オートマティック
確かめたいことがあるんだけど。
リヒトの言葉に従って、ザックは就寝後を見計らってキャンプカーに乗り込む。
もちろん、リヒトも一緒だ。
キャンプカーにあるシステムに接続すればボットでもアーカイブは視聴可能だが、生憎、メンテナンスのためキルカに預けたままだ。
車に乗るのがなんとなく後ろめたいのは、調査中は基本的に乗車を禁止されていたから。
軍の持ち物であるキャンピングカーの機材を使ってメインシステムにアクセスするのに、無許可でも大丈夫だろうか、という懸念もある。
むしろ駄目な可能性の方が高いため、あえて確認しないという選択をした。
音を立てないよう注意しながらドアを閉めて、内部の電源を入れる。
壁面を直接モニターとして浮かび上がるのは、ボットで接続したときの視界とほとんど変わらない。
「まず、何からいく?」
「大型生物から、かな。コングについての資料」
音声入力に反応して、自動で資料が引き出される。
ゴリラ種。群れのボス。体長、予測体重。生息域や群れの大きさまで、かなりの情報が詰まっていた。
タグネームの横には、寄生種であることがすでに明記されている。
リヒトはシステムを開いて編集履歴を参照する。
直近で更新されたのはわずかな文章のみで、他の膨大な調査結果は、リヒト達がログを更新する前にすでに前任者によって書き溜められたものだった。
コングを発見したのは初期の生態調査班。
今でこそ農場や牧場が安定し始めているが、初期のころは総出で周囲の地形を調査していた。
コングはあの大きさだ。遠目にその姿を発見した調査員は、刺激しないように生体反応にマーキングし、遠距離からタグを打ち込んだ。
寄生体とわかったのはしばらくしてからで、事実上、一番最初に発見された寄生体となった。
「寄生体について」
「…多いな」
関連するワードから、寄生体についての資料を呼び出すと、長い概要と膨大な種類の生物データが現れた。
「カテゴリで分類してみてくれ」
「了解」
リヒトは事実を見ることに関しては、人より長けていると言える。しかし、見た事実を、情報を整理する方に関しては不得手だった。
天才に習ったのは思考の方法だけで、直感的に情報を分析できる彼に方法を習うのは無理な話だったのだ。
だからザックに助けを求めた。
「哺乳類が多いな。それと…」
「サイズか関連してる。たぶん、ワームの最小値がここ、なのかな」
並べなおした資料には偏りがあった。
哺乳類が多く、昆虫はほとんどいない。
哺乳類の中でも、小型の生物には、ほとんど寄生していないのも見て取れる。
「つーことは、だ。こいつらそのままに大型種を呼び出して…」
言われるままに画面を操作し、資料を呼び出した。
「カテゴリで共通する部分を割り出す」
「…すごい」
画面には、かつてリヒトが対峙したスパイダーをはじめとする、大型の寄生種のみが並べられた。
「こいつらの共通点は…?」
「並べなおすね」
リヒトの頭の中ではすでに仮説としてあったものを視覚的にわかりやすくするため画面を操作する。
「ワームの最小値がここ。つまりこれより小さい生物にワームは寄生できない。昆虫が少ないのはそのためだと思う。そして、ワームが寄生できる生物の中で、何らかの条件が重なると…」
「巨大化するって?」
「仮説だけどね。巨大生物の共通点は、寄生種でもあるってところ。こいつとか…」
呼び出したのは魚類。かつてルーカスから送られてきた映像に移っていたあの黒い生物。
「親の遺伝子にワームからなにか影響を受けて、その子孫が巨大化してる例だと思う。ほらここ…」
詳しい資料を開けば、個体ごとの詳しい体長を調べようとした形跡があった。
哺乳類に比べ、魚類は卵生である上に、成長が早く、一度に生まれる子供も多い。
もし、ワームの寄生と巨大化に関係があるとすれば、水中はすでに巨大生物が支配する危険地帯となっているだろう。
「ほかにもこの事実に気づいてる人がいる」
「まぁ、大体想像はつくがな」
まだ早い。あの時のルーカスの声が蘇る。
間違いなく、ルーカスはこのことに気づいている。
ワームと巨大化の関連。
けれど、リヒトはそれ以上に、気になる事実があった。
「こいつだけ、違うんだ」
開いたのは、最初にリヒトが遭遇した巨大なワームの塊、スパイダー。
「こいつ、寄生種じゃない。擬態だ。なのにどうして…」
よく見れば、カテゴリに蜘蛛とワームの両方が割り当てられていた。誰かがこいつは蜘蛛だと思ったのだろう。
「擬態ねぇ…」
ザックの脳裏に嫌なものが思い出される。アレックスの側で、人間に擬態したワーム。あんなに気味の悪いものを見たのは初めてだった。
「そもそも、何で擬態してるんだろうな」
ザックが手慰みの動きで、ワームに関しての資料を呼び出す。
今までカテゴリ分けした資料を塗りつぶすかのように膨大な資料が開かれた。
「これ見たって、わからないことがわかるだけだし」
資料群は、今まで何度となく眺めてきた。
ワームについて、やつらを制圧するためにはどうすればいいのか。この星で生きていくためには必須の条件だ。
「エネルギーを襲うけど、エネルギーを捕食するわけではない」
「そもそも、何喰ってるかわからない」
「寄生してる生物を捕食するわけでもない」
「擬態した生物を捕食するわけでもない」
奴らはどうして生きているのか。どうして、生まれてきたのか。
「繁殖方法は?」
「まったく解明されてない」
「…そもそも生物なのかな」
「と、いうと?」
「あいつらの残骸、見たことあるでしょ?」
「まぁな…」
リヒトもザックも、ワームとの戦闘経験は豊富だ。後続組としては最多かもしれない。
切り刻み、引きちぎり、何とか振り切って逃げてきた。
断面から飛び散る半透明の体液も、まろびだした断面と内部も見てきた。
そう、見てきたのだ。
リヒトはいったんすべての資料をしまって、アーカイブのメインカテゴリ画面に戻る。
ログの中からカメラ映像を選択すると、時系列順に並べ替え、目的の日付を割り出す。
「どうした?」
「いや、ちょっと確かめようかなって…」
呼び出したのはワームとの戦闘画面。
「断面図とか、残骸とか…」
「それなら俺のカメラ見ろよ」
関連ワードにザックの名前を打ち込み、映像ログを抜き出す。
「たしかここで…」
選んだのは、初日に襲われた時の映像。霧の深い画面で、ザックは一度だけ、ちぎれたワームをじっくりと眺めようとしたことがある。
まぁ、無理な話ではあったが。
「ここだ」
止めた画面は霧と揺れでひどく歪んでいたが、リヒトが操作するとみるみる鮮明になっていく。
「ま、うすうす気づいてはいたんだが」
鮮明になっていく画面。映し出されたワームの死骸。
その断面からまろび出るのは、内臓や血液ではなく、配線だった。
ワームは機械生命体かもしれない。
「この星にはかつて文明があって、それが滅びて、ワームだけが残されたってところか?」
「軍部がこの仮説に行き着かないはずがない。どうして隠しているんだろう」
「俺たちが知ったところで、何ができるわけでもないからじゃないか?」
「そんな優しい人たちじゃない」
「ごもっとも」
ザックが深く椅子に腰かけて、ぎしっと悲鳴を上げた。
「彼らは何かを隠して、何かを急いでる」
急に山登りを言い出したのがそれだ。生態調査だって、あんな少人数で、連日調べつくすようなやり方はおかしい。
「かと思えば、妙にのんびりしてるところもあるしな」
医療施設警備班なんてものを作ったり、この生態班のプラントだって、地道に飼育するだなんてずいぶん気の長い話だ。
二人は一度に押し黙ってそれぞれの思考に没頭する。
先に口を開いたのはザックだった。
「ま、軍人が足りてないってのが一番だろうな」
今、この星で、軍人という立場に居るのはバートレット隊のみ。
セルジオや、採掘班の隊長として抜擢されたニックのように、本来なら軍人が勤めるはずの地位に抜擢されている作業員も多い。
常にぎりぎりの生活の中で、いつ不満が爆発してもおかしくない状況の中で耐えているのは、耐えられているのは、常に彼らが危険の最前線に立ち、作業員の命を守るために行動しているからだ。
誰も、彼らをうらやましいとは言わないし、思わないし、代わってほしいなんて絶対に言わない、思わない。
だからこそ、この不均衡は保たれている。
「で?」
「…?」
ザックの問いかけにリヒトは首を傾げた。
「確認したかったことはできたのか」
続くザックの言葉に、リヒトはああ、と声に出さずに応えた。
「一応、半分くらいは」
「半分?」
「ワームの生態。やっぱりわからないなってことが確認できた」
「そーかい」
「あとは、ルーカス…ていうか、バートレット隊かな。彼らが何かを隠してるって確信はとれたけど、何を隠しているかはわからなかった」
リヒトが画面に触れると、今度は星開拓のチャートが現れる。
チャートの達成率は妙に偏っていて、いくつか工程を飛ばしているところもあった。
目的があってそこに到達しようとしているのはわかるが、ゴールの位置がてんで理解できない。
まぁ、軍人の考えることなんて理解しなくてもいいか、と好奇心をねじふてたリヒトに、ザックは思わぬ返事を返す。
「なんだ、そんなことか。それなら俺、大体予想ついてるぜ」
「…え?」
思わぬ返事に目を丸くするリヒトに、ザックは満足そうに笑って、得意げに応えるのだった。
本拠点。
誰も知らないその場所で、作業を進める影が二つ。
壁一面に積み上げられた機械と、無機質で色のない壁。
轟々と、鈍い音が響き続ける空間の中央、リクライニングチェアに、バートレットはゆったりと横たわっていた。
「調子はどうだ、リード」
「万事、順調です」
「なるほど?」
からかいを含んだその声は、全てを見透かしているようだった。
理解したうえで、全てを許されているような居心地の悪さに、リードは表情を歪めながらも、淹れたてのコーヒーをチェアの横にぽつんと設置されたテーブルへ置く。
「目標達成率65パーセント。予想を上回っています」
室内に、無機質な機械音声が流れる。
ノアのそれよりも少し低い、落ち着いた音だった。
「誉めてやるべきか?」
「いいえ。私が何かしたわけではありません。全て現場の努力の結果です」
「なら、目標達成できなかった時は現場の努力が足りないってことか」
「…、いえ、それは…私の監督責任で…」
「悪かった。お前はよくやっているよ」
バートレットはぎこちなく、手探りでマグカップを手に取る。
ゆっくりとリクライニングが起き上がった。
湯気の消えたコーヒーを、一息にあおる。
空のカップをテーブルに置く音が、空しく響いた。
「泥水みたいに感じた頃が懐かしいな」
何かを耐えるような表情のまま、リードは動かない。
「今のが最後のか」
「ええ」
「悪くない」
バートレットはゆっくり目を閉じた。
脳裏に、これまでの人生を思い浮かべる。
幼少期も、隊員だったころも、あまり印象に残るような日々ではなかった。
「リード」
「はい、隊長」
「お前との出会いは俺の人生で最高の出会いだった」
「…光栄です」
「後は頼むぞ」
「はい、隊長」
姿勢を正し、最敬礼。
それ以上の言葉はなく、リードは振り切るように部屋を出ていった。
室内に、轟々と唸るような音だけが響く。
「うらやましいか?」
バートレットは虚空に問う。
「少し」
低い電子音声が返す。
「…お前に、時間をやれなかったことが、俺の唯一の心残りだよ」
「光栄です」
「喜ぶことじゃねぇんだがな」
苦笑。そして沈黙。
「それでも私は…」
言いかけた機械音声は、しかし、休眠状態を示す脳派に気づいて音を消す。
音の代わりに、言葉の羅列を電波に変えて、休眠状態の脳波に紛れ込ませる。
目覚めた時、彼がこの電波を記憶していることはないとわかっていながら。いや、だからこそ、あえて遠回りな手段を選んだのか。
「あなたの特別になれたことが、私の生まれた意義となりました」
部屋を出たリードはまっすぐに伸びる暗い廊下を早足に突き進んだ。
もう、振り返ることは許されない。
彼の忠実な右腕として、副官として、与えられた任務を遂行しなければならない。
そこに一切の感情は必要ない。
自分には、一切の感情は存在しない。はずなのに。
外へ通じるドアの前で、リードは立ち尽くす。
思考回路が焼き切れそうなほどの激情を、リードは確かに感じていた。
「こんなことなら…」
絞り出すような言葉は、それ以上続かなかった。
長い、長い時間をかけて、漸く、リードは最後の一歩を踏み出すのだった。




