浮浪者
中央ホールとは、正面の入り口から入ってすぐ、受付のある部屋だった。
ここから左右に分かれてそれぞれのプラントが、奥に進めば居住区が、ほとんど動かないエレベーターを使えば軍人用の施設へつながる場所だ。
動物プラント側の通路からホールに入ったリヒトは、整然と並んだ職員にぎょっとする。
器械的なまでに一定の距離を保ちまっすぐ並ぶ姿はアンドロイドを彷彿とさせた。
リヒト達にやや遅れて、正面の入り口からサルーク達が入ってくる。
彼らはこの光景に特に驚くことも無く、最後尾に同じく一定の距離を保って並んだ。
「揃いましたね」
最前列に居るセルジオの静かな声が聞こえた。
「今から共有する情報は、きっと皆さんに大きな動揺を与えると思います。けれど、どうか冷静さを保ってください。知性ある人間としての矜持を保って生きてください」
セルジオが口を閉じると、静かな時間が過ぎた。
誰も、余計な口を開くことはない。
異様なまでの統率に、なんだか怖くなって、リヒトはちらりとザックを見上げる。
ザックはリヒトに気づくことなく、状況を把握するため静かに思考を巡らせていた。
「このような結果になってしまって、本当に申し訳ないと思っている。最善は尽くした。我々は、君たちの安全を最大限考慮した結果、決断を下したことをどうかわかってほしい」
流れたのは、リードの音声だった。
落ち着いた声音に、どこか苦渋の滲んだ音声は、スピーカーを通してホール全体に届く。
「最新の大規模通信の結果、こちらに浮浪者集団が向かっていることが分かった」
何人かが、ぎくりと肩を揺らしたり、息を呑む気配がする。
「追って援軍が向かっていることもわかっているが、到底間にあう速度ではなく、交戦は避けられない。そして、交戦すれば我々に勝ち目はないというのがこちらの結論だ。よって、上層部の判断により君たちを一時的に解雇することが決定した」
「なんで…っ?」
「どういうことだっ!」
動揺が広がる。さざ波のように、悲鳴や、嗚咽が漏れ始める。
「会社規定により、違約金が発生する。再度雇用を願う者には、内定が確約されている。全ては生き延びてからの話にはなるが。解雇に伴って、現地施設の利用権限および当星の資源他の所有権限の一部が君たちに一任される。この情報を君たちの部下、後悔してしまえばもう部下ではなくなってしまうが、一般の従業員たちに知らせるかどうかの判断は任せる。我々にできるのはここまでだ。幸運を祈る」
音声はそこで終了した。
しばらくの間、ざわざわと不安や不満、混乱を表す職員たちの声が続いた。
「諸君」
マイクを使ったのだろうか、スピーカーを通して聞こえてきたのはセルジオの声。
「この情報を後悔した理由をわかっていただけるだろうか。私は、諸君らを信用して全てを公開することに決めた。実のところ、このコミュニティが最も情報公開が遅かった。採掘班、医療班はすでに情報公開が終了し、それぞれ意思を表明してくれている」
リヒトの脳裏に、医療班のドクター・ケリーと、採掘場の隊長として抜擢されたニックの顔がぼんやりと思い浮かぶ。
「採掘班は交戦を決意した。医療班の一部はそれに随行するそうだ」
ざわ、と一層強い動揺が走る。
「彼らにはボットがある。先日、旧拠点から回収した一部の軍事兵器の提供も受けたそうだ。しかし我々は違う」
この拠点にあるボットはリヒトとザックの乗るものと、他数名が乗る作業用のボットだけだ。戦闘用に換装できるのはサイズ的にザックのものだけで、作業用のボットは基本的に出力が足りない。リヒトのボットも、作業用だった。
「軍人たちのアドバイスを実行する形にはなるが、やつらに恭順の意を示し、おとなしく従おうと思う」
職員の間から「いやだ」や「どうして」の声が上がる。
「やつらの狙いは「資源」だ。そして、やつらにとって我々もまた、資源の一つだ。おとなしく従っていれば、殺されはしないだろう。多少乱暴な扱いをされるかもしれないが…いや、大丈夫だ。それに、やつらに共感する者が居れば、寝返ることも咎めない」
「こいつは大きく出たな」
それまで沈黙を保っていたザックが不意に漏らした。
結局のところ、職員たちは会社から捨てられたのだ。これまでのひどい待遇に何とか耐えてきたものの中には、ぷっつりとなにかが切れてしまった者もいるだろう。
セルジオが提示する選択肢の中には、社会を裏切って浮浪者になるという選択がある。
「諸君らにも選ぶ権利はある。希望者には周辺の居住可能地区への避難も推奨している。すでにいくつかのヴィレッジが稼働しているのは気づいているね。具体的な地図は渡せないが、空いている場所と当分の間の食料は渡せる用意がある。もちろん、安全を保障できるわけではない」
リヒト達が散々山の中を駆け回って見つけた空間への一時避難。安全性が最も高いかもしれないが、やつらが貴重な資源をみすみす逃がすとも思えない。
避難するということは従う意思を見せないと言うことでもある。たとえやつらから無事逃げおおせたとしても、この星にワームが居る以上、宇宙ステーションのようなハイテク生活には至れないだろう。
「一長一短。難しい選択だ。そうだな、ヴィレッジへの転居願いの締め切りは三日後にしようか。ああ、そうそう、大事な情報を忘れるところだった。奴らの襲撃はおよそ一週間後だ」
「……」
しん、とあたりが静まる。おそらく職員の心は一つだ。
「意外と長いだろう。じっくり考えてくれたまえ」
先ほどまでの動揺がウソのようだった。
「それと、今後の予定だが、こちらの方が重要だ。今後のために備蓄したものをみすみすやつらにくれてやるのは惜しい。よって、ほとんどは交戦予定の採掘班へと渡す。もちろん、ヴィレッジにも配給は惜しまない。そして、これから一週間、我々は一切の仕事を放棄して自由に過ごす。最後のバカンスだ、楽しんでくれたまえ」
「まじ…?」
「マジ」
一瞬の動揺。冗句のような宣言は、けれど徐々に浸透し、お互いに顔を見合わせた職員たちは、歓喜の雄叫びを上げるのだった。
「やったー!」
「もう水やりはいやだ!」
「豆の皮むきは二度とやらない!!」
歓喜の雄叫びの間をぬって、セルジオが数人の名前を呼ぶ。そこにはリヒトとザックの名前もあった。
喜び抱き合う職員や、居住区へ駈け込んでいく職員。やりかけた仕事を片付けるためにプラントへ戻っていくまじめな職員らを横目に、呼び出された数名はセルジオの後について所長室へと通された。
「申し訳ないが君たちには最後の仕事をしてもらう」
選ばれた職員たちは信用があるのだろうか。その表情はどれも誠実そうで理解を示している。
セルジオが彼らに採掘班に渡す備蓄の計算や、必要最低限の人員、つまり、動物や植物が死なない程度の世話など、必要な指示を下していく。
職員たちは誰も嫌な顔一つせず、快く引き受けるとそれぞれの作業に向かった。
「いい子たちだろう。誠実で」
ぽつりとつぶやくようにこぼしたセルジオが、リヒト達に向き直る。
「待たせたね。まぁ、つまりそういうことで、君たちにはもういっそこのままキャンプしてもらおうと思うんだが」
「まぁ、そうだろうな」
「居住区に空きができるだろうからそちらに移ることもできるけど、まぁ、彼らは希望しないだろう」
サルーク達自身、歓迎されていないことは察しているようだ。キャンプしていた方が精神的にも楽だろう。
「彼らのヴィレッジはここを予定している。作業員が余計な考えを起こす前に彼らの食料を持って行ってやってくれ」
セルジオが手元の端末を操作し、ヴィレッジの位置を送信する。
拠点から遠く、海側に近い地点だった。
正直、あまりいい条件ではない。しかし、だからこそ周囲に別のヴィレッジが少なく、都合はよさそうだ。
追いつめられた人間は、スケープゴートを必要とする。
ストレスが極限に達した時、彼らが真っ先に攻撃の的にするのは、おそらくサルークやジョナス達だ。
「あんたは、大丈夫か?」
おもむろに、ザックが問う。
一瞬、何のことだと目を丸くしたセルジオは、動揺を見せたのち、ぎこちなく頷いた。
「あ、ああ。うん。そうだね。大丈夫。大丈夫だが…いや、だめだな。ありがとう」
「あんたはよくやってる。なにも後ろめたく思う必要はないぜ。俺たちの待遇も、ここのやつらも。誰もあんたを恨んじゃいない。大丈夫だ」
「わかってる。いや、そうじゃなくて。そうなんだが。ふふ、何を言っているんだろうな」
力が抜けたのか、ふらふらと近くの椅子に座ったセルジオは、無表情を繕えなくなった顔を両手で覆って、マッサージするように強くこすった。
「これだけの施設や支給物資を残せたのは、バートレット隊のおかげだよ。彼らは自分の持つ全てを僕らに投げてよこしてくれた。特にルーカス君は、最後まで残ってくれたしね」
拠点候補の探索、採掘現場の指揮、必要な道具の確保。それら全てを残し、采配を現場の人間に託す。
意地とプライドばかり高く、現場の指揮権誇示や支配欲にまみれた軍人であれば、最後まで情報を隠し通すか、あるいは裸同然で職員たちを放り出したか。もっと悪ければ、職員たちを拘束し、取引材料として使っていたかもしれない。
「あえて、彼らを非情と呼ぶなら、全てを僕ら自身に選ばせたことかな」
戦って死ぬか、自らの手で未来を切り開くか、どれだけ無様でも生き残る方を選ぶか。
開拓のために雇われた作業員のほとんどは、ヴィレッジを希望するだろう。けれど、研究員として雇われたセルジオのような人は、きっと野生に放りだされても生きていくことは難しい。ならばいっそ、敵にへりくだってでも生き延びていれば、いつか助け出されることがあるかもしれない。バートレットが生き延びていれば、必ず来てくれる。そう思わせてくれる男なのだ、バートレットは。
「ほかに俺たちにできることはあるか?」
ザックの提案に、セルジオは目を丸くして顔を上げる。
「いいのかい?」
「今の話を聞いて、何もせず背を向けれる人間が居ると思うか?」
「……」
ここにいるけど、とは、言えなかった。
一週間、何をしようかと思考していたリヒトは、じゃあ僕も、と遠慮がちに同意したのだった。
「別に、付き合わなくったっていいんだぜ?」
「巻き込んだくせに、よく言うよ」
指定された荷物をキャンプに届ける道すがら、ザックと話す。
セルジオに手助けを提案した時のザックの言葉。その語尾には確かに「なぁ、相棒」と同意を求める気持ちが込められていた。
軽く十日は過ごせるだろう量の保存加工食品を背負った二人は、けれどボットのおかげで足取りは軽い。
「俺はただ、もう少しだけでもお前と一緒に居たいと思っただけだよ」
「…ザック?」
声の調子が暗い。ヴィレッジに向かうならば、少なくとも一週間、アウトサイダーズに捕まったとしても、うまくやればそのあとだって一緒に居られるはず。
「行っちゃうの?」
ザックのボットは戦闘用に換装できる。彼は兵器だって操縦できる技術がある。輸送機の護衛として、時にはアウトサイダーズと交戦したことだってある。
行かない理由を探す方が、困難だった。
「……」
答えを聞かないままに、キャンプに着いた。
焚火の側ではすでにサルークやジョナスが待っていた。
「俺は、採掘班に合流することにした」
改めて、ザックは今後の予定を皆に話す。
「しばらくはここの後始末を手伝って、目途が経ったら出るつもりだ。お前らとはここでお別れだな」
「そんな…」
「荷物はジープで運べるだろ。キャンプカーも好きにしていいってよ。ただ、早く出ないとジープとキャンプカーを狙ったよからぬやつらに狙われちまう。俺とリヒトは残るから、お前らだけで先に向こうの整備を頼む」
ヴィレッジと言っても、最初はただの空き地だ。
まず、拠点となる家を作ったり、倉庫を作ったり、周囲の水場を発展させたり、やることは山済みである。
更には浮浪者の襲撃に備えて隠れる場所も確保しなくては。
「拠点を出るなら今夜だな」
皆が口を重くする中、すぐに同意を示したのはサルークだった。
「荷物は先に持って行った方がいい。余計な事考えるやつらに真っ先に狙われちまうからな。おい、ジョナス」
「な、なんだよ」
「お前とユエンで運転して先に拠点に行ってろ。そうだな…一箱だけ置いて行ってくれれば足りるだろ。俺たちは、なけなしの食料だけ与えられて、テント暮らしを覚悟してるふりをしてここで夜まで過ごす。俺たちの物資を狙って来たやつらにテントと食料ぐらいならくれてやってもいいだろ」
「さすがだな…」
「あいつらの考えそうなことぐらいわかるさ」
言われるままにジョナスはジープへ向かった。ユエンはずっとキャンプカーの運転席に居たが、話は聞いていたらしく、しばらくするとエンジンをかけて出発していった。
「俺たちはもう少し手伝ってくる。夜になったら合流しよう」
「わかった」
「い、行ってらっしゃい」
レラ達に見送られ、拠点に戻る。
内部ではいまだに興奮収まりきらない職員たちがバタバタと動き回っていた。
「おい、食堂でパーティだってよ。酒もある!お前らも来いよ!」
挨拶も済んでいないリヒト達に、通りかかった職員が声をかけてくれるのに曖昧に返して、貯蔵庫へ向かう。
先ほど分かれたセルジオが、待ってましたと手を上げて合図をくれる。
「明日には採掘班が取りに来る。さっさと終わらせて我々もバカンスとしゃれこもうじゃないか」
そういって部下に笑いかけるセルジオはどこか吹っ切れた様子で、清々しい表情に、部下たちもつられて笑みを返していた。




