強いよ」

「そりゃどうも」

「だが今は、弱ってる」

「その通り」

自分の状態を正しく理解することが調整への第一歩だ。

「俺は、肉体的にも精神的にも疲れている。肉体の疲労が、精神への影響を強めたような気もする」

「具体的に」

「無理をしてないといえばうそになる。けど、それほど大きく無理したわけじゃない。そりゃあ、ダチとか、周りにいい顔したかったけど、乗り切れる程度の無茶だ。確かに、重力を考慮に入れて無かったのは認めるけども」

「じゃあ、精神的には?」

「それだな。そうなんだよ。ここ何日か、なのか、もっと前なのかわからないくらいだ。人が死ぬのを見てきた。アレックスの件は、もう、解決したはずなのに…」

「アレックスの件について、詳しく教えてくれ」

「俺が選んだ」

即答だった。リヒトとの対話を利用して、セルフカウンセリングを行ったあの夜に出した結論だ。

「俺が、リヒトを選んだ。それが、最善だったと体が判断していた。あいつか、リヒトか。同じことがあれば、俺は同じ選択をする」

「そっちは大丈夫そうだな」

ザックはホッと肩を撫でおろす。妙な緊張で肩が凝る。

「次だ。今、なぜ、アレックスのことを持ち出したのか」

「人が…」

「……」

「人が、死んだ。別に、親しかったわけじゃない。むしろ嫌いだった。ああいうやつらは、たぶん嫌いだ。でも、たぶん、長く一緒に居て、情はあった」

「具体的に」

「……」

ふう、と大げさに息を吐く。茶化しているわけではなく、大げさに深呼吸した。

「レラが、ユーリを殺した。それで、自分も死んだ。それが、理解できなくて」

「理解しようとしたのか」

「そう、だ。自分で自分を殺すってことが、理解できなかった。それを、セルジオが…」

思いつくままに言葉にするのを、ラスカは静かに観察する。

対話によるカウンセリングは、専門家が施す心の誘導とは違う。

あくまでも、本人が己の心と向き合うのを手伝うだけだ。

「自殺を、選択だって言ったんだ。俺がアレックスを選んだように、レラは自分を選んだってことだ」

あのおっさんがねぇ、とのんびり耳を傾けていたラスカだったが、ザックの言葉を反芻して、慌てて口をはさむ。

「ちょっと待て、お前が選んだのはリヒトじゃなかったか」

「え、ああ。そうだ、けど。俺がリヒトを救うって選んだってことは、アレックスを殺すことを選んだわけで…」

「違うな。それはあくまでも結果の一つだ。アレックスは関係ない。よし、続けろ」

「お、おお…」

ザックはその後も、ほつれた糸をほぐすように、自分の心境を何とか言葉にしようと言葉を紡ぐ。

「レラは、なんで、自殺なんか。ニック達だって…」

「死に急ぐ気持ちが、お前には理解できねぇのか」

「……」

当たりか、とラスカは口を閉じてザックの次の言葉を待つ。

カウンセリングの本質は自分を見つめなおすことだ。

最終的な答えは、己で見つけ出すしかない。

ただ、ザックが向き合っている問題は。

「理解、しない方がいいんじゃないか?」

「え…」

サポート役の仕事は、あくまでもサポート。

患者の思考の邪魔をするのはマナー違反だが、ラスカはあえてその一線を越える。

「理解しちまったら、俺もお前も…」

それ以上は言葉にできなかったが、ラスカを見つめ返すザックの瞳からは、戸惑いが消えていた。


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