共同施設
拠点の中は想像以上に明るかった。
施設ブロックは、リヒト達が着陸した時に搭乗していたような居住スペースとは違い、二つから四つのブロックを結合して使うことが前提となっている。
さらに天井も高く、物によっては窓もある。
しかし、生態調査班の拠点の中心となる施設ブロックには、かろうじて天気がわかる程度の灯り取り窓しかついていなかった。
すでに時刻は恒星が傾き、空の一部がオレンジ色に染まりつつある。
窓から差し込んだ光は真っ白な壁に当たって部屋を照らしてくれるが、本来ならば影となる部分は暗くなるはずだ。
もちろん、足元を照らす光源には電気エネルギーが使われているので、むやみに点灯すればワームをおびき寄せる餌になるだけ。
「微生物です。バクテリアの一種ですね。堆肥をエネルギーに発光しているのを見つけまして、試しに誘導灯としてうちで試運転することになりまして」
声の方を振り向けば、支給される室内着に、薄手の白衣を羽織った男が静かにリヒトの方へと歩み寄ってきた。
「非常灯には充分ですが、生活するとなると物足りないですねぇ」
穏やかな口調、外見的特徴から推し量るに、世代はバートレットや採掘班の隊長に抜擢されたニックと同じだろうか。
要するに、かなり上、ということだ。
「初めまして、生態調査施設の所長をやらせていただいています。セルジオと申します」
「所長?」
「ええ、まぁ、一応ここは研究所、という形になるはずだったので。そして私は一研究員の予定でしたが、先の襲撃で人員がごっそりと、ね。それで、世代的にも立場的にもいけるでしょって勝手に指名されまして。総責任者って形をとっていますけど、正直なところ身が重いです」
「…はぁ」
説明通り、見るからにセルジオはやつれていた。手足の長いやせ細った体型、少し猫背気味の姿勢。うっすらと影を作る目元はどこか生気がない。典型的な研究者のいでたちをしている。
「ザックさんとリヒトさんで間違いないですか?いやぁ、直接現場って言われて驚いたでしょう。こちらもなんですよ。ま、怪我での離脱だったもので、すぐにでも補充したかったんでしょうけど。軍人さんの言うことですから、全然従うんですけどね」
リヒト達が口をはさむ余地もなく、つらつらと言い並べる。嫌味というよりも、この男の癖の様なものらしい。
研究者はよく音声ログを残すので、こういった独り言のように言い連ねるタイプは珍しくない。生粋の研究者なのだと思う反面、そんな男に責任者をやらせるのは酷ではないかとも思う。
研究者というのは、一心になにかに打ち込ませていればそれなりに成果を上げるが、周りを見ることを知らない。上に立つ者には致命的な欠点となりうる。というのが通説だ。
「とりあえず、ボット脱ぎますか。こっちへどうぞ。手続きというか施設説明とかそういうのは歩きがてらということで」
返事を聞く気があるのか、セルジオはさっさと背を向ける。
二人は顔を見合わせて、肩をすくめてあとにつづいた。
「基本的に、どの設備も個人で使う時は許可が必要です。あと、向こうでもそうだったと思いますけど、生活の方はかなりアナログになってます。詳しくはここに」
セルジオが小脇に抱えていた端末を操作すると、データが送られてくる。地図と各施設の説明が載っていた。
「プラントの水やりや動物の世話なんかは、完全に人海戦術ですね。ボットの操縦者は危険区域に優先的に派遣されるので、水やりも餌やりも生身でやってます。食品加工もアナログですよ。個人的には時折息抜きに覗きに行きますが、一般的にはあまり見ない方がいいかもしれませんね」
施設の中には食堂もあった。医療施設に居た頃はパッケージングされ、温めれば食べれるような食事が届けられていたが、ここでは動物の解体から加工までやっている。
「限られた施設ですが、お湯も常に出ます。ろ過した水を二つに分けて、お湯側のタンクを常に交代で温め続けているだけですが。なので、居住区のシャワーはお湯になるまで時間がかかります。ボイラーの近くにキッチンとシャワールームを作っているので、疲れている場合はそちらで汗を流すのがおススメです。あ、ここです」
説明しながら廊下を進む。
旧拠点では配線がむき出しになっていたり、パネルが外れていたりしたせいで不気味にしか映らなかったが、本来の姿は無駄のない内装にあれだけの配線が隠されているとは思えないととのったものだった。
自動ドアが開くと、部屋の中は線で区切られたかのようにものが溢れていた。
「エンジニアルーム、と呼称してますが、実際はもっと総合的な修理施設です。部品のほとんどはここに集約しているので、何かあればこちらへ。外から直接出入りできるようになっていますので、次からはそちらをご利用ください。ええっと、ミズ・キルカ!いらっしゃいますか?」
セルジオの呼びかけに応えて奥から人影が現れる。
聴いた名前だと思ったら、メイン拠点でも修理工場を任されていたエンジニアだった。
修理部品を貰いに行ったノアが、すげなく追い返されていた記憶が懐かしい。
「よう、あんたたちかい。ずいぶん男前になったね」
リヒト達が着ているボットは医療施設に配属になったころから自分たちでメンテナンスを重ねてきた。
部品交換が必要な損傷を負うことはなかったが、表面の傷や内部の部品が徐々に摩耗しているのは確かだ。
ハンガーへ案内され、専用のラックに吊るすようにボットから降りる。
今まで野ざらしに立たせていた愛機をようやく家に帰せた気分になったと、ザックは感激していた。
充電やメンテナンスを任せて、二人は施設の案内を再開する。
キルカに散々臭いと言われ、まずはシャワールームに向かった。
「個室のシャワーは使えません。浄水システム自体を切ってあります。ここは常に温水が出る仕様で全室が埋まっても規定値を超えることはないよう調節してあります」
「…着替えとかは」
「もちろん、洗濯機は使えませんので。裁縫班の洗濯チームが毎日洗ってくれています。サイズごとに人数に合わせて数を調整していますので後程申請してください」
「つまり、昨日誰かが着てた下着を水で洗って水分を蒸発させただけのものを身に着けるってことか?」
「考えない方がいいですよ。そのうち慣れますし。もしどうしてもいやだと言うなら、自分で洗濯するしかないですが、そんな暇ないと思いますよ」
ついでだからシャワーを浴びるかと聞かれ、丁重に断った。全ての説明を受けてから改めてのんびり湯を浴びたかったし、共同シャワールームの床に、原因不明の黒い染みを見つけてしまって、二人は言葉を飲み込んだ。
少し進むと廊下は左右に分かれていた。
「向こうが栽培プラント、反対側が動物プラント、そしてこちらが…」
行き止まりのように見えた正面は左右に開く扉となっており、開いた先には居住施設が広がっていた。
丸太を転がしただけの床に、いくつかに区画分けされた建物。マニュアル通りに作られたそれらは規則正しく並んでいる。
「一棟に十人、合計で二百人前後を収容しています。ほとんどは生産、わずかな人員で研究を行っています」
規模の大きさに圧倒されているリヒト達を振り返ったセルジオは、表情を動かさずに「申し訳ありませんが」と続けた。
「今、居住区には空きが無い状態でして。あなた方には居住区の拡張から始めていただくことになると思います。とりあえず、今日のところはこれまでと同じく外の空き地でキャンプしていただいて、明日、正式にタスクをお送りしますね」
驚いたことに、これだけ立派な施設でも、余裕がないほどに生活は逼迫しているらしい。
詳しいことはアーカイブを見てくれと言い残して、セルジオは帰っていった。
渡されたマニュアルに入っていた地図を頼りに、二人は来た道を折り返す。
施設はかなりの大きさだったが、稼働状況は悪かった。
収容された人数のわりに、生活に必要な設備が充分に整っていないのが素人目にもわかる。
先ほど見てきたシャワールームも、二百人を収容するのであれば、狭い位だ。
「ここに居る人員だけで全体の食料を生産しているのか」
医療班に毎日届けられていた食料、キレイにパッケージされていた初期とは違い、徐々に食材のまま届けられるようになったあれに、思いを馳せる。
プラントで作っているのは主に豆類。成長促進を使うまでもなく、豊富な光源と水分のおかげで、すでに何度も収穫と種付けが行われている記録がある。
植物や、動物の飼育、繁殖が安定してきたのはつい最近らしい。
リヒト達が来る前までは、ルーカス達が捜索で発見した動物の生息地や植物の群生地に収穫班が派遣された記録が残っていた。
「生態調査班の人口は全体の三分の一。ほとんどのボット操縦者は採掘に向かわされてこっちには研究者だのエンジニアだの、力仕事には向いてないやつらばかりだな」
ザックの言葉通り、人選を見て苦労は察する。
今更ながらに、医療班でのんびり毎日暇つぶしをしていたあの頃が胸に引っかかる。
あんまり口外しない方がいいと助言されたことにも納得した。
施設を出て、ヘリポートを突っ切った先に止めてあるキャンピングカーに戻ると、すでにテントの準備がされていた。
顔を出したサルークは、気まずそうに視線をそらしながら、居住区が空いていなかった旨の説明を聞く。
別のテントにはジョナス達も戻ってきていると伝えられ、ザックはへぇ、と呑気な返事をした。
俺たちもなんだよ、と気さくに会話を続けるザックの後ろで、リヒトは奇妙なこともあるものだ、と首を傾げた。
サルーク達は元々、生態調査班のメンバーだ。居住区の割り当てがされていておかしくない。
いや、されているべきだ。
まるで居場所を奪われたように外に放り出されるのは妙だ。
嫌がらせ、という可能性も脳裏を過ぎったが、人手不足のこの施設でわざわざ人員を捨てる真似もおかしいだろう。
疑問を残しながらも、リヒトは着替えを抱えてシャワールームへ向かった。
キャンピングカーには、生活できる施設が揃っている。
元は居住施設を改造したものなので当然だが、医療施設の護衛をしていた頃に使っていた自動洗濯施設なども備わっていた。
ルーカスはその辺り、作業の効率化を図るため機材を使うことにためらいが無かった。
もちろん、ワームをおびき寄せないために厳格なルールを敷いて管理を行っていたが、ルーカスが直接口を出すことはなく、違反をすれば容赦ない罰則がある事実だけで全員を精神的にコントロールしていたのだ。
シャワールームに入るとリヒトはタイマーを作動させる。体を暖める間もなく汚れを落とすのが精いっぱいの時間でも、あの共同施設よりはずっとましだった。
というのも、シャワーを使うにあたって掃除当番というものも存在していて、キャンピングカーの施設は常に清潔を保たれているのだ。
「もしかして俺たち、ずっとキャンプしてた方がいいんじゃねぇか?」
「……」
自動温風機で髪の先まで乾かしたリヒトは、新しいウェアを纏って焚火の周りに合流した。
調査中は疲れ切った上に食事の用意までしていたのもあって、こんなにゆっくり彼らと話す機会はなく、さらにいつもならジープから覗く足だけで強烈な存在感を放つルーカスの存在が無いだけで、一同の緊張は緩んでいる。
いつもは二人だけの世界を作っているサルークとユーリウスはなんだか距離があって、逆にいつもはとげとげしい雰囲気で場を支配しようとするジョナスは、毒気を抜かれたかのようにおとなしく、場の雰囲気が緩やかなせいかいつもは身を縮めて怯えているレラはせっせと夕食の準備を進めていた。
芋類の皮をむき、毒芽を取り除く下処理をするザックと、その向かいで豆類の種子部分だけを取り出す作業をしていたサルークが、たわいもない会話を続けている。
少し迷って、ザックの方へ手伝いを申し出ると、ナイフと芋を渡された。
入れ替わりにザックのいた場所に座ると、特にサルークに声もかけることなく作業を続ける。
「お前とザックって仲いいよな」
「……」
「寝てんの?」
「なんでザックに聞かないの?」
「……」
予想通りの質問に、予定通りの言葉を返した。
リヒトはサルークのことがあまり好きではない。
サルークという男は、相手によって態度を変えるタイプの人物だった。
媚びる、とか見下す、とかではない。自分にとって有利な人間に対しては前任のように振舞い、不利益と見れば冷徹に突き放す。
友人を選ぶタイプ、あるいは人間を値踏みするタイプ。
彼にとって今、ザックのことは仲間に引き入れたいが、リヒトのことは排除したいという気配を感じる。
しかし、リヒトはザックの友人でもあるため、無理に引き離すべきではないとも思っているのだろう。
同時に、リヒトはボット乗りでもあるため、友人になれば利用価値もある。
だが、サルークという男は面倒なプライドも持ち合わせた厄介な男だった。
リヒトが自分よりザックと仲がいいことが許せない。
遠回しに身を引けという圧を時折感じる。
ザックの居ないところで侮辱的な言葉を投げかけられるのもしょっちゅうだったし、リヒトを遠ざけようという動きも見られた。
唯一幸いだったのは、ザックもそんなサルークの小細工に気が付いていることだ。
仲良くしたくはないが、仲違いするのも面倒。
しばらく無言でいれば、すぐにザックが戻って来た。
「変わるぜ」
「じゃ、頼むわ」
サルークのいた場所にザックが座る。
「どうだった?」
「…いつも通り、かな」
元々、班が違ったので話す機会はほとんどなかった。
離れている間にザックを取り込めなかった時点で、サルークの敗北は決まっているのだ。
そんなことより。
「確かめたいことがあるんだけど」
突然切り出したリヒトにザックは、
「お前はいつも突然だな」
と少し呆れたように笑った。




