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It’s my life  作者: やまと
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デリケートコミュニケーション


リヒト達と別れたルーカスは、ノアの肩を借りて足を引きずりながらも、早足に拠点内へと入った。

軍所属の権限を使ってエレベーターを起動し、専用の居住区へと降り立つ。

本来ならばこの拠点を守る部隊員たちが居住するはずのスペースは、しかし使用されることなくがらんどうのまま。

一般作業員に解放する手もあったが、木造の居住区と宇宙ステーションでも使用できる個室の居住施設では待遇に差が付きすぎると、セルジオは存在すらも作業員たちに知らせていない。

全員にいきわたらないのならば、いっそのこと切り捨てる。

潔いほどの平等意識が、大所帯を取りまとめるのに結果的には役立っている。

だがそれも長く続かないだろうな、とルーカスは思っていた。

真の平等などありえないのだ。

体格が違う。価値観が違う。いずれ不満はたまってくる。

個人に合わせて境遇を変えなければいずれ反乱がおこるだろう。

「外せるか」

「完全にゆがんでいます。引きちぎることは可能です」

問いかけに、冷静な電子音が返る。

簡易スーツはうなじの留め具を外し、脇の下から横腹にかけて固定している留め具を緩めることで脱げる仕様になっている。

ルーカスはコングに握りつぶされた時、ボディのフレームが歪み、留め具が歪んで外せなくなっていた。

運動を補助するフレームは、両手足、つまりほぼ全身が破損、あるいは歪みによって正常な動きができない。

「どうせ破棄だ。やってくれ」

「了解しました」

ノアの手がうなじにかかり、人間ではありえない力で合金を引きちぎる。

ぶちん、めぎん、と耳慣れない音と共に、衝撃でルーカスの身体は左右に揺れた。

腰のあたりまでの留め具を外し終えると、次は腕だ。

二の腕にめり込んでいたフレームは、すでにノアによって抜き取られていた。

傷めた骨や傷口を刺激しないよう慎重に引き抜く。

粘ついた血液が、ぬちゃり、と嫌な音を立てた。

腕が脱げれば、背中が開いているため上半身は終わったも同然。

残るは曲げることも伸ばすこともできなくなった左足と、ガジェットの多い腰回りだけ。

外付けの電源はハーネスで背負う形になっていたので早々に外せたが、投擲したフックショットの巻き取り機、運動補助の計算プログラムなどメインシステムのほとんどは腰回りに集中しており、まるでコルセットのように固定されていた。

「刃物が必要なら使っても構わん」

「最終手段に設定します」

先ほどまで豪快に背中の留め具を引きちぎっていたノアの指先が、今度はやけに慎重に器具を撫でる。

歪み、はまり込んでいた部分を慎重に解いていく。

かち、かち、という金属音と、ルーカスの呼吸音だけが、静かな室内を満たす。

コルセット部分が終われば、後は足を引き抜くだけ。

ノアは腕部を前方に潜り込ませ、後方と合わせて腰のフレームを固定する。

「…ぅ」

と小さくルーカスがうめいた。

ノアが掴んだのは腹側の腰。それまでうるさい位に確認していたノアの行動に、完全に油断していた。

「気をつけろ、デリケートゾーンだぞ」

意識して触ることなど決してないのだが、ないからこそ、偶然にも急所を撫で上げた指先の動きが妙にいやらしくなったことに笑いがこみ上げる。

「誘ってんのかと思ったぜ」

「どこへでしょう」

「強いて言うならベッドだな」

スーツを固定するためしゃがみ込んでいたノアの頭を抑え込むように手を置く。

困惑する頭部を支えに、まずは歪んだ左足を慎重に引き抜いた。

真っ直ぐには引き抜けず、途中で身をよじっては膝を曲げる。

時々走る痛みを無視して、漸く片足が抜けた。

「だぁ、っくそ」

じんじんと、痛みが広がっていく。アンダーウェアは汗と血を吸ってひどい匂いを放っていた。

備え付けの棚に尻を落ち着けて、最後に残った右足を突き出す。

「抜いてくれ」

命令するまでもなくノアの腕が踵と大腿部を抑えてゆっくりと引き抜く。

左と違いまっすぐな状態だった右足は簡単に解放された。

「お加減はいかがですか?」

「最悪だ」

「でしょうね」

「スーツを破棄して置いてくれ」

「了解」

ばきばきと音を立てて、ノアがスーツを折り曲げる。

抱えられるくらいの大きさにまとめると、入り口近くのダストボックスに放り込んだ。

てっきり廃棄施設に持っていくと思っていたルーカスは、けれどノアの怠慢を見逃した。

「シャワーを浴びたい」

「推奨しません。傷の手当てをします」

「許可をとらないのか?」

「手順を省きます。拒否されるならその都度お願いします」

「いいね、合理的だ」

ルーカスと過ごすうちに、ノアの自動思考は急激に成長した。

ノアの成長に必要なのは会話。その点、ルーカスの口はよく回る。

加えて、ルーカスはノアによく質問をした。

最初のころは確認に近い質問だったが、やがてそれは複雑化し、行動の理由を尋ねるものが増えていった。

ノアを最も困らせたのは、ルーカスの質問は答えを求めていないことだった。

バイタルサインが異常を知らせる。

ルーカスの呼吸が徐々に乱れていた。

「ち…」

「輸血します。呼吸して」

装備の中からルーカス専用の治療器具を取り出し、素早く動脈へ打ち込む。

「あ…、う…」

がくん、とルーカスの身体が揺れて、ノアへともたれかかった。

鼻から垂れた血が、床の血だまりへ合流する。

ノアのカメラが素早くルーカスの全身をスキャンした。

大きな出血個所は七か所。そのうち五つは体内だ。

今までスーツの圧迫機能が辛うじて働いていて無事だったが、それを失って一気に傷口が開いたのだった。

しかし、全ては想定のうちである。

ノアは素早く体表の傷口を塞ぎ、続けて腹腔内に溜まり続ける血を専用の器具で抜き取った。

抜けた分を補うためにもう一本取り出した輸血用の注射器を、ルーカスが奪い自ら太ももへ打ち込む。

「あー…」

熱い湯にでも浸かったかのような声をあげながら、陶酔したように虚空を見つめるルーカスをよそに、ノアは追加に輸血袋を取り出して、ルーカスの左腕に針を刺した。

一つ、深く深呼吸したルーカスが目を閉じると、体の中でぷちぷちと泡の弾けるような音が聞こえてくる気がする。

体内の微生物が、身体の傷を急速に回復している音だった。

ナノマシン。

マシンと名がついているが、その正体は遺伝子をプログラムされた微生物だ。

遺伝的に頑丈な体を持って生まれる軍人に、一般人を追い付かせるために研究されたもの。

ルーカスはその被験者にして最初の適合者だった。

遠くで水の音がする。ノアが体を拭くための湯を用意してくれているのだろう。

ぼんやりとする頭で残りの輸血パックの量を計算する。

血液を媒介に、赤血球が運ぶ栄養素やその他のたんぱく質を餌として生きる微生物を使いこなすために、ルーカスは定期的に己の血を保管しなくてはならない。

今回の任務でかなりの在庫を使ってしまったから、補充しなくては。

一度に大量に抜くことはできないので、造血剤と点滴、食事によって血を増やして抜くという作業を繰り返す。

今日みたいな有事に備えていつも通りの量を確保するまでにかかる日数を計算していると、不意に脳裏に思い浮かぶ彼。

リヒト・テイラー、いや、正確にはリヒトを名乗る何某か。

彼のためにもいくつか余分を用意して置いてやるべきだろうか。

そもそも彼は自分の血が他人と違うことに気づいているのだろうか。

伏し目がちの、黒曜の瞳。色を持たないそれは、何の光も写さない。

出会った頃の彼がそうだった。

全ての絶望を背負って生きているような、辛気臭い顔をしていた。

今はもう、どのアーカイブを探してもその名は残っていない。

全てを捨てて彼は行ってしまった。絶望のその先へ。

リヒト・テイラー。

ルーカスをナノマシンの被験者にした博士の名である。



「つまり、遺伝子操作した微生物を人間になじませるための実験だったってことか」

「君は飲み込みが早くていいね」

そういって博士はにっこり微笑んだ。

張り付けた仮面の様な笑みだが、作り笑いでもなんでもなく、これが彼の笑顔なのだと気づき理解するのに一か月ほどかかった。

免疫を低下させる薬剤を点滴され、副反応で顔の穴という穴から血を噴き出し、三日三晩悶え苦しんだのち、何とか生還したルーカスに、漸く実験の詳細が知らされて、この反応だ。

「先に言えよ」

「言えば何か変わったかい?」

「首を掻ききって死のうとしなかったかもしれねぇだろうが」

「僕の見解では、あれは本能的な行動だから内容を知っていたとしても同じ行動をした可能性は高い。それと、あれがあったからこそ、君にナノマシンが定着した可能性も考慮しているんだけど」

「再現性を検証する気なら、たいそうな悪趣味だぜ」

「残念なことに、必要性が無くて却下されたんだよね」

ルーカスを絶句させることができる人間は、今のところリヒト博士だけだった。

被験者となったルーカスは、この時すでに気に入らない上司を罠にハメて葬っていて、その罰則に近い形で研究所に送られていた。

「俺がうっかり生き残っちまって、上層部は今頃大慌てだな」

一年弱の短い付き合いの中、唯一リヒトを絶句させたセリフだ。

ふと気が付くと、湿らせた布を持つノアが目の前に立っていた。

一瞬意識を飛ばしていたらしい。

「顔に触れます」

「おう」

汗と血にまみれた顔が、適温に暖められた布で拭われていく。

鼻の穴まで丁寧に清められる間、ルーカスはこちらをのぞき込むノアのカメラではなく、その向こう、どこか虚空の、遥か彼方の宇宙を見ていた。

ぷち、ぷち、と泡がはじける。

身体のどこかが修復されている。

軍人ユニットで育てられたカルロやジャック達は、一般ユニット出身の者と違う頑丈な体を持っている。

それは、鋼鉄の肌やプラチナの骨というものではなく、身体の柔らかさであったり、筋肉の着きやすさであったり、細かな違いではあるのだが。

怪我や病気に強い体であることは間違いない。

コングと対峙したのがジャックや、他の軍人であれば、ルーカスの様な窮地には陥らなかっただろう。

そもそも、ボットを着ているだろうから、という話を抜きにして、生身であの場に居たとして、例えばチームの中でルーカスに次いで身体能力が低いとデータに残っている情報管理担当のナイルでも、鍛えられた筋肉と瞬発力があれば掴みかかるコングの手から逃れることができたはずだ。

直前の、コングを気絶させるために脳天に食らわせた蹴りで膝を痛めることも無かった。

ナノマシンは、壊れにくい身体と同等の身体を作るために、壊れてもすぐ治る身体を作るため開発された。

「アンダーウェアを脱いではどうでしょう」

「面倒だ、どうせ捨てる。破ってくれ」

「了解しました」

ノアが、棚の脇に置かれていたルーカスのサバイバルナイフを手に取る。

先ほどスーツを脱がせる時に外したものを、そこに置いておいたのだ。

手入れの行き届いたナイフは簡単にウェアを引き裂いていく。

袖の部分を切り取ってはぎとられた布は、丸めてゴミ箱へ投げ捨てられる。

ウェアの下の身体は、ひどいものだった。

血を吸って重みを増していたウェアから想像できる通り、肌は血にまみれて汚れている。

鍛え上げられ、絞り込まれた筋骨隆々の身体は、一切の無駄をそぎ落としたような姿だった。

むしろ痛々しいほどの肉体を、清潔な布が拭っていく。

血をぬぐい取られた後も、青紫に変色しているのは、内出血の証。

不自然に膨らんだ箇所は、腹腔内で出血しているせいだ。

「先に血を抜きます」

「いい、自分でやる」

「では、新しいものに変えてきます」

ノアが取り出した注射器を受け取って、ルーカスは自らの患部にそれを突き刺した。

慎重に引き抜けば、シリンダーには異常なまでに黒く変色した血液が引き抜かれてきた。

ナノマシンの死骸である。

体内の異物が無くなったせいか、血圧が正常に戻ったせいか、熱っぽくぼんやりしていた思考が幾分かすっきりしてきた。

体内の傷口も、そのほとんどが塞がってきているのを感じる。

激しく動けばすぐに開いてしまう応急処置の様な治療でも、命を繋ぐには充分だった。

とりあえずの任務は終えたので、今日はもうゆっくり眠れるはずだ。

戻ってきたノアがせっせとルーカスの身体を綺麗にしていく。

ノアに傷病者介護のプログラムは搭載されていない。メインシステムにアクセスしてダウンロードしたものだ。

ルーカスの世話が終われば、消去されてしまうプログラムだろう。

丁寧な指先が肌を撫でていく感覚が心地よく、ルーカスは自分の機嫌がよくなっているのを感じた。

楽しい、だとか、痛い、だとか、苦しい、だとか。

「感情なんてものは全て電気信号だ。そうだろ、ノア」

「科学的証明はされていません」

「じゃあお前はどうやって感情を計算してるんだ」

「膨大なデータから導き出された関数を使用しています」

「今の俺の感情を教えてくれ」

「感情と定義するのは難しいですが、興奮状態であるのは間違いありません」

「こんなに落ち着いてるってのにか」

「肉体的な損傷により、脳内麻薬が大量に分泌されていると思われます。詳しく診断しますか?」

「いいや、診断はいい。すぐに処置に入ってくれ」

「…処置、ですか」

会話の最中もルーカスの肌を清めていた手が止まる。

動揺からではない、作業が終わったからだ。

正確には、終わろうとしていたから。

残す部位は一つだけ。

たっぷりと時間をかけて、瞬くように赤いランプを点滅させたノアは、慎重に言葉を選んだ。

「デリケートゾーンに触れても?」

「…はっ」

壊れたおもちゃのごとくけらけらと声をあげて笑ったルーカスは、楽しくて仕方がないという声で許可を出した。



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