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It’s my life  作者: やまと
33/61

対人戦闘訓練


轟音、騒音、悲鳴、銃声。

拠点を襲った暴力はしかし、最小限の犠牲で終結した。

宇宙からの襲撃者。

それは突然のようでいて、けれど予測通りの到来だった。

「君らの判断は懸命だ。我々も無駄な労力は使いたくない」

黒い防護服にスモークの入ったマスク。

素性の一切をのぞかせないが、妙に統一感のある装備を見に纏った集団は、旧型の銃口で作業員たちを脅し、中央ホールへと押し込むと、リーダーらしき男が受付のテーブルに立ち、注目を集めた。

作業員たちは銃に怯えながらも、どこかあきらめた様子で従順な姿を見せる。

浮浪者。またの名をアウトサイダーズ。

社会に適合できなかった者たちが集まって作ったもう一つの集団。

「さて、その様子だとすでに説明は受けているようだ」

長机の上を左右に歩き回りながら、ねめつけるように視線を走らせる男。

ごつ、ごつ、とブーツの音が重苦しいが、その体格は小柄で、厚みもない。

リヒトといい勝負の細さだ。

幼年だろうか。と隣に立つザックに口の動きだけで尋ねてみる。

ザックは、さぁな、とでも言いたげに肩をすくめ、これ以上はやつらの目につくからと視線をそらした。



彼らの来訪が告げられたのは、襲撃の二週間前だった。



コングと戦闘ののち、拠点に戻って二日。

リヒト達は未だに外でキャンプを余儀なくされていた。

当日には次の配属が決まるだろうと思っていたが、予想に反して言い渡されたのは待機。

可能であれば適当な雑務をこなしておいてほしい、とタスクを渡されたものの、どれも大した作業ではない。

どうにも、セルジオはリヒト達の扱いに困っているようだった。

「少々予定が狂ってね」

酷く落ち着かない様子で、それでも申し訳なさをにじませながら言われては、引き下がるしかない。

問題が起きたのか、と憶測しながらも、一行は相変わらず空き地の隅でキャンプを余儀なくされている。

キャンプにはずいぶん慣れてしまっていたので、今更文句もないが、リヒト達を、正確にはジョナスやサルーク達を作業員として迎え入れるのを躊躇っているように感じた。

「あいつら嫌われてるんだ」

あっけらかんとそう教えてくれたのはキルカ。

調整を終えたボットの試乗に作業場へ出向いたザックとリヒトの素朴な疑問に、口の悪いエンジニアは苦いものを咀嚼するように吐き捨てる。

「役に立たないどころか居ると不愉快だからね。悪影響ってやつかな。多少性格が悪くったって、本来ならお互い様ってことで我慢するんだろうけど、この限界状態であいつらの子守をしたがる奴なんていないよ」

「……」

あんまりな言い様にしかし、リヒトもザックも黙る。

肯定するほど薄情ではないが、否定できないほど彼らの態度は悪かった。

「それより、調子はどうだい」

言われて、我に返る。

調整の済んだボットは問題なく稼働している。

動作に影響のない表面の小さな傷まできれいに修復してくれた腕の立つエンジニアに改めて礼を言う。

と、不意に外に通じる側の通路が開かれた。

「ちょうどいいとこに居たな。ちょっと付き合え」

言って、顎をしゃくるように外へ呼び出したのは、簡易スーツを着たルーカスだった。

修復不可能なまでに破壊されたルーカスお手製の改造スーツ。一日二日で複製できるものではない。

しかし、抜け目のないルーカスは、試作した改造スーツを予備として保存していた。

使っていた完成型のスーツより多少強度や挙動は劣るが、ひとまず問題はない。

新しいスーツを作るのに、貴重なボットを一機解体することを思えば、手間も資源も節約できる。

ボットの解体をしても咎められなかったのは、リヒトがアニエスを見つける前までの話。

エネルギー問題に一時的かもしれないとはいえ決着がついた今、動かせるボットは貴重な重機だ。

スーツのテストをしたいからと、ルーカスが仕掛けてきたのは対人格闘訓練だった。

もちろん、相手に選ばれたのはザック。

元々背の高いザックがボットを着用した状態で、簡易スーツと外見の変わらないルーカスと対峙すると、差が歴然とした。

「ちゃんと殴り返せよ。サンドバックならお前じゃなくていい」

ちらり、と視線がリヒトを捕える。

あからさまな挑発にけれど、ザックは簡単に苛立ちを見せた。

両手の拳を顔の前で構えるザックに対し、ルーカスは肩の力を抜き腕をだらりと下げると、前かがみに身を低くした。

「よく見てろよ」

ルーカスの言葉はどちらにかけられたものだったのか。

リヒトが対面に静かにたたずむノアに一瞬気をとられた隙に、ルーカスは低い姿勢のまま一気に間合いを詰めた。

低すぎる体制に、ザックは瞬時に己の拳が彼に十分な攻撃を与えられないことに気づき、咄嗟に蹴りを繰り出す。

しかしルーカスは蹴りの速さを見切って全身でそれを受け止めると、ザックの足を抱えるようにして横に飛ぶ。

「…っく」

バランスを崩したザックはあっけなく傾き、地面に手を付いた。

そのまま倒れるかに見えたが、意地か、あるいはボットの運動補助をうまく利用したのか、足に組み付いたルーカスをそのまま地面にたたきつける。

地面に向かう直前で手を離したルーカスはザックから数歩離れた位置に再び同じ姿勢で構えなおした。

地面に伏せたザックの方は、両手をついて身をひるがえすと、ルーカス同様最初と同じ構えに戻る。

一瞬の攻防。

対人戦闘訓練は、訓練、と名がついているものの、一般人の間でも時折余興として行われる程度にはポピュラーなスポーツだ。

相手に与えた打撃をポイントに変換し、最初に相手のポイントをゼロにした方が勝つ。

ザックの画面には、わずかに減らされた自分のポイントと、まったく減っていないルーカスのポイントが表示されている。

蹴りを入れたはずなのに、打撃を食らったのは自分だけ。

自分のポイントが減ったのは、受け身がうまく取れなかったせいでボディに負荷がかかったからであることは、蹴った感触からわかる。

では、ルーカスにダメージを与えられなかったのは何故か。

ザックの蹴りを完全に見切って、蹴るよりも早く引いたのだ。

それもまた、蹴りを入れたザック自身が身をもって体感していた。

低い姿勢から近づくことでザックの蹴りを誘い、転倒を狙った。

咄嗟に姿勢を持ち直して攻撃に転じていなければ、もっとポイントが減らされていただろう。

「そこそこやるな。ハンデはこのくらいでいいか?」

ルーカスが端末を操作する。

一手でザックの戦闘力を測ったルーカスは、己のポイントを一桁減らした。

表情を歪めたものの、先ほどの交戦でダメージを与えられなかったことを思うと、舐められてもしょうがない。

ザックは努めて冷静になろうと、細く息を吐く。

「そっちからこないなら、こっちが行くぜ?」

ゆらり、先ほどと同じく低い姿勢を保ったルーカスが、上半身を大きく揺らして迫った。

蹴りはまずい。経験から学んだザックは、腰を落として身を低くする。

重心を下げて一歩前へ。

組み付こうとしたルーカスへ、上から右拳を振り下ろす。

しかし、拳はあっけなく空を切り、地面へと向かった。

上半身を揺らせて迫ったのはルーカスの策だった。

残像に惑わされるザックの右側、視覚の位置に移動する。

一瞬、ルーカスを見失ったように見えたザックだったが、バイザー越しの視線は、確かにルーカスを捕えていた。

「ほぉ」

しっかりと動きを捕えたわけではない。おそらくルーカスの動きを読んでこちらを向いただけ。

結果、予想通りそこにルーカスは居る。

捕えたところで、身体が追い付かなければ意味はないのだ。

ザックが身をひねって左の拳を握る。

「遅いっ」

ルーカスの右の拳がザックの腹へとめり込む。はずだった。

拳がヒットする直前、ルーカスの視界の端に移ったのは、ザックの右肘だった。

左で殴ろうとするのであれば、肘を入れるのは無理な態勢だ。

おそらく最初から狙っていたのだろう。

けれど視界に入った以上、ルーカスにも対処は可能だった。

足を振り上げ、身体を無理矢理横たえる。

側転の要領で地面に手を付き、逆立ちする。

ちょうど左足の位置にザックの頭があったのでおまけとばかりに当ててやった。

大した威力にはならない。

腕に組み付く、という選択肢もあったが、ルーカスはそのまま身をひるがえして距離をとった。

ザックの構えた左拳が、ルーカスの居た空間を空振りする。

態勢を立て直したルーカスは咄嗟に身構えていた。

追撃は来ない。しかし、確かな危機感を感じていた。

「…くそ」

呻いたのはザックだった。

捕えた、と思った。確信に近かったそれを、ルーカスはまたしても回避した。

理由は簡単だ。ルーカスの小柄な体系にザックが対応しきれていない。

一発、軽いものを貰ってしまったが、ハンデが無ければ負けている。

もっと低く、もっと早く。

目の前の敵を倒すべく、ザックは思考をフル回転させた。

一般人としては、ザックの対人格闘訓練の経験は多い方だと自負している。

輸送船の警備という仕事柄もあってか、ちょっとした遊び感覚で訓練することもままあった。

けれど、相手はいつも自分と同じくらいか、もっと大きな体格で、こんな戦い方をする相手は初めてだった。

倒したい。

口元が歪むのを感じる。

楽しんでいた。

ひさしぶりだからか、相手がルーカスだからか、未知の相手だからか。

対峙したルーカスの雰囲気が変わる。

先ほどまでは身を低く、どこか力を抜いた構えだったのに対し、今度はザックと同じく両こぶしを握り顔の前で構える。

ゾッとするような鋭い雰囲気に、肌がピリピリと粟立った。

叩きつけられる殺気。一歩動けば、命はないと確信させる冷たさ。

これが、軍人。

二人の攻防を、リヒトは呆然と眺めることしかできない。

目で追うのがやっとだった。

縦横無尽に蹴り技を繰り出してくるルーカスに対して、ザックは何とか防御して拳で反撃するしかない。

下手に蹴りを繰り出そうものなら、あざ笑うかのようなカウンターから、すぐに組み付かれて寝技へと持ち込まれる。

いくら繰り出しても空を切る拳。

一方、回避が間に合わず防御で凌ぐザックのポイントがじわじわと削られていく。

ポイントと同様に、体力も削られていく。

息を吐かせぬ攻防に、じわじわとザックの息が上がり始める。

顎先を狙うルーカスのつま先を、寸前で避けた。

のけぞった体を無理矢理に踏ん張って、後転するルーカスを追いかけて一歩前へ。

完全に背を向けていたルーカスが起き上がるのに合わせて、繰り出した拳に確かな感触。

「悪くない」

「この野郎っ…」

上官に向かってこの野郎なんて暴言を吐くのは好きじゃないが、この時ばかりは勝手に口から零れ落ちた。

繰り出した拳を防いだのは突き出された頭。

無理な態勢から中途半端な動きで止められた身体は咄嗟に反応できない。

ルーカスの自由な腕がザックの腕を捕える。

足払いを食らって揺らいだところに、腕に巻き付かれたザックはとうとう地面へ倒れ伏した。

肩と首、胸にルーカスの足が絡みつき、腕をしっかりと捉えられる。

完璧なアームロックを決められたザックはもう動けない。

「いやぁ、惜しかったな」

ポイントは、まだわずかにザックの方が勝っていた。ルーカスの方は、先ほどの頭突きでほとんどのポイントを失ってしまっていた。

後一撃でも食らわせられていたら、ザックが勝っていたかもしれない。

「こいつはご褒美だ」

「いでででででで」

ぐ、とルーカスが力を籠めると、ザックの腕は可動域を超えて反らされ、靭帯が引き延ばされる激痛に見舞われる。

残っていたザックのポイントは、あっという間にゼロになった。

首と胸を抑え込むルーカスの足を、自由な方の腕でタップし、足をばたつかせて暴れるザックにようやく満足して、解放する。

「ちょっと、せっかく直したんだから壊すんじゃないよ」

キルカの一喝をものともせず、ルーカスは「ちゃんと見たか?」とノアの方へ向かい、放り出されたザックは、肩をぐるぐる回して肘や腕の状態を確認していた。

「大丈夫?」

さすがに心配になって駆け寄ると、ひどく落ち込んだ様子で

「行けたと思ったんだけどなぁ」

とぼやいていた。

「惜しかったよ」

速すぎてよく見えなかったけれど、おそらくそれだけは本当だ。

「ハンデがあるからだろ」

ザックの言い分ももっともだ。

同じ条件であれば、足元にも及ばない。

「軍人が一般人に負けてたまるかよ」

草むらに座り込んだリヒト達の脇を通り抜けながら、ルーカスが吐き捨てる。

挑発的な表情に、ザックは本気で悔しそうだ。

「できてるか」

「おらよ」

ルーカスが声をかけると、キルカは側にぶら下がっていたベルトを投げてよこす。

ハーネスに板がついたそれは、ルーカスの改造スーツ専用のバッテリーだ。

「もう作れないからね」

「わかった。大事にする」

バッテリーを背負いなおしたルーカスを、ザックはあっけにとられた表情で見つめた。

あれほどの曲芸を、ルーカスはスーツの運動補助なしでやって見せたのだ。

ザックの完敗である。

「俺が相手した一般人で、お前は間違いなく一番筋がよかったぜ」

言い残して、ルーカスは迎えに来たジャックのヘリに乗って拠点を飛び立った。

ノアを残して。

「ホールに集合だとよ」

キルカに呼ばれてザックたちは拠点に戻る。

後ろをついてくるノアに、表情はなかった。



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