救済
採掘班に渡す分を輸送しやすいようにまとめ、各ヴィレッジに渡す分を小分けにして箱に詰める。
種類や量を細かく計算する手間は惜しんだが、種や苗だけは忘れないように入れていく。
「こんなものかな」
食料の山が三つ。
採掘班に渡す荷物と、生態班の職員が一週間贅沢しても余る量、そこから小分けにしたヴィレッジ希望者の荷物。
「今日はこれくらいにして、僕たちももう休もうか」
セルジオの声に反応したのはリヒトとザックだけで、他の職員はもう少し、やこれが終わったら、と返して仕事を続けている。
「仕事が生きがいの様な子たちだからね」
後を任せて、リヒトはセルジオの後ろについて倉庫を出た。
さらに後ろからは、ザックとノアがついてくる。
「ここへ来た多くの人は生きるために仕事をしている。働いて得る糧を生きるために使うんだ。今、食堂で宴会をしている子たちは、そういうタイプだね」
リヒトは想像する。
宇宙空間における財産はIDに登録された統一貨幣だけ。
家や土地という概念はない。全てのステーションも、星も、須らく上層部の持ち物であり、厳密な統制下の元で管理され、供給されている。
故に、誰にでも家があり、食事があり、服があるのだ。
全ての人間に仕事があり、生きる権利がある。上層部はそれこそが人権だと定めた。
そして、働けなくなった者の行く先がヴァルハラなのだ。
「あの子たちは働くために生きているんだ」
とセルジオは続けた。
「働くために眠り、働くために食べ、働くために動く。その生活には実に無駄がない。上層部の理想はきっとああいう子たちなのだろうと思う」
最小限の浪費で、最高の成果。
仕事しかしない生活を、想像してみた。
この星で言うなら、毎日狩りに出て、毎日新しい場所を発見し、毎日新しい拠点を構築することだろうか。
ふむ、少し前のリヒトの生活と変わらない。
「けど、けれどね」
セルジオの声に熱がこもる。酷く湿った声だった。
「そんなの人生じゃないだろう。あの子たちはもっといろんなものを見てもいい。星の美しさとか、音のつらなりの美しさ、色の混ざりの美しさを知ってもいいだろう。忙殺されそうな最中の、一時の苦みにこそ、生の実感は沸き上がるものではないだろうか」
リヒトは思い浮かべる。降り注ぎそうなほどの星空を見上げたあの夜を。
そこに生の実感がなかったと言えば嘘になる。けれど、そこでしか得られないかと言われれば、否定する。
「生の実感を得られなければ、生きている価値はないのでしょうか」
意外にも、響いたのは電子音声だった。
「話の腰を折ってしまって申し訳ありません。けれど私は知りたいのです。人が生きる理由を。私が見てきた人々はなんというか、死に急ぐ人たちが多かったもので」
「そいつは大きな誤解だぜ、ブリキ野郎」
反論したのはザックだった。
「死にたくて死んでるやつなんてほんのわずかだ。考えうる選択肢の中で、自分の死が一番マシってだけだろうよ」
「そうですか。難しいです。全員が生き残る可能性が低ければ、一人を犠牲にするものなのでしょうか」
「そ、れは…、場合によるだろうが」
「面白い議論だ。是非最後まで聞きたいね」
一行は、セルジオが書斎に使っている部屋に着いた。
ドアを開くと、食堂の誰かが気を使ったのだろうか、山盛りの食事と飲み物の入ったボトルが机の上に所狭しと並んでいた。
セルジオに促されるままに、ザックとリヒトはボットを降り、セルジオの用意した椅子に腰かけた。
部屋に常備されていた蒸留器で、セルジオはお気に入りのコーヒーを淹れている。
「何のために生まれて、何をして生きるのか。わかっている人はきっと少ない。けれど、知らないままに生き続けられるほど、人間は強くない」
「生きがい、というものですね」
セルジオの話を聞くノアは、講師の授業を受ける生徒の様だった。どことなく、テンションが高い気がする。機械のくせに。
「若いころは、自分の満足のために生きるだろう。楽しいこと、うれしいこと、自分を満足させるために、努力をする。けれど、少しずつ、満足してしまうとね、次は他人のために生きるようになる」
「変化するのですね。自己満足を満たした後は、他者に譲る、ということでしょうか。わかりました、それは余裕というものではないでしょうか」
「そうだね」
ふふ、とセルジオが笑みをこぼす。熱々のチーズが乗ったパンを頬張りながら、リヒトはいまいちイメージしきれず、そういうものだろうかと首を傾げた。
「満足したものほど、生に対する執着が薄くなるのですね。では、生に執着するのは、満足できないからでしょうか」
「きっとそうだと思うよ」
「後悔のない人間なんているのかな」
ぽつり、リヒトはこぼす。
脳裏には、あの日脱出ポットに乗って宇宙の彼方へ消えた、もう一人のリヒトの姿。あのリヒトは、本当に後悔なく旅発ったというのか。
「居ないだろうよ」
後押ししたのは、ザックだった。
「居てたまるかよ。満足して死んでもいいや、なんて。そんなの、悲しすぎるだろ」
悲しい。ザックの言葉をリヒトは反芻する。
生きる、について考える。
リヒトは今まで、生かされたから生きてきた。
生まれたのは社会の外。生きていてはいけないものとして刈り取られるはずだった命は、別の命の代わりとして生かされていた。
「若いねぇ」
とセルジオはゆったりと笑う。
「死を、悲しいと語れるうちは幸せだよ。死にたくないと思えるならば、君たちは確かに生きているのだろう」
「そうじゃない人間もいるということですか」
ノアが問う。セルジオはゆっくりと頷いた。
「死を、救済と信じて生きている人間は君たちが思っているよりずっと多いよ」
「救済…」
ゾッと、背筋が凍るような冷たさが撫でた。
死を望むほどの苦痛を想像しようとして、脳が強制的に思考を止めたような感覚だった。
それにね、とセルジオは続ける。
「人間、本当にやりたいことってのは案外少ないものなんだよ」
その言葉の真意を考える前に、部屋の隅に置いてあったボットに通信が入ったことを知らせる音がした。
「助けて!」
緊急を告げるレラの声に、ザックとリヒトは弾かれたようにボットに飛び乗り部屋を飛び出した。
テントに戻った二人の目の前に広がったのは凄惨な光景。
縛られ、隅にうずくまるレラと、テントの中央に横たわり、首から吹き出した血であたりを深紅に染め、かっと目を見開いたまま絶命するユーリウスの亡骸。
「なんだ、これ…」
「サルークが…っ」
レラが言うには、リヒト達が出て行ってしばらくした後、サルークはおもむろに出立の支度をし始めたらしい。
いつもはなんだかんだと言い訳をしてぎりぎりまで準備をはじめなかったり、レラやユーリを口説いて支度を手伝わせたりするサルークが珍しいことだと、レラ自身も移動の準備を進めていた。
仕方なくユーリも支度をしていたが、おもむろにサルークがレラに対してお茶を淹れてくれと要求した。
サルークがレラに嫌がらせの様な意味の分からない指示をするのも、いつものことだ。当然レラは何の疑問も持たずに言われるままにお湯を沸かして、ストックしてあった茶葉を使って三人分のお茶を用意した。
お茶が入るころには二人とも準備を終えていたので、レラも支度しようとテントを出ようとしたら、背後から突然悲鳴が聞こえ、サルークにとびかかられた。
そして気が付いたら手足を縛られ、ユーリの死体のそばに転がされていた、というわけだ。
サルークは一人、抜け駆けして荷物を持ち去ってしまったようだ。
レラの言う通り、テント内のローテーブルには三人分のカップがあり、暴れたせいか倒れて中身は全て零れている。
サルークの指示通り残しておいた荷物もなくなっているし、供述と矛盾はない。
「私、こわくて…、っ」
と、リヒトに縋ろうとするレラを、ザックは制する。
レラを見下ろす視線は、氷のように冷たい。
「ひとまず、中へ戻ろう。セルジオ、部屋を用意できるか?」
ザックの通信にセルジオは快く答えた。
逃走したサルークを、今更追いかけて責任をとることはしない。
これから、アウトサイダーズが押し寄せれば死人は出る。
現在の混乱に乗じて小さないさかいや殺し合いはセルジオの想定の範囲内だった。
宇宙において死体は火葬が主流。手間がかかるが腐敗や場所をとることを考えれば燃やして灰にしてしまうのが効率的だからだ。
特に、この星においては土中から突如現れるワームにいつ死体が掘り起こされるかわからない。
ひとまず、死体にはシートをかけて誤魔化すと、三人はテントを出た。
「悪いが、こらえてくれ…」
「え、どうして…」
ザックはレラの腕を後ろに回すと、手首の部分を縛りなおす。
リヒトは改めてテントの入り口を振り返る。
零れたカップが三つ。死体は一つ。
サルークが、二人を騙し打ちにして、レラだけを生きて残す理由がない。
頬にぶたれた痕の残るのはレラのみ。
中身の零れた三つのカップ。
お茶を用意したのはおそらくレラ。
不自然なそれらを繋げれば、真実はどうであれ、レラが危険な人物であることがわかる。
「どうして…?」
リヒトの問いに、己の犯行に気づかれたことを悟ったレラは、力なく顔を横に振り、俯いてしまうだけだった。
真相は、リヒト達の推測通りだった。
リヒトとザックを見送ったレラ達は、暇をつぶしながらテントを離れる準備をしていた。
途中、休憩にしようと誘ったのはレラ。
毒入りの茶を用意したが、飲んだのはユーリだけ。
倒れたユーリを見て、レラの思惑に気づいたサルークは、荷物をまとめて逃げ出した。
サルークを引き留めようとしたが、もとよりサルークは一人だけ逃げ出す算段をしていた。
リヒトとザックを遠ざけ、レラ達の目を盗んで荷物を独り占めするつもりだったのだ。
レラのアシストを得てサルークは、レラを殴りつけると、抵抗の意思を失ったレラを置いて悠々とテントを後にしたのだった。
残されたレラは、気を失っただけのユーリにとどめを刺すと、犯行を誤魔化すために自分の腕を縛ってリヒト達が戻ってくるのを待った。
しばらくしても戻ってこなかったので、通信で助けを求めた。
「どうしてわざわざとどめを…」
「だって、彼女が起きたら私がしたことを全部話してしまうから…」
「サルークも殺すつもりだったのか」
「だって、だって彼らは、…私、もう、彼らとは…生きていけないのっ」
ずっとサルーク達からひどい扱いを受けていたレラは、この星に定住し、一生彼らの下僕として生きていく未来に絶望してしまった。
極限の中で、必死に生きるために努力をした。それだけなのだ。
「ひとまず、隔離用のこの部屋なら拘禁できる。けれど、我々に裁く権利はないと思っている。私は彼女を咎めないし、彼女と同じ選択をする人々を止められない。けれど、これをわざわざ宣伝して、殺し合いを煽るつもりもない」
極限状態の中、どうしたって不平等は生まれる。
しかし、積もった不満をぶつけあい、コントロールを失うほどの暴動だけは避けねばならない。
「明日には採掘班の中から、降伏を選んだ人たちがボットを持ってくるだろう。それまでは何とか…」
「ああ。ユーリには悪いが死体は明日まであのままにしておこう」
「俺たちの食料はどうするんだよ」
ザックとセルジオの会議に割り込んだのはジョナス。
拠点にジープを置いたジョナスは、一人で未開発の拠点に残るのが嫌で、走って帰ってきた。
おかげさまで、ジープの荷物はサルークに奪われてしまったようだ。
数分前までは機能していたマーカーが消えた。
もう、彼を見つけることはできない。
マーカーが消えたのはもう一つ、ユエンの乗るキャンプカー。
こちらはリヒト達がジープの信号を確認した時にはすでに信号は途絶えていた。
ユエンがキャンプカーを独り占めしたのだろう。ユエンならばやりかねない。
「ま、これで俺たちには降伏の道しか残されてないってわけだ」
「そんな…」
ジョナスは絶望したような顔で座り込んだが、リヒトは、そう悪くないんじゃないかと考えなおす。
アウトサイダーズの目的は資源。
この星の資源は人類が百万人、寿命が尽きるまで使いつくしてもまだ使いつくせそうにもないほど豊富だ。
ワームの存在さえなければ、第二の地球と呼ばれてもおかしくない。
数百年で資材をとりつくし、死の星へ変えてしまった惑星ケプラーからの反省で、新星からの資源調達には明確なルールが布かれている。
社会になじめないアウトサイダーズにとって、拠点としてこんなにも優秀な場所はない。
彗星に穴を掘り、少ない酸素を維持するために人数を調節する必要もない。
彼らにとってのヴァルハラはここだ。
武力でリヒト達を抑え込み、全ての雑用を押し付ければ、彼らは一生働かずに生きていける。
「救済…」
リヒトの脳裏に先ほどのセルジオの言葉が引っかかる。
「まずい、レラっ」
「…っ、くそ!」
リヒトの様子に、ザックも気づいた。
二人が慌ててドアを開けると、隔離室の中央には、自ら服毒して息絶えたレラが横たわっていた。
「まだ、間に合う…っ」
「よしなさい」
救命行為をしようとするリヒトとザックを、セルジオの穏やかな声が制す。
「それが彼女の選択ならば、尊重してあげなくてはいけないよ」
「そんな…」
うなだれるザックの横で、リヒトはただ、冷静に、もし救命行為を施したところですでに手遅れだっただろうことを、一人悟っていた。




